「俺の好みな君が好き」と言う婚約者さま、貴方との婚約を破棄します
「昔の方が可愛かったなぁ」
そう呟くのは、6歳年上の婚約者レイヴン・ノック。対面に座る私はその言葉にムッと言い返した。
「わたくしが目指すのは美しいですもの」
「ほら、その『わたくし』とか喋り方。全然俺の好みじゃない」
「……気を付けるわ」
いくら政略結婚とはいえ、将来夫になるお相手。
彼の好みに寄せるぐらいは婚約者として必要な事かもしれない。
「では、どんなわたしが好きですか?」
「敬語はいらない、一人称は名前のアリア、ドレスはピンクでフリルをたっぷり使ったものを着てほしい」
首筋に汗が垂れる。
コイツは何を言っているんだ。
「それは、どういう…?」
「俺の好みだよ。俺は、俺の好みな君が好きだから」
私は紅茶を一口飲んだ。冷めた苦味が現実を知らしめる。もちろん「好きになる必要は無い」とか「幼稚な真似は出来ない」とか言いたいことはいっぱいあった。でも何一つ言葉が出なかった。
「婚約者だし、婿とはいえ当主になるのは僕なんだから、それぐらい頑張ってくれない?」
「私たち、5年の仲ですよね?」
「今さら、と思うかもしれないが、そろそろ結婚するだろう?だから今言っておかないと、って思って」
たしかに、結婚の予定がある。それもあと半年後のことだ。この国では片方が成人していれば結婚を許可しているため、彼の生誕日に執り行うつもりだった。
だがこの豹変っぷりに、現在進行形で結婚を躊躇っている。大体、彼は婿入りしなければ平民となる三男の身。私に媚を売るわけでもなく、傲慢な事を言うその頭が信じられなかった。
「……そうなのね。善処するわ」
「うーん、及第点かな。ドレスは今度俺から送るよ」
「…う、うん、楽しみにしてるね!」
「早く帰れ」の意味を込めて、彼の理想を演じる。だが彼はそれに気付くことなく満足げに頷いて、私の頭を撫でた。
その手が気持ち悪くて頭を動かしたが、甘えているように見えたらしい。ぐりぐりと加減のない手で髪をぐしゃぐしゃにされた。
「うーん、髪が固いね。俺はもっとふわふわな方が好きかな」
「そ、そうなんだぁ、でも髪は整髪料付けないと…」
声が途絶える。頬で乾いた音が鳴った。
「俺に逆らうの?俺好みな君で媚び売ってろよ」
何が起きたか理解するのに数秒かかった。
そして意味を理解するのにもっと時間をかけた。
「は……?」
「何生意気なこと言ってるの?夫に従順なのが妻の役目じゃないの?」
彼はこんなこと言う人だっただろうか。
そして婚約者だからと二人きりでいたのが失敗した。誰か見ていたら、証拠として訴えてやるのに。
私はひとまず従順なフリをして、早めに帰ってもらおうと企む。そうしたら婚約解消の書状を送り付けてやるのだ。
「ご、ごめんなさい…!」
「次やったら許さないから。…はぁ、もう今日は帰るよ。頭冷やしといてね」
そう言って帰っていったレイヴンさまを見て、思わず拳を突き上げた。私は耐えた、耐えたのだ!
