SF作家のアキバ事件簿261 ミユリのブログ 切り取られた顔
ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!
異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!
秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。
ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。
ヲトナのジュブナイル第261話「ミユリのブログ 切り取られた顔」。さて、今回は親友の死に直面したヒロイン達の喪失と再生の物語です。
事故現場に残された写真。旅先で出来た彼女とのツーショットは、なぜか彼の顔が切り取られていた。不審に思うヒロインの前に迫るレーンウォーカーの影…
お楽しみいただければ幸いです。
第1章 スピアの前説
コスプレ盆踊り大会?散々だったわ。
例えばミユリ姉様。あの日こそテリィたんの推しに返り咲く絶好のチャンス…
そう思っていたのに、当のテリィたんはティルとキス。姉様はテリィたんからもらった真っ赤なコサージュをゴミ箱へ放り込んで、そのまま会場を去っちゃった。
お次はカレル。ティルと急接近できる大チャンスだったのに「僕はティルを異性というより妹として見ていたんだ」なんて1人で悟りを開いちゃって、恋まで成仏。はい、これも失敗。
でもね、悪いことばかりじゃないの。
あの大混乱の盆踊りで、ちゃんと光を見つけた子もいる。それはアレク。
メソポタミア帰りで妙に男前になっちゃって、エアリもとうとう本気の恋に落ちたみたいよ。
だから今回は、その続きのお話。
終わったはずのコスプレ盆踊り大会の続きを、私たちはまだ生きてるの。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アレクの部屋。スマホ越しに笑うアレク。
「YES。僕にとっても最高の夜だったよ」
"ほんと?"
ベッドで寝転がるエアリが微笑む。
"じゃあ今夜も会わない?"
その瞬間。
アレクの左右にいたミユリさんとスピアが、
スゴい勢いで首を横に振る。
「いや…今夜は無理かな」
"どうして?"
「その…」
「勉強!」
スピアが小声で鋭く叫ぶ。
「勉強しなきゃ」
"まだ勉強するの?"
エアリは頬をふくらませる。
"それ以上、頭が良くなってどーするのよ"
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
アレクは頭をかく。
「カルチャーセンターの宮沢賢治クラス、もうすぐ試験なんだ。思ったより大変でさ」
"つまり私と会うよりも勉強?"
少しだけ拗ねるエアリ。
"『銀河鉄道9999』の方が私より大事なの?"
ミユリさんとスピアは必死にジェスチャーを送る。
──押し切って。
──絶対こっちから折れちゃ駄目。
「もちろん会いたいよ」
アレクは優しく笑う。
「でも今夜だけは我慢して」
エアリは少し黙り、
それから小さく笑った。
"わかった。でも、気が変わったら御帰宅して。
私は御屋敷にいるから"
「ありがとう」
"またね"
「じゃあね」
通話が切れる。
アレクはベッドへ倒れ込み、大きく息を吐く。
そこへ2人がすかさず座り込む。
「上出来」
ミユリさんが拍手する。
「これでエアリは追いかける側」
スピアも満足そうにうなずく。
「あのエアリが、今ごろベッドで、
貴方のことばかり考えてるだなんて!」
アレクは照れ笑い。
「そんなことあるかな」
「あるある」
スピアは胸をぽんと叩く。
「絶対に自分から電話しちゃ駄目よ」
「恋は我慢したほうが勝ちだから」
「じゃ、お仕事行ってくる」
「頑張って」
2人が部屋を出る。
静かになった部屋で、アレクは天井を見つめる。
「強気、か」
思わず笑みがこぼれる。
そのとき、チャイムが鳴る。
玄関を開けると、
紙袋を提げた配達員らしき青年が立っている。
「アレクさんのお宅で間違いありませんか?」
「あ、はい。」
「お待たせしました。道路が混んでしまって」
紙袋を受け取る。
「ありがとうございます」
青年は端末を差し出す。
「こちらにサインを」
アレクは名前を描く。
青年は軽く頭を下げる。
「失礼します」
静かに去っていく。
部屋へ戻り、袋を開く。
「また冷めてる」
ハンバーガーを持ち上げて苦笑する。
「レンジに入れるか」
缶コーラを開ける。
プシュッという音だけが部屋に響く。
「人生って」
一口飲んで、小さく笑う。
「どうして、思いどおりにいかないんだろうな」
ふと机の写真立てに目が止まる。
コスプレ盆踊り大会で撮った1枚。
その中で笑うエアリを、
アレクは、黙って見つめている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜。
サイレンを鳴らし、覆面パトカーが街を駆ける。
運転席にはラギィ警部。無線の声が車内に響く。
事故現場。
赤色灯が夜を染め、救急車、消防車、パトカーが
幾重にも現場を囲む。
ラギィは車を降りる。
「ハンソ。ご苦労さま、状況は?」
「乗用車と大型トレーラーの正面衝突です。
1名死亡」
「身元は」
答えは返ってこない。
ラギィはゆっくりと規制線をくぐる。
横転した乗用車へ近づき、
警官がライトで車内を照らす。
ラギィの足が止まる。
「そんな」
その場に立ち尽くす。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同時刻。御屋敷。
「もう最低!」
ガシャン、と皿の割れる音が店内に響く。
皿を落としたスピアが顔をしかめる。
「だから君はわかってないんだ。」
向かい合う僕とマリレは、
映画談義の真っ最中。
「どう考えても『マトリックス』が上よ」
「いや、『グリーン・デスティニー』だ」
「幻想と現実、銃撃戦、革命。
あれ以上の映画なんてないわ。」
「愛と名誉と義務感だよ」
「比べる相手が違うの」
「だからエアリは…」
「わかってないのはテリィたんよ」
いつもの調子で言い合う僕たち。
カウンターではミユリさんがタブレットを開き、
静かに帳簿をつけている。
