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1章7話

アッシジアは執務室の窓から、訓練場を見下ろしていた。


闘士たちが黙々と体を鍛えている。

いつもの光景。

特に変わったところはない。


書類に目を落とす。今週の試合結果の報告書だ。



「ふむ……」



38番――いや、今は36番か。

その名前が、以前よりも頻繁に勝利欄に並んでいる。



(1ヶ月前は連戦連敗だったが……)



アッシジアはペンを置いて、椅子に背を預けた。



(変わったな)



最初に38番を見た時のことを思い出す。

牢屋で目を覚ました、小柄な少年。


遭難者。

記憶がなく、この世界のことを何も知らない。


当然、戦ったことなどないだろう。

初戦はニュービーマッチ。

23番に一方的にやられて、気絶。



(あの時は、正直期待していなかった)



遭難者は成長が早いと言われている。


だが、それは学習能力の話だ。

戦闘センスとは別物。


実際、今まで数人見てきたが、遭難者でも闘士として大成する者は少ない。

38番も、おそらくそうだろうと思っていた。

せいぜい、ボトムクラスで燻って終わりだろう、と。


だが。



(1ヶ月で、36番まで上がるとは)



報告書を見る。

38番から、連勝を重ねて36番へ。

確実に番手を上げている。



(どうやったんだ?)



アッシジアは立ち上がり、再び窓から訓練場を見た。

そこに、36番――少年の姿があった。

藁人形を相手に、何かを練習している。


避けるような動き。


そして、反撃。


何度も、何度も、同じ動作を繰り返している。



(あれは……)



アッシジアは目を細めた。



(カウンター戦術か)



なるほど。

それで勝っているのか。


カウンターは有効な戦術だ。

体格差を埋められる。

力で劣っていても、技術で勝てる。


だが。



(習得が難しい)



相手の動きをよく見る観察力。


冷静に判断する頭脳。


適切なタイミングで避ける反応速度。


そして、確実に反撃を決める技術。

全てが揃わなければ、カウンターは成立しない。



(あの少年が、それを身につけたのか……)



少し、驚いた。

いや、驚いたというよりは。



(思っていたよりは、見込みがあるかもしれないな)



その程度だ。

過剰な期待はしない。

それがオーナーとしての姿勢だ。


期待すれば、失望する。

闘士は商品だ。

感情を持ち込むべきではない。


アッシジアは窓から離れ、再び机に向かった。



――――



数日後。


アッシジアは闘技場の控え室にいた。

今日は試合の運営確認のため、直接足を運んでいる。



「次の試合は?」


「36番vs32番です」



部下が報告する。



「36番……」



アッシジアは少しだけ興味を持った。

ボトムクラスの下位と中位の境界の試合。


36番が勝てば、中位に上がれる。



(あの少年、中位の壁を越えられるか)



控え室の小窓から、アリーナを覗く。

試合が始まった。


36番――少年が、冷静に相手を見ている。

32番が攻撃してくる。


リーチの長いジャブ。

少年が避ける。

そして、カウンター。



パスン



顔に入った。

32番がひるむ。


少年は追撃する。

もう一発。



ドスッ



32番の動きが鈍る。

あとは一方的だった。


少年のカウンターが次々に決まる。

やがて32番は膝をつき、降参した。



「勝負あり!!36番の勝利!!」



アッシジアは小窓から離れた。



(なるほど……)



悪くない。

カウンターの精度が上がっている。

相手の攻撃を的確に避け、確実に反撃している。



(1ヶ月前とは、別人だな)



少し、評価が上がった。

でも、それだけだ。

表情には出さない。



「次の試合の準備は?」


「はい、問題ありません」



部下の報告を聞きながら、アッシジアは再び仕事に戻った。



――――



その夜。

アッシジアは執務室で書類を整理していた。

今週の番手が更新されている。


36番は、30番に上がっていた。



(また上がったか)



ペンを走らせながら、アッシジアは考える。



(この調子なら、26番や25番とも戦うことになるだろう)



26番は、ボトムクラスのリーダー格。

冷静で、経験豊富。


25番は、ボトムクラス最強。

勝利への執着が強く、一匹狼。

どちらも、簡単には倒せない相手だ。



(あの少年が、どこまでやれるか……)



少しだけ、興味がある。



(まあ、加護次第だな)


(良い加護が来れば、化けるかもしれない)



そう、自分に言い聞かせる。

今はまだルーキーリーグ。


本当の評価は、15歳で加護を得てからだ。

それまでは、ただの観察対象でしかない。


でも。

心の奥底では、少しだけ。



(頑張れ、38番)



そう思っている自分がいた。

否定はしなかった。

オーナーも人間だ。


多少の感情くらい、持っていてもいいだろう。

表に出さなければ。



――――



翌日。


アッシジアは訓練場を巡回していた。

闘士たちの様子を確認するのも、オーナーの仕事だ。


ボトムクラスの訓練場に入ると、30番――少年の姿があった。

相変わらず、藁人形を相手に練習している。

黙々と。

誰とも話さずに。


ただ、カウンターの動作を繰り返している。



(真面目だな)



試合がない日も、訓練を続けている。

他の闘士たちは、休む者もいる。

談笑している者もいる。


だが、あの少年は違う。

常に、何かを考えながら訓練している。



(遭難者の成長速度……というやつか)



そう片付けることもできる。

だが、アッシジアは思う。



(それだけではないな)



努力だ。

あの少年は、努力している。

誰よりも。



(まあ、それも含めての才能か)



アッシジアは訓練場を後にした。

少年には気づかれなかった。

それでいい。


オーナーが現場に顔を出すと、闘士たちが緊張する。

自然体で訓練してもらう方がいい。

執務室に戻る途中、ゴンサロとすれ違った。



「姐さん、訓練場の巡回ですか?」


「ああ。様子を見てきた」


「30番、見ましたか?」



ゴンサロが尋ねる。



「ああ、見たが」


「あいつ、最近ずっとあんな感じです」



ゴンサロは眼鏡を直しながら言った。



「試合がない日も、訓練場にいる。医務室に来る回数も減りました」


「勝っているからな」


「それもありますが……」



ゴンサロは少し考えてから、続けた。



「あいつ、変わりましたね。1ヶ月前とは別人です」


「…………」



アッシジアは何も言わなかった。

認めたくないわけではない。


ただ、言葉にする必要がないだけだ。



「まあ、このまま順調に行けば、ミドルクラスも狙えるかもしれませんね」


「どうかな」



アッシジアは淡々と答えた。



「ボトムの上位は、中位とは格が違う。特に25番と26番は」


「確かに」


「それに、加護もまだだ」


「そうですね。あの感じだとまだ13くらいでしょうし」


「ああ。15歳まで、まだ2年ある」


「長いですねえ」



ゴンサロは肩をすくめた。



「その間に、どこまで行けるか……」


「さあな」



アッシジアは興味なさそうに答えた。

でも、内心では。



(どこまで行けるか……見てみたいな)



そう思っていた。

執務室に戻り、椅子に座る。

窓の外を見る。

訓練場が見える。


あの少年は、まだ練習を続けているのだろう。



(頑張れ)


(お前の道は、まだ始まったばかりだ)



そう心の中で呟いて、アッシジアは仕事に戻った。

闘士は商品。


でも、商品にも物語がある。

あの少年の物語が、どこまで続くのか。

少しだけ、楽しみにしている自分がいた。

それを認めつつ。


でも、表には出さない。

それが、スティーグ闘技場のオーナー、アッシジアの流儀だった。

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