第一話「宮島口から始まる朝」
広島県廿日市市、宮島口駅前――
制服のスカートを風に揺らしながら、小野寺 楓、17歳。通学途中でいつもの寄り道をしていた。
「はーい、今日もおはよ〜鹿さーん!」
楓はフェリー乗り場近くの広場にいる鹿に勝手に挨拶するのが朝のルーティンだ。
「おはよ、鹿に挨拶って小学生かよ」
横からぼそっと突っ込むのは幼なじみの安田 みのり(やすだ みのり)、同じく17歳。クールで勉強はできるが、楓の行動には毎度呆れている。
「みのりんだって、小学生の頃は一緒に鹿にエサやってたじゃん!」
「それは昔の話。今はこいつら、お弁当袋狙ってくるだけだし」
そんな言葉を証明するかのように、楓のリュックの端を器用にくわえる鹿。
「あー!ダメ!それはお昼のもみじ饅頭とおにぎりーっ!」
もみじ饅頭は母の手作り(中身はあんことチョコのダブル)。おやつにしては重いが、楓には必須アイテムだ。
フェリーに揺られて
二人は結局、鹿から荷物を死守し、いつものJR宮島フェリーに乗り込む。
通学路にフェリーが含まれているあたりが、観光地JKの特権だ。
「潮風、気持ちい〜」
「教科書、海に飛ばさないでよ」
「大丈夫大丈夫!今日は風弱いから…!」
と言ったそばから、プリント一枚が飛んでいきそうになり、後ろの外国人観光客が親切に拾ってくれた。
「センキュー!グラシアス!」
語学力は微妙だが、楓の愛想の良さだけは世界共通で伝わる。
宮島桟橋での待ち合わせ
島に着くと、今日も「宮島JKズ」メンバーがそろう。
・おっとり系だけど誰よりもグルメな中村 ひより
・流行に敏感でTikTokに余念がない谷口 さくら
・そして何かと影の努力家、安田 みのり
・能天気代表、楓
「今日は放課後、揚げもみじ食べに行こうね!」
「また?週三で食べてない?」
「美味しいものは無限に食べられるの!あと、牡蠣カレーパンも食べる!」
言いたい放題の楓を横目に、ひよりがカメラを取り出す。
「観光客におすすめの映え写真、今日撮ろうと思って」
「映えはさくらの担当じゃないの?」
「いやいや、ひよりの構図の方が伸びるんだって!」
広島の自然と女子高生の無駄に元気な日常は、今日もSNSに流れていく。
つづく