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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第6章 初めての仕事
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第89話 過去の確執

 仮想空間メタバースから戻ってきた私たちは、慧定に先ほど起きた出来事を報告した。


「そういうわけで、俺たちとの話し合いは終わりました。内容は小雪が記録してくれたので、そちらを確認してください」


 対象のAIは、あのまま夢を見る大木の上に放置できなかったので、圧縮してカプセルに閉じ込めた。それも小雪に託してある。

 どうやらこの人格を持ったAIは、夢を見る大木で夢を見た直後だったため、あそこまで人間側の感情が発露していたらしい。

 そして、それは非常に凶暴で高圧的なものだった。

 そんな凶悪なAIに貫かれた結人の左目が心配で、こちらに戻ってから確認したが、大丈夫そうだった。


「あの時、一体何をしていたの?」


 側から見ている分には、ただ一方的にやられて、目を刺されてからAIを凍結したように見えた。しかし、それでは結人の目は無事では済まなかっただろう。


「リアンと様々なパターンを想定して事前に準備をしていたんだ」


 その中には、暴力的な相手だった場合のシミュレーションもあったという。そういう相手は、よりダメージを与えようとしてくる可能性が高いということで、タイミングを見てアバターと肉体の感覚を切り離し、三人称視点に切り替える練習をしたらしい。それをゲームコントローラーで動かすらしいのだが、そのコントローラーは昔、祖父が気晴らしに作ったおもちゃを使ったという。

 一体いつから視点が変わっていたのかわからなかったが、功を奏して無事に体内に仕込んでおいた捕縛ツールを展開させることができたらしい。


「相手が純粋なAIだった場合が厄介だったから、人間らしいAIでツイてた」


 あんなにも酷い目にあっていたのに、結人はそう言ってのけた。

 するとそこにメッセージが入ってきた。


「あれ? ライヤンさんからだ」


 どうやら結人にも同じものが届いたようで、それぞれ確認をする。


「犯人を捕まえたって……」


 そのメッセージには、私のデータを参考に罠を仕掛けていたところ、アバターを消そうとする犯人が現れ、みんなで捕まえたとあった。

 慧定にそれを伝えると、私たちを見て小さく頷いた。


「ちょうど良いですね。そのアバターもこちらに持ってきてもらえますか?」


 複数犯を予想していなかったわけではないが、一度にふたりも捕まると、他にも共犯者がいるのではないかと疑心暗鬼になる。

 私たちは、とりあえず呼び出された場所へ行き、犯人をカプセルに入れて舞い戻った。


「あとはこちらでの作業になりますので、今日はここまでで大丈夫です」


 いつもより早い時間だが、業務終了になった。

 リアンは残るかと思ったが、慧定と軽いやり取りをしただけで私たちと一緒に部屋を出た。

 外に出るとまだ明るかった。気温は少し高いくらいで、結人の作ってくれたチュニックの軽やかさがちょうどいい。


「今日は暖かいですね」


 空を見上げてリアンがそう言うので、私は大きく頷く。


「ね。こんなに早く終わると、どこか寄り道したくなっちゃうね」


 久しぶりにこんなに日の高い時間に外に出たので、足取りも軽い。

 しかし、結人は「いや、それはちょっと……」と、なぜか後ろ向きな返事をする。


「お兄ちゃん、今日くらいいいんじゃない?」

「今日くらいって?」


 そんなことを話しながらまったり歩道を歩いていると、突然うしろからガリガリと地面を削るような音が聞こえた。

 驚いて振り返ると、警備ロボが見たことのない速さでこちらに向かってくる。それを見た瞬間、私は警備ロボの暴走のことが頭に浮かんだ。

 二本の針のついたアームを出して迫ってくる。


「テーザー銃です。気をつけてください」


 リアンがそう言うのと同じタイミングで、その警備ロボが大きく横に吹き飛んだ。正確には突然現れた女性によって、思い切り蹴り飛ばされた。その人は、あっという間にその警備ロボの電源を落として、完全に動きを封じてからこちらを向いた。


「あ……、あの時の」


 その人は、先日会ったばかりの人物だった。

 宮島がこれから一緒に暮らすと紹介していた女性だ。確か、鈴鹿と呼ばれていた。


「ご無事でしたか?」


 やり遂げた顔でこちらに近づいてくる鈴鹿は、私たちに怪我がないか確認する。


「あ、はい。ありがとうございます」


 まさか警備ロボの突然の暴走に対し、キックで撃退するとは思わなかった。


「お強いんですね」


 私が大きくへこんだ警備ロボのボディと、その人の足を交互に見て言うと、鈴鹿は照れたように笑った。


「いえいえ、不破先輩ほどじゃないですが、これくらいは」


 そう答えるので、私は不破の強さが想像以上なことを今更知った。さすが、成績優秀なだけある。


「まだ外は危険だから、早めに家に帰ったほうがいいですよ」


 目の前でこんなことが起きたのだ。さすがに寄り道をしようという気持ちは萎んでしまった。


「はい。このまま帰ります」


 鈴鹿にお礼を言うと、私たちはせっかくの陽気を諦めて、まっすぐ帰ることにした。



 あの警備ロボが、私たちを狙っていたのだとわかったのは翌朝だった。

 なぜなら、昨日助けてくれた鈴鹿が、ライドユニットでマンションまで迎えにきたからだ。すでに結人たちは乗車しており、私も鈴鹿に付き添われて一階まで降りた。


「今回の件は、解決に向けてすでに動いています。ただ、完全に安全が確保されたわけでは無いので、あなたたちの任務終了までは、私がこうして送迎をさせていただきます」


 そう国会議事堂まで送ってくれた。

 鈴鹿に「帰りも同じ場所でお待ちしています」と見送られ、私たちはいつもの扉から入っていった。


「昨日捕らえていただいたAIたちは、同じ製造メーカーでした。現在、その製造元のAIは仮想空間メタバースにログインできないようにしています」


 慧定はそう言って、昨日あれから調査した結果を表示してみせた。


「また、昨日警備ロボに襲撃されたと報告を受けていますが、そちらもすでに解決済みです。三人をターゲットにしていたようですが、その指示を出していた人物も、今朝逮捕しました」


