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青を翔ける  作者: 倉津野陸斗
第4章 思いの丈
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お前は俺のもの

 ひかり号というのは、おかしなやつで、静岡県内の全駅を飛ばす列車もあれば、静岡の一部に停まるものもある。

 世間一般では、静岡飛ばしと呼ばれる行為をするひかり号は、それはもうのぞみ号であると言われる。と、雄也が教えてくれた。なんでも知ってるなと感心してしまう。


「もうそろそろ食べられるかなー」


 雄也がフワフワしたような言い方で、蓋を開けている。ちょうどよく溶けて、スプーンが入った。

 もうすぐ豊橋駅だ。このひかり号は、静岡を抜けてすぐに停まる。ここから各駅停車になるそうだ。


「陸人のも食べられそうだよ」


「え、うん」


 スプーンを刺してみると、すぐに刺さった。柔らかいけど、口に入れるとすごく冷たい。暑い夏にぴったりだ。


「美味しい?」


「うん」


「一口ちょうだい」


 雄也が欲しそうにこっちを見つめてきた。ああ、だめだ。その顔で見つめられたら、なんでもしてあげたくなる。一口と言わずに全部あげたくなる。

 俺はできるだけたくさんスプーンに乗せて、雄也にあげた。美味しそうに食べている。


「んー! チョコも美味しいね」


「雄也のもちょうだい」


 俺も勇気を出して言ってた。思いの外、雄也はいいよって言ってくれて、同じくらいの量を貰った。

 二回目の間接キス。

 この間接が直接に変わる日は来るのかな。

 そんな風に考えながらアイスを食べる。隣では、無垢な笑顔を浮かべて美味しそうにアイスを食べる雄也がいる。

 俺の望みは禁断の恋と言っていい。男同士の恋愛は、日本ではまだまだ異端である。

 少しずつ理解は進んでいても、世界に比べたらまだまだ後進的だ。昔から、異端審問にでもかけられただろう。

 豊橋駅に着いた。

 ここから、三河安城、名古屋、岐阜羽島、米原、京都の順に停車する。まだまだ先だけど、確実にこの新幹線は終わりに近づいていた。

 早く大阪に着きたい気持ちはあるけど、まだ雄也と隣同士でいたい。

 それから、一つ一つの駅を確実に通っていき、まもなく名古屋駅だ。

 ここで、楽しい雰囲気は潰えることになった。

 かなり大きな駅だったし、人の乗り降りも多かった。京都駅で乗ってきた女子高校生か女子大学生かの集団が雄也の隣を通りすぎ、前の方に座っていった。しばらくして、そのうちの三人が戻ってきて、雄也に声をかけた。


「すいません、インスタ交換してもらえませんか?」


「は?」


 急に声をかけられたからか、素頓狂な声を上げる雄也。いわゆる逆ナンパをしようとしている。そして、それを動画に撮ろうとする彼女ら。それを見た俺はなぜか腹が立ってしまう。嫉妬かもしれない。

 女子に声をかけられたからではなくて、あんな簡単に雄也に声をかけるなんて。


「い、いやぁ。ちょっと……」


 雄也が困っている。


「え、だめですか?」


「うーん、ダメっていうか……俺……」


 しかし、そんな怒りよりも、雄也を困らせているという状況に、俺は見るに耐えなくなって、咄嗟に間に入った。が、出した一言は、後から考えたら恥ずかしいものだった。ちゃんの考えて発言すればよかった。


「ダメです。こいつは俺のなんで」


「えっ?」


 三人が同じ声を出した。


「あ、そうなんですか。すいません」


 なんとか女子高校生か女子大学生かは帰っていったけど、雄也を惜しい獲物を逃したような目で見つめていたから、俺は睨み返してやった。


「り、陸人……ありがと……」


「大丈夫?」


「うん。俺、知らない人にインスタ聞かれたの初めてで、ちょっと嬉しかったけど、ちょっと怖かった……。動画も撮られてたみたいだし……」


 ちょっと怖がっている雄也の姿も可愛かったけれど、それ以上に、雄也に怖い思いをさせてきたあいつらを許せない気持ちでいっぱいだった。誰だって、見知らぬ人たちに集団であんな風に声をかけられたら怖いだろう。しかも、土足でプライベートに踏み込むような言葉をぶつけられたら、なおさらだ。


 雄也には特に、そういう知らない人たちからの無神経な干渉に対する抵抗がある。あれはきっと、過去の出来事が影響しているんだと思う。


 小学生の頃、俺と雄也が二人で遊んでいた時のことだ。地元の中学生の集団が俺たちに絡んできて、持っていた少額のお小遣いをカツアゲされたことがあった。あの時、雄也は俺を守ろうとして必死で立ち向かってくれた。


 でも、相手は数人。雄也は結局、顔を一発殴られてしまった。あの、綺麗で可愛くてかっこいい顔を。


 俺はあの場面を鮮明に覚えている。それ以来、雄也が集団と対峙することを怖がるようになったのは明らかだった。トラウマとまでは言わなくても、集団というものに対して雄也はどこか敏感になっている気がする。

 だから、さっき涙を浮かべて俺に抱きついてきたのも無理はなかった。あいつの小さな体が震えているのを感じた時、俺は何も言わずにただ抱きしめるしかできなかった。


 それでも、今回の相手、あの女の子たちにも悪気はなかったのかもしれない。確かに、雄也は誰からも好かれるし、イケメンで女子からの人気もある。興味本位で近づいてきたのだろうし、彼女たちにとっては悪ふざけに近いものだったのかもしれない。けれど、人の気持ちを考えずにズケズケとプライベートに踏み込んでくるその態度は許せなかった。


 雄也がどれだけ怖い思いをしたかを思うと、胸が苦しくなる。あいつを泣かせるなんて、どんな理由があろうとも許せない。俺は、雄也にこんな思いをさせた相手に、心の中で何度も怒りをぶつけていた。


 そして決意する。これからも、俺が雄也を守る。どんなことがあっても、絶対に守り続ける。あいつを傷つけるようなものは、もう絶対に俺が許さない。そう心の中で強く誓いながら、再び隣で小さく震える雄也の肩にそっと手を置いた。


「大丈夫。俺が守ってあげるから」


 今考えたら恥ずかしいセリフだけど、咄嗟に言っていた。


「陸人……。ありがとう」


 雄也が突然、小さく潤んだ目で俺を見上げ、そのまま俺の胸に飛び込んできた。小さな体で俺にしがみつくように抱きついてくる。


 その瞬間、心の奥底にある感情が一気に溢れ出した。ただの親友としてとか、そんな薄っぺらい言葉では片付けられない。今、俺の胸の中にいる人は、俺にとって何よりも大事な存在なんだと改めて実感した。


 そして、なんとしてでも雄也を守らなければならない。そんな強い使命感のようなものが胸の中に芽生えた。


俺の腕の中で小さく震える雄也を、そっと包み込む。


「大丈夫だよ」


 そう言いたかったけれど、言葉にするのがもどかしくて、ただ静かにその温もりを感じるだけだった。


 車内は依然として賑やかだった。乗客たちはそれぞれの時間を過ごし、俺たちのことを気に留める人はいなかった。新幹線は一定のリズムで揺れながら走り続け、窓の外には田園風景が広がっている。


 列車はすでに岐阜羽島駅に差し掛かっていた。あと少しで新大阪に着く。そんな思いが胸をかすめたけれど、今この瞬間は、ただ雄也の温もりを感じていたかった。

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