喜びと安堵で、肘掛けに溶けるようにもたれ掛かる。彼が出て行ったのを見たのだろう、侍女が入ってきて声をかけてくれた。
「失礼します。お嬢様、ノック様がお怒りのようでしたが……」
「大丈夫よ、アイツちょっと頭狂ったみたい」
「あの方が…?」
侍女もレイヴンさまも幼い頃から一緒にいるため、信じられない様子だった。私も信じられない。
今日の様子を一通り話せば、侍女の顔は怒りに満ち溢れた。
「クソ野郎じゃないですか!そんなやつ婚約破棄してやりましょう!!」
「そうしたいところ。でも一度結んだ婚約を解消するには手続きが必要で…」
きっと父も頷いてくれないだろう。父は事なかれ主義の穏便派だ。わざわざ醜聞になることはしない。
どうにか婚約解消出来ないだろうか。いっそ向こうが失態を犯してくれれば…と願うが、そんな事無いだろう。私はため息をついて空を見上げる。
「……あら、雨が」
水滴がポツポツと窓を叩く暗い空。
私は自分の将来が不安で仕方がなかった。
◇◇◇
数日後、この日は晴れやかな青空で、絶好のパーティー日和だった。と言っても、まだ未成年の私たちは、学園で行われる小さなティーパーティーぐらいにしか参加できない。結婚しデビュタントを迎えるときに初めて夜会に出席できるのだ。
だがそのティーパーティーで事件は起きる。その引き金が彼の用意したドレスだった。
「……なんて、幼稚な…」
ふんだんに飾られているフリル。
妖精のような羽根のパーツ。
蝶々の付いたステッキ。
贈られてきたのは「どこのお遊戯会に出るんだよ」と笑われるようなドレスだったのだ。
取り出した侍女は絶句。見てしまった私は倒れてしまいそう。え本当にこれ着ないといけないの?ていうかステッキ必要だった?要らないわよね?
「お、お嬢様……」
「…冷静に考えて。今までがこんなんじゃないだけ良しとしましょう?」
「いや今日のこれで全部チャラですよ」
今まではまともなドレスだったはず。何がどうしてこうなったのだ。本当に彼は変わってしまったらしい。部屋に訪れた母もキョトンとした顔で
「こんなドレス我が家にあったかしら?もう小さい頃のものは処分したはずだけど…」
と言った。とても、レイヴンから贈られてきたものだとは言えない。だが現実は悲惨なもので。
「……待って、その包み…ノックさんがよく贈ってくるブランドのところよね?まさか…」
そう言って倒れかけた母を侍女が支える。
母は震える唇で言った。
「あの子、こんなことする子だったかしら…?」
お母様、私もそう思います。
だがそんなことを言っていても時は過ぎていくだけ。皆で相談し、ドレスは既製品から選ぶことにした。
「……というわけです、レイヴンさま。あんなドレスを着ていったら笑い者にされてしまいますわ」
時は進み、馬車の中。
彼は私の姿を見た瞬間、不快そうに顔をしかめて
「俺が贈ったドレスはどうしたんだよ」
と口にした。
私はそれを少しなだめてから馬車に乗り、事情を説明し続けて早数十分。彼は無言のまま、足を揺すっていた。私が黙ると彼は言う。
「…そんなのが理由になると思った?何で婚約者からのドレスを着れないの?ドレス贈ったのに着てもらえなかった俺の気持ち分かる?社会の目がどう見るか分かる?本当に君は変わってしまったね。昔は可愛いドレスに喜んでいたじゃないか。贈ったドレスも可愛かっただろう?それに俺の好みだ。それを着た君が見たかったのに…。君には失望したよ。早いところ、俺に媚び売った方がいいんじゃないか?このままだと結婚後は別棟に住まわせることになるな。俺の役に立てないような君は要らないからね。……で、謝罪は?」
私は、口を動かす。でも声が出ない。
呆れ、失望、軽蔑。そんな感情をぐちゃぐちゃに混ぜて煮詰めたような思いだった。
彼は私が話さないと分かると、
「ぐうっ………」
腹に一発入れてきた。
馬車だから中には二人だけ。私は今度こそ侍女を連れてくれば良かったと後悔した。
「言うこと聞けないなら、少し痛い目に合わないと駄目だよね?」
「……ご、ごめんなさ…っ」
「遅い。遅いんだよ。…ッチ、もう着いたか」
醜悪な顔で舌打ちをすると、彼は先に降りていく。私が降りるときにはエスコートもせずにただ立っていた。その様子を見た参加者が好奇の目を向けてくる。
それに気付く事なく、彼は言う。
「……今日はしっかり俺好みに喋ってね」
「う、うん!」
私はもう感情を殺すしかなかった。
今日だけ、あとこれだけやったら、絶対に婚約解消する。お母様が味方に付けば、お父様も頷いてくれるはず。だから、あと今日だけ……。
「やあ、レイヴン。そして初めまして、クラルズ嬢。僕はライアス・ブラニーだ」
ティーパーティーの会場に入ってすぐ、彼の友人が話しかけてきた。柔和な笑みを浮かべ、手にはグラスがある。私に会釈すると、彼は心配そうに言う。
「あぁライアス。元気そうだな」
「もちろんさ。…そのドレス、レイヴンが贈ったのか?彼の趣味ではなさそうだけど」
コイツ、何か知っている…!?
