欲しいもの
手を振り下ろすと、その度に湿った音と呻き声が部屋に響いた。
己が馬乗りになった男を見下ろす。彼に似合うと思って買った綺麗なフリルも縁取りのレースも艶やかなサテンのリボンも、全部が血に染まっていた。
――なんで。
服だって食べ物だって家だって宝石だって何だって、欲しいものは全部あげるのに。傍にいてくれるだけでいいのに。
「どうして逃げた?」
問いかけるが、ぜろぜろと何かが絡んだ呼吸音しか返ってこない。
――そんなにあいつがいいのか。
俺ならもっと大事にできるのに。利用したりなんかしないのに。
「……ごべん、なさい」
血まじりの鼻水を吹き出しながら、下の男が呟いた。そんな言葉が聞きたいわけではない。もう一度手を振り上げようとすると、赤黒く腫れた顔が歪む。
「……すき、だよ」
偽りの表情で騙られる、偽りの言葉。
ただ、そう言えばもう怒られないから。殴られないから。
――そんな風に、笑って欲しいわけではなかったのに。
「俺もだよ」
背中に隠していた短剣を取り出すと、ひゅっ、と息を呑む音が聞こえた。
逆手に持ったそれを、思い切り振り下ろす。
俺の胸から噴き出した血の向こうに、彼の怯えた目が見えた。