夏の夜
ドアを叩く音で目が覚めた。時計を見ると、アラームが鳴る七分前だった。隣の雄也がゆっくりと、少し苛立ちながら起き上がった。
「もー、うるさい。なに?」
「寝てたんか? もうみんな帰ってきたで」
「まじ? やば。あ、陸人まだ寝てるし」
「起きてるよ」
「あ、起きてたんや。ちょっと待って、すぐ準備するから」
「十分な」
「わかったわかった」
扉が閉まると、雄也は急いで準備し出した。
「陸人、早く! みんなもう帰ってきちゃった」
「めっちゃ寝ちゃったね」
「うん。俺、陸人とねられて良かった」
布団を畳みながら言ってくる。俺も雄也と寝られて良かった。
寝ている間に雄也がずっと俺を抱きしめてきたから、正直に言うと、あまり眠れなかった。けど、その時間が幸せすぎたのだ。俺は、眠ってないのに、その空間に癒されて、疲れはなぜか感じない。
「雄也、寝癖ついてるよ」
「え、もう待って。やばい」
雄也の頭頂部より少し左に、ピヨって立った髪の毛が目立つ。けど、それすら可愛くて、むしろそのままの方が良い。
見ているだけで癒される。
「ちょっと、洗面所いこ」
「え?」
「寝癖とるん手伝って」
雄也に引っ張られて洗面所に向かう。奥のリビングからは、雄也な両親が話す声と、雄也の弟たちが遊んでいる声が聞こえてくる。
「ちょっと早く、陸人。寝癖取って」
「このままで良くない?」
「はあ? なんでだよ」
「可愛いから」
「え……。でも、恥ずかしい……」
「フフ、じゃ直すか」
「うん。お願い……」
雄也の和毛を正々堂々と触れる。本当にサラサラしていて、羨ましいくらいだ。産まれた時から少し色素が薄く茶色で、小学校とか中学校では、周りから羨ましがられてたな……
「雄也の髪、茶色いけど高校とか黒に染めろって言われたことある?」
「あー、いろんな先生に言われたよ。だるかったなー」
「可愛い」
「関係ない」
雄也の寝癖を取りながら、会話を交わす。雄也にとっては、他愛もない会話だろうけど、俺にとっては大切な時間。
背が小さい雄也は、俺が抱き込もうとすれば、隠れるだろうな。やってみたいけど、雄也が嫌がられそうで憚る。
そんなことを考えていると、すでに雄也の寝癖は消えていた。
「はい。終わり」
「おお、ありがと!」
二人で、みんながいるところに行くと、弟たちが走ってきた。
「お兄ちゃん。早く!」
まだ小さい心悠ちゃんと翔くんは、外食が楽しみなようだ。
「ちょ、ちょ、引っ張んな」
「あ! 陸人くんだ。お久しぶりです」
「利樹くん? イケメンになったね」
雄也の弟だからか、やはりとても顔立ちが良い。俺はイケメンに弱いけど、やっぱり雄也が一番可愛く見える。
「お兄ちゃんに似たんでしょうね」
「うるさい。陸人早く」
「おお、陸人くんか。久しぶりやな。元気してたか?」
「はい! お久しぶりです! おかげさまで元気でした」
「そりゃよかった。みんな会いたがってたからな」
「お父さんもやろ」
雄也のお母さんが、お父さんを小突いて突っ込む。俺はこの雰囲気が大好きだった。雄也の家族も、再び俺を暖かく迎え入れてくれて嬉しい。
お父さんが運転する車に乗って、近くの焼肉屋さんに行った。
利樹くんは、成長期だからすごい速度で肉食べている。翔くんと心悠ちゃんは、まだ小学生だから少しずつお母さんに食べさせられている。
隣に座る雄也はといえば、牛タンばかり食べている。いつものことなのか、お父さんたちも笑いながらスルーだ。
気になって、小さく訊いてみると、一番好きなお肉らしい。
「だって、柔らかいし美味しいんだもん」
可愛いやつ。
「他のも美味しいのに?」
「いいやんいいやん」
こういうわけで、雄也は牛タンばかり食べて、時々カルビとかも食べてけど、満腹になったようだ。
久しぶりに焼肉を食べたらしく、雄也が食べ過ぎて歩けなくなってしまった。
「あんた食べ過ぎやで」と、お母さんに咎められている。
「陸人くん、ちょっと雄也を連れて来られる?」
「え? あ、うん。わかりました」
お母さんとお父さんが、それぞれ翔くん心悠ちゃんの面倒を見ないといけないので、苦しそうな雄也は俺が面倒を見ることになった。
「ほら、歩ける?」
「うう……。お腹痛い」
「もう、食べ過ぎ」
呆れながらそう言うと、雄也が急に俺の腕を引いた。
「ごめん。おんぶしてほしい……」
「え?」
不意を突かれて聞き返すと、雄也はじっと俺を見つめてくる。まるで子どものように、純粋で無邪気な瞳だった。何度も言うけど、俺はこの目に弱い。
仕方なくしゃがんで、雄也を背中に乗せる態勢を取る。軽くため息をつきながらも、その重さを背中に感じた瞬間、昔の記憶が蘇った。
「そういえば、昔もおんぶしてもらったな」
雄也がそう言って、俺は驚く。まるで俺の頭の中を覗いたかのようだった。確かに、小さい頃、俺は何度も雄也をこうしておんぶして歩いたことを思い出していた。
「うん。懐かしいね」
俺が頷くと、雄也は背中で小さく笑った気がした。
「またやってもらえるなんて」
その言葉が妙にしみじみしていて、俺は歩きながら「嬉しいの?」と聞いてみる。
「嬉しいよ……」
少し弱くなった口調が気になった。もしかして、気分が悪いのか。心配になって、「大丈夫か?」と声をかけたけれど、雄也は背中で小さく「大丈夫」と答えるだけだった。
それでも、肩に回された腕の力がどこか頼りなくて、不安が消えなかった。
歩きながら、雄也の温もりと柔らかさが背中越しに伝わってくる。この距離感がたまらなく心地よく、だけど同時にどうしようもなく切なかった。
懐かしさと愛おしさと、抑えきれない何かを抱えながら、俺は雄也を背負って車の前までゆっくりと歩き続けた。
「はい。着いた」
「ありがとう陸人」
「うん。ほら、乗れる?」
「うん。ありがとう」
「陸人くん、わざわざありがとうね」
「いえいえ。こちらこそご馳走様です」
「ええのええの。さあ、行こか」
再び、車は走り出し、雄也の家に向かっていった。
一番後ろの席で、俺の足を枕にして、雄也は横になっている。その寝顔があまりにも可愛くて、まだ家に着かないでくれって密かに願った。