一気に警戒心が高まった私と反対に、肩を抜いたレイヴンは口を尖らす。
「そうなんだよ。俺が贈ったドレスを着てくれないんだ。酷い婚約者だろう?」
「……まぁ、それは酷いな」
「残念ながら、わたくしには羽根の生えた妖精になる気はありませんの」
そう言うと、ブラニーさまは引き攣った笑みを浮かべる。まるで「そんなの贈ったんだお前」と言わんばかりの表情。それに気付かずレイヴンは愚痴を吐いた。
「コイツ、最近生意気なんだよ。俺の好みに合わせるぐらい、婚約者として当然だろ」
「お、おう……そうだな」
そう話していると、次第に音楽が聞こえてくる。
次々と踊り出す人々に、レイヴンさまも
「踊るぞ」
と言い、私の腕を掴んでステップを踏み始める。
私はため息をついて彼に合わせた。彼はダンスが下手だ。本人自体は上手なのだろうが、人と合わせようという気を感じない。そういうところは昔と変わらなくて、私が気付いていなかっただけなのだと再度ため息をつく。彼は不満そうに言う。
「何が不満?俺のほうが不満なんだけど?」
「…ううん、ちょっと疲れちゃったの」
前へ、後ろへ、横へ、前へ。
そしてくるりとターンする。その時だった。
「いっ……」
彼が私の足を踏みつけたのだ。
私は痛みで手を放し、そのまま地面に倒れ込む。彼は突然のことに驚いたあと、すぐに怒りを顕にした。
「おまっ、何でそんなところに足置いたんだよ!?俺が恥ずかしいじゃないか!!」
そう言って怒鳴る彼と私に周囲の視線が向く。
次々と踊りをやめて、様子を窺うようにチラチラと見つめていた。
ここで従順にすれば、私の立場はなくなる。そういう奴だと見られてしまう。不満を発散するときだと、私は涙を堪えるように言った。
「わたくしも悪かった。けど、ダンスは二人で踊るものなの。わたくしだけのせいにしないで欲しいわ」
「何だと…っ!!」
頭に鈍い衝撃が走る。でも痛みは無かった。
婚約破棄の口実になるな、という考えと大きな安堵、喜び。それだけで心がいっぱいだった。
「元はと言えば、お前がドレスを着ないから!!」
「嫌よ!!ピンクの妖精のにはなりたくないわ!ステッキまで用意して貴方こそ何を考えているの!!」
大きな声で、響く声で。そう意識した言葉は、人々の耳に届く。ざわめきが一際大きくなった。
「お前に合うドレスを用意したんだよ!」
「『俺の好みのドレス』ではなくて?」
「あぁ〜もうっ!ああ言えばこう言う!何なんだよ!」
遠くに学園長が見える。騒ぎを聞き付けたのだろう。私は駆け付けた侍女の手を借りて起き上がる。
「もう我慢できません。自分の好みを強要する姿、女性に暴力を振るう姿、人前で理性を失くす姿。どれもクラルズ家の婿として相応しくありません!」
「貴方との婚約を破棄します!」
そう叫ぶと、どこからか拍手が聞こえてきた。
それは次第に大きくなっていき、中には「いいぞー!」という野次もある。この場は、私の味方だ。
「おい、そんな、簡単に出来るもんじゃないだろ!」
「だから後日、正式に書類を出します。ここで言えば撤回には出来ませんし、貴方の有責で破棄が出来ると思ったまでですわ」
ぐるりと辺りを見回せば、たくさんの人と目が合う。この人たちは全員同じ貴族であり、宿敵である。でも、私のいるクラルズ家と、レイヴンさまのいるノック家だったら、必ずクラルズ家を取ってくれる。
「貴方は本当に馬鹿のことをしたのよ」
誰かが呼んだのだろう。彼が騎士に腕を掴まれる。
「さようなら、レイヴン・ノックさま」
もう彼の顔は見なかった。
それよりも主催の生徒会にどう謝罪しようか考えることでいっぱいだった。
◇◇◇
