前日譚•前半
今、この国はお世辞にも良い戦況とは言えない。
しかし、この国はそれを民に伝える事はせずに聞こえの良いように報道している。
それが悪いことかと言われれば、俺はそうとは思わない。
士気ってのは大事だからな。
まぁ、そんなこと言ってられるのは戦況をいつでも覆せる状況にある時だけだ。
士気が下がると覆せる戦況も覆せなくなる。
「で、君はこの戦況、覆せると思うのかい?」
俺の上司だ。
ここは、お手本のような答えを……あー、いや、
「正直、難しいかもしれません。世界を相手に日本が勝てる未来がどうも想像できないのです……異端ですよね」
「安心しろ。私もそう考えている。」
「よかっ……いや、よくはないんですけどね。」
軍のとある施設の一室で行われた、他人に聞かれたら非国民だ。と罵られそうな会話は静かに幕を閉じた。
ここは、"帝国陸軍怪異戦術部隊作戦室"。
戦況が芳しく無い現状を見て古来、日本に住み着く【怪異】を戦略として使えないか。という試みに挑む部隊の部屋だ。
しかし、この部隊が立ち上がってから数ヶ月、なんの成果も得られず、この国は太平洋戦争に向かっていく。
それもそのはず、この部隊は合計3人の少数精鋭……いや、正直に言うと、流刑先だな。
ほとんどの人に期待されていないんだ。
唯一期待しているのは、今、目の前で談笑している、荒浜中佐殿のみだ。
「それで、指令が降りたと言うのは…」
荒浜中佐はハッとした顔をして机の上に置かれた資料を持ち上げ、俺に渡した。
その資料には【原初怪異蒐集命令】と記されていた。
「ついに…ですか」
「ついに…だ。」
コレまでの命令や依頼は簡単に怪異の利用価値を示す資料を作れ。や、戦地での怪異を用いた戦闘指揮をとれ。などで、後者は戦地の指揮官様が俺らを指揮に加えさせたくなかったのか、前線から離れた位置でただ座っていただけなので、本当にちゃんとした命令や依頼をこなしたのはコレが初めてだった。
「水越家の人間である君なら原初怪異を蒐集することは容易だろう?」
「……はい。任せて下さい。」
「よし!じゃあ、頼んだぞ。"水越争太"くん」
荒浜中佐はそう言い、部屋を後にした。
「……はぁ、面倒なことになったな。」
ー【怪異譚•Prequel】ー
原初の怪異とは主に、大自然の怪異のことを指す。
【日】【月】【炎】【水】【草】【地】【嵐】【闇】
大体の人が思い浮かぶのはこの程度だろう。
実際もっといるかもしれないし、いないかもしれない。
そして今回、俺が蒐集しようと思う怪異は二体。
【水の怪異】と【夢の怪異】だ。
てことで、俺は今、水分山を登頂中。
因みに水分山は我が家の敷地だ。
というのも、水越家は古来から水の怪異を崇拝してきた。
かつて、ある事件が起こり、水の怪異が深い傷を受け、この山で休養を始めた。
我々はその山を買い取り、その場に人が入り込まないように管理してきた。
そして、その水の怪異が休養しているのはここ、この洞穴だ。
しめ縄が施されていて、荘厳な雰囲気を醸し出している。
「親父…ごめん。」
俺はしめ縄を潜り、洞穴に踏み入った。
水が滴り、とても湿っていて、とても寒い。
ふと、口から白い煙が立っているのに気がついた。
「かなり、冷えるな…」
段々と日の光が入らなくなって、目の前が暗くなる。
「灯を灯すか…」
ランプに火をつけ、奥に進む。
奥に進むとやけに広い道に辿り着いた。
石畳で舗装されていて、灯篭が規則的に道の端に置かれ、その全てに蝋燭が置かれていた。
「…灯してみようかな」
その全ての蝋燭にせっせと火を灯した。
するとこの空間はとても神秘的なものになった。
「…風…通気口でもあるのか?あるのだろうな。こんな量の蝋燭が置かれているんだし…」
ふと、奥の方に扉のようなものがある事に気がついた。
