第四十六話 死の時 その2
空一面が闇に覆われ、微かな灯火すら不可解な霧に呑み込まれて潰えた。
視界すら奪われたが、人の怪異の適応力は凄まじく、すぐに周囲の状況を把握できるようになった。
目の前で、蔓に絡め取っていたソウドとソウカが、急に重くなった気がした。
目を凝らす。
二人は脱力し、虚ろな瞳には生気がなく、脈も感じられない。
「……死んでる?」
ソウカとソウドを静かに地面へ下ろし、俺はザマーレクの街を走り出した。
どこにも命の気配がない。
街全体が、死んでいる。
『みんな……死んでる……』
この霧……いや、瘴気か。
覚えがある。
「【死の怪異】……」
ふと、頬に冷たいものが触れた。
雪だ。
胸騒ぎがした。
急に息が荒くなり、脳裏にレンの笑顔が浮かぶ。
「『レン!!』」
俺たちは転がるように走り出し、アルトライを目指した。
⸻
道中、レンが戦ったと思われる場所に辿り着いた。
そこにあったのは、巨大な氷の塊だけ。
レンの姿は、どこにもなかった。
だから、向かう。
アルトライへ。
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静まり返ったザマーレクの街を突き抜け、アルトライに辿り着く。
「レン!!」
内部には、多くの人々と、レン、シュウ、ラシプ、そして夢結さんの姿があった。
「……よかったぁ」
俺は膝から崩れ落ちた。
それに気づいたレンが、すぐに駆け寄ってくる。
「サクラ……よかった。無事だったんだね」
だが、他の人たちは俺たちに目もくれず、一つのモニターを食い入るように見つめていた。
そこに映っていたのは――
【死の怪異】と対峙する、伊刻湊の姿だった。
⸻
「久しぶりだなぁ!! 死の怪異!!」
『久方振りの現世だというのに、最初に相見える存在が槍の怪人とは……興醒めだ』
「そんなこと言うなよ!!!」
空に浮かぶ、巨大な一つの目。
そこから黒い腕が伸び、伊刻を掴もうと迫る。
腕の先、手のひらにも目があり、それらがぎょろぎょろと動きながら伊刻を正確に追尾していた。
「気持ち悪い手だな!! お前、ずっとそのスタイルで行くつもりか???」
『死は、人の手で齎される』
「なるほどな。まぁ、そうか。
一番多く人を殺してるのは病だが、その部分は病の怪異に持っていかれてるわけだ」
『奴は、まだどこかで生きているのか?』
「知らねぇな」
一見、雑談しているように見えるだろう。
だが、実際はクソきつい。
そもそも、槍の怪異である俺は、空中戦が得意じゃない。
なのに、常に空を飛ばされている。
しかも、この手――
壊すのは簡単だが、触れられたら即死の超クソゲー。
明らかに、百年前よりも強くなっている。
人の死を、与えすぎたか。
「今の俺に……お前を倒せるか?」
『無理だな。この通り』
視界を覆い尽くすほどの、手。
「……遊ばれてたか」
伊刻は周囲に槍を召喚し、それぞれに赤黒い炎を纏わせた。
百年ぶりの、本気だ。
「灼熱神槍!!!」
波のように迫る手を穿ち、焼き払い、突き進む。
――触れられても、気合で耐えろ。
「俺は怪異だ!!」
手の奔流を抜け、自ら放った槍に追いつきながら、死の眼前へ躍り出る。
「一緒に死のうぜ!!!」
灼熱神槍を握り直し、さらに火力を注ぎ込む。
「死を焼き尽くせ――灼熱神槍!!!」
死の目を貫き、空を裂き、カイロに光が差し込んだ。
『愚か』
次の瞬間、空は再び闇に沈んだ。
「あぁ……くそ……」
落下する伊刻湊を、死の手が包み込む。
そして――
伊刻湊は、灰となって消えた。
⸻
アルトライ内でその結末を見届けた人々は、絶叫し、発狂し、暴れ出した。
「終わりだ」
「死ぬんだ」
「嫌だ」
その中で――
明らかに異質な、歓喜の声が響いた。
「きゃは!! あっれれ〜?
御身が復活して、伊刻湊が死んでるじゃぁん!!
し⭐︎あ⭐︎わ⭐︎せ!!」
【四葬】レイビ。
レンが人々を下がらせ、夢結さんと俺たちが前に出る。
「……なんで起きられたの。
私の夢に、出口はないはずなんだけど」
「出口がないなら、作るだけ〜。
私はそれができるから【四葬】!!」
「……天敵かな。私の」
夢結さんはナイフを構え、自身の失態を噛み締める。
「……ソウドは【埋葬】、ソウカは【火葬】。
なら、スイセンと……レイビ。
お前は、なんだ?」
「え、今さら聞くの?
まぁいいよ! 教えてあげなぁ〜い。
自分で考えればぁ?
死にゆくものに、知識なんていらないの!!
馬鹿みたいに、死ねばいい!!」
アルトライが、揺れた。
「おいで〜、私の綺麗な死体ちゃん⭐︎」
窓を突き破り、人が雪崩れ込む。
そして、人を襲い始めた。
「……ここまでか」
「そう! ここでおしまい〜!!」
「じゃあな、レイビ」
俺は、指を鳴らす。
世界が、巻き戻る。
「時間逆行」
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カイロに侵入した瞬間へ。
――時の権能使用回数、残り【8】。
ご精読ありがとうございました
死の怪異、倒せる相手なのか!?




