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第五章:最後の希望の光


5.1 迫り来るタイムリミット:ソユーズの挑戦


宇宙の漆黒の闇の中、ジョンとリア、そしてマイクの3人を乗せた緊急用シャトルは、微かな生命の光を放ちながら漂流していた。彼らの体は、極限の疲労と寒さで限界に達しつつあった。カプセルの生命維持システムは、彼らの宇宙服にわずかな酸素を供給し続けているものの、内部空間はあまりにも狭く、長時間にわたる滞在は、肉体的、精神的な苦痛を伴っていた。


「水…」リアが、かすれた声で呟いた。喉は焼け付くように乾き、口の中は砂漠のようにカラカラだった。食料はとうの昔に尽き、彼らに残された水も、すでに底をつこうとしていた。彼らは、わずかな液体の粒を舌で転がし、全身の細胞が水分を求めて悲鳴を上げているのを感じた。


ジョンは、リアの手を握りしめた。彼の掌もまた、冷たく、そして震えていた。頭痛がひどく、視界がかすむこともあった。疲労と酸素不足が、彼の思考力を鈍らせていく。残された時間は、すでに48時間を切っていた。このままでは、彼らは酸素のみで生きながらえることとなる。それは、まさに生きたまま死を待つようなものだ。


三人の呼吸音だけが、シャトル内部に響く。それぞれが、微かに残された酸素を節約するように、ゆっくりと、そして浅く呼吸を繰り返した。飢えと渇き、そして極度の疲労が、彼らの肉体と精神を蝕んでいく。幻覚が見え始め、意識が混濁することもあった。ジョンは、壁に映るリアの姿が、まるで揺らめく炎のように見えたり、マイクの顔が、見知らぬ人物に変わったりするような感覚に襲われた。時間の感覚は失われ、一分一秒が永遠のように長く感じられた。それでも、彼らは、まだ諦めていなかった。ソユーズが、彼らを救いに来ることを信じていた。その信念だけが、彼らを死の淵から繋ぎ止める最後の砦だった。


ロシアのバイコヌール基地から、宇宙へと打ち上げられたソユーズ宇宙船は、地球からの管制を離れ、宇宙ステーションで独自に急遽作成された航法誘導システムに支援を受けつつ、少しずつ帰還用カプセルに接近していた。その航法システムは、ISSの限られた資源と人員で、徹夜の作業によって作り上げられた、まさに奇跡の産物だった。地上の支援なしに、このような複雑な誘導を行うことは、通常の訓練では考えられない。ISSのクルーは、残された仲間を救うため、限界を超えた努力を続けていたのだ。彼らは、睡眠も食事もろくに取らず、ただひたすら、コンピューターと睨めっこし、軌道修正を続けていた。顔には深い隈が刻まれ、その目は充血していたが、彼らの瞳には、決して消えない希望の光が宿っていた。


ソユーズのパイロットたちは、地上からの通信が途絶えがちになる中で、ISSからの独自の誘導システムを頼りに、ひたすら前進していた。彼らの使命は、目の前の宇宙空間に漂う、三つの生命を救い出すこと。それは、人類の技術と、諦めない精神が試される、まさに壮絶な戦いだった。彼らは、常に燃料残量計の数字を気にしながら、微細な軌道修正を繰り返す。燃料は、彼らの生命線そのものだった。


5.2 届かぬ救いの手:絶望の底へ


試行錯誤を繰り返し、ソユーズ宇宙船は、ついに帰還カプセルに肉薄した。モニターには、ソユーズの船体がはっきりと映し出されている。ジョンとリア、そしてマイクは、窓の外にその姿を見たとき、全身に電流が走ったかのような感覚に襲われた。ソユーズの機体に描かれたロシアの国旗が、はっきりと識別できる。あと、もう少しだ。あと、ほんの少しで、彼らは救われる。彼らの目は、希望の光に輝いていた。枯渇しかけていた体に、微かな活力が漲る。


彼らは、かろうじて残された声で、ソユーズに呼びかけた。「こちらカプセル!ソユーズ、聞こえますか!ジョンとリア、マイクです!」


ソユーズからの応答が、彼らの通信機に届く。その声は、安堵と、しかし同時に深い悲しみを帯びていた。


「こちらソユーズ、カプセルへ。あと少しでランデブー可能ですが、帰還用の残燃料の限界を割りました。ここから先に進めば、ランデブーはできても、地球への帰還は叶いません…!」