「なるほど」
俺は扉に近づく。
その扉は鉄で出来ていて、鍵はかけられていないようだった。
「…よし」
グッと力を込めて扉を押し開く。
中は暗く、ランプで照らす。
『水越家の者か…』
ジャラジャラと鎖が音を立てる。
そこには鎖に繋がれた鎧武者が座っていた。
「っ!……はい。私は水越争太、水越家の者です。」
『用件を聞こう。』
「今、この国は危うい状況にあります。人は飢え、神は戦いを止まず、狂気に満ちています。」
俺は静かに頭を下げる。
「お願いです。この国を守る為に、私に力を貸して下さい。」
『…図が高い。』
俺は咄嗟に土下座した。
「申し訳ございません!!」
『いや、別に怒っているワケじゃないんだが…』
「……」
『それでも俺は君たちに満足のいく力を貸すのは難しい。』
「例の…ここで休養を余儀なくされた理由ですか?」
『いや違う。俺は今、この世界で最大限の方法で力を貸すと"水が濁る"。すると、いずれ来る"最悪の刻"に満足いく力を振るえない。』
「ですが……いえ…申し訳ございませんでした…こうしてお目にかかれただけでも良かったです。」
俺は立ち上がり、洞穴を後にしようとした。
『おいおい、待てよ。言っただろう?俺は"満足に力を貸せない"と。少しなら貸せる。』
「え?」
『コレを持っていくといい。』
水の怪異は何処からともなく一振りの刀を取り出し、俺に向かって投げた。
「わっ!」
しっかり刀を掴む。
その刀は武士が使う打刀で、鞘の色は黒の中に薄く青が混じったような綺麗な物で、その刀身は青く澄み渡るような色で、これもまた美しかった。
「これは…?」
『水の刀だ。それを使えばお前は【水の怪異】の力の一端を振るえ、身体能力を強化される。』
「えっと…つまり…」
『俺はこの国を守れない。だから、守りたいならお前が守れ。』
水の怪異の甲冑の奥、こちらから見えない瞳が俺のことを見ていた。
まっすぐな瞳で。
「……わかりました。」
俺はそう言い、刀を腰に差す。
「俺が守ります。」
すると水の怪異は満足そうに鎧と鎖を揺らして眠りについた。
「ありがとうございます。」
俺は洞穴を後にした。
ーーーーー
一体目の原初怪異蒐集は完了した。
「次は…夢か。」
【夢の怪異】の居場所は知らない。
けど、
居場所を知っている人を知っている。
「"夢結家"に向かおう。」
俺はふと、身体強化の具合を確かめようと水分山を駆け下りた。
石が転がり落ちる様に駆け下りた。
街に着くまで止まらなかったが、一切疲れなかったし、一回も転ばなかった。
「すごい…」
自分はもの凄い力を手に入れてしまった。と心の底から思った。
俺はそのままの足で夢結の屋敷に向かった。
そこには俺の幼馴染である"夢結真奈狐"が居る。
そして、真奈狐なら【夢の怪異】の居場所を知っている。
「すぐに着くな。」
俺は家から家へ飛び移りながら夢結の屋敷へ向かった。
ーーーーー
夢結の屋敷はとても広く、門の前に立つだけで圧倒される。
俺は門を少し開き、屋敷の中に入っていった。
玄関先で話し声が聞こえたので耳を覚ますと、真奈狐と誰かが話している様だった。
「うーむ…この声は…あー、そうだ。」
俺は玄関を開け、話している二人に挨拶をした。
「こんにちは。真奈狐、"湊"」
そこでは真奈狐と"伊刻湊"がお話をしていた。
「あれー?争太じゃん!元気にしてたかな?」
「ああ。元気にしていたさ。」
「争太か。荒浜中佐にさっき会ったぞ。今、大変な任務中なんだってな。で、ココに何の用だ?」
「【夢の怪異】に用があってな。」
「ほう。遂に動き出したか。怪異戦術部隊が。」
「まぁ、そうだな。それで、真奈狐?【夢の怪異】に会いたいのだが、何処に行けばいい?」
すると、真奈狐は怪訝な表情を浮かべ沈黙する。
