ホットサンドは甘じょっぱい【おばけとカフェと、オーナーと】
きらきらと夕陽の最後のきらめきを反射していた海は、とうの昔に黒くなっている。
「迷惑なんだけど」
すっかり暗くなった中、背後から突然声を掛けられた私は文字通り飛び上がった。
「どうせアンタもそこから飛び降りようって来たクチだろ。こんなとこで店やってたらなあ、嫌でも分かるようになんだよそんなの」
「はあ」
男の背後には、煌々と光を放つ喫茶店があった。寂れた田舎の観光地には若干場違いな、今時の空気を纏ったカフェ。多分私が腰を下ろした時からずっと背後にあったのだろうが、それはまるで今突然立ち現れたように見えた。
店からの逆光で、声を掛けてきた男の顔は見えない。だが、細身の体格と接客業にありがちな大きな声からは三十代くらいのような気がした。
「アンタみたいなのが飛び降りるだろ? したらな、それを発見すんのも通報すんのも俺たちなの。んでもって一人そういうのがいると噂が広がるのか似たような奴が来るんだよ、ふざけんなよ」
「……すいません」
もごもごと謝りながら距離を取る。バス停の方へ向かうと「もう終わったよ」と馬鹿にしたような声が聞こえた。
じゃあタクシーか、とスーツの内ポケットに手を突っ込んでから、そんな金はないことを思い出す。鳴りやまないスマホは途中のゴミ箱に捨ててきてしまったから呼ぶ手段もない。
――そもそも、帰る場所がない。
しかし怒られたからにはここにはいられない。とにかく離れようと歩きはじめると、「どこ行くんだよ」さらに声が響いてきた。
「アンタ朝からそこにいただろ。丁度店じまいだし、余りもんでいいなら出してやるよ」
「……あー」
立ち尽くしていると、「ばーか、金なんか取らねえよ」と笑われる。
「ほら来いよ」
「でも……」
「来い、ってんだろが!」
大声への恐怖感が身体を動かす。
男が店の扉を開けると、澄んだ音と共に温かな空気に包まれた。
そこではじめて、私は自分の体が冷え切っていたことに気づいたのだった。