夜に泣く
陸人が家に来てから、もう一日が経った。昨日の出来事を思い返すたびに、心の奥がじんわりと温かくなったり、少し苦しくなったりする。
思えば、今日も陸人には助けられっぱなしだった。
新幹線の中で、俺が怖くなって泣きそうになった時。
陸人が「こいつは俺のなんで」って、まるで俺を守るように言い切った瞬間が忘れられない。あの時の陸人は、いつもよりずっと大人びて見えて、胸がはち切れそうになるくらいに嬉しかった。でも同時に、その言葉が俺の気持ちを抉った。
(俺のなんで。って、どういう意味だったんだろう)
あの言葉を反芻するたびに、期待と不安が入り混じって、気持ちが落ち着かなくなる。俺は陸人にとってただの友達なのか、それともそれ以上の何かなのか。考えたくないのに、何度も頭をよぎってしまう。
昔もそうだった。俺が怪我をした時や、落ち込んでいた時は、陸人が必ずそばにいてくれた。
あの夏の日、近所の公園で遊んでいた時に転んで膝を擦りむいたことがあった。涙をこらえられずにしゃがみ込んでいる俺を見て、陸人はすぐに走ってきて、「大丈夫だよ」と言っておぶってくれた。家までの道のり、陸人の背中は大きくて、心強くて、その安心感に涙はいつの間にか止まっていた。
「陸人の背中、大きいね」
そう言った俺に、陸人は「お前が軽いだけだよ」と笑っていたけれど、その背中にどれだけ助けられたことか。
そして今日も――お腹が痛くて動けなくなった俺を、陸人は迷わず背負ってくれた。
背中越しに伝わる体温と安定感は、昔と変わらない。でも、大きくて逞しくなったその背中は、どこか頼りがいのある男の背中に変わっていて、俺はまた胸が苦しくなった。
背負われている間、陸人の首元からふわりと香るシャンプーの匂いとか、息遣いの近さとか、少し汗ばんだ肌の温かさとか、すべてが俺を落ち着かせるどころか、余計に意識させる原因になっていた。
昔はただの親友だった。頼れる存在で、安心できる場所だった。でも今は違う。陸人が隣にいるだけで、手を伸ばせば触れられる距離にいるだけで、胸が高鳴るし、息苦しくなる。
(どうしよう。これってもう、恋じゃん)
そう認めるのは怖かった。でも、昨日の陸人の言葉や仕草が、どうしても俺をそう思わせてしまう。
「俺のなんで――」
あの言葉の続きを知りたくて、怖くて、どうしたらいいのかわからないまま、俺はもう一度昨日の背中の感触を思い出していた。
変わらないものと、変わってしまったもの。それが絡み合って、俺の心を締めつけるようだった。
そして、俺はさっき言いかけた言葉を思い返して、ひどく後悔した。
「俺と一緒にお風呂に入ろ」なんて。
冗談にしても言えるはずがない。でも、その言葉を無意識に口にしそうになった自分が怖かった。
ただの友達同士で、一緒に風呂に入るなんて普通じゃない。そうわかっているのに、俺の頭のどこかは、陸人ともっと近づきたいと願ってしまう。あいつが好きで好きで、どうしようもなくて、だからこそ抑えきれずに言いかけてしまったんだと思う。
俺は、何気ない顔をして陸人に話しかけるたびに、心の中では自分に問いかける。
こんな気持ちを持つのはおかしい? 好きな相手が男だから、こんなに苦しくなる?
いや、それだけじゃない。ただ、俺自身が弱いからだ。
陸人は無邪気で、俺に優しくて、だからこそ恋なんて絶対に望めないと思う。あいつに嫌われたくないし、関係が壊れるなんて耐えられない。でも、このまま友達のままを続けるのも辛い。
湯気が立ち込めるシャワールームで、俺はふと涙がこぼれていることに気づいた。温かいお湯が流れ落ちる音に混ざって、静かに泣いた。
好きだけど届かない――。そう思うたびに、胸が締め付けられる。でも、この気持ちをどうにもできなくて、泣くことでしか楽になれなかった。
陸人のことを思い浮かべると、ますます涙が止まらなくなる。あいつの笑顔や優しさが思い出されて、苦しくてたまらない。
俺は、いつまで続けるんだろう。この気持ちを隠し続けるのを。
次々と流れて行くお湯と涙が、少しでも心を浄化してくれるのを待ちながら、俺は自分の震える肩をそっと抱いた。