「真奈狐?」
俺がしゃがみ込み、真奈狐の顔を覗き込む。
「あのね、【夢の怪異】は人の夢の海の中で漂っている霊的な存在なの。だから、ちょっと会うのは難しいかなって…」
「でも、真奈狐はよく【夢の怪異】に出会っているような口ぶりをするではないか?」
「うん。私達、"夢結家"の人間は【夢の怪異】と夢の中で出会える。しかも私は【夢の怪異】に魅入られているみたいで、頻繁に出会えてる。だけど、正直に言うと【夢の怪異】は人間に友好的だとは思えない。アレは神に近いナニカで、利用なんてしようものなら人は永久の悪魔の中で苦しみ悶え死ぬ事になる。」
「だから、ダメ。だと?」
「うん。」
俺は頭を抱える。
正直、何とかなると思っていたからだ。
ここからどうするべきか…
「ところでだが、争太。君の腰に差されている刀はなんだい?とても高価な物に見えるが…」
湊が水の刀を指差す。
「これは、【水の怪異】から譲り受けた刀だ。コレは持っているだけで【水の怪異】の力の一端を振るうことが出来る万能なモノだ。」
「なるほど。つまり、争太は既に【水の怪異】の力を得たと言うわけか。ふむ……だとすると、なぜ、【夢の怪異】を欲する?お前は既に相応の力を得ただろうに」
「今回の依頼というか、命令が"原初怪異蒐集"だからだ。」
「なるほど蒐集か。厄介な命令だな。」
「本当にそう。」
「しかし、この様子では【夢】は無理そうだな。」
湊がそう言って顎で真奈狐を示す。
真奈狐が俯き、すこし震えているようだ。
「おい!どうした!?」
「ご、ごめんね…ちょっと、【夢】を思い出しちゃって…」
あの男勝りな真奈狐がこんなに怯えるなんて…コレまで見たことないぞ…
「謝るのはこっちだ。ごめんな。嫌なこと思い出させたな」
「ごめんね、ごめんね」
真奈狐は譫言のように「ごめんね」を繰り返した。
真奈狐をおばさんに預け、俺と湊は街を二人で歩いた。
「さて、争太。お前はコレからどうするんだ?」
「どうすっかねぇ、【月の怪異】に謁見できるならそれで良いが、無理ならどうしようもないかな。」
「そりゃあ、そうだよな。原初怪異が何処に居るかなんて見当つかないもんな。」
「本当に。」
この日はそのまま湊と別れ、俺は帰路についた。
後日、湊が血相を変えて俺の家に飛び込んできた。
「真奈狐が!!真奈狐が【夢の怪異】に囚われた!!」
「はぁ!?」
ーーーーー
夢結の屋敷へ向かい、門を潜る。
屋敷は消え、その中心に黒い球体がポツンと浮かんでいた。
「どういう事だ…」
湊が頭を抱える。
「真奈狐は!?屋敷は!?何処にいったんだ!?」
俺は取り乱し叫ぶ。
「さっきまで、ここには屋敷があって…」
『オヤ、おやぁ?君ハ、汝ら、ハ、最愛の…ヒト!!』
頭に響く、ツギハギされた不愉快な声。
「「誰だ!?」」
俺と湊は警戒するように背中合わせになる。
俺は腰の刀に手をかけた。
『私ハ…【夢の怪異】。』
不愉快な声は【夢の怪異】と名乗った。
「真奈狐はどこにいった?」
湊が辺りを見渡しながら言う。
『夢のぉ、世界、デ、眠っている!』
「どうしてそんなことをした?」
俺は刀を少し抜きながら言う。
『癪に障る。気持ち悪い。嫌い。煩わしい。故に、夢の、世界ニ…引き摺り込んだ。』
「嫌い…?」
夢結家は水越家と同様に怪異を崇拝してきた。
だから、崇拝対象の怪異に嫌われるってなにをした?
水越家との違いといえば…
ふと、更地になった屋敷跡を見渡す。
「もしかして、夢結家はアンタの力を使って金を稼いでいたのか?」
『然リ』
それじゃねぇか。
「真奈狐はそれに加担していたのか?」
『主犯格…で、アル。この女、夢の世界、ヲ、用いて、金を稼いだ。赦される、所業では、ナイ。』
そんなことするような子か?
