まだ知らない感情の中
バスの揺れが心地よく、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
夢の中で、雄也と隣同士に座り、笑顔で語り合っていた。些細なことや昔の思い出を話しては、お互いに微笑み合っている。
現実では、いつも少し緊張してしまうのに、夢の中では素直に心を開ける自分がいた。昔のように。
優しい声が耳に残る気がして、ほんのり暖かい気持ちに包まれながら目を覚ました。
こんな想いを抱いたのは、初めてだった。
これまで、まわりの女子たちがやけに騒がしく、目が合うたびに声をあげ、幾度も告白されたこともあった。
だが、彼女たちに心を動かされたことはなかった。
正しく言えば、どうしても「好き」と思えなかったのだ。それが中学時代も、高校時代も続き、いつのまにか周りの男子たちからも妬みの目を向けられるようになっていた。
「お前が羨ましくて仕方がないよ」と冗談めかして笑う奴もいたが、その声もただ耳に触れるだけで、煩わしさばかりが残った。
それから、恋愛に心を揺さぶられることはもうないのだと、どこかで決めてしまったのだと思う。けれど──
彼だけは違った。思い返せば、まだ中学生だったあの頃、彼は何も言わず、ずっとそばにいてくれた。
くだらない話をして笑い合い、ただそこにいるだけで、安心感に包まれていた。まるで風が柔らかく寄り添ってくるような、穏やかな心地がした。
そして、あの日のカフェで再び彼と出会った時、不意に心が高鳴った。あれはきっと、一目惚れのようなものだったのかもしれない。
彼を見た瞬間、胸の奥からじんわりと温かな感情が溢れ出してくるのを感じた。それは、今まで女子に対して一度も抱いたことのない感情だった。
しかし、彼と再び会う機会などないのだと思った。あの時の再会がすべてで、もうこれ以上、何も望むまいと自分に言い聞かせた。
だが──まさか、こうして同じ学校に通い、同じ教室にいるとは夢にも思わなかった。
あの日、見送るように遠ざかった背中が、こうしてまた隣にいる。それに気づいた時、気持ちを押さえようとしても、どうしても声をかけずにはいられなかったのだ。
再び彼の隣で、昔のように過ごせたらどんなに幸せだろうと、心がそう願っていた。
だが、きっと彼は覚えていないだろう。あの頃の何気ない日々の中で過ごした時間など、風のように過ぎ去ってしまったのだろうか──そんな考えが、透明な石鹸玉のようにふわふわと浮かび上がる。
けれども、手を伸ばせばふいに弾けてしまいそうな儚さも伴っていた。
そのたび、胸の奥に渦巻くもやもやとした想いがますます深まっていく。
澄みきった青空に漂う雲のように、ぼんやりとその考えに思い巡らしていると、いつしかまどろみに誘われていた。
そして──目を覚ますと、隣にはあの人がいる。
穏やかな顔で本を開き、時折ふっと微笑むその横顔が、過去の記憶と視線が重なり合う。
「ん?」
しまった。気づけば、彼の横顔に見入ってしまっていた。落ち着いた視線でページをめくる仕草や、さりげなく微笑む口元に、不思議と心が惹かれる。
今さら逸らそうと思っても、目が離れない。まるで、ずっと前から知っていたような懐かしさと、新鮮なときめきが入り混じったこの感情は何なのだろう。急に胸が熱くなるのを感じ、慌てて目を逸らすが、思わず息をのんでしまった自分に気づき、赤くなる頬が恥ずかしかった。
「あ、いや。なんにも」
どうにも緊張してしまう。隣に雄也がいるのがうれしいのに、この密接した距離に心がざわつく。少しでも気を抜けば、無意識に顔を見てしまいそうで、ずっと窓の外を眺めるふりを続けている。
バスの停留所がいくつも過ぎていくのを確認しながら、心の中で早く駅に着いてくれと願う。
それでも、一方ではこの時間が続けばいいのにという思いも拭いきれない。
矛盾する気持ちに戸惑いながら、なんとか平静を装うけど、鼓動の早さは加速度的に増していく。




