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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第6章 初めての仕事
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第88話 夢を見る大木

 今日のグリーティングも無事に終わり、AI側のピンクとブルーの空の下をふたりと一匹で歩いていた。


「人間側はAI批判をして誘い出す作戦で動いてるけど、こちら側ってトリガーが無いから見つかる気しないよね」


 毎日ただ闇雲に歩き回り、AIたちの反応を見定めるという非効率的なやり方に、つい愚痴をこぼしてしまう。それに対して結人も「うん」と、周りを見ながらも同意してくれるので、気持ちは同じようだ。

 すると、前を歩いていた小雪がくるっと振り返った。


「ま、見つからへんもんはしゃーないから、今日はこの世界を楽しまへんか?」

「え? 楽しむ?」

「とりあえず、背中乗りや」


 少しこの捜索に飽きていた私たちは、すぐに伏せている小雪の背中に乗った。


「ちゃんと掴まっときや」


 走り出してからそう言った小雪は、ものすごい勢いで金属のような光沢があるのにマシュマロみたいに柔らかな地面を疾走し始めた。

 あまりの速さに、私たちは必死で小雪の背中に掴まった。

 どんどんと変化する景色に、ただ目を奪われるばかりで、一体どこに向かっているのか見当もつかない。

 静止したブリリアントブルーの大河を飛び越え、下から上に落ちているのか昇っているのかわからない虹色の滝を通り過ぎたところで、遠くに金色の巨大な木が見えてきた。その大木は、小さな町ひとつ分はありそうだ。

 距離感がバグっているのか、小雪の走るスピードに合わない早さでその大木が迫ってくる。


「なになに? 怖いよ」


 自分の感覚とあまりにもズレていて、このままぶつかるのではないかと思わず目を瞑った。

 しかし衝撃などはなく、そっと目を開けると、今度は幹に沿って走っているのがわかった。上に昇っている感覚はなく、平面にいるはずなのに景色だけが大きく傾いているような変な状態だ。平衡感覚が狂う感じがして、急いで目線を漂わせる。


「ちょっと気持ち悪い」

「俺も目が回りそう」


 私のうしろに座っている結人は、吐きそうなのか手で口を押さえている。


「小雪、ちょっと休憩できない?」

「もう目的地や。ほれ」


 そう大きく前に跳躍した瞬間、再び風景の角度が大きく動いた気がする。そして、開けた場所に出た。遠く眼下には異様な色をした森や、音を鳴らす雲などが見える。そして頭上には、黒い磨りガラスの中に星が輝いている。


「到着や」


 そこは先ほど見えた金色の大木の頂上だった。

 葉っぱも枝も金色で、キラキラと輝いて見える。

 小雪から降りて恐る恐る歩いてみるが、どういう仕組みか、枝の隙間から下に落ちる感覚はなく、安定感があった。結人も小雪に掴まりながら降りてきた。


「ここは?」


 よく見ると他のアバターたちも結構いて、そこで寝そべったり座り込んだりしている。


「これは夢を見る大木や」

「夢を見る大木?」


 AIによって生み出された植物らしいのだが、この上で大木とリンクすることで、この大木が見ている夢を覗くことができるという。

 ここまでの移動で少しふわふわしていたが、小雪の話を聞いているうちに落ち着いてきたので尋ねる。


「どうやればできるの?」


 せっかくここまできたのだから、やらない手はない。

 早速、私は他のAIたちがやっているように、金色の葉っぱの上で寝転んだ。まだ少し気持ち悪そうな結人は、周りを確認しながらすぐ近くに座った。


「人間の場合は、そのまま寝れば繋がるんやないかな。多分」


 AIとは仕組みが違うので、小雪もどうしたらいいかわからないようだが、夢を見るという辺りからヒントを得て、そう言ってるのかもしれない。

 安易な発想だが、これが意外にも当たりだった。

 寝転がって目を瞑ると、すぐに夢の中に引きずり込まれた。


 その夢の中では、始まりから終わりまでの物語が延々と繰り返されていた。その一生はある時は草むらの中の小さな花だったり、ある時は海を泳ぐ魚だったり、人間の一生の時もある。時間の流れが、一秒を何倍にも引き延ばしたかと思うと、一瞬で何年も過ぎたりと伸縮を繰り返しながら終焉へとむかう。

