結い紡ぎ
翌日、空は一片の雲もなく澄み渡り、朝からまぶしいほどの光に満ちていた。春の柔らかさを感じさせないほど気温が高く、少し歩いただけで額に汗がにじむ。
季節が一足早く夏に変わったかのような、そんな空気が漂っている。
通り沿いの並木も新緑が生き生きとし、木々の間を抜ける風に葉が揺れる度、きらめきがこぼれるように感じられる。頭上では小鳥たちが高らかに囀り、空の青さにその声が透き通るように響いている。
今日は十時出勤。開店は十一時と聞いているので、店に着いたら準備に加わるのだろう。少し緊張しながらも、どこか新しいことへの期待に胸が高鳴る。
出勤前に店の前に立ち、これから始まる一日を思い描きながら、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「お、ありがとうね。今日からよろしく」
店に着くと、早速店長が出迎えてくれ、温かく挨拶を交わした後、他の従業員たちを紹介してくれた。
出勤していたのはほとんどが大学生で、一人だけ年配の女性がいた。学生たちに混じって親しげに話している。世代の壁を感じさせない、その和やかな雰囲気に自然と緊張がほどけていくようだった。
順番に自己紹介をしながら、皆の名前と顔をなんとか覚えようと努める。先ほどの女性は名前は、川谷さんと言うそうだ。
穏やかで明るい雰囲気が漂うこの職場は、まさに「良い職場」の理想をそのまま形にしたような場所に思えた。
「ありがとね、来てくれて」
未来が隣で小さく呟いた。小さく頷き返す。
「じゃあ、雄也くんには、未来が一から教えてあげて」
店長が早速、今日の采配を決める。それぞれの配置が決められ、みんなが準備を始めた。
「じゃあ、まず窓拭きと机拭きからね」
「うん」
俄然やる気が湧き上がり、どんな小さな仕事でも気持ちよく始められそうだ。こんな素敵な職場で働けるなんて思ってもみなかったからだ。
まずは机を一つずつ丁寧に拭いていく。真新しい布巾をしっかりと握り、店内の隅々まできれいに磨き上げることに集中した。
ふと窓に手を伸ばすと、どこからかふわりとコーヒーの香りが漂ってきた。店長が豆から挽いているらしいが、その香ばしい匂いにふと興味が湧く。
俺はまだコーヒーの苦さが苦手で、大量の砂糖とミルクを入れなければとても飲めない。歳を重ねれば、この苦味も美味しく感じられる日が来るのだろうか、と少し大人への憧れのような気持ちも抱きながら、窓ガラスを一枚一枚丁寧に磨き上げていった。
気づけば、布巾はほとんど汚れていない。毎日こうして清掃をしているからだろうか、どこもかしこも美しく保たれていて、少しの埃も見当たらないのが印象的だった。
ひと通り掃除が終わると、ホッとした気持ちでカウンターに戻った。開店までまだ少し時間がある。店長に促されて休憩室へ向かい、ひと息つくことにした。
「いやー、雄也くんがきてくれて助かったよ。今はどこも人手不足だから」
「そうなんですね。お役に立てるように頑張ります」
「ハッハッハッ! まだ関西弁がちょっと覗いてるよ」
指摘されて、ふと気がついた。まだまだ「標準語」とやらを身につけるのは難しい。意識して話しているつもりでも、ふとした拍子に関西弁が顔をのぞかせてしまうのだ。
どうにも自然と出てしまう言葉の癖に、自分でも少し苦笑してしまう。そのまま五時間のシフトを終え、店を後にする。夜風が心地よく、湿り気を含んだ空気が肌に優しく触れる。昼間の暑さとは打って変わって、穏やかで穏やかな風が体を包んでくれるようだ。
疲れがふわりと抜けていくようで、ほっとした気分に浸りながら歩みを進めた。