ボックス席では、エアリとティルがカレルを挟み、
スマホを見せ合って笑っている。
「見て」
「コスプレ盆踊りの時の写真?」
「これ、すごくカワイイ」
笑い声が店に広がる。
割れた皿を抱えたスピアがキッチンへ向かう。
その途中、勝手口にラギィ警部が立っている。
制服姿のまま、いつになく険しい表情。
スピアの足が止まる。
「…何?」
ラギィは、しばらく口を開けない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
数秒後。
「嘘っ!」
悲鳴が店中に響く。
スピアが泣きながらホールへ駆け込んでくる。
「嘘よ!そんなの嘘!」
全員が立ち上がる。ミユリさんが駆け寄り、
震えるスピアを抱き締める。
ラギィが静かにホールへ入って来る。
店内から、音が消える。
ラギィは全員を見回し、ゆっくりと言う。
「交通事故よ」
誰も動けない。
「アレクが、亡くなった」
第2章 切り取られた顔
夜の万世橋警察署。
覆面パトカーや鑑識車両が次々と戻ってくる。
ラギィ警部は、1台の搬送車の前で立ち止まる。
「ちょっと」
係員が振り返る。
その瞬間、エアリが僕の袖をつかむ。
「テリィたん、お願い」
僕は微かにうなずき、搬送車へ向かう。
ラギィ警部と係員は、署内へと消えていく。
残された仲間たちは、ただ車を見つめている。
「きっと」
エアリが小さくつぶやく。
「テリィたんなら、パワーを使ってくれる」
誰も返事をしない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
搬送車の中。
冷たい空気。
僕はゆっくりと死体袋のファスナーを下ろす。
その瞬間、
思わず息を呑む。
顔が歪む。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「きっと何かの間違いよ」
エアリは車を見つめたまま動かない。
「アレクは生きてる」
誰に言うでもなく続ける。
「テリィたんが胸に手を当てれば…
きっと目を覚ます」
微笑みが浮かぶ。
「急に起き上がって、
『びっくりした?』なんて笑うの」
誰も答えない。
「車が揺れて…みんなで笑って…」
搬送車は静かなままだ。
「きっと今ごろ、言い訳を考えてるのよ」
涙が頬を伝う。
「生き返っちゃった理由をね」
そのとき、
後部ハッチがゆっくり開く。
僕が降りてくる。
その顔を見た瞬間、ティルが息をのむ。
マリレは天を仰いで、何も言えなくなる。
ラギィ警部が近づく。
「テリィたん」
僕は何も言わない。言えない。
警部は僕の顔を見つめ、静かに悟る。
長い溜め息だけが夜に溶ける。
やがて警部が振り返る。
「みんな、帰りなさい。」
「そんな」
エアリの声が震える。
搬送車からストレッチャーが降ろされる。
黒い死体袋が静かに運ばれて逝く。
僕はスピアの肩を抱く。
堰を切ったように泣き崩れるスピア。
エアリはふらりと歩き出す。
その背中だけが遠ざかって逝く。
「テリィ様」
ミユリさんが静かに言う。
「エアリをお願いします」
僕は、黙ってうなずく。
エアリのあとを追う。
ティルはカレルの隣へ寄り添う。
カレルはそっとティルの肩を抱き、
2人もゆっくり歩き出す。
深夜の警察署の前に、
ミユリさんだけが取り残される。
誰もいなくなった駐車場で、
彼女はただ立ち尽くしている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
目覚まし時計が鳴る。
カレルは、無言でアラームを止める。
ベッドを降り、そのまま床へ両手をつく。
腕立て伏せ。
1回。2回。3回。
呼吸だけが部屋に響く。
後ろでドアが開く。
ラギィ警部だ。
「起きてたのね」
カレルは腕立て伏せを続ける。
「カレル」
ようやく顔を上げる。
警部はゆっくり近づく。
「こんな朝に言うことじゃないかもしれない。
でも、聞いて」
少し間を置く。
「アレクが亡くなったのは昨日」
さらに静かに続ける。
「今日は、あなたの誕生日よ」
カレルは黙っている。
「あなたの誕生日に死んだわけじゃない」
ラギィは肩にそっと手を置く。
「だから。お誕生日、おめでとう」
カレルは何も言わず、
その手に自分の手を重ねる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷。
「お帰り」
エアリが顔を上げる。
そこにはアレクが立っている。
「もう」
思わず笑う。
「アレクったら。死んだと思ったじゃない」
「ははは」
照れくさそうに頭をかく。
「あれはちょっとした勘違いさ。
僕はちゃんと生きてる」
「ほら、座って」
アレクは向かいの席へ腰を下ろす。
「君は元気?」
「もう大丈夫よ」
エアリは微笑む。
「池袋へ行くのは?」
「やっぱりやめるコトにした。
みんなと秋葉原に残るわ」
「よかった」
アレクも笑う。
「君がいなくなったら寂しいからな」
「私もよ」
エアリは少し照れながら言う。
「もうあなたと離れたくない」
アレクは優しくうなずく。
「心配しなくて良い。僕はどこにも行かない。
ずっと君のそばにいる」
少し笑って、
「バンドの練習以外は」
エアリも吹き出す。
「実は今、外でバンド仲間が待ってるんだ」
「今夜また会える?」
「もちろんさ」
2人はテーブル越しに身を乗り出し、
そっと唇を重ねる。
「楽しみにしてる」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「エアリ」
誰かが呼んでいる。
「エアリ、起きて」
肩を揺さぶられる。
エアリはゆっくり目を開ける。
暗い部屋。
枕元でスマホが鳴り続けている。
画面には、ミユリさん。
しばらく見つめたまま動けない。
やがて、震える指で画面に触れる。
「いや…」
小さくつぶやく。
「今の…夢だったの?」
沈黙。
「夢だったんだ…」
スマホは、まだ鳴り続けている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同時刻。
マリレはソファで泣き疲れたスピアを抱いている。
静かな部屋にスマホの着信音だけが響く。
「はい」
「マリレか」
ションだ。
「なんでお前、そこにいるんだ」
「黙って聞いて」
マリレは小さく息を吸う。