 夢の中は、まとわりつくような湿気やむせかえるような匂い、温度、質感などが生々しかった。だけど自分の意思で動くことはできないため、ただ身を任せて目の前の出来事を見送るだけだった。

 それはとても儚くて、すがりつくようにたくさんのものを搔き抱いていたはずなのに、何ひとつ残らないような刹那的な感情を生み出した。


「どうや?」


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 小雪が声をかけてきたので、私はぼんやりとする重たい頭をもたげた。すると、たくさんの涙がハラハラと落ちていった。

 泣いているつもりはなかったのだが、いつの間にか涙が溢れていたようだ。喜怒哀楽の涙というわけではなく、身体が何かを感じ取ったような涙だった。

 ぼんやりしながら結人のほうを見ると、結人も同じように溢れる涙を腕で拭っていた。

 時間を確認すると、ほんの数分の出来事だった。


「これをAIたちが見ているんだね」

「ああ。みんなやないけど、人型や獣型、植物型は特に好んでここに集まるな」

「そうなんだ」


 こんなものを見続けたら、私は情緒がおかしくなりそうなのだが。AIはこれを見て、一体どんな感覚になるのか気になった。


「小雪も見たことあるの?」

「せやな」

「面白かったりするの?」

「面白いっちゅう感覚はようわからんが、生物はこういうのを繰り返しとることは理解した。囚われとる世界とか、時間感覚とか、AIと違うことはようわかったわ」

「それは小雪にとっていいことなの?」

「そりゃあ、知らんことを知るのはいいことやろ。進化?みたいなもんや」

「へー。小雪も自分の進化を感じるんだね」


 そんな話をしていると、なんとなく視線を感じた。

 私は気になって振り返ると、そこには人型のアバターがこちらを見ていた。慧定のようなタイプで性別はないのだが、筋肉質で背が高く、短髪で太い眉に鋭い瞳をしているせいで、男性っぽさがある。

 その視線は憎しみのようなものが籠っており、このまま傷つけられるのではないかと、反射的に身構えた。


「貴様のような人間がいるから、こいつらのようなAIが調子に乗るんだ」


 ワナワナと震えながらそう言って立ち上がると、こちらに近づいてきた。私も急いで立ち上がって、小雪にピッタリと身体を寄せる。

 すると、すでに立ち上がっていた結人が「ここは俺に任せて。有菊は下がっていて」と言って歩み出た。


「危ないかもしれないから、逃げようよ」


 明確な悪意を向けられたことで、声が震える。

 その憎悪のこもった視線を遮るように、結人は私の前に立った。


「あなたは何者ですか?」


 こちらを睨むそのAIに、結人は毅然とした態度で立ち向かう。


「私は普通のAIですよ」


 一瞬感情が消えて、無表情になる。

 しかし、次の瞬間には鬼の形相で結人に殴りかかってきた。まるでふたつの人格を切り替えているようだ。

 事前に予測していたのか、結人はそれをあしらうようにかわす。


「ここまで人間らしいとは思いませんでした」


 そう言って、結人はリアンから事前に受け取っていた捕縛用ツールをそのAIに向けて放つ。しかし、まるでその瞬間に別人格が降りてきたかのようにそれを軽々と避けると、再び目がすわり、こちらに攻撃してきた。