あれから父も重い腰を上げて、相手の有責で婚約を破棄するよう手続きをしてくれた。幸い、多くの人が現場を見ていたこと、私の腹にあざが残っていたことなどが決め手となり、無事に破棄することができた。
ティーパーティー自体も、そこまで不快に思う人がおらず「聞いててスッキリした」「そんな奴とは破棄して正解よ」と弁護する声が多く、大きな失態にはならなかった。
だが問題はここからである。
「新しい婚約者が必要だわ……」
男のみが当主を継げる制度のある我が国。ここに住む以上、早急に次の婚約者が必要だった。
悩みごとが増えたとため息をつく私。
そんな私に声をかけてきたのは、ライアス・ブラニーさまだった。
「クラルズ嬢、先日は大変だったね」
「……えぇ、とっても。ブラニー様は、彼の本性ご存知だったんですか?」
「彼とは半年程度しか交流が無かったんだ。その中で彼の趣向の悪さは少しだけ知っていた。とはいえ、妖精って言われたときにはさすがに失望したよ」
あのときのような引き攣った笑みを浮かべるブラニー様。私は心底苦労しましたという顔で頷いた。
そんな不幸話から薬学に関する話に移ると、彼はニコニコと明るい笑みで研究を教えてくれた。
「今は、女性の月のものを調整できる薬を作れないか、考えているんだ。母が毎回辛そうでね」
「まぁ、母親思いなのですね。それにそんな薬が出来れば、嬉しいですわ」
素直に凄いと思いそう言うと、彼は照れたように頬をかく。その姿に何だか胸が高鳴った。
そのとき、背後から低い声が響く。
「……おい、アリア」
何年も聞き慣れた声。
振り向けば、隈の酷いノックがいた。
「お前のせいで、俺は平民になってしまう!今すぐ婚約を戻せ!!」
「は?嫌ですわ。媚びを売るでもなく、高圧的な態度でいるのは、馬鹿のすることだもの」
「なっ……!」
彼の拳が振り上げられる。
来たる痛みに目を閉じると、乾いた音が鳴った。だがそれは、私の身体からではない。
恐る恐る目を開けると、
「令嬢にそれは無いだろ」
ブラニーさまが私を守るように前に立ち、その拳を受け止めていた。
「なっ…!邪魔だ!」
「何を言われても退かないよ。…誰か!騎士を呼んで!」
そう言うと、ノックさまは舌打ちをして後ずさる。私は、ブラニーさまの腕に自身の腕を絡めて言った。
「貴方と婚約する気なんてありません!それよりも、ブラニーさまに求婚するつもりです!」
「……え?」
ブラニーさまの身体がガチリと固まる。
ギュッと抱き締めながら、私はさらに叫んだ。
「クソ男なんてお断りですわ!!」
誰かが吹き出す声。ノックさまに投げられる文具。
それが当たり、彼は初めて絶望の表情を浮かべた。
「な、なんで…っ!?アリア、アリア!!」
こっちへ伸ばされる手をはたき落とす。
その手は騎士によって拘束された。
「……ふう、まずはクラルズ嬢が無事で良かった」
「ブラニーさまのおかげですわ」
「それで、その……」
彼は目を彷徨わせながら口を開いたり閉じたりを繰り返す。その姿が可愛くて、私は微笑みながら言う。
「ブラニーさま、貴方に釣書を送りますわ」
「本当に…?僕出会ったばかりだし、それに…」
「いいえ、貴方が良いんです」
ぽかぽかの昼下がり。
私はブラニー様と手を繋いで笑い合った。
最後までお読みいただきありがとうございました!
「俺の好み(ロリ)な君が好き」とかほざく婚約者のお話でした。
幼女趣味が悪いのではなく、趣味を相手に強要することが悪いのでそこは勘違いにないように。
やはりイエスロリショタノータッチですね。
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