「アレクが、昨夜亡くなったの」
電話の向こうが静まり返る。
「死んだ?」
「交通事故よ」
長い沈黙。
「そんな…」
かすれた声が漏れる。
「スピアは?」
「かなり参ってる」
マリレは腕の中のスピアを見下ろす。
「私もだけどね」
ションは低く息を吐く。
「俺はまだ帰れない。
「渋谷で冤罪をかけられていて…
あと数日は蔵前橋を離れられない」
少し間を置いて、
「2人を頼んだぞ」
「任せて」
「じゃあな」
通話が切れる。
静寂だけが残る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
しばらくして、再びスマホが震える。
「ション?」
「僕だ」
「テリィたんなの?ごめん」
マリレは力なく笑う。
「さっきまでションと話してたから…
あぁこんなことになるなんて。
まだ信じられないわ」
「僕もだ」
短い沈黙。
「テリィたんもアレクとは
仲が良かったんでしょう?」
「うん。でも、スピアほどじゃない。
スピアは?」
「まだ受け止められてない」
マリレは眠るスピアの髪をそっと撫でる。
「見てるだけで苦しいわ」
「話せるかな」
「さっき出て行ったわ」
やさしい嘘だ。
「行き先も聞かなかった。
今は…そっとしてあげたいの」
「そうだね」
僕も、静かに応じる。
「僕から電話があったって伝えてくれ」
「ROG」
通話が切れる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
万世橋警察署の裏。
事故車両の保管所。
ミユリさんは、1人で歩いている。
並ぶ事故車。どれも潰れ、どれも沈黙している。
1台のトレーラーの前で足を止める。
青いシートをゆっくりとめくる。
現れたのは、無残に潰れた乗用車。
運転席へ手を伸ばす。
砕けたドア。
裂けたシート。
指先で静かになぞる。
血痕はない。
ふと、足元に1枚の写真が
落ちていることに気がつく。
拾い上げる。
メソポタミア旅行の時の写真。
以前にも見せられたことがある。
アレクと現地で出来たガールフレンド。
笑顔で寄り添う2人。
けれど。
アレクの顔だけが、
鋭利な刃物で切り取られている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
外神田ER。
ベッドに横たわるパンチパーマの男を前に、
ラギィ警部が手帳を閉じる。
「最後に覚えていることは?」
男は顔をしかめる。
「ブレーキを踏んだ」
少し考えて、
「それからハンドルを切った。思い切り」
「左右、どちらへ?」
「右だ」
即答だ。
「左から車が突っ込んできたんだからな」
背後でハンソ警部補がタブレットを確認する。
警部に小声で耳打ちする。
「タイヤ痕と一致します」
ラギィは黙って腕を組む。
男は不機嫌そうに顔をしかめる。
「だから言ってるだろ。
俺は嘘なんかついてねぇ」
「酒は?」
「ノンアル1本。しかも、飲んだのは
運転の3時間前だ」
「速度は?」
「90キロ」
「100キロ以上出していた、
という証言もあるんだけど」
男は鼻で笑う。
「出してねぇよ。
しかし、さっきから気に入らねえな」
警部を真っ直ぐ睨む。
「俺を疑ってるんだろ」
ラギィは答えない。
男は低い声で言う。
「でもな。あの事故は俺のせいじゃない」
病室が静まり返る。
「あの車はよ。
自分から俺の車線へ突っ込んできたんだ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷のバックヤード。
「アレクが御屋敷へ向かっていた、
とは限らないわ」
ミユリさんは静かに言う。
しかし、エアリは首を振る。
「いいえ。来る予定だった。
だって、勉強しに来るって約束したもの」
声が震える。
「私が呼んだのよ。それじゃなかったら、
アレクは夜に車なんか出さないわ」
ミユリさんはそっと肩に手を置く。
「考えすぎよ。これは悲しい事故。
忘れられない出来事になるでしょう。
でも、貴女のせいじゃない」
エアリは唇を噛む。
そして堰を切ったように叫ぶ。
「頭から離れないの!」
涙があふれる。
「私が大切に思った人は…
みんな死んでしまうんだわ!」
ミユリさんは強く抱きしめる。
「自分を責めちゃダメ。
もし私のパワーが戻っていたら…
エアリにこんな思いはさせなかったのに」
エアリはゆっくり首を振る。
「姉様。私、もう超能力なんて、いらない」
ミユリさんは息をのむ。
「私…」
涙をぬぐいながら、
静かに言う。
「秋葉原を出るわ」
「出る?どこへ行くの?」
エアリは遠くを見る。
「前から、ずっと考えていたことがあるの」
その瞳は、もう秋葉原ではなく、
どこか違う世界線を見つめている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
パーツ通り。
メイド服姿のミユリさんが、1人歩いている。
すれ違う人たちは会釈をし、
何か言いかけては口を閉ざす。
誰も声を掛けられない。
その視線を背中に受けながら歩く。
ふと足が止まる。
電柱に手をつき、小さく息を吐く。
「姉様」
振り返る。スピアだ。
2人は何も言わず抱き合う。
「大丈夫?」
ミユリさんが尋ねる。
スピアは首を横に振る。
「まだ…だめ」
ミユリさんは優しく背中をさする。
「今日は、今日をやり過ごしましょう。
前を向いて、息をするの」
スピアは涙をこらえ、うなずく。
「頑張る…姉様も」
「私は平気よ」
その時。出勤途中のマリレが、
メイド服のまま歩いてくる。
「マリレ」
ミユリさんはバッグから1枚の写真を取り出す。
「これを見て」
メソポタミア旅行の時の写真を出す。
笑い合うアレクと彼女の姿。
しかし。
アレクの顔だけが、
切り取られている。
スピアが息をのむ。
「姉様…それ…」
「アレクの車の中に落ちていたの」
「車の中…?」
スピアの顔色が変わる。
ミユリさんは静かに続ける。
「落ち着いて見て」
「切られているのは、アレクだけ?」
「彼女の顔には傷1つないわ」
スピアは後ずさる。
「ごめんなさい。もう無理。吐きそう…」
震える声で言う。
「姉様。あの事故車を見に行ったの?」
「ねえ」
ミユリさんは写真を見つめたままつぶやく。
「おかしいと思わない?