 ただ暴力に訴えるだけのような殴打に、結人は怯んでいた。時々、顔などにも拳を受けているのを見て、私は足が震えた。


「小雪、なんとかできないの?」


 取っ組み合いのけんかなんて経験がないので、こういう時にどうやって動けばいいかわからない。

 小雪はまったく動かずに、ただ動向を眺めている。


「さっき、任せろって言ってたやん」

「でも……」


 それは捕縛用ツールを放つまでの話ではないのだろうか。結人が暴行されるのを見ていられない。だが、どうしたらいいかもわからない。


「俺を捕まえるんじゃなかったのか? え? なんか言えよ」


 人を傷付けることに躊躇ないAIに、結人は何度も殴られていた。下に落ちた捕縛用ツールを拾おうとしているが、それを阻止されて蹴られる。


「しっかし、あのAI、なんで人を殴れるんやろうな?」


 小雪は不思議そうにその様子を眺めている。私もその点については、なぜという気持ちでいっぱいだ。

 通常、AIは人を傷付けることは禁止されている。そうプログラムされているから、できないはずなのだ。もちろん例外もある。警備ロボや軍事ロボはその限りではない。

 しかし、今のこの状況でアバターとはいえ、結人に対してここまで攻撃できるのは異常だ。現実世界はもちろん、仮想空間メタバースでもAIは人間を攻撃できないはずなのだ。


「貴様らのような子供が、この狂った世界を、奴らを増長させるんだっ!」


 ギラギラと憎しみに満ちた目は、結人のどこか冷めた目を捉える。そして、怒りをそのままぶつけるように、襟首を掴んで右の頬を殴りおろした。

 それでも結人は冷静にAIを見つめている。まるで、そんな攻撃は効かないと言わんばかりだ。屈する様子が無いことに苛立ち、そのAIは結人の首を掴んだ。


「知っているか? 人間のアバターはな、五感を司る場所を特殊なツールで攻撃すると、本体の肉体にも影響を与えることができるんだよ」


 そう言いながら、AIは空いている右手を変形させた。それは針のような武器だった。


「やめて!」


 私は、それを見て止めに入ろうと動いた。しかし、小雪がその前に立ち塞がって助けに行けない。


「なんで助けちゃダメなの?! 結人がやられちゃう」

「なんであいつを信じへんのや」


 小雪は焦る私に対して言い放つ。


「だって、結人、もう限界じゃない」


 殴られすぎたのか膝をついて、首を掴まれている結人は、抵抗する体力が残っていないように見える。

 そんな無抵抗の結人の黒い瞳を、先の尖った武器で狙っている。その一方的な状況を楽しむように、喜色を露わにしているAIを見て、狂っているのはこのAIだと思った。


「土下座して泣いて謝るなら、やめてやってもいいんだぞ」


 いたぶるように口角を歪めて笑う様は異常者だ。しかし、結人はそんな状況にも関わらず、まるで屈する様子を見せない。


「あなたに土下座するくらいなら、ここで刺されたほうがマシです。片目くらいどうなっても構いません」


 その言葉に逆上したAIは、唾でも飛ばす勢いで結人に宣言した。


「だったら、両目を潰してやるよ!」


 勢いよく針を前に突き出して、結人の左目を貫いた。私は助けに行こうと飛び出したが、小雪に襟首を掴まれて引き戻される。

 AIは高笑いをして「どうだ? ん? 痛いか?」と結人の首を持ち上げた。


「あなたが純粋なAIでなくて、本当に良かった」


 刺されたはずの結人は、微笑みながらAIに顔を向けた。武器が刺さっている結人の左目から、何かが逆流するようにAIの全身を覆っていく。それに気がついたAIは急いで武器を引き抜いた。しかし、手遅れだったようだ。離脱するような動作を見せるが、何度操作をしてもその場所から動けないでいる。


「貴様! 何をした?!」


 一枚の膜に覆われたようなAIは、徐々に手足の動きも止まっていく。


「他のAIたちも、あなたのような者がいて迷惑でしょうから捕縛させてもらいました」


 完全に動けなくなったAIは、自立することもできずにその場で倒れ込んだ。

 結人はというと、刺された左目にパッチのようなものをあてていた。その手を離すと元通りの目に戻っていた。

 罵詈雑言を並べたてるAIを無視して、私は結人に駆け寄った。


「結人! 目は?」

「大丈夫。怪我もしてない」

「でも、現実のほうは……」

「そっちも平気だから」


 心配で目を覗き込もうとすると、結人は顎を引いてうしろに下がる。


「近い……かも」


 そう言われて、息がかかるくらいの近さに顔を寄せていたことに気がつき、急いで離れた。


「ごめん。つい気になって」

「うん。でも本当に大丈夫だから」


 そう言って結人は、安心させるように私に笑いかけた。そして、少し顔を引き締めて小雪を見た。


「これからどうする?」

「できれば、先に人間の立場で話してもろてもええか?」

「わかった」


 倒れたままではこちらが話しづらいということで、オブジェクト操作で対面する形に立たせる。

 相変わらず逃れようともがいていたが、こちらと同じ目線の高さになったことで、再び敵意の眼差しを向けてきた。


「お前らは人間だろう! なぜAIと対等に接しているんだ。奴らは人間が生み出したただの道具でしかない。その道具が、人間を差し置いて国家運営まで行うなど、どう考えても狂っている!」


 その主張だけで、大体どういう考えの持ち主なのかは察しがついた。

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