第二十九話 パリとの別れ
パリが龍から解放されて三日。
俺はその間ずっと眠っていたようだ。
疲労、そして概念武装を二つ同時に使用した反動。考えられる要因はいくらでもある。
目が覚めると、そこはアルトライだった。
一夜にして行われたパリ解放作戦だったのに、アルトライがやけに懐かしく感じた。
「はぁ……頭痛い……」
『おはよう……私もなんかダルいよ……』
しばらくベッドの上でゴロゴロしてから、ようやく体を起こした。
アルトライの管制室に向かうと、そこには八上さんと影神さんがいた。
「おはよう」
「よく眠れたか?」
二人はコーヒーを片手に、何か地図を眺めているようだった。
「何を見ているんですか?」
「お前たちの次の航路を考えていたんだ。」
そう言って、影神さんが手招きする。
「次はオーストラリアなんだろ? 今の航路のままだと、お前たちはカイロの近くを通ってしまう。」
「カイロ……」
それは、【死】の領域。
オーストラリアの次に向かうべき場所でもある。
「【死】が手を出してくるかもしれない。あと、“花の眷属”だな。」
「花の眷属?」
影神さんと八上さんが顔を見合わせた。
「聞いてないのか? 彩花は?」
『えっと、わからないです……』
影神さんは少し考え込んだ後、はっとしたように顔を上げた。
「そうか……彩花は花神との戦いを知らないのか……」
「あー!」
八上さんも納得したように声を上げる。
「俺が説明するよ。花は眷属を使役している。百年前の花神冥界では、日、風、大地の怪異が眷属にされて、俺たちに襲いかかってきた。まあ、その時はよくわからない横槍のおかげで何とかなったが……あれは本物の力だった。」
日、風、大地――それは最高位の怪異の名前だ。
それをそのまま眷属として使役するなんて……
「パリは龍の冥界の特性で、眷属が入り込むことができなかったようだし、今もその特性を引き継いでいるから一旦は安心だが、他の国はわからない。だから、安全策を取ろう。」
そう言って示された航路は、アフリカ大陸の外側を沿うようなルートだった。
とはいえ、大西洋に出すぎるとニューヨークの……【罪】の射程に入ってしまう可能性がある。
だから、絶妙な距離感を保ちながら進むことになった。
俺たちはその日のうちに航路を設定し、パリを発つことにした。
「アベルのお母さんに会ってこい。」
八上さんと影神さんにそう言われ、俺たちはアベルのお母さんのもとへ向かった。
どんな罵詈雑言が飛んでくるかわからなかった。
でも、そんなものは飛んでこなかった。
まるで、二人のことを忘れたかのように――アベルのお母さんは、穏やかに笑っていた。
『まさか……』
“怪人になると、人から忘れられる。”
龍の冥界が閉じ、鬼の冥界にすり替わった今、
龍の冥界で契約を行ったアベルや、作り替えられたルーシーについての記憶は、鬼の冥界には引き継がれなかったようだ。
冥界の上書きによる影響――そう八上さんは言った。
『死ねなくなったね……』
「二人を覚えているのは、俺たちと、八上さん、影神さんだけだ……」
『ねぇ……サクラ……私たちでさ、世界を作り変えようよ。怪異によって亡くなってしまった人たちを、生き返らせるために。』
「ああ……そうしよう。絶対に。」
強く心に誓い、俺たちはオーストラリアへ向かった。
冥界構築のために八上さんはパリに残り、
それに付き添う形で影神さんも残った。
また、二人きり――。
「さぁ、オーストラリアには誰がいるのかな?」
――――――
吹雪く大地を、たった一人で走る。
「絶対に、これ以上先には行かせないよ!!」
――――――
暖かな街の中心で、遠くの永久凍土を睨む。
「……この街は、俺が守る。」
灼熱の炎が揺らめいた。
永久凍土の大陸で、唯一の街を守るために――
ご精読ありがとうございました!
長らく続いた龍巣都市、これにて完璧に完了!
アベルが忘れられた理由はまたいずれどこかで!
では!!
次回、幕間 無謀で蛮勇で愚かな戦い
よろしくね!




