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【短編】ホラー短編シリーズ

雨なんて降ってないのに雨宿り

作者: 烏川 ハル

   

「もう5時ですよ、先輩。そろそろ帰りませんか?」

「ああ、もうそんな時間か」

 相棒の田中くんに返しながら、私は空を見上げる。

 今は夏だから日が長く、まだかなり明るかった。

 しかし帰りが遅くなれば、避難所に残る仲間たちが心配するかもしれない。確かに、そろそろ切り上げるタイミングなのだろう。

 そう思いながら、視線を左手首へ。私が巻いているのは、日付表示の機能が付いたアナログ時計であり、針は5時5分を示していた。

 そして日付の方は「13」。つまり今日は……。

「ああ、7月13日だったのか」

「そうですよ、先輩。あの大災害……。世界が一変した日から、今日でちょうど一ヶ月です」

 私の呟きに、田中くんが反応する。振り返ると、彼は優しい微笑みを浮かべていた。


 田中くんは私のことを「先輩」と呼ぶけれど、別に職場の同僚でもなければ、高校や大学が同じだったわけでもない。田中くんが言うところの「あの大災害」発生後、避難所で暮らし始めてからの知り合いに過ぎなかった。

 昼間の見回りへ、こうして一緒に出かけるようになり、初めて「先輩」と呼ばれた時には、くすぐったく感じたくらいだ。

 普通に名前で呼んでほしいとも思ったが、

「だって先輩は先輩でしょう? 人生の先輩ですよ、僕より長く生きている方々は全員」

 と言われると、反対も出来なかった。

 もしも平和な世であれば、彼の言葉にも特に深い意味など感じなかっただろうが……。

 長く生きること。一日でも長く生きること。その重要性を、今はつくづく噛みしめてしまうのだ。


「一ヶ月って、短いようで長いですね」

「ああ、そうだな」

 大人になると時間が経つのを早く感じるのは、変化が乏しくなるからだ。大災害の(たぐ)いが起きれば「変化が乏しい」どころの話ではなくなり、その分だけ体感時間も長くなるのだろう。


 そんなことを考えながら、すっかり廃墟と化した街を歩いていく。避難所として使っているショッピングモールまで、ここからならば十数分くらいだ。

 日課の見回りを終わらせた帰路ではあるが、私も田中くんも、周囲への警戒は続けていた。「家に帰るまでが遠足」みたいに「避難所に帰るまでが見回り」という感覚だからだ。

 少しでも見晴らしが良い方が安全なので、歩道ではなく、広い車道の真ん中を歩く。もはや走っている自動車など一台もなく、道端に乗り捨てられたのが時々視界に入るだけ。

 視界に入るといえば、コンビニやファミレスの横を通り過ぎる(たび)に見えてくるのが、それらの店の痛々しい姿だ。自動ドアも窓ガラスも破られているのは、おそらく「あの大災害」が起きた直後に、食料などを求める暴徒に襲われたのだろう。

 そんな暴徒たちも、何食わぬ顔で今、それぞれの避難所で暮らしているのだろうか? 連絡が取れないから(ほか)のところの様子はわからないが、少なくとも私たちが避難所としているモールには、そんな連中は入り込んでいないと信じたい……。


「先輩、あれ!」

 突然の叫び声に、ハッとさせられる。

 声の大きさ自体もそうだが、口調もいつもの田中くんとは違う。彼の動揺が伝わってくる響きだった。

 私も慌てて、田中くんが指し示す方へ視線を向けると……。

 民家の軒下(のきした)に立ちすくむ人影が一つ。

「まさか、生存者か? 今頃こんなところで!」

 思わず叫ぶと同時に、私はそちらへ駆け寄っていく。

   

――――――――――――

   

