第三章:爆発、そして真空
3.1 予期せぬ悲劇の連鎖
「あと、もう少し…!」
ジョンの声は、もはやかすれ果てていた。喉は焼け付くように乾き、全身の細胞が酸素を求めて悲鳴を上げている。彼の視界は、もはや正常に機能していなかった。遠近感が曖昧になり、目の前の景色が歪んで見える。それでも、無人貨物船のシルエットは、窓の外にはっきりと、そして希望に満ちた光のように見えていた。その巨大な船体が、彼らの絶望的な漂流に終わりを告げる救世主のように思えたのだ。数百メートルという、宇宙においてはごくわずかな距離。彼らは、文字通り、その指先で希望に触れる寸前だった。
だが、その一瞬の安堵は、無慈悲にも、そして想像を絶する形で打ち砕かれる。まるで宇宙の意志が彼らの努力を嘲笑うかのように、信じられない事態が、彼らの目の前で起こったのだ。
ドォォォォン!!
宇宙空間に、音はない。しかし、ジョンとリアの網膜には、強烈な閃光と、それに続く悍ましい光景が、永遠に焼き付いた。無人貨物船のロケットブースターが、突如として爆発を起こしたのだ。それは、静寂な宇宙に突如現れた、巨大な花火のようだった。追加ブースターを搭載し、無理な運用を強いられていた貨物船は、その限界を超えていた。燃料系統から酸化剤が漏れ出し、それに引火したことで、壊滅的な爆発に至ったのだった。船体は、瞬く間に無数の破片へと分解され、それまで希望の象徴だった巨大な塊は、冷たい宇宙の塵と化した。破片の一つ一つが、太陽光を反射してきらめき、まるで死のダンスを踊っているかのようだった。その光景は、あまりにも美しく、そしてあまりにも残酷だった。
ジョンとリアは、ただ呆然と、その光景を眺めることしかできなかった。彼らの唯一の希望が、目の前で、粉々に砕け散ったのだ。リアの瞳は、映し出される光の残像に固定され、その顔からはすべての血の気が失われていた。彼女の唇は、微かに震え、何かを呟こうとしているかのようだったが、声は出ない。ジョンの手から、かろうじて握っていたリアの手が、知らぬ間に滑り落ちた。彼らの胸に去来したのは、言葉にならない絶望と、深い虚無感だった。もはや、彼らを救う術は存在しない。宇宙の無限の闇の中で、彼らはただ、死を待つだけの存在と化した。
3.2 カプセルへの直撃:気密破断
爆発の閃光が消え去った後も、その余波は彼らに容赦なく襲いかかった。無人貨物船が砕け散った無数の破片の一部が、恐ろしいほどの速度で、彼らの帰還カプセルに襲いかかったのだ。それは、まるで宇宙の狙撃手が放った、見えない弾丸のようだった。破片は、カプセルの堅牢な外壁に、容赦なく突き刺さった。
ガツン!
鈍く、しかし重く響く衝突音が、カプセルの堅牢な壁を叩いた。その瞬間、船内を激しい振動が襲った。リアの悲鳴が、ジョンの耳を劈いた。彼女の声は、真空へと吸い込まれていく空気の音に掻き消され、ほとんど聞こえない。
計器パネルの警告ランプが、まるで発作を起こしたかのように一斉に点滅し、赤い文字が緊急事態を告げる。
「CRITICAL BREACH!気密壁、貫通!」
「ジョン!空気漏れ!」リアが叫ぶ。彼女の声は、音にならない悲鳴のように、そして、遠い過去の記憶のように響いた。彼女の指が、計器パネルのひび割れた部分を指している。そこから、白煙のようなものが微かに噴き出しているのが見えた。
急速に、船内の空気が失われ始める。耳がキーンと鳴り、鼓膜が内側から破れるような激しい圧迫感に襲われる。カプセル内部の空気は、まるで栓を抜かれたかのように、猛烈な勢いで宇宙空間へと吸い出されていく。船内の埃や小さなゴミが、一瞬にして光の筋となり、破れた船壁の穴へと吸い込まれて消えていくのが見えた。彼らの生命線である空気が、目に見える形で失われていく光景は、想像を絶する恐怖を伴った。
「宇宙服だ!急げ!」ジョンは、理性を振り絞って叫んだ。彼の声もまた、すでに酸素の薄さからかすれていた。口を開くたびに、肺から空気が吸い出されるような感覚に襲われる。震える手で、近くにあった宇宙服を掴み、必死に装着しようとする。指先が感覚を失い、思うように動かせない。宇宙服の重みが、鉛のように彼の肩に食い込む。リアもまた、酸素が薄れていく中で、もがくように宇宙服に腕を通した。彼女の顔は、すでに土気色に変わっていた。呼吸は浅く、喘ぐような音が微かに聞こえる。
彼らの動きは、スローモーションのように感じられた。宇宙服のヘルメットが、重力のない空間でゆっくりと回転し、視界を遮る。争うようにして、狭いカプセルの中で、彼らは自身の命を守るための最後の防衛線を張ろうとした。呼吸が苦しく、肺が破裂しそうになる。目の前がチカチカと点滅し、意識が遠のきかける。彼らの本能が、生き残るために必死に抵抗していた。
かろうじて、二人は宇宙服の着用に成功した。ヘルメットのロックがカチリと音を立てた瞬間、彼らの命は、かろうじて宇宙服の中に閉じ込められた。その直後、カプセル内部は完全な真空状態と化した。船内に残されたわずかな空気も、一瞬にして宇宙へと拡散し、すべての音が消え失せた。計器パネルのランプはすべて消え、絶対的な沈黙が訪れた。
わずかに残された宇宙服の酸素と生命維持装置の作動音だけが、彼らの生存を告げる。その音は、彼らの心臓の鼓動よりも大きく響き、絶望的な沈黙の中で唯一の慰めとなった。二人は、真空状態となったカプセル内で、簡易スーツのみでの生存を余儀なくされる。宇宙服の限られた酸素と電力だけが、彼らの命をつなぎとめる最後の手段だった。窓の外には、貨物船の残骸が、冷たく、そして無慈悲に漂っている。その一つ一つの破片が、彼らの希望を嘲笑うかのようにきらめいていた。彼らの希望は、完全に打ち砕かれたかに見えた。絶望が、冷たい宇宙の闇のように、彼らの全身を包み込んだ。彼らは、もう互いに顔を見合わせることさえできなかった。ヘルメットのバイザー越しに映るのは、自身の疲弊しきった顔と、宇宙の底知れぬ暗闇だけだ。
ジョンは、リアの手を求めた。宇宙服のグローブ越しに触れるリアのグローブは、冷たく、まるで生命が宿っていないかのようだった。しかし、そのわずかな感触が、二人がまだ生きていることを教えてくれる。彼らは、宇宙の奥深くで、ただ、次の瞬間が来ることを待つしかなかった。