1章3話
食堂は思っていたよりも広かった。
長いテーブルがいくつも並び、既に食事を取っている闘士たちもいる。それぞれのグループで固まって座っているようだった。
少年が入ってきたことに、何人かが気づいた。
視線が集まる。
「新人、こっちだ」
配膳係らしき男性が、部屋の端を指差した。
「ボトムクラスはあそこの席だ」
「は、はい……」
少年は言われた通りに歩いていく。
テーブルには、既に何人かの少年たちが座っていた。さっき訓練場で見かけた顔もある。
(あ……)
少年は気づいた。
(訓練場にいた人たちって、みんなここにいる……)
テーブルを見渡す。全員が同じくらいの年齢。そして、訓練場で見た顔ばかり。
(ということは、あの訓練場には、このボトムクラスの人たちしかいなかったんだ……)
なるほど、と少年は納得した。だから人が少なかったのか。
「おい、38番だろ。そこ空いてるから座れよ」
声をかけられて、少年は慌てて席についた。テーブルの一番端、壁際の席だった。
しばらくして、食事が運ばれてくる。
黒パン、スープ、少しの野菜。
質素な食事だった。黒パンは硬く、スープは塩味が薄い。野菜も煮崩れていて、あまり美味しそうには見えなかった。
(お腹は空いてるけど……)
少年はスプーンを手に取った。
(食べなきゃ、体力がつかない)
そう自分に言い聞かせながら、硬いパンを噛み砕く。
顎が痛い。殴られた衝撃がまだ残っているのだろう。噛むたびに、頬の腫れが痛んだ。
周りの闘士たちの会話が聞こえてくる。
「今週の番手、また変わったな」
「17番が15番まで上がってたぞ。あいつ最近調子いいよな」
「俺は今週2勝1敗だったから、多分キープだと思うんだけどな……」
番手。ランキング。勝敗。
全てがこの世界の評価基準なのだと、少年は改めて実感した。
「なあ、38番」
突然、隣から声をかけられた。
見ると、少年よりも少し小さい体格の少年がこちらを見ていた。肌がかなり白く、髪型はきのこのように丸い。
「あ、は、はい……」
「お前、遭難者なんだって?」
「そう……みたいです」
「へえ。じゃあ何も分かんないんだ」
少年の口調には、どこか嘲るような響きがあった。
「そう、ですね……何も分からなくて……」
「まあ、頑張れよ。僕も最初は大変だったしさ」
そう言いながらも、その少年の目は笑っていなかった。
むしろ、どこか安堵しているような、優越感に浸っているような、そんな表情だった。
(この人……)
少年は違和感を覚えた。
「お前、37番だろ」
別の声が割り込んできた。
見ると、優しそうな顔立ちの少年がこちらを見ていた。ただ、その目つきは冷めていて、顔の印象とは真逆だった。
「あ、ああ……26番、何?」
37番と呼ばれた少年が、急に態度を変えた。さっきまでの偉そうな雰囲気が消え、明らかに下手に出ている。
「新人にあんまり絡むなよ。うざったいから」
「わ、分かってるよ……」
26番は少年の方をちらりと見た。
「38番、だっけ。まあ、ここでの生活、頑張れよ」
言葉は優しいが、その目は冷たかった。まるで、どうでもいい存在を見るような目。
「は、はい……ありがとうございます」
少年は小さく頭を下げた。
26番は満足そうに頷いて、また自分の食事に戻った。
(26番……ボトムクラスの中では上の方なのかな)
周りの反応を見ると、確かに26番の発言には重みがあるようだった。他の闘士たちも、26番の言葉には素直に従っている。
(そして、37番は……)
37番はまだこちらをちらちらと見ていた。その目には、明らかに敵意……いや、それよりも複雑な感情が渦巻いていた。
(僕が来る前は、37番が最下位だったのか……)
だから、自分より下ができたことで安心しているのだろう。そして同時に、その下の存在に対して強く当たることで、自分の立場を確認しようとしている。
少年はそんなことを考えながら、黙々と食事を続けた。
会話に入る余地はなかった。
いや、入ろうとも思わなかった。
ただ、周りの話を聞いているだけ。
「早く15歳になって加護もらいたいな」
「俺は剣の加護が来るといいんだけど」
「加護次第で人生変わるからな」
加護。
また分からない言葉が出てきた。でも、とても重要なもののようだった。
(15歳になったら、もらえるもの……?)
少年は記憶の中を探ったが、何も出てこなかった。
食事を終えると、闘士たちは三々五々、部屋に戻っていった。
少年もその流れについていく。
廊下を歩きながら、37番が後ろからついてきているのが分かった。わざとらしく、少年の近くを歩いている。
「なあ、38番」
「……はい」
「お前、今日負けたんだって?」
「……はい」
「僕も最初は負けたよ。でもさ、お前よりはマシだったと思うけどな」
嫌味ったらしい口調。
少年は何も言わずに歩き続けた。
「まあ、お前が頑張ってくれれば、僕は37番のままでいられるしさ。応援してるよ」
そう言って、37番は笑った。
少年は拳を握りしめた。
でも、何も言い返せなかった。
言い返したところで、何も変わらない。
それに、今の自分には何の力もない。
部屋に着くと、簡素な二段ベッドが並んでいた。
「38番、お前はあそこだ」
26番が部屋の隅を指差した。
一番端の下段。
「ありがとうございます」
少年は自分のベッドに向かった。
薄い毛布と、硬そうなマットレス。それだけだった。
他の闘士たちは、それぞれのベッドで横になったり、小声で話していたりする。
少年は毛布を被り、体を丸めた。
頬がまだ痛い。体のあちこちも痛い。
そして、心も痛かった。
(僕は38番。ボトムクラスの最下位……)
(37番みたいな人に、馬鹿にされて……)
(26番みたいな人に、見下されて……)
(でも……)
少年は目を閉じた。
(泣いていても、何も変わらない)
(ここで嘆いていても、状況は良くならない)
今日一日で、それだけは理解した。
この世界は厳しい。
自分を助けてくれる人はいない。
自分で這い上がるしかない。
(明日からまた戦わなきゃいけない。週に3回も……)
(勝てる気はしない。でも……)
少年は拳を握りしめた。
(いつかここから出るためには、強くならないと)
(どうやったら強くなれるのか、分からないけど……)
(でも、訓練場がある。あそこで鍛えれば……)
(少しずつでも、強くなれるかもしれない)
わずかな希望。
それだけを胸に、少年は目を閉じた。
(明日から……頑張ろう)
(この生活と、向き合おう)
そう決意した瞬間、疲労が一気に押し寄せてきた。
体が重い。瞼が閉じていく。
やがて、少年は浅い眠りに落ちていった。
痛みと不安を抱えたまま。
でも、小さな決意と共に。
――――
翌朝。
ガランガランガラン
鐘の音で、少年は目を覚ました。
周りの闘士たちも、一斉に起き上がっている。
「起床だ。顔洗って食堂に集まれ」
監視者の声が廊下に響く。
少年はゆっくりと体を起こした。
体がまだ痛い。でも、昨日よりは少しマシな気がした。
(よし……)
少年は立ち上がった。
(今日も、訓練しよう)
そして、新しい一日が始まった。
戦いの日々が、始まったのだ。