こんなことをする理由があるはずよ。
事故じゃないのかもしれない」
「もうやめて!」
スピアが叫ぶ。
思わずミユリさんの肩を突き飛ばす。
よろけた体を、マリレが受け止める。
「スピア!落ち着いて」
スピアは肩で息をしながら首を振る。
「今はそんな話、聞きたくない」
ミユリさんは写真を胸にしまう。
「きっと何かあるわ」
その一言だけ残し、静かに歩き去る。
スピアは何も言えず、その後ろ姿を見送る。
写真の切り取られた顔だけが、
いつまでも脳裏に焼き付き離れない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
万世橋警察署。取調室。
ラギィ警部は、デリバリーのイケメン青年と
向かい合っている。
「アレク君の様子は?」
イケメンは少し考えてから答える。
「なんていうか…かなり落ち込んでいました。
料理が遅れたときって、
普通は怒るじゃないですか。
でも、彼は違いました。
この世の終わりみたいな顔をしていて…」
ラギィは静かにメモを取る。
「そんなに?」
「はい」
「何か話していましたか?」
「人生って、どうして思うように
いかないんだろうって。
なんで、いつもこうなんだろうって」
部屋に沈黙が落ちる。
「そう」
ラギィは手帳を閉じる。
「もう帰って良いわ」
青年は一礼し、部屋を出る。
入れ替わるようにハンソ警部補が入って来る。
「カルチャーセンターでも話を聞いてきました」
タブレットを開く。
「先生方によると、特に変わった様子は
なかったそうです。ただ…」
ラギィが顔を上げる。
「感情の起伏が激しかったそうです。
急に塞ぎ込んだり、逆に妙に陽気になったり…
授業にも集中できていなかったようです」
ラギィは腕を組む。
「あの年頃なら、珍しくもないでしょう」
ハンソは、ゆっくり椅子に腰を下ろす。
「認めたくないお気持ちは分かります」
少し間を置く。
「ですが…
現時点では、自殺の可能性が最も高い」
「やめて」
ラギィは即座に遮る。
「絶対に違うわ」
ハンソは小さく息をつく。
「そうだと良いんですが」
そう言い残し、部屋を後にする。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カルチャーセンター。
ロビーに献花台が設けられ、アレクの遺影の前に、
色とりどりの花束が並んでいる。
誰かがメソポタミアの都市国家旗を静かに供える。
僕は遺影を見つめたままつぶやく。
「あんなに良い奴だったのに。体中、血だらけで…
もう、アレクには見えなかった」
隣に立つティルが、そっと肩に手を置く。
「でも、触れたんでしょう?」
「うん」
僕は目を閉じる。
「怖かった」
「アレクの肌…もう、冷たかった」
涙があふれる。
ティルは何も言わず寄り添ってくれる。
そこへ、エアリ、スピア、マリレがやって来る。
全員、メイド服のままだ。
僕が立ち上がると、
マリレが耳元で小さくささやく。
「カルチャーセンターがカウンセラーを呼んだ。
色々と目をつけられると面倒よ」
僕は黙ってうなずく。
その横で、スピアは献花台を見つめている。
「何なのよ」
声は震えている。
「この人たち、アレクが生きている間は、
誰も気にも留めなかったくせに」
花を手向け、涙を流す人々を見回す。
「今になって泣いて。祈って…
まるで、自分たちも親しかったみたい」
両手で頭を抱える。
「こんなの…アレクは見せ物じゃない。
腹が立って仕方ないわ」
その時、カレルが静かに近づいて来る。
「アレクのご遺族から連絡があった」
僕は顔を上げる。
「葬儀の時だけど。
俺とテリィたんに、棺を担いで欲しいって」
僕は遺影を見つめる。
「わかった」
それだけ答える、
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
どうやら、デリバリーのイケメンも
カルチャーセンターの生徒だったようだ。
「一目でわかったよ。だって、
わけわかんないことをぶつぶつ言ってた。
あの時、きっともう死ぬ気だったんだ」
それを取り巻くカルチャーセンターの女子たち。
一斉にうなずく。
「とにかく。あの時、
もう死ぬ気だったんじゃないのかな」
「そんな言い方やめて」
ミユリさんが割って入る。
「ねぇみんな、もう行きましょう」
スタジャン姿のスポーツ女子たちは歩き去る。
デリバリーのイケメンと向き合うミユリさん。
「貴方に聞きたいことがあるの。
今ちょっと良い?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷のバックヤード。
エアリは爆弾発言をする。
「みんなに話があるの。
こんな時に悪いけど、私、秋葉原を卒業して、
池袋に移るわ」
「池袋?まさか風俗か?」
「以前から考えていたことなの」
「今は冷静に判断できる時じゃないだろ」
ヲタッキーズを抜ける?絶対反対だ。
「テリィたん。これは私の人生なの」
「そんな事はわかってるさ」
「エアリ。その話、今しなきゃダメなの?」
マリレも加勢してくれる。
「マリレの言う通りだ。
何も今日決めなくても良いだろう」
「決めるのは私よ。
みんなで決めてもらうことじゃない。
私が決めることだわ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同時刻。デリバリーのイケメンに迫るミユリさん。
「その時アレクはなんて言ったの?」
「どうだっけ…
人生はどうしてうまくいかないんだろうとか」
「それであなたは?」
「どうかなって」
憤慨するミユリさん。
「何よそれ。冷たすぎない?
こいつ死ぬ気だって思った相手にそれだけ?
そんなことをみんなに話してうれしい?」
「あ。そんなつもりはない。謝るよ。
気を悪くさせたのなら、ごめん」
やたら引き際は良い。
「そう。なら良いわ。
他に何か思い出したら教えて。
私ならいつでも御屋敷にいるから」
ミユリさんは歩き去る。
イケメンは溜め息をつく。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
万世橋警察署。
ラギィ警部のオフィス。
机の上に、1枚の写真が置かれる。
アレクと、メソポタミア旅行で知り合った、
少女とのツーショット。
アレクの顔だけが切り取られている。
「この写真には、何か意味があるはずです」
ミユリさんは強い口調で言う。
ラギィは写真を手に取り、溜め息をつく。
「まだ確証はないわ」
「ごまかさないで」
1歩踏み出すミユリさん。
「何か心当たりがあるんでしょ?
