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青を翔ける  作者: 倉津野陸斗
第3章 響想
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再確認

 それから、「大阪楽しみだね」だとか「テスト嫌だね」といった他愛のない話をしながら、いつもの日常が続いていった。笑い合ったり、冗談を言い合ったりする中で、俺たちの関係はどこか安定した空気に包まれていた。


 そして、数日後。

 期末テスト週間が始まった。普段は楽しく過ごせる時間も、この時期ばかりはそうもいかない。

 テストは明後日だ。

 俺たちは一緒に、経営学と労働法のテスト勉強に励むことになった。


 大学の講義は、テストがあるものもあれば、レポート課題で成績が決まるものもある。俺たちが受けている講義の中では、この二つ、経営学と労働法が試験形式だった。どちらも内容が膨大で、しっかりと理解していなければ点数を取るのは難しい科目だ。


「なー、やっぱさー、労働法、覚えること多すぎない?」


 テキストを眺めながら俺が嘆くと、隣でテキストを開いている陸人が苦笑いを浮かべた。


「だな。でも、経営学も公式が多くて面倒くさい」


 そんな愚痴をこぼし合いながら、俺たちはテスト勉強を続けた。たまたま同じ講義を取っているから、テスト範囲も同じ。

 これが一緒の科目でなければ、こんなふうに一緒に過ごす時間も減っていただろう。


「でもさ、一緒に受けるテストってなんか変な感じ」


 陸人がふと呟いた。


「そう? 中学の時とそんな変わらなくない?」


俺が返すと、彼は少し考えるように視線を上げた。


「まあ、そうなんだけど……雄也とこうやって勉強するの、懐かしい気がする。あと、嬉しい」


 その言葉に、俺は少しドキッとした。

 特別な意味はないのかもしれないけど、彼がこうして隣にいてくれることが、なんだか心強く感じるのは確かだった。

 そんな会話をしながら、テキストを広げた机の上には、俺たちの時間がゆっくりと流れていた。


「なー、これどういう意味?」


 俺は手元の労働法の資料を見つめながら、隣の陸人に尋ねた。テスト範囲に入っているらしいが、正直なところ、専門的すぎてさっぱり分からない。


「ん? どれ?」


 陸人が顔を上げ、俺が指さした箇所を覗き込む。そこには内部告発や公益通報者保護法といった難しそうな用語が並んでいる。

 内容を読み進めようとしても、頭に入ってこない文字ばかりで、完全にお手上げ。


「内部告発の限界はどこまで判断されるかとか。過去の判例から、告発された内容が真実と信じうる十分な根拠があるかとか、いろいろあって……」


 陸人はそう言いながら、資料を指でなぞりつつ、俺に分かりやすく説明をしてくれた。

 その表情は真剣で、声のトーンも少し低く抑えられている。普段の彼とは違う落ち着きが感じられて、その姿に思わず見入ってしまう。


「例えば、この判例の場合……」


 陸人はさらに具体例を挙げながら説明を続けた。彼の話し方はスムーズで分かりやすく、俺でも理解できるように丁寧に噛み砕いてくれる。正直、資料を自分だけで読むよりもずっと頭に入ってきた。


「なるほど……なんか分かった気がする。ありがと」


 素直にそう言うと、陸人は軽く笑って「分かったならいいけど」と返した。その笑顔に、俺の胸がふわっと温かくなる。


 ただ、それ以上に、説明をしてくれる彼の姿がとにかくかっこよくて仕方がなかった。


 普段は無邪気な一面が多い陸人が、真剣な目で資料を見つめながら冷静に話すその姿には、どこか色気すら感じた。顔を横から見るたびに、頬が少し熱くなるのを自覚しながら、俺は頷いて彼の話を聞き続けた。


 陸人が説明を終える頃には、内容以上に、俺の中には彼の姿がしっかりと焼き付いていた。こんな一面もあるんだ。

 そう思うたびに、彼への気持ちがまた少し強くなった気がした。


「へー、すげぇじゃん」


「なにすんの」


 陸人が少し驚いたように俺を見上げた。

 茶化すように、俺は彼の頭をポンポンと触った。


「別にー」


 そう言いながら軽く笑ったが、実際にはただ触れたかっただけだ。

 サラサラの陸人の髪。

 それがなんだか無性に気になって仕方がなかった。指先に伝わる柔らかさと、ふんわりと漂う心地よい香りに、胸がじんわりと熱くなる。


 俺は、昔から陸人の髪がたまらなく好きだった。触れるたびにその想いが強くなる気がした。けれど、そんなことを本人に言えるはずもなく、茶化した態度を装うことで精一杯だった。


 それからも、テスト勉強は続いた。いくつか分からない箇所を見つけては、陸人に質問して答えてもらう。そのやり取りを何度も繰り返した。彼の説明は相変わらず分かりやすく、丁寧で、頭にすっと入ってくる。


 だけど、正直なところ、俺はほとんど聞いていなかった。いや、聞けなかったと言う方が正しい。


 説明してくれる陸人の横顔、それがあまりにも美しくて、俺の視線は完全に奪われていた。彼の真剣な目元や、滑らかな顔のライン。その全てが俺の意識を彼に引き寄せてしまう。


 こんなに近くで彼を見るのはいつぶりだろう。いや、これまで近くにいる時間はたくさんあったはずなのに、今ほど彼を意識することなんてなかった。


 陸人の声は耳に届いているのに、言葉が内容として頭に入ってこない。何度も頷いているが、それは返事というよりも無意識の動作に近かった。彼の動きや表情に気を取られすぎて、テスト勉強どころではなかったのだ。


(本当に、俺はどうしちゃったんだろう……)


 そう心の中で呟きながら、俺は彼の横顔に目を奪われ続けていた。何度も同じ質問を繰り返しながら、ただその声を聞きたくて、話をしたくて、勉強という名の時間を甘くも苦しいものにしていた。


「なるほど。わかった。ありがと」


 俺がそう言うと、陸人は少し疑わしそうな顔をしてこちらを見た。


「本当にわかった?」


「わかってるよ。てか、なんで陸人はそんなに詳しいわけ?」


「法律って勉強するの面白くない?」


「おもんない」


「そっか。俺は面白いと思うけど」


「なんで?」


「なんでかはわかんないけど」


「なんだよそれ」


 ふざけた会話のやり取りに思わず笑ってしまう。こういう他愛のないやり取りが俺は大好きだ。難しい勉強の合間に交わされる何気ない会話も、陸人の隣にいるだけで、こんなにも楽しい時間に感じられる。


 とにかく、彼と話して、笑い合う。それが今の俺にとって、何よりも大切な時間になっている。

 ふと心の中で呟いた――もう、陸人なしでは生きていけないかもしれない。

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