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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第6章 初めての仕事
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第90話 最終日

 その夜、ニュースサイトでは、AIに人間の身体を貸与させるアルバイトの事件が速報で取り上げられていた。

 それを斡旋していた闇組織の幹部が逮捕されるシーンも流れ、最近の警備ロボのウイルス感染による暴走や、アバター消失事件など、同一組織の犯行として発表された。

 アバターに関しては、データが証拠として残っていたようで、消された人たちはそれらを復旧することでアバターを取り戻すことができたという。

 また、今回の一連の流れをまとめたものが、不破からも送られてきた。どうやら、不破は私たちの知らないところで、細々としたサポートをしてくれていたようだ。結人の父親を護送したのも不破の仕事だと知り驚いた。



 そしてついに、この仕事の最終日となった。

 当面の危険は排除されたはずなのだが、今日も鈴鹿は迎えに来てくれた。

 一階に降りると、珍しくシェルムがいた。ライドユニットの外に出ている結人と何か話していた。そして私の姿を見ると、「よう」と手を上げて、ニッと笑った。


「なんか、久しぶりだね」

「まー、俺はデキる男だからさ。いつだって忙しいんだよ」


 そう言って結人の肩を叩くと、私たちがライドユニットに乗り込むのを見届けていた。



 いつもの地下に行くと、そこには相変わらず慧定がひとりで待っていた。

 そして、今回の出来事の最終的なまとめを私たちに見せてくれた。リアンから何か言われたのか、今回のものはざっくりとしていて、わかりやすかった。そのせいで、取りこぼしている情報もあるのだろうが、そこまで拾っていたら、きっと今日中に帰れなかっただろう。

 慧定は補足として、AIの集う仮想空間メタバースの閉鎖も教えてくれた。今回のように、AIに批判的な感情を移植したものが、再び現れることを憂慮してのことだ。

 AIを進化をさせるという点で、あの空間は非常に有用だったが、悪用されるリスクが高まったため、早い決断となったらしい。


 また、今日が最終日ということもあり、ライヤンたちにもあいさつをすることになった。

 今回の謝礼の話などをしつつ、ファンクラブの解散をお願いできないか探ってみたが、それは無理そうだったので諦めた。



「今回は、ご協力いただきありがとうございました。こうして無事に、問題を解決することができました」


 慧定はそう言って、私たちに対し丁寧にお辞儀をした。やはり、その姿は違和感なく優美だった。


「再び、おふたりにお願いすることがない事を祈っています」


 とても人間らしい言い回しでそう締めくくって、今回の仕事は終了となった。

 報酬は予想以上の成果があったということで、毎日入金されていたものとは別にボーナスも支払われると言われた。


 最初はどうなるかと思ったが、無事に終わって安心した。

 三人で外に出ると、昨日はそこで待っていた鈴鹿の姿はなかった。朝に、送迎は行きのみだと聞いていたので、私たちはそのまま歩き始めた。

 夕方の茜色に色付いた空を見上げる。

 若干不安はあるものの、結人の作ってくれた服を着ているから、なんとかなるだろう。

 そう思いながら、しばらくは来ないであろうこの辺りの景色を楽しみながら歩いていると、前を歩いていたリアンがこちらを振り向いた。


「僕、ちょっと戻ります。慧定と少し話があるので、先に行っててください」


 急に思いついたように、リアンは来た道を戻っていってしまった。


「どうしたんだろ?」


 スタスタと早足で歩いていくリアンのうしろ姿を見送っていると、結人が隣に立った。

 そして、今度は私のほうを向いた。


「あの……」


 なぜか緊張している結人の顔は、耳まで赤い。


「ど、どうしたの?」


 熱でもあるんじゃないかと、私は心配になって見上げる。すると、パチっと目があった。結人は目を泳がせて、一度手を口に持っていき何か口籠ったあと、手を下におろした。


「俺、あ、有菊の隣にいたいんだ」

「え?」


 今も隣にいるけれど、と一瞬そう思った。

 しかし、そう言うことじゃないのかもと思ったら、耳まで熱くなるのを感じた。

 これはもしかしてと思うと、全身が心臓になったかのようにうるさい。こんなイベントが、自分の日常に起こるとは思っていなかったので、どうしたらいいかわからない。


「えっと……」


 私があちこち視線を彷徨わせてソワソワとしだすと、結人は気持ちを固めたようにこちらを見た。その勢いに押されるように、私も結人の顔を見た。


「好きです。有菊の隣にいさせてください」


 それは生まれて初めての告白だった。

 今までこんな風に、自分に向けて好意を正面から言ってくれる人はいなかった。

 なんで? どうして? どこが? 