この写真が意味するものを」
「まだ推測の段階なのよ」
「どうして私に隠そうとするの?」
張りつめた空気を、スピアが割って入る。
「ミユリ姉様」
静かな声だった。
「今日は私にとっても、
姉様にとっても最悪の日だわ。
もう帰りましょうよ。夜も遅いし」
「嫌よ」
ミユリさんは首を振る。
「私に必要なのはカウンセラーなんかじゃない。
真実よ。アレクは、
どうして死ななきゃいけなかったの。
私は、その理由を知りたい」
ラギィは目を閉じる。
「わかったわ」
重い沈黙。
「姉様は聞きたくないと思う」
「それでも話して」
ラギィはゆっくり口を開く。
「現場検証と証言を照らし合わせた結果、
アレクは、自分から対向車線へと
ハンドルを切った可能性が高い」
言葉が空気を凍らせる。
ミユリさんは立ち尽くす。
「どうして…」
かすれた声が漏れる。
「どうしてアレクが、そんなことを」
「この数週間、多くの人が証言している」
ラギィは淡々と続ける。
「情緒が不安定だった。集中力も落ちていた。
カルチャーセンターでも、
成績が急に下がっていたそうよ」
「ラギィ」
ミユリさんは首を横に振る。
「貴女、自分が何を言っているのか、
わかってる?」
「私達はね、対向車の運転手にも会った。
現場も見た。成績表も、この目で確認した」
「だからって…アレクは、
ラテン語の成績が悪かったから、
自殺したっていうの?」
ラギィは苦しそうに目を伏せる。
「理由は、私にもわからない。
でも、もし彼が自分という存在を
消したいと願っていたのなら…」
机の上の写真を見つめる。
「この写真も、説明がつくわ」
ファイルを差し出す。
「自分の顔だけを切り取った理由もね。
私だって辛いの。
こんなこと、口にしたくなかった」
ミユリさんはファイルを見ることもなく、
背を向ける。
「もう結構です」
ドアが勢いよく閉まる。
部屋に残されたラギィは、深く溜め息をつく。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜のパーツ通り。
ミユリさんは、人気のない歩道を
ふらつくように歩いている。
「違うわ」
小さくつぶやく。
「そんなはず、ない」
街灯の下で両手で頭を抱える。
こみ上げる吐き気をこらえきれず、
その場にしゃがみ込む。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
とある雑居ビルの屋上。
僕のペントハウス。
部屋は暗く、僕は黙って喪服に袖を通す。
窓を叩く、小さな音。振り向くと…
メイド服姿のミユリさんが立っている。
窓を開ける。しばらく黙ったまま見つめ合う。
やがて彼女は、小さな声で言う。
「1人でいたくないんです」
1拍置く。
「今夜だけ、ここにいさせてもらっても…」
僕は静かにうなずく。
「もちろんOKさ」
ミユリさんは窓から部屋へ入って来て
静かに窓を閉める。
2人とも何も話さない。
ただ、夜だけがゆっくりと更けて逝く。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
部屋の灯りは落としたまま、
僕はミユリさんの話を最後まで聞く。
「そんな馬鹿な」
思わず声が漏れる。
ミユリさんは力なくうなずく。
「でしょう?私も、そう言ったんです」
僕は首を振る。
「アレクが自殺なんてするはずがない」
「ええ」
その言葉だけは、迷いなく返ってくる。
「絶対に、そんな人じゃない」
少し間を置いて、彼女は続ける。
「なのに、ハンソ警部補は、
完全にそう信じて、その方向で、
報告書をまとめるつもりです。
新聞も、きっと自殺と描くでしょう。
それを、みんなが読む…」
震える声。
「アレクを知っている人も。ご家族も。
万世橋警察署は、アレクの死を自殺として、
終わらせようとしています」
僕はしばらく黙っている。
そして静かに言う。
「そうはさせない」
ミユリさんが顔を上げる。
「ラギィと話してみるよ。未だ推測の段階なら、
決めつけるべきじゃない」
彼女の表情が、ほんの少しだけ緩む。
「テリィ様。お願いします。
ご遺族のことを思うと、耐えられないんです。
自分の息子が、自殺したなんて」
言葉が途切れる。ミユリさんは、
ベッドの脇に腰を下ろし膝を抱える。
小さく丸まった背中が、
いつもよりずっと華奢に見える。
「何とかするよ」
僕はそれだけ言う。
彼女は小さく笑う。
「ありがとうございます」
その瞬間。
ぐぅ、と静かな音が部屋に響くw
僕は思わず彼女を見る。
ミユリさんは耳まで赤くしてうつむく。
「こんな時に。テリィ様にお話ししたら、
何だか急に…気にしないでください」
「そういう訳にはいかない。最後に食べたのは?」
少し考えてから答える。
「昨日…だったと思います。たぶん」
僕は立ち上がり、冷凍庫を開ける。
「もやしタマゴしか作れないけど…食べる?」
ミユリさんは照れくさそうに笑って、
小さくうなずく。
「ぜひ」
ダッジオーブンを火にかける。
部屋には、調理の音だけが流れる。
不思議と、その音は、さっきまでの沈黙よりも、
少しだけ温かく聞こえる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ごめんなさい。もう、お茶は十分いただいたわ」
ソファに腰掛けたスピアのママが穏やかに微笑む。
首を振るマリレ。
「じゃあ、これをどうぞ。」
湯気の立つグラスを差し出す。
「バター入りのホットラムです」
「まあ」
スピアのママは、少し驚いたように目を丸くする。
「こんなものまで作れるの?」
「育ての親に教わったんです」
マリレは照れくさそうに笑う。
「私がまだ自転車にも乗れない頃から、
カクテル作りを叩き込まれて。
『バーテンダーは酒だけじゃなく、
人の気持ちも作る仕事だ』って」
グラスを口元へ運んだスピアのママは目を細める。
「おいしい」
「ありがとうございます」
少し沈黙が流れる。
「スピアは、まだ寝てるの?」
「はい」
マリレは苦笑する。
「何度起こしても、
お布団を蹴飛ばしてまた寝ちゃうんです」
スピアママは笑う。
「小さい頃からの癖なのよ」
「そうなんですね」
スピアママはマリレを見つめる。
「そういえば…
貴女がこんなに長く家にいるのは初めてね」
マリレは少しだけ視線を落とす。
「1人でいたくなくて。
もしご迷惑なら、帰ります」
ゆっくり首を振るスピアママ。
「そんな意味じゃないの」
優しい声だ。
「貴女は、私たち母娘に本当によくしてくれる。
そのお礼を言いたかっただけ」
マリレは黙って聞いている。
「自分の娘が、大切に思われている姿を見るとね」
少し照れたように笑う。
「母親って、それだけで、
胸がいっぱいになるものなの。
できることなら、その時間を、
もっと見ていたい」