いや、先日の反応を見るとそんなことないだろ。
じゃあ、なんなんだ?
「夢結家の奴が真奈狐にそれを強要していたんじゃないのか?」
『そう。その通り。だが、ダカラ、なんなんだぁ?』
夢は開き直ったように言う。
「だから、更地にしたのか?」
『うむ。』
湊が警戒姿勢を緩めて腰に手を置く。
「はぁ、で?お前は何処に居るんだ?あの黒い丸の中か?」
『如何にも。助けたい、のならぁ、来る、がいい。』
すると、中心にあった黒い球体が変形し、菱形の門のようになる。
「来いってことか…」
湊と俺がその門に近づく。
『あちゃー、こんなんになっちゃったかー』
いつの間にか隣に槍を持った青年が立っていた。
「え、」「誰…」
『あれ、その"刀"…もしかして"水"?やるねぇ、水越家の人間なのかな?』
「そうだが…アンタは?」
『【槍の怪異】』
武器怪異…!?
原初怪異に次ぐ化け物だろ…
「で、【槍の怪異】様がなんでこんなところに?」
湊が問う。
『【夢の怪異】に囚われた悲劇の女の子を助けに来た。』
信じて良いのか?
しかし、夢という原初の怪異を相手取るのだから、武器怪異の助力はあった方がいい。
故に
「一緒に戦ってくれませんか?」
『いいぜ。』
まぁ、だろうな。
『でも不安だぜ…お前ら生身なんだろ?お前は"水"の力があるからマシだろうが…』
湊を見る。
「じゃあどうしろってんだよ。」
『うーむ、力を与える事は出来なくはない。』
「待て待て、それって怪人契約だろ?そりゃ、ダメだ。俺らが湊を忘れちまう」
『それは心配しなくてもいい。今、この世界は"ある"怪異の冥界"に包まれている。だから、その代償は考えなくていい。』
「でも、その冥界が閉じたらどうなるんだよ」
『どうもなんない。そのまんまだ。』
「じゃあ、代償なしで契約できるってことか?」
『そういうことだ。』
本当にそんな美味しい話があるのか?
しかし、コレを決めるのは俺じゃなくて、湊だ。
「わかった。契約しよう。」
湊は契約を選んだ。
『よし。契約だ。』
【槍の怪異】は光の粒子となって湊の中に入っていった。
湊が【槍の怪人】となり、俺達は夢の門の中に入った。
ーーーーー
夢の世界は様々な景色がツギハギされたような場所で、人が居ないのに喧騒が聞こえた。
「不気味な場所だな」
「気をつけろよ湊。どんな攻撃がくるか分からない」
『アラ、あらまぁ、来ちゃった!ン、ですね』
夢の声が響き渡った。
「喋り方は……どうにかならないのか?」
俺は頭を掻きながら空を見上げて言った。
『夢の、主人たる、ワタクシは、実体を、持たないぃ…故にぃ!!』
「どうしようもないってことだな。」
『然り。』
『さぁ…おいでなさいな。夢の主人、は、ここに、アリ。』
辺りの建物などが崩れ、浮かび、形が変わり、一本の道が現れた。
「『あっちか…よし!いくか!準備はいいか?水越。』」
「ああ。出来てるよ。」
「『なれば、良し。さぁて、槍を出そう。舞い、踊ろう。伊刻…湊!』」
湊の手の中にはいつの間にか槍が握られていた。
俺は刀を抜く。
「「行くぞ真奈狐ォォォ!!」」
全速力で夢の道を突き進んだ。
道中、様々な化け物が現れ、道を塞ごうとしてきたが、湊の槍がその全てを貫き、俺たちの道を塞ぐ事など能わなかった。
ーーーーー
夢の道を突き進むと、夢結の屋敷が現れた。
「来たぞ。」
『よく来た。』
夢結の屋敷の玄関が開き、中から黒い液体のようなものが溢れ出し、屋根の上に流れていった。
それは、黒い球体を成し、沸々と沸騰するように蠢き、化け物がそこに形成された。
その化け物はいくつかの瞳と鋭利な指先を持った流体の巨大だった。
