第二十七話 嘆きの演舞曲
闇の中をゆっくりと進んでいくと、光が見えてきた。
「あれが最奥か!」
光へ向かって全速力で走る。
すると、視界いっぱいに光が満ちて、気がつくとそこはオペラ・ガルニエの前だった。
辺りに結晶は見当たらない。どころか、どこにも怪異の気配がない。
「びっくりしたぜ……弾き出されたのかと……」
心を整え、扉を開いて中に入る。
中は荘厳な装飾が目を引く、なんとも美しい建物だった。
「ん?」
どこからともなく、不思議な音楽が響き渡ってきた。
悲しいような、楽しいような、よくわからない旋律が静かに広がる。
「こっちからか?」
音のする方向へ歩いていく。
すると、赤いベルベットが印象的なオペラ座のホールに辿り着いた。
「アベル……」
ステージの上で、アベルはたった一人、笑いながら踊っていた。
「ルーシー!楽しいね! 僕たちが今、一番輝いているよ!!」
⸻
「何をした!? 今、体に何か……」
『さぁね! さあ、踊ろうぜ、龍の怪異!』
「つくづく、忌々しい存在だ!」
一人で二つの怪異の力を扱うなんて無理だ。
花の力をメインにして、人の力は体の修復に全振りでいくしかない……。
⸻
アベルは“無”に向かってルーシーと呼びかけ、踊り続けている。
「……ルーシー……」
俺たちのせいで犠牲になってしまった女の子。
何もかも、俺たちのせいだ。
アベルの頬を引っ叩いて、「ルーシーは居ない! 目を覚ませ!」――
そう言えば簡単に終わる話だが、そんなこと言えるはずがない。
そもそも、こんな言葉が思いつく時点で、心のどこかで他人事だと思っている。
そう考える自分に自己嫌悪を覚える。
しかし、時間がない。
明確なタイムリミットはわからないからこそ、早く終わらせなければならない。
――だが、これがアベルの“幸せ”だとしたら?
ルーシーと永遠に踊り続けることが理想だとしたら?
俺に、それを止める権利があるのか?
……ないに決まっている。
「だとしても、話だけは……聞きたい。」
俺は一歩、前へ進む。
アベルの楽しそうな声が聞こえてくる。
アベルの姿はいつの間にか、俺たちの知っている小さな子供から、18歳くらいの青年へと変わっていた。
それは――龍騎士の顔と同じだった。
「やっぱり……アベルを無理やり成長させていたんだな……」
青年となったアベルの踊りはさらに磨かれ、美しかった。
前へ進むごとに、アベルと手を取り踊る“影”の姿が見えてくる。
それがルーシーだと分かった。
「なんで……いや……」
多分、あのステージがアベルの精神の最奥。
だからそこに近づくことで、俺の目にもアベルが見ている景色が映るのだろう。
立派なレディになったルーシーは、長い髪を揺らしながらアベルと微笑み合い、踊っている。
「……」
俺はステージの目の前――二人の踊りがよく見える席に腰を下ろす。
眼前に広がる光景は、もう叶わない幻。
すべては俺たちのせい。
守れなかった。助けられなかった。
ただ見つめ、涙を流すことしかできない。
自分を、許せない。
ふと、アベルと目が合った。
「あれ? お客さんですか?」
アベルがそう声をかけてくる。
「あ……はい」
「ごめんなさい、まだ開演前でして……」
他人行儀な声だった。
「あ、すみません……」
いったん下がろうと立ち上がる。
ふと、ルーシーの顔が気になった。
なぜか、彼女は涙を流していた。
「……」
胸に手を当て、俺は口を開く。
「あの、相方さん……泣いてますよ?」
「え!?」
アベルは驚き、ルーシーの顔を覗き込む。
ルーシーは自分で驚きながら涙を拭う。
「あ、あれ……? ど、どうしてだろう……涙が……」
拭いても拭いても涙が溢れてくる。
「どうしたの……ルーシー……」
「わからない……私、なんで……」
二人があたふたし始める。
「アベル……」
俺は問いかける。
「えっ……なんで僕の名前を? 僕はまだ……」
「俺はね、アベルに謝りたくて来たんだ。」
「謝り……?」
「自分の力量を過信していたんだ。