 たった半日で状況がガラリと変わっており、私たちはその報告を延々と聞き続けた。


 事のはじまりは、今の政治体制になった頃に遡るそうだ。

 当時の貧富の差は、それまで経験したことがないくらい広がり、国内の犯罪は凶悪化の一途を辿っていた。そんなニホンに見切りをつけ、海外に逃げ出す国民も多かったという。

 そんな中、一部の若者たちが反旗を翻した。当時の出来レースの選挙では現状を変えられないため、若者たちは代表者のカリスマ性とAIを駆使して国民の心を掴んでいったという。

 そして、様々な混乱を経て、ついに当時の政府を解体することに成功した。

 その後は公約通り、AIによる平等で公平な国家運営を開始した。手始めに、誰でも利用できる公共サービスの提供やインフラ整備などのために資産再分配が必要だと主張したらしい。それを実行するために、新しい法律や憲法改正を通じて、特定の条件下で富裕層の土地や資産を没収する法的枠組みを整備。それにより富裕層からの資産移転を正当化したという。

 その強引なやり方に批判する者はいたが、圧倒的に貧しい者が多かった当時は、支持する声のほうが大きかったらしい。


 今回の犯人は、まさに当時、自分たちの資産を奪われた特権階級の人たちだった。

 実際は、全ての資産家が何もかもを奪われたわけではない。国の協力要請に応えることを誓約した者は、一定の資産と特権を保つことが許可された。

 要は、持つものにはその責任を課したのだ。

 しかし、生活困窮者の救済を促すような国家要請に、自らの資産を切り崩すことを嫌う者も多かった。そのため、なんとかして既得権益を守ろうと、様々な裏工作を行なったという。しかし、それらはすべて失敗に終わり、資産など多くのものを失った。

 代々受け継がれてきた資産を奪われた者や、鶴の一声で国を動かす権力を持っていた者などは、現体制を嫌悪し憎んでいったという。

 そして、自分たちの手に再び富と権力を取り戻すため、彼らは虎視眈々とその機会を狙っていた。

 そのほとんどが、若返りの手術を受けており、外見は若いが、百歳を超える者もいたという。

 また、自分の人格をコピーして、AIに埋め込んだ者も少数ではあるがいたようで、結人やライヤンたちが捕えたのはそういった者たちだった。

 そうまでして、失ったものを取り戻したかったようだ。

 今回の計画にあたり、実現のために海外に避難させていた資産を湯水の如く使っていたらしい。


 それを聞いた時、ナイナイのことを思い浮かべた。

 まるで異なる出来事だが、こんなに目指す未来が違うのかと身震いした。あれがみんなのための楽しい未来計画だとしたら、これは私利私欲のための未来計画だと思った。


「彼らはずいぶん昔に国外に移住しており、金をばら撒いて人を雇っていたようです。そして、AI排斥を進める組織を立ち上げて、ニホンの首都に拠点を構えていました」


 それを聞いて、私は駅前にあった掲示物を思い出した。


「もしかして、『AIの支配を許すな』っていう電子広告もその人たちが?」

「はい。これらを違法に掲示して、それをあたかも国が剥がしたように見せ、AIが国民に対し、執拗な監視を行なっていると見せかけていたようです」


 慧定が出してくれた映像の中には、見覚えのある広告があった。

 私がそれらを見ている横で、結人も慧定に尋ねる。


「あのドローンもですか?」

「はい。あれらも国のものではありません。それを取り締まるドローンが追跡していたため、異常な数のドローンが飛び回っているように見えていました」


 どれが警備ドローンで、どれが偽装したドローンかパッと見ただけでは判断がつかなかった。だから、あんなにも大量に飛んでいたのかと納得した。

 そこから、宮島の家の周りの状況を思い出す。


「じゃあ監視カメラを勝手に設置したのも、その人たちの仕業なんですね」

「はい」


 すべては、AIが人間の脅威になっているとアピールするための工作。そう言われたら、一連の事件は見事に繋がっている。

 アバター消失なんて最もわかりやすい。

 AI批判をすることでアバターが消されていたのだ。政府が言論統制をしていると思わせるのに充分だ。


「じゃあ、あとはAIに人間の肉体を貸し出した事件が解明できれば、万事解決ですね」


 あとひとつで、すべて解決だと私が安心していると、慧定は首を振った。


「いえ、終わりではありません。今回逮捕されたのは、ほんのひと握りです。おそらく、また別の人間が、別の方法でこの政府を転覆させようとしてくるでしょう」


 結人も不思議そうに慧定に尋ねる。


「指示を出している人たちを、全員捕まえれば終わりじゃないんですか?」


 その質問に、慧定は目を伏せて再び首を横に振った。それに伴い、長い髪もゆらゆらと揺れている。


「私たちはこの社会を作るのに、多くの敵を作りました。もう少し時間をかけて、対話を重ねていれば軋轢も少なくて済んだかもしれません。しかし、当時はそれを許さないほど社会の状況がよくありませんでした。そして、そんなAIが運営する国家である以上、永遠に付き纏う問題でしょう」


 そう答える慧定は、なんだか少し寂しそうに見えた。

 そして、人間がどんな社会を望むのかで、この先の方向性が変わっていきそうだと、今回の事件を経て強く感じた。

 しかし、できることならこの社会がもう少し続くといいなと密かに思った。

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