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青を翔ける  作者: 倉津野陸斗
第1章 月馳せ
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声遥か

 気がつけば、季節は進み、蒸し暑さが日に日に増してきた七月に入っていた。ある夜、久しく連絡を取っていなかったお母さんから突然電話がかかってきた。


 思わぬ連絡に少し驚きながらも電話に出ると、弟の中学校での行事や部活のサポートで忙しかったらしく、こちらに連絡をする時間がなかったのだという。


 母の声からは疲れが感じられつつも、弟のために一生懸命な様子が伝わり、なんだか心が温かくなった。

 家族の存在がふと懐かしく思えた瞬間だった。


「もしもし」


『もしもし? 何してたん』


「何って、寝ててん」


『まだ寝とったんかいな。もう昼やで』


「嘘やん」


『ほんまや。遅うまで起きとったんやろ』


「起きてへん。二度寝したんや」


『そうか。最近どうや?』


「どうって、普通やけど」


『普通って何やねんな。友達できたんか?』


 お母さんは、遠く離れた東京での暮らしに慣れるのに疲れていないかと、気にかけてくれていたようだ。

 自分も新しい環境での日々に追われ、こちらからの連絡をしばらく忘れてしまっていたことに気づき、少し反省する。


 お母さんの声を聞きながら、家族の存在がこんなにも支えになっていることを改めて感じ、ほんのりと心が和らいだ。母の温かさが、疲れた心を優しく包み込んでくれるようだった。


『バイト早く見つけや。仕送りはやってるけど』


「うん、探してるとこ」


『うん。ほな気をつけて。夏休み帰ってくるか?』


「うん。帰る」


『そうか。ほな気いつけてな』


「うん、ありがとう」


 久しぶりに家族と話したことで心がほっとしていたのか、部屋に戻っても自然と笑顔がこぼれていた。ふと洗面所の鏡で自分の顔を見て、そんな自分に少し照れくさくなってしまう。


 東京の暮らしに慣れるのに夢中で、気づかないうちに家族への感謝や安心感が大きかったことに気づく。改めて家族の大切さを思い、心が温かくなった。


「バイトかぁ……」


 顔を洗って歯を磨き、さっぱりした気分で冷蔵庫を開ける。そこに残っていたレタス、トマト、そしてアボカドを取り出し、丁寧に切り分けて皿に盛りつける。最後にバジルをふりかけ、彩りも香りも鮮やかなサラダが完成した。


 料理をするのも好きで、食材を使って自分だけの一皿を作る瞬間が何とも言えず楽しい。


「まあ、まだ無理だな」


 一人で「いただきます」と小さくつぶやき、テレビのリモコンに手を伸ばす。ボタンを押して画面がつくと、東京の番組が流れ始めたが、どれもなんとなく馴染めない。


 大阪にいた頃は、いつでもお笑いや漫才の番組がやっていて、テンポの良い笑いが毎日の生活の中に自然と溶け込んでいた。


 しかし、東京のテレビは違う。ニュースやトーク番組、バラエティ番組でも、大阪ほど気軽に笑えるものは少なく、どこか物足りない気がしてチャンネルをいくつか回してみる。


 そんな中、偶然映し出されたのは鉄道の車窓からの風景が流れる番組だった。のびやかに流れる穏やかな音楽を背景に、移ろう景色がゆっくりと流れている。車窓の向こうには広がる山々や川、田んぼや小さな町が連なり、どこか懐かしいような気持ちにさせられる。その風景に惹かれ、自然と画面に目が止まった。


 鉄道にも密かに興味を持っていた。駅で列車が出発するたびに響く鉄と鉄がこすれ合う音や、車輪が線路の継ぎ目を通るときの「ガタン、ゴトン」という独特のリズム。


 小さい頃から聞き慣れてきたその音には、どこか心を落ち着かせる響きがある。日常の喧騒を忘れさせてくれるその音を聞くと、なんとなく心がほぐれていくのを感じるのだった。


 そんな鉄道のリズムに耳を傾けながら、サラダを一口ずつ楽しむ。野菜を噛むシャキシャキという音が、テレビのスピーカーから響く鉄道の音に重なって、静かな夜の空間を満たしていた。


 気がつけば、部屋には息遣いと、テレビから流れる車窓の風景だけが続いている。移りゆく景色に身をゆだねながら、ゆっくりと夜の時間を過ごしていた。

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