自分と花が合わされば敵なんてない――そう思っていた。
有体に言えば“イキって”いたんだよ。
そのせいで僕は、アベルもルーシーも救えなかった。」
「な、なにを言ってるんですか? 僕もルーシーもここに……」
アベルはなにか違和感を感じた。
でも、それを認めたら何かが崩れると分かっているから、何も考えられない。
「俺はね……このパリが終わるかもしれないギリギリのタイミングで、やっとこの力をものにできた。
もし俺がイキらなければ、もっと早くその力を得られていたかもしれない。
そうすれば、ルーシーは……死ななかったかもしれない……」
「な……なにを……ねぇ? ルーシー!!」
アベルはルーシーの方を向く。
だが、そこにルーシーはいない。
「ルーシー!? ルーシー!!」
「ごめんなさい……でも、君まで失いたくないんだ。
君だけでも助けさせてくれ……これが傲慢なことだとは十分…分かっている。
それでも、頼むよ……アベル……」
「意味がわかんないよ!! 僕のルーシーは!? どこに連れていったんだよ!! なぁ!!」
「ルーシーはもう……」
「そんな……だって、さっきまで……」
アベルの脳内に記憶が巡る。
化け物が灰になって消えた光景に、親が消え、血溜まりだけが残されていたあの光景、辛くして悲しいあの光景が……脳内を巡った。
そして、思い出した。
人の形をした化け物が…灰になって消えていったあの瞬間を
「あれは……ルーシーだ……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度も何度も頭を下げる。
床に膝をつき、誠心誠意、土下座して謝る。
「ごめんなさい……俺のせいで……」
どんな罵詈雑言も受け入れる。
どんな暴力も受け入れる。
この身を捧げてでも、この懺悔は終わらない。
でも、罵詈雑言も暴力も飛んでこなかった。
ただ一言、妙に落ち着いた声で、
「……頭を上げてください。」
「え?」
言われた通りに顔を上げた瞬間、体が吹き飛ぶ。
激しい痛みが頭を襲う。
「えっ……」
アベルが俺の頭を蹴り飛ばしたようだ。
「許せないですよ……でも、その怒りは今ので吹き飛ばしました。
僕は、僕も許せない。
ルーシーを喪って、悲しみでおかしくなって、龍だと分かっていながら契約を結んでしまった。
そのせいで家族も仲間も危険に晒してしまった。
だから……」
「だから?」
「僕にできることを教えてください……お兄ちゃん……?」
あぁ、この子はずっとそうだ。
ずっと、俺たちよりも誰よりも大人だった。
だから、俺は彩花に話す様に、八上さん影神さんと作戦を立てる様に、話す。
「もう時間がないから手短に話すね。
アベルには、体の主導権を龍から奪い取ってほしい。
今のアベルには、それしか道はない。」
「わかりました……やれるだけ、やってみます!」
「頼んだよ……アベル。あと、本当に、ごめんなさい。」
「いいんです。何度も言いますが、これは、僕の責任でもありますから。」
アベルはその言葉を悲しい微笑みで紡ぎ、それを聞いた直後、俺は意識を手放した。
⸻
「どうした? さっきまでの威勢がなくなったようだが?」
『はぁ……はぁ……』
まずい!
花の力だけじゃ、概念武装持ちの五大怪異の怪人なんてまともに相手できない!
『サクラ! 早く帰ってきて!!』
「はい。ただいま。」
『サクラ!! どうだった!?』
「アベルに謝ってきた。」
『そっか…………うん、うん、記憶が読めたよ。
……本当にアベルは大人だなぁ。なんでこんなに……大人なんだろうね……』
「アベルは、ずっとそうだったよ。」
その時、目の前の龍騎士が頭を抱えて膝をつく。
「なんだ!? アベル!? なぜだ!?」
しばらく沈黙した後、龍騎士は顔を上げ、こちらを睨んだ。
「逆……まさか、花ァァァァ!!!」
「『終わりだよ、龍』」
ご精読ありがとうございました!!
アベルとルーシーは龍巣都市で一番大きな存在です。
アベルはコレからどうなるんでしょうか?楽しみです!