スピアのママは、マリレの手にそっと触れる。
「だから、この家では遠慮なんてしないで。
マリレ。あなたは、いつでも歓迎よ。
好きなだけいてちょうだい」
マリレは小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
スピアのママは、いたずらっぽく笑う。
「でも。露骨な百合だけは勘弁よ。
寝るのはソファでね」
マリレもようやく笑う。
「はい」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
背景は御屋敷だ。エアリの前に、
いつもの笑顔のアレクが立っている。
「アレク…」
エアリは震える声で問いかける。
「これは夢なんでしょう?」
「ああ」
アレクは穏やかに笑う。
「これは君の夢の中だ」
「本当のあなたと話したい」
「話せたら、何を言う?」
エアリは唇を噛む。
「謝りたいの。ごめんなさいって」
アレクは静かに首を振る。
「謝るのは僕の方だよ」
「違うわ」
エアリは目を伏せる。
「私が電話なんてしなければ…」
「電話をかけたのは僕だ」
「でも、私があなたを引き込んだ」
「何に?」
「私の人生に」
エアリは頭を抱える。
「私と付き合わなければ、
あなたは死なずに済んだ」
しばらく沈黙が流れる。
やがてアレクが口を開く。
「もし本当の僕がここにいたら…
きっと同じことを言うな。
そんなふうに自分を責めるなって」
「でも、そう思えてしまうの」
「そうか」
アレクは少し寂しそうに笑う。
「じゃもう行くよ」
「どうして?」
「僕がここにいる限り、君は前に進めない」
「行かないで。ここにいて」
アレクは静かに首を振る。
「本当の僕は、もう死んだ。
ここにいる僕は、君が見ている夢だ。
だけど、夢は、いつか終わる」
エアリは涙をこらえながら尋ねる。
「また会える?」
「それは君次第だよ。でも…」
少しだけ笑う。
「僕は、もう夢の中に住み続けちゃいけない」
アレクはそっとエアリに口づける。
短く、優しく。
「さようなら、エアリ」
背を向け、御屋敷の扉へ歩いて逝く。
「愛してるわ」
エアリの声に、アレクは足を止める。
振り返る。
「言葉にしなくても、わかってた」
穏やかな笑みを浮かべる。
「僕も、愛してた」
扉が静かに閉まる。
その瞬間、エアリはベッドの中で目を覚ます。
夢だ。
枕を抱きしめたまま、声にならない嗚咽が漏れる。
やがて堰を切ったように泣き崩れる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
深夜の会話は弾む。
「…で、アレクはラテン語の先生を感電させた。
そんな話まで飛び出し、アレクは危うく
停学になるところだったらしいよ」
「テリィ様、それは違います」
ミユリさんは、僕が大事にとっておいた
ブラックパンダーのチョコケーキを
頬張りながら、首を横に振る。
「先生方は笑って許していました。
コスプレ盆踊りの日、先生同士がその話をして、
大笑いしてました。『あいつらしい』って」
僕は肩を落とす。
「そうだったのか」
「ええ。だから、その件が原因なんて
絶対に考えられません」
チョコケーキを平らげ、ミユリさんは一息つく。
コーヒーの湯気だけが、ゆっくりと立ち上る。
やがてミユリさんが、小さく息を吸う。
「それから…コスプレ盆踊りの日のことです」
僕は顔を上げる。
「テリィ様が、ティルとキスをしているところ、
見ました」
マジかよ。
「ミユリさん、あれは…」
「良いのです!」
僕の言い訳は、柔らかな声で遮られる。
「私たち、お互い前へ進もうって、
約束しましたもの」
少しだけ笑う。
「だから、あんな場面を見ても…
私は大丈夫でした。ホントですよ」
その笑顔は穏やかだ。
だが、その奥の寂しさを隠しきれない。
「今宵、それだけを伝えておきたかったんです」
僕は、ゆっくりとうなずく。
「そうか」
ミユリさんは立ち上がる。
「帰ります。
テリィ様が大事に取っておいた、
ブラックパンダーまで頂いてしまって。
ごちそうさまでした」
少し照れくさそうに笑う。
「話も聞いてくださって
ホント、ありがとうございました」
来た時と同じ場所へ向かって歩き出す。
窓に手を掛けたところで、ふと振り返る。
「テリィ様」
「ん?」
「これからも…ずっとヲタ友でいてくれますか」
僕は迷わず答える。
「ああ。もちろんだよ」
その一言に、ミユリさんは安心したように微笑む。
「よかった」
鈴の音。窓が静かに閉まる。
夜の闇の中へ彼女の姿が溶けていく。
僕はしばらく、閉まった窓を見つめ続ける。
第3章 丘の上の葬儀
覆面パトカーを先頭に、黒い車列は、
妻恋坂をゆっくりと登って逝く。
晴れ渡った空。
どこまでも青い。
坂を上り切ると、
風に草の揺れる荒れ地が広がっている。
その丘の中央に、
小さな葬儀場がぽつんと建っている。
まるで、この先は墓地だけが続く、
世界の果てのような景色だ。
霊柩車が静かに止まる。
後部ドアが開き、棺が姿を現す。
胸に赤い薔薇を挿した男たちが、
ゆっくりと棺を担ぎ上げる。
風だけが吹いている。誰も言葉を発しない。
やがて、1人の歌声が流れ始める。
スピアだ。
喪服姿の彼女は、まっすぐ前だけを見つめ、
ラテン語の古い聖歌を静かに歌う。
その声には涙も震えもない。
だから、胸に刺さる。
エアリが棺の前へ進む。
胸元の赤い薔薇を外し、そっと棺の上へ置く。
何も言わない。
ただ、長い時間、そこに立ち尽くす。
続いて、みんなが1人ずつ前へ出る。
赤い薔薇が1本、また1本と棺を覆って逝く。
歌だけが流れ続ける。
放心したように歌い続けるスピアの肩へ、
マリレが静かに手を添える。
歌は途切れない。
やがて棺は墓穴へ降ろされる。
参列者は一握りの土を手に取り、
赤い薔薇の上へ落として逝く。
乾いた土の音だけが、丘に響く。
最後に僕が前へ出る。
胸の赤い薔薇を外し、棺の上へ置く。
「またな、アレク」
それだけつぶやく。
風が吹く。
赤い花びらが揺れる。
僕たちは、誰1人動かず、
その棺を見つめ続ける。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
丘を吹き抜ける風の中。
参列者たちは静かに帰路につく。
霊柩車がゆっくりと走り出す。
その窓から、ミユリさんは振り返る。
草原の中を歩く僕とラギィの姿を
いつまでも目で追っている。
ラギィが口を開く。
「いい?テリィたん、
私がミユリ姉様に話したことは、全部事実よ」
僕は足を止める。
「だからって」
思わず声が強くなる。
「どうして、
あんなことをミユリさんに言うんだ」
ラギィは黙ったまま前を向く。
「姉様は、真実を知りたがっていた。
そして、私は警察官なの。
知っていることを隠し続けることは出来ない」