「気持ちの悪い奴だな」
刀の切先を夢に向ける。
『水、ミズ、みず、水、ミズゥゥ!!!!!!』
夢の手が伸び俺の目の前まで迫る。
「俺が斬る!!」
一歩前に進み、刀を振る。
夢の腕を斬り落とす。
「ちょっと攻るぞ!」
「『おい!?』」
俺は腕を斬り落とした勢いのまま突き進む。
夢は玄関の屋根の上に居座っている。
さらに接近しないと攻撃が届かない。
だが、あと一歩踏み込んで、飛べば刀は届く。
「うらぁ!!」
一歩踏み込み、
『来る…ナ』
幾重にも重ねられた液体の腕が眼前で壁となる。
「はぁ?」
衝撃波?が放たれ、吹き飛ばされる。
「ぐはぁ」
「『不用意に詰めすぎたな。』」
「誠に。」
液体みたいな身体なんだから変幻自在ってことなんだろうな。
「考えれば分かったよな。本当に」
「『本当にな』」
「てかさ、その、湊と槍の声が重なるのどうにかしてほしいんだけど。」
「これは、二人の声が重なった時だけだから。」
「本当だ。」
「『気が合うんだな。俺ら』」
「魂の友達ってことか。」
『何時、迄、話して、いる?』
痺れを切らした夢が再び衝撃波を放ち、俺たちは吹き飛ぶ。
槍湊は丁度よく着地して、俺は転んだ。
「怪人の身体能力か?」
「お前の体の動かし方が下手なのは昔からだろう?」
『水の権能が泣いているぞ。』
はぁぁ…
「もう一度詰めるぞ。」
「『おい。』」
「他に何があるんだよ?」
「『こうやるんだよ。』」
槍湊が握る槍の先端の形状が変形していき、クルクルと回転し始める。
「『貫け!!!』」
目にも止まらない速さで槍が放たれ、夢を貫く。
が、見るから無傷。
『モウ、終わりぃ?ならば…』
周囲の景色がガコンガコンと変わる。
足元から岩が突出していき、それがジリジリとこちらに近づいてくる。
「一刀で切り裂く」
刀を鞘に戻し腰を落とす。
「はぁ!!」
刀を抜き、その勢いで岩を斬る。
さらに、何故か水の刃が飛び出し、夢まで届く。
「え?」
そういうのもアリ…なんだ。
『もっと多角的に考えろ。水は如何様にもなれる。故に、水は最高位の力なのだ。』
そう槍が囁く。
水は如何様にもなれる…
「時間を稼いでくれ!」
「『任せろ』」
槍湊が夢からの地形変化攻撃を槍で砕きながら時間を稼ぐ。
俺は刀を地面に突き刺す。
流れる大河を思い浮かべ、水を生成する。
「下がれ!!」
「『応!』」
槍湊が後ろに飛び、それを確認すると、
「"水龍"」
地面から濁流のように四つの龍の顎門の形を模った水が噴き出す。
刀を地面から抜き、立ち上がる。
「"穿て"!!」
刀を振ると同時に四つの顎門が夢を目掛けて飛び掛かる。
『無法者…』
夢は再び壁を作るが、顎門の物量に押され壁が崩れ、そのまま夢が顎門に押しつぶされ、夢結の屋敷が崩れる。
土埃が立ち、何も見えなくなった。
と共に俺は激しい目眩に襲われた。
「っく…」
「大丈夫か?」
「ああ。」
ゆっくりと立ち上がり、土煙の向こう側を見るために刀を振り、水の刃で土煙を払った。
「……」
屋敷は崩れていたが、そんな屋敷の一部を守るように夢が覆い被さっていた。
「どういうことだ?アイツはなにを…」
「真奈狐か?」
ボソッと湊が呟いた。
「確かに、真奈狐の姿がまだ見えないけど…だからと言ってそんなこと…」
「おいおい、これ見よがしに夢結の屋敷を守るように夢が立ち塞がってるんだぞ?」
「え、じゃあ、アイツが守ってるのは真奈狐なのか?本当に?」
「いや、仮説だけどな。」
「うーむ」
『もし、仮にあれが夢結の娘を守っているならそれはきっと、この夢がその娘のモノだからじゃないのか?』
俺と湊の頭の上に疑問符が浮かぶ。