その言葉は、彼らの耳には、死刑宣告のように響いた。万策尽きた。これ以上、ソユーズは進めない。彼らを救うために、自らの命を犠牲にすることはできないのだ。それは、宇宙飛行士としての倫理規定であり、人類の宇宙開発を継続させるための、絶対的なルールだった。ソユーズのクルーもまた、苦渋の決断を強いられているのだ。彼らは、あと少しで届く救いの手を、自らの意志で止めるしかなかった。


絶望が、彼らの心を完全に支配した。ジョンの肩に、リアが顔を埋めて、静かに嗚咽を漏らした。その嗚咽は、酸素の薄いシャトル内部に、重く響いた。マイクは、何も言わず、ただ窓の外のソユーズを見つめていた。その瞳には、深い諦めが宿っている。希望の光が、再び目の前で消え去った。彼らの命の灯火が、ゆっくりと、しかし確実に消え去ろうとしていた。


時間は、残酷にも過ぎていく。彼らの体は、急速に衰弱していった。飢えと渇き、そして極度の疲労が、もはや彼らの意識を朦朧とさせている。ジョンは、自分が今どこにいるのか、誰といるのかも定かではなくなっていた。


その日の終わり、帰還カプセルの乗員のうち、衰弱の激しかった一人が、ついに息を引き取った。静かに、安らかに、宇宙の闇へとその魂を解き放った。狭いシャトル内部に、重苦しい沈黙が降り注ぐ。死者の存在が、残された者たちの心をさらに追い詰める。残りの2名は、酸素使用量が減ったことにより、皮肉にもこの絶望的な状況をさらに味わわされることとなる。死んだ仲間の宇宙服が、その場に虚しく浮かんでいる。彼らは、もう言葉を発する力も残っていなかった。ただ、薄れていく意識の中で、迫りくる死を受け入れようとしていた。彼らの最後の意識は、故郷である青い惑星、地球へと向かっていた。


5.3 宇宙の奇跡:最後の光


シャトル内部に、重苦しい沈黙が降り注いでいた。残された二人は、もはや言葉を発する力も残っていなかった。ただ、薄れていく意識の中で、迫りくる死を受け入れようとしていた。ジョンは、リアの手を握りしめていた。その手は冷たく、生命の兆候がほとんど感じられない。マイクもまた、ヘルメットのバイザー越しに、遠くの星々を見つめていた。彼らの頭の中には、これまでの人生の走馬灯が駆け巡っていた。


その時、船外で、微かな、しかし確かな光が見えた。


最初は、疲労と幻覚が織りなす幻想だと思った。ジョンは、目をこすった。しかし、光は消えない。いや、むしろ、ゆっくりと近づいてきている。だが、それはソユーズではない。ソユーズは、すでに彼らの視界から消え去っていた。目を凝らすと、はっきりと今度は見えた。それは、ゆっくりと帰還カプセルの後ろに近づくと、船体に接触した。と同時に、彼らはゆっくりとではあるが、船体が加速し始めるのを感じた。


ジョンは、最後の力を振り絞って、窓に顔を近づけた。彼の視界に映ったのは、これまで見たこともない、流線型の、しかしどこか懐かしいような船体だった。そして、船窓から、青白い炎が揺らめいているのが見えた。それは、地球で使われる化学燃料エンジンの炎とは異なる、静かで、しかし力強い光だった。


「あれは…」マイクが、かろうじて声を絞り出した。彼の顔に、微かな驚きの色が浮かんだ。


そう、それはるばる火星を探査して帰還した人工知能搭載のサンプルリターン用のオービターだった。何十年も前に打ち上げられ、火星の土壌サンプルを採取し、地球へと向かう長い旅を続けていた、無人探査機だ。その巨大な質量と、まだ残された僅かなイオンジェットエンジンの推力が、絶望の淵にいた彼らに、宇宙からの奇跡をもたらしたのだ。オービターは、その正確な航法システムで、地球帰還軌道の最終調整を行っていた。その軌道が、偶然にも彼らの漂流するカプセルのすぐ近くを通過する。


イオンジェットエンジンの青白い炎が、船窓から幻想的に揺らめいている。それは、沈黙の宇宙空間で、唯一の生命の輝きのように見えた。オービターは、彼らのカプセルを物理的に接触させることで、そのわずかな推力を伝達し、地球への帰還軌道に乗せようとしていたのだ。まるで、宇宙そのものが彼らに手を差し伸べたかのように。


ジョンは、リアの顔を見た。彼女の目にも、光が宿っていた。マイクは、かすかに口元を緩めた。彼らの旅は、まだ終わっていなかった。宇宙の迷い子たちは、ついに、最後の光を見つけた。その光は、彼らを絶望の淵から救い出す、奇跡の始まりだった。彼らは、再び、故郷の青い惑星へと向かっていく。









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