「でも」
僕は首を振る。
「アレクは、自分から命を絶つような奴じゃない。
そんな報告書、絶対に描き直させてくれ。
ハンソ警部補に指示してくれよ」
ラギィは立ち止まる。
しばらく黙ってから、肩に掛けたバッグを開く。
1冊の分厚いファイルを取り出す。
表紙には、アレクの証明写真。
「これを」
僕は受け取る。
「何だ?」
「アレクについて調べたことが、全部入ってる」
ラギィの声は静かだ。
「現場写真。実況検分。様々な証言。
カルチャーセンターでの記録…
私が今、自殺の可能性を否定できない理由も」
僕は黙って表紙を見つめる。
ラギィは続ける。
「私だって辛い。
できることなら、全部間違いであってほしい。
でも警察官は、願いじゃなく、
証拠で動かなきゃいけない」
少しだけ目を伏せる。
「読んで。その上で、納得できないなら…
一緒に真実を探しましょう」
ラギィはそう言い残し、
覆面パトカーへ向かって歩いて逝く。
エンジン音が遠ざかる。
広い丘には、僕だけが残される。草むらの脇には、1台のケッテンクラートがぽつんと停まっている。
僕はその車体にもたれかかり、ファイルを開く。
最初のページにあるアレクの笑顔が、
まっすぐ僕を見返す。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
葬儀の帰り。アレクの実家。
親しい者たちだけが庭に集まる。
紙コップのコーヒーを片手に、
エアリに声をかけるカレル。
「池袋に行くんだって?」
「ええ」
エアリは小さくうなずく。
「少しだけ、環境を変えてみようと思って」
「そうか」
カレルはそれ以上何も言わない。
庭の池では鯉がゆっくりと水面を揺らしている。
その傍らに、アレクの父親が1人、
ポケットへ手を入れたまま立っている。
背の高い人だ。
ミユリさんが静かに歩み寄る。
「アレクのお父さん」
アレクのパパは振り向き、穏やかに笑う。
「ミユリ姉様。元気かね?」
「何とか」
父親は池を見つめたまま話す。
「あの子はね。君とスピアのことを、
本当の親友だと思っていた」
少し間を置く。
「そのことだけは、
いつまでも覚えていてやってほしい」
ミユリさんは、深くうなずく。
「私の方こそ、忘れません」
そして意を決して口を開く。
「お願いがあります」
「何かな?」
「アレクの部屋を見せていただけませんか」
アレクのパパは、静かに息をつく。
「実はね。私も、まだ入れずにいるんだ」
しばらく黙ったあと、小さく笑う。
「でも…ミユリ姉様ならOKだ。行っておいで」
ミユリさんは思わずアレクのパパを抱きしめる。
「ありがとうございます。
ホントに、ありがとうございます」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アレクの部屋。
パソコン。
積み上げられた本。
パルプ雑誌。
UFOの模型。
超常現象の写真。
壁には四弦ギターが掛けられている。
ミユリさんはそっと手に取り、
静かに弦を鳴らす。
低い音が部屋に溶ける。
「ねぇ、アレク」
誰もいない部屋へ語りかける。
「本当は、何があったの。
貴方が自殺なんてするはずがない。
でも、何から考えれば良いのかわからないわ」
視線を机へ落とす。
「お願い。ヒントだけでも残しておいて。
あなたなら、きっと…」
机の上に1冊の詩集が置かれている。
"社食詩人ヘンリ詩集"
ページの間に何かが挟まっている。
開く。山田省吾?
2枚のコンサートチケット。
そのページに1篇の詩。
"万貫の森は暗く、深い
だが私には帰るべき社食がある
眠る前に、食べるべきMENUがある"
ミユリさんはゆっくりと読み上げる。
そしてチケットを見つめる。
「そういうことなのね」
微笑みが浮かぶ。
それは悲しみではない。
確信に近い表情だ。
「ありがとう、アレク」
チケットを大切に胸にしまう。
「今度は私が見つける。
アレクが、本当に伝えたかったことを」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
少し遅れて、僕とラギィもアレクの家へ戻る。
すると、背後からティルが駆け寄ってくる。
「テリィたん!」
「どうした?」
「みんなに話したいことがあるって。
ミユリ姉様が」
僕はティルに促されて、
2階のアレクの部屋へ向かう。
ラギィだけが廊下に残される。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アレクの部屋。
全員の視線がミユリさんに集まる。
ゆっくりと部屋を見回すミユリさん。
「これから話すことを聞けば、
きっと、みんなは驚くと思うわ」
1度息を吸う。
「でも、私は黙っていられないの。
万世橋警察署は、アレクの死を自殺として、
処理しようとしているわ」
部屋が静まり返る。
「でも。そんなはずはない」
スピアが強くうなずく。
「そうよ。アレクが自殺なんてするはずない」
僕は静かに割り込む。
「いいや」
全員が僕を見る。嫌なシーンだ。
「もしかしたら、その可能性もあるんだ」
「なんですって?」
ミユリさんの表情が変わる。
「テリィ様。昨夜は違うと仰ったじゃないですか」
「僕だって信じたくないさ。でも、さっき、
ラギィから、警察の資料を見せてもらった。
証拠だけを見る限り、否定しきれない」
「テリィ様」
ミユリさんは悲しそうに首を振る。
「テリィ様は、アレクより警察を信じるの?」
部屋の空気が張りつめる。
その時、ミユリさんは机の上から、
2枚のチケットを取り上げる。
「だったら、これは?」
山田省吾のコンサートチケットだ。
「2枚あります。アレクは亡くなる直前に
これを買っているのです」
エアリを見つめる。
「貴女と行くつもりだったのよ、きっと」
たちまち涙目になるエアリ。
「教えて。数日後に死ぬつもりの人が、
コンサートのチケットを2枚買う?
そんな人が、自殺なんてする?」
スピアが勢い良く立ち上がる。
「姉様の言う通りよ!絶対に自殺じゃない!」
ティルは静かに言う。
「でも、それだけで証拠になるかしら」
スピアが振り向く。
「アレクを知らない人は黙ってて!」
「スピア、逝い過ぎだ。ティルに謝れ」
僕が声を強める。みんなが黙ってしまう。
「ここで言い争っても意味がないわ」
沈黙を破ったのはマリレだ。
「私は自殺じゃないと思う。
でも、事故だった可能性はある。
私たちは、それを信じれば良いんじゃない?」
ミユリさんは首を横に振る。
「違うわ」
その声は、はっきりしている。
「事故じゃないの」
エアリが顔を上げる。
「姉様、どういうこと?」
ミユリさんは静かに答える。
「殺されたの」
部屋の空気が凍りつく。
「殺された?」
カレルが思わず聞き返す。
僕も立ち上がる。
「誰が?