それを見て槍がため息をつきながら説明を始める。
『【夢の怪異】が存在できるのは"夢の中"か、"人類の共通意識下"でのみだ。しかし、後者では【夢の怪異】の権能を振るう事は出来ない。だから、前者の夢の中でないとダメなんだ。そして、アイツが夢を好きなように構築する事は出来ない。眠らせる事はできるけどな。だから、人を眠らせて、その中に入り込み好き放題する。それが【夢の怪異】。わかったか?』
「つまり、夢の主人は【夢の怪異】じゃなくて、真奈狐…あそこにいるのも真奈狐…真奈狐をどうにか起こせば一旦勝ち?」
『いや、もっといい方法がある。夢の主導権を握らせる。そうして夢を取り戻す。そうすれば、』
「なるほどな。」
湊が槍を持ち、夢を睨む。
「やってやろう。」
俺は刀を鞘に戻し、走るために姿勢を落とす。
「『俺らが夢を抑える!!お前は真奈狐を助けろ!!』」
「わかった!!」
決戦だ。
俺は地面を蹴り、走り出す。
「『いくぞ!!』」
いくつもの槍が螺旋を描き回転しながら浮かび上がる。
回転速度が上がり、炎を纏いだし、一本の大きな槍となる。
「『御手杵!!』」
何かに覆い被さる夢を掠るように放たれ、その風圧で夢が吹き飛ぶ。
そして、覆い被さっていたものが見えた。
布団で眠る真奈狐だ。
「真奈狐!!」
俺は飛ぶように走り、真奈狐に辿り着く。
「真奈狐!真奈狐!」
真奈狐の体を揺らし、声をかける。
すると、真奈狐は意識を取り戻す。
「……争太?」
「そうだ。争太だ。おはよう、真奈狐」
「おはよう」
ーーーーー
吹き飛んだ夢を追いかける中、視界の端で真奈狐が体を起こすのが見えた。
「よし。あとは、俺が夢を抑えるだけだ。」
『気合い入れろ。』
両手に槍を握りしめ、目の前で元の姿に戻ろうとする夢に向かって投げつける。
水に向かって石を投げても波紋ができ、飛び散るだけで傷を与えられないように、夢はそれを歯牙にも掛けないで元の姿に戻った。
『許さないッ!!なんでぇ?陳をっ!邪魔ぁ…するんデスか!?』
「幼馴染を利用したからだ!!」
『利用ぅ…?ナニ?笑わせないで!!私がッ!!利用されてたの……に?』
「それは真奈狐の意思じゃない!!悪いのは夢結家だ!!」
『勝手に思い込み…甚だしい、気持ち悪い。アレは、自分の!意思で…僕の、利用!!した!!』
「はぁ?」
いくつもの腕が伸び、眼前を覆う。
『集中しろ!全部斬るぞ!』「おう!」
側面にも刃がある槍を作り、腕を薙ぎ払う。
「まぁ、真奈狐が何を思ってお前を使ったのか、俺は知らないし、それを聞くのは俺じゃなくて争太の仕事だ。そして、俺の仕事はお前を抑えること。だから、まぁ、なんだ、楽しもうぜ」
ーーーーー
「真奈狐…」
「争太、ごめんね。私、【夢の怪異】の力、悪用してた」
「そうか。」
「お父様、お母様に命令された通りに、夢を使って人を…殺して…」
「そうだったんだな」
「お金を稼いだ…」
「お前は逆らえなかったんだろ?」
「ううん…私は逆らった…」
「え?」
「この前、争太が私の家に来た時、湊も居たでしょう?」
「そうだな」
「湊は…警察として家に来てたの。」
「警察?」
「お父様とお母様が殺された事件についての事情聴取。」
「…」
「私が殺したの…夢の力で、夢の手で、私が…」
「……そうか。」
「私、いっぱい殺した。数えきれないほど…」
「そうか。」
「どうすればいいの…私…」
「俺から言える事は一つだけだ。お前の殺人を裁ける法はこの国には、この世界にはない。だから、お前はお前の力を使って殺した数を超えるひとを助けろ。」
「そんなんで罪は消えない!!」
「罪を消す方法なんてこの世にはない!!」
「え?」