「あっ……!」

 しかし途中で足を止めてしまう。

 ある程度まで近づいたところで、(たたず)む人影の正体に気づいたからだ。

 身に纏っているのは、ボロボロの布切れと化した服。露出した手足の肌や顔の皮膚は、大半が腐って崩れ落ちている。

 明らかにもう死んでいるのに、まだ生きているかのように、ゆらゆらと体を揺らしたり、少し向きを変えたりしているのは……。

 いわゆるゾンビだった。


 昔ならば、フィクションの中だけの存在。しかし一ヶ月前、その実在が確認されて、しかもフィクション同様の感染力まで発揮し始めた。

 その結果、世界に溢れ出したゾンビ。私たちの世界を一変させるような、謎のゾンビ災害だった。

 電気やガスなどのインフラも駄目になっていく中、生存者たちはゾンビ映画に(なら)って、モールなどに立て篭もる。

 私もその一人であり、しかも運が良かった。私が避難所として選んだモールには、発電設備だけでなく小型浄水場まで設置されており、かなりの自給自足が可能だったからだ。


 また「ゾンビ映画に(なら)って」で言うならば、ゾンビたちの行動パターンもフィクションが参考になった。どうやら生前の習慣に従う傾向があり、例えば昼間は学校や会社へ足が向いたりするし、夜は家に帰るらしく姿を消してしまう。

 だからゾンビがモールを襲撃するのも昼間だけ。夜は私たちも心配せず、きちんと休むことが出来た。

 ただし「生前の習慣に従う」というのは、あくまでも「その傾向がある」という程度。生前の行動パターンを完全にトレースするわけではなかった。

 例えば、私たちのモールを訪れるゾンビたち。その全てが生前モールに勤めていた従業員ではなく、明らかに子供と思われる者も含まれていた。

 それらがモール内のお店だったり映画館だったりへ向かうというのは、生前の「習慣」というよりも、むしろ「願望」とか「執着」の(たぐ)いではなかろうか。「そのような場所へ遊びに行きたかった」というのが、最期の死に(ぎわ)の想いとして強く刻まれて、それに従った行動をとっていたのだろう。

 いずれにせよ、生前の習慣や想いなどに振り回されるのであれば、私たちが今回遭遇したゾンビの場合は……。


「このゾンビ、軒先(のきさき)からこっちには出て来られないみたいですね。まるで……」

 いつのまにか私の隣に来ていた田中くんが、ゾンビを見ながら告げる。

 その点に関しては、私も気づいていた。

 目の前のゾンビは、こちらに反応するような動きを示しているけれど、しかし軒下(のきした)から出ようとしたところで踏み(とど)まり、逆に戻ってしまうのを繰り返していたのだ。


「……雨宿りしてるみたいだ」

「ああ、私もそう感じるよ。『まるで』じゃなく本当に、雨宿りのつもりなんだろうな」

 田中くんの言葉に、私も同意を示す。

 おそらくは生前、雨に濡れるのを嫌がる強い理由があったのだろう。例えば、仕事上の重要書類を持ち運んでいる途中で、急に雨が降ってきたとか……。

 そうだ、きっと夕立だ。午前中に私たちがここを通った際は見かけなかったのだから、一日中ずっと雨宿りしているわけではない。このゾンビに刷り込まれた行動パターンは「夕方になったら雨宿りする」というものに違いない。


「まあ理由はともかく、軒下(のきした)から出て来ないなら退治も簡単ですね」

 私が想像を巡らす間に、田中くんは武器の金属製シャベルを構えていた。

 私たちは二人で組んで見回りしているが、ゾンビと遭遇した際に戦うのは田中くんがほとんど。だから今回もそのつもりなのだろうが……。

「ああ、待ってくれ。いつも君にばかり任せて申し訳ないし、たまには私にやらせてくれ」

 彼の言うような「退治も簡単」の時くらいは、私が処理しよう。

 そう思って制止すると、田中くんは了解したらしく、小さく頷くと同時に一歩、後ろに下がってくれた。


 代わりに私は前に踏み出して、(おのれ)得物(えもの)である鉄パイプを振り下ろし……。

 雨が降っていないことも理解できず、無駄に雨宿りを続けるゾンビ。そんな可哀想なゾンビの頭をグシャリと叩き潰し、その活動を終わらせるのだった。




(「雨なんて降ってないのに雨宿り」完)

   

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