第一話 新米夢魔、研修を開始します!
「リリス、お前には今日から人間界の担当についてもらう。研修の最終段階だ。しっかり『快感エネルギー』を回収してくるように」
夢魔界の研修所。黒い翼を持つ厳格な上司が、私の目の前で分厚いマニュアルを閉じた。私の名前はリリス。一人前の夢魔を目指して日々研鑽を積んでいる、ピカピカの新米だ。
夢魔の仕事は、人間の夢に入り込み、彼らに『エロい夢』を見せることで発生する『快感エネルギー』を回収すること。このエネルギーが、夢魔界の活動源となる。シンプルだけど、奥が深い。なぜなら、人間が何に『エロ』を感じるかは千差万別だからだ。
「はいっ!お任せください、上司様!最高の『エロ』をお届けして、たくさんのエネルギーを持って帰ります!」
私は胸を張って答えた。自信はある。私は誰よりも真剣に『エロ』について学んできた。マニュアルも隅々まで読んだし、先輩たちの成功事例も分析した。
ただ、少しだけ、ほんの少しだけ不安な点があるとすれば――私自身の『エロ』の基準が、どうも他の夢魔やマニュアルに書いてあることと、微妙にズレている気がするのだ。
例えば、マニュアルには『肌の露出』や『絡み合う肢体』などが『エロ』の代表例として挙げられている。なるほど、確かにそれらは生命の躍動を感じさせ、美しいと思う。だが、私の心が最も高揚し、『快感エネルギー』が湧き出るのは、もっとこう……別の瞬間なのだ。
例えば、図書館で静かに本を読んでいる男性が、ふとした瞬間に眼鏡をクイッと上げる仕草。あの、知性と集中が凝縮された横顔のライン!あれこそが究極の『エロ』ではないだろうか!
あるいは、雨上がりの畑で、泥だらけになりながらも黙々と鍬を振るう女性。額に滲む汗、力強く地面を耕すその姿。生命の力強さと大地との繋がりを感じさせる、あれこそが真の『健全なるエロ』なのではないか!
マニュアルに載っているような、いかにもな『エロいシーン』を見ても、どうにもこうにも心が躍らない。むしろ、「もっと効率的にエネルギーを回収するには、この体勢よりも、あの体勢の方が筋肉の動きが美しく見えるのでは?」などと、妙な分析をしてしまう。
「リリス、聞いているのか?人間の感情は繊細だ。特に『快感エネルギー』は、彼らの深層心理に強く影響される。くれぐれも、表面的な快楽だけでなく、彼らの心に響くような夢を見せるように」
上司の声には、若干の諦めが混じっているような気がした。気のせいだろうか。
「はい!私の全身全霊をかけた『健全すぎるエロ』で、人間たちの心を鷲掴みにしてみせます!」
私は力強く敬礼した。上司は何も言わず、ただ深いため息をついた。
いよいよ、初めての人間界での任務だ。どんな人間が、私の『健全すぎるエロ』を待っているのだろうか。今から楽しみで仕方がない。
こうして、私の、そして人間界の運命を(ある意味)大きく変える、新米夢魔リリスの研修が始まったのである。