誰がアレクを殺す理由なんてあるんだ」
「それは、未だわかりません」
ミユリさんは、ためらわない。
「アレクを恨んでいた誰かかもしれないし
あるいは…」
全員を見回す。
「時空漂流者。
私たちと同じ世界線から来た誰か」
「そんなこと、あるはずない」
僕は即座に否定する。
「テリィ様、お願いです」
ミユリさんは必死だ。
「今までを思い出してください。
この1年半、私達は"ありえないこと"ばかり、
経験してきました」
エアリが立ち上がる。
「姉様、そんなの証拠でも何でもないわ」
ティルが間に入る。
「お願い。2人とも落ち着いて」
しかしミユリさんは止まらない。
「秘密を共有してきた仲間が、
納得できない死に方をしたの。
何も疑わない方がおかしいと思わない?」
カレルが腕を組む。
「僕も、何か裏がある気はする」
マリレが首を振る。
「でも交通事故でしょう?」
「もし犯人が時空漂流者なら
何のためにアレクを殺すの?」
ミユリさんはエアリを見る。
「エアリ。ソレは貴女と愛し合っていたからよ」
誰も息をすることさえ忘れる。
「キバァが、本当に存在するとして
彼は貴女たちが、この世界線に留まることを
恐らくは許さなかった。だから…」
「もうやめて!」
エアリの叫びが部屋に響く。
それでもミユリさんは続ける。
「2人の関係に気づいたとしたら…」
「姉様、やめてって言ってるでしょ!」
涙を流しながらエアリが叫ぶ。
「何も知らないくせに!」
ミユリさんも負けない。
「貴女たちだって心のどこかで疑ってる。
自分たちのせいかもしれないって。
認めたくないだけでしょう?」
長い沈黙。
僕は目を閉じ、小さく息を吐く。
「帰ろう」
その一言だけだ。
僕を先頭に、エアリが部屋を出る。
ティルが続く。
マリレも、何も言わず後に続く。
ミユリさんは、部屋に残る。
机の上には、2枚のコンサートチケット。
静かに置かれている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミユリさんは、机の上のコンサートチケットを
そっと手に取る。
胸に抱き、静かに言う。
「絶対に何かある」
誰に向けた言葉でもない。
「私は諦めない。どんなことがあっても、
真実を突き止めてみせる」
小さく息を吸う。
「アレクのために」
そう言い残し、部屋を出て逝く。
ドアが静かに閉まる。
部屋には沈黙だけが残る。
その沈黙を破ったのはスピアだ。
「まさか…」
力なく笑う。
「姉様が、みんなと対立する日が来るなんてね」
カレルはポケットへ両手を入れたまま
窓の外を見つめている。
長い溜め息。
「真実が何なのかは、まだわからない。
でも、1つだけ確かなことがある」
スピアが顔を上げる。
「もう、昨日までの俺たちには戻れない」
風がカーテンを揺らす。誰もいない机の上には、
アレクが読みかけた本だけが開かれたままだ。
第4章 嵐の夜
窓ガラスを激しい雨が叩いている。
稲妻。
一瞬だけ御屋敷のホールが白く染まり、
直ぐに暗闇へ戻る。
営業時間は、とっくに終わっている。
店内にはミユリさん1人だけ。
カウンターいっぱいに写真や書類を広げ、
アレクに関する資料を黙々と整理している。
写真を1枚手に取る。
思わず口元がゆるむ。
「そうだったわ」
CDデッキから流れる音楽。
警官のコスプレをしたアレクが、
得意げに踊っている。
「やめろよ!」
「脱ぐな!」
「きゃー」
仲間たちの笑い声。
それでもアレクは大真面目な顔で、
帽子を放り投げ、誰に頼まれたわけでもないのに、ぎこちないストリップを始める。
店中が笑いに包まれる。
次の写真。
エアリと肩を寄せ合い、
照れくさそうに笑うアレク。
さらに1枚。
ミスター・スポックみたいな髪型をして、
真顔でポーズを決めている。
青い洞窟から救出された日の写真もある。
タイムマシンセンターで、
ミユリさんの肩を抱き寄せる1枚。
その横で、スピアが満面の笑みを浮かべてる。
どの写真にも、誰かの笑顔が溢れている。
ミユリさんは静かに分類を続ける。
コスプレ盆踊り。
学園祭。
メイドカフェ。
夏祭り。
大晦日のカウントダウン。
積み重ねた日々が、1枚ずつ、
手の中を通り過ぎて逝く。
いつの間にか視界が滲んでいる。
「…だめ」
袖で涙を拭う。
それでも止まらない。
写真を持つ手が震える。1枚。また1枚。
とうとう机に突っ伏す。
肩が震える。
嗚咽が漏れる。
堪えようとしても、
涙は次々とあふれてくる。
「アレク」
声にならない。
店内には雨音だけが響いている。
その時だ。
ドン、ドン。
御屋敷の扉を叩く音。
ミユリさんは顔を上げる。
雷鳴。
再びホールは白く光る。
もう1度。
ドン、ドン。
こんな嵐の夜に。
ゆっくりと扉へ歩き、鍵を外す。
ドアを開ける。
雨が吹き込む。
そこに立っていたのは、全身ずぶ濡れになった、
デリバリーの青年だ。
髪から雫を落としながら、
彼は、静かにミユリさんを見つめる。
「ちょっと思い出したことがあってさ」
激しい雨を背負ったまま、
御屋敷へ入って来る。
制服から雨粒が床へ落ちる。
ミユリさんは顔を上げる。
「どうしたの?」
青年はポケットから1枚の紙を取り出す。
「あの日のカード決済の控えなんだけど」
受け取るミユリさん。
「カード会社から返って来たんだ」
「返って来た?」
「サインがおかしいって」
紙を開く。
サイン欄に名前はなく、
1列の数字だけが並んでいる。
11100100100111011001
店内に雨音だけが響く。
青年は、静かに言う。
「これ…何か意味があるのかな」
ミユリさんは、その数字から目を離さない。
「ええ。あるわ」
小さくうなずく。
「きっと、ある」
窓の外で稲妻が走る。
白く光った店内で、
その数列だけが異様な存在感を放つ。
ミユリさんは紙を胸に抱く。
そして、誰に聞かせるでもなくつぶやく。
「私には、
逝かねばならない社食がある」
1拍置く。
「そして、眠る前に
未だいくつものMENUが残っている」
雷鳴。
暗転。
おしまい
今回は、海外ドラマによく登場する"親友の死"をテーマに、喪失感の中で始まる、死の真相探しの物語です。今後、再生へと繋げポストモダンでシーズンを終えたいと思っています。
海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、インバウンドと並び、初めてのアキバに浮かれる日本人で溢れる秋葉原に当てはめて展開してみました。
秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。




