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青を翔ける  作者: 倉津野陸斗
第3章 響想
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追憶

 そして、明日はいよいよ大阪に行く日だ。


 雄也と一緒に大阪に行けるなんて、まるで夢のようだ。かつて二人で過ごした場所。

 それは、俺にとって特別な場所だった。楽しかったことも、辛かったことも全部ひっくるめて、俺にとってかけがえのない思い出の詰まった場所。


 あの頃の俺は、今よりずっと弱くて、いろんなことに怯えていた気がする。

 そんな俺をいつも助けてくれたのが雄也だった。小学校の頃、いじめっ子たちが俺を時々からかいにきたことがあった。


 今思えば、それは軽い「いじり」だったのかもしれない。俺自身、それほど辛く感じていたわけではなかったけれど、雄也にとっては違ったのだろう。俺が少しでも嫌そうな顔をすれば、雄也はいつも飛び出してきて、俺を庇ってくれた。


「おい、やめろよ」


 そう言って、真っ直ぐにいじめっ子を睨みつける雄也の背中は、当時の俺にとって本当に大きく、頼もしかったな。

 あの頃から、きっと俺は雄也のことが好きだったんだと思う。ただ、その気持ちがどういう好きなのか、自分ではまだ理解できていなかっただけで――


 俺は今、キャリーケースに荷物を詰めながら、そんな過去をぼんやりと回想している。二人で自転車を並べて走った日、夏祭りで一緒に浴衣を着て出かけた日、放課後の公園で何時間も話し込んだ日。

 楽しかった日々が次々と頭の中に浮かんでは消えていく。


 けれど、それらの日々が「青春」と呼べるような時間に変わることはなかった。ただの友達として、普通に過ごしてきただけだった。いや、これが青春だったのかな。


 だけど、それはそれで今の自分には十分なのかもしれない。少なくとも今、こうして雄也と一緒にいる時間に、俺はドキドキしているし、嬉しくて仕方がない。


(あの頃、もし俺が変に告白していたら……どうなっていたんだろう)


 ふと、そんなことを考えてしまう。例えば、俺が雄也に好きだと伝えて、もし付き合っていたら……

 きっと、その後、遠距離恋愛になって、別れてしまったかもしれない。そんなことを想像すると、あの頃の関係が壊れてしまうような気がして怖い。


 いや、そもそも付き合えるわけなんてないか。だって、男同士なんだもんな……


 そう思いながらも、心のどこかで「もしも俺が女だったら」と考えてしまう。もし俺が女子だったら、絶対に雄也に告白していた。


 だって、雄也は俺のヒーローみたいな存在だったから。あの頃も今も、変わらず俺を守ってくれて、ずっと隣にいてくれる。


「同じ年に、同じ場所に生まれてこれて、本当によかったな……」


 思わず、そんな言葉が心の中から溢れた。俺は雄也に出会えて、こうして今も一緒にいられて、それだけで十分幸せだと思う。


 キャリーケースの中に、荷物を詰め終わると、少し深呼吸をした。いよいよ明日、二人で大阪に向かう。昔とは少し違う関係になっている気がするけれど、それが何なのかはまだ言葉にできない。

 でも、このドキドキと胸の高鳴りを大事にしたい。


「やべ、また変なこと考えてた……」


 キャリーケースを開けたまま、俺はその前で立ち尽くしていた。荷物を詰めようと思っているのに、手が止まってしまう。頭の中は明日のこと、雄也のことばかりで、全然集中できない。


 詰めるべき服や洗面道具がベッドの上に並べられているのに、何ひとつ手が動かない。荷造りをしなきゃ、そう思えば思うほど、心はふわふわと浮いたまま、大阪での時間に想いを巡らせてしまう。


 キャリーケースの中は空っぽのまま。俺の頭も同じように、雄也でいっぱいになっていた。


「だめだ。楽しみすぎて、何にもできない」


 ふと、雄也は荷造りをもう終えたのか気になって、スマホを手に取った。「もう荷造り終わった?」とLINEを送る。


 画面を見つめながら、彼からの返信を待つ時間が、なぜか妙に落ち着かなかった。


『うん、もうやったよ』


「あ、まじ? 俺まだ全然終わってない」


『何してんだよ笑 早くしろよ』


「うん」


 一旦ここで途切れた。再び、クローゼットと向かい合い、なんの服を持っていくのかを考える。

 大阪に滞在する予定は、二週間だからたくさん服がいる。迷っていると再びスマホが揺れた。

 見てみると、雄也から。


『なー、俺の部屋ちょっと狭いけど大丈夫だよな?』


「大丈夫だよ。泊めてくれてありがとう」


『陸人だからいいの』


「嬉しい。ありがとう」


『うん。早くやれよ』


「ありがとう」


 なんかよく分からないけれど、俺だから雄也が家に泊めてくれるのかな、なんて考えてしまう。別に、狭い部屋でも全然構わない。


 むしろ、狭い方が雄也と近づける気がして……


 そんな自分の気持ちに気づくと、少し恥ずかしくなった。でも、嬉しいという感情の方が勝ってしまう。


「あー、早く明日になんないかなー」


 独り言が、ため息と一緒に部屋にこぼれる。時計の針の音だけが静かに響いていて、明日が待ち遠しくてたまらない。


 目の前には、まだ半分も荷物が詰まっていないキャリーケース。手を動かせばすぐに終わるはずなのに、どうしても集中できない。雄也と一緒に過ごす時間、雄也の家で二人きりになる状況。そんなことばかり考えてしまう。


「なんでこんなに落ち着かないんだよ……」


 苦笑しながら、再び服を手に取るけれど、また手が止まる。思い出すのは雄也の顔、笑う声、無邪気な仕草。その一つ一つが頭の中を駆け巡って、胸がざわつく。


「あー、雄也、早く会いたいよ……」


 独り言を繰り返しながら、結局準備は進まないまま、夜がゆっくりと更けていった。

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