「だけど、償うことは出来る。だから、お前は、この戦争で狂ったこの国を救う事で、償え。お前に許されることはそれだけ…だろ?」
「………わかんない…」
「なにが?」
「どうして、争太と湊はこんな私のために尽くしてくれるの?」
「俺たちはお前のお兄ちゃんだからな。」
ーーー13年前
「うわーーん」
「真奈狐、どうした?」
「痛いのか?」
「うん…」
「あっ、膝、擦りむいてるね」
「水で洗おうか…家に帰るよ」
「湊くん、争太くん…ありがとう」
「いいんだって」「おばさんに頼まれてるしな」
「ほら、おぶってやるよ。」
「真奈狐ね、お兄ちゃん、お姉ちゃんが欲しかったの」
「かった?」「諦めちゃったかー」
「ううん…二人が私のお兄ちゃん!!一つだけ年上の、大切なおにいちゃん!!」
「そうか…」「えー?」
「いや?」
「嫌じゃない…うん。」
「まぁ、いいか。」
「じゃあ、二人は真奈狐のお兄ちゃん!!」
ーーーーー
「ふふっ…あんな前の戯言、まだ間に受けてたの?」
「結構嬉しかったんだぜ?一つ下の俺達の妹よ」
「恥ずかしいからやめてよ…ふふっ、ごめんね」
「さあて、立てるか?夢の主人様」
俺は真奈狐に手を差し伸べる。
「ええ、この夢は私のもの。終わらせましょう?この悪夢を」
ーーーーー
夢と槍の戦いは激化し、わずかに槍が圧倒している。
「どんどん弱くなっていくな!!夢の主人が目覚めて、制御権が弱くなってんのかな!!」
めまぐるしく変化する地形に対応しながら数多の槍を用いて夢の行動範囲を制限する。
『オノレ、己、おのれ、おのれぇぇ!!』
衝撃波が放たれる。
「またそれか!一芸だけでなんとかなると思うなよ!」
吹き飛ばされた直後に槍を地面に突き刺し、その場にとどまる。
それを見越したように無数の腕が迫る。
しかし、湊は笑いながら立ち尽くす。
「あとは頼んだぞ。」
全ての腕が水の刃によって斬り伏せられる。
「【夢の怪異】、アナタは私よ」
真奈狐が言う。
『チガウ!!』
夢は全力で拒否する
「いいえ、アナタは私。か弱い女の子」
真奈狐が一歩進みながら言う。
『違う!!』
夢が後ろに下がりながら拒否する。
「大人しく認めなさい。アナタは、私。」
『ちがぁぁぁぁ!!』
ブツン、と音を立てて、あたりの景色が消える。
漆黒の闇となる。
「どう?」
闇の中でどこからともなく真奈狐の声が聞こえた。
すると、パッと一筋の光が差し込み、真奈狐を照らす。
『違う…私は…』
真奈狐の様な声が響き、その声の主の元にも光が差し込む。
そこには真奈狐に似た女の子が立っていた。
「【夢の怪異】。アナタはここで悠久に囚われるか、私の中に入り、私のために使われて。」
『どちらも…嫌。』
「ダメ。アナタは私が指示したとしても人を殺した。罪を償わなければならない。だから、決めて」
『…ずるいよ』
「でしょ?」
【夢の怪異】は光の粒子となって真奈狐の中に入り込んだ。
闇がヒビ割れ、世界が晴れる。
「あ、でもね、さっき言った、アナタは私って言葉、私もそう思わない。アナタと私は全然違う。そうでしょう?」
真奈狐はケラケラ笑う。
俺達はそれを見て互いに顔を見合わせて呆れる。
「これが真奈狐だ。」「真奈狐らしさ、だな。」
夢の世界が崩れ、気がつくと夢結の屋敷の中で眠っていた。
どうやら、更地にされた様に見えていただけで、実際はそうなっていなかった様だ。
胡蝶の夢、あの時には既に眠っていたってことなんだろうな。
1941年8月の日の出来事だった。
ご精読ありがとうございました。
史実に基づいているわけでもないんですが、ちょくちょく史実を交えて進めていきます。