 様々な感情がうねりながら、頭を駆け抜けていく。

 しかし、絵奈の「勝手に自分の尺度で捻じ曲げたりするのは失礼なことだ」という言葉が頭に浮かんだ。

 そうだ、これは素直に受け取っていいものなのだと思うと、今度は大きく胸が高鳴った。そして、なぜか涙が溢れてきた。


「え? 有菊?」


 突然こぼれ落ちる涙に、結人はあたふたしだした。


「もしかして、嫌だった……?」

「違うの」


 こんな自分なんかに、結人が告白してくれたことが嬉しかった。それなのに、涙が出るとは思わなかった。必死で涙を拭いながら、「これは違うの。嫌じゃないの」と首を振った。

 どうしていいかわからない様子の結人は、ただ困ったように見守っている。


「ごめんね。急に涙が出てきて、私もびっくりした」


 ひどい顔をしているだろうなと思いながら、私は一生懸命笑顔を作ろうとした。


「ゆっくりで良いから。待ってるから」


 結人は、急いで取り繕おうとしている私に、そう声をかけて微笑んだ。


「うん」


 待っていてくれるという安心感で、なんとか気持ちを立て直すことができた。その間、グルグルと色んな考えが頭の中を駆け巡り、私はそれらを組み立てていった。


 今振り返ると、私は出会ってすぐの頃から、結人に惹かれていたと思う。

 だけど、同じ感情を結人に持ってもらえるとは考えていなかった。自分のような不完全で中途半端な人間は、そんな資格がないと思っていたからだ。

 人に認めてもらえるような理想の自分には、生きているうちになれなさそうだったから、この先もひとりで生きていくのだと思っていた。

 人間同士の恋愛は憧れだけにしておいて、自分はバーチャルパートナーを作るものだと決めつけていた。


 やっと涙も止まって、息をふっと整えると、私は結人を見上げた。その顔は再び緊張で強張っている。


「ありがとう」

「うん」

「私……、生まれて初めてこんな風に言ってもらったから、驚いちゃって。なんかごめんね」

「うん」

「それでね……、結人がそう言ってくれたこと、すごく、すごく嬉しい」

「うん」

「……んだけど、今すぐには返事できない。……ごめん」

「何かあるの?」


 返事がすぐにもらえないとわかり、結人は少し強張った声をしている。しかし、これは私の問題なのだと伝えたくて、すぐに言葉を続けた。


「うん。私、お母さんのことを先に決着つけたいの」

「この前、会ったばかりなのに?」

「そう」


 少し意外そうな顔で、結人は首を傾げた。

 きっと、この告白と私の母親が、どう関係するのかピンと来ていないのだろう。


「私ね、まだあの家に、お母さんに縛られたままなの……。でも、今のお母さんと私の関係のまま、大切な人が、たとえ会わないとしても、私を通じてお母さんと繋がるのは、なんか嫌なの」


 それは、今まで、こういう感情にうしろ向きだった原因のひとつだった。

 私には、私を支配している母親の存在がいる。そんな母親の悪意のターゲットに、好きな人がなってしまうのが嫌だった。同様の理由で、家では一切友達の話もしなかった。

 だけど結人とは、もっとちゃんと繋がりたい。母親とも対等になって、もし、ふたりが顔を合わせることがあっても、胸を張っていたいのだ。

 それを聞いて、結人は目を見開いた。


「それって……」

「うん。だからまずは、私がお母さんとの関係に決着をつけてくる。まさか、こんなにすぐに帰ると思ってなかったけど、もう一度会って、今度はちゃんと話してくる」


 驚いている結人に、「だから、返事は少し待ってくれる?」と確認した。

 ここまで言っておいて返事もなにも無いのだが、ちゃんとそこは順番を守りたい。


「わかった。でも、それなら俺も一緒に行くよ」


 その気持ちを汲んでくれた結人はそう言った。

 それは心強い言葉だけど、ひとりで話さないと意味がない。


「ありがとう。でも、ひとりで話すから大丈夫」

「それなら、家の前まで送る」


 そう決めたと言わんばかりに頷いた。

 私は、頼りなくグラグラしていた自分を支えてくれる大きな存在ができた気がして、胸がいっぱいになった。


「じゃあ、帰る日が決まったら、すぐに連絡するね」

「わかった」


 それから私たちは、何となく生まれたばかりの柔らかな感情には、できるだけ触れないように、当たり障りのない会話をしながら帰っていった。

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