第85話 逃走
結人の父親が見つかったのは、それから数日後のことだった。先日、私たちが利用した空港の入国ゲートのところで発見され、そのまま護送されたらしい。
すでに必要なことは話してもらったらしく、今は結人を待っているという。
「面会は一階の部屋でしてもらいます」
慧定はそう言って、結人に面会場所の地図をドロップした。
「会話の内容は全て記録されますが、よろしいでしょうか」
「はい」
「事前に伝えておきますが、結人さんの父親はAIへの身体貸与による公共危機罪に問われる可能性があります。本人には罪を犯している意識はなく、お金のために騙されてやったことではありますが、人々の混乱を招く行為であることには違いありませんので」
「はい」
「ただし、今回素直に情報提供をしていただいたので、多少ではありますが情状酌量の余地もあります」
「はい」
「また、現在この件は極秘裏に調査を進めていますので、ここで話された内容の一切を、この部屋以外では口外しないと約束していただきます」
「わかりました」
まったく私が入り込む余地がない話なので、リアンとともに大人しくしていた。
面会は一時間もかからなかったようで、すぐに地下の部屋に戻ってきた。どうだったか聞くのも変なので、どう話しかけようか迷っていると、結人は「待たせてごめん」と言ってから、少しだけ話した内容を教えてくれた。
「あまりにも突然の失踪だったから、周りから聞かされていたことが事実なのか確認したかったんだ」
「うん」
「で、やっぱり借金を返せなくて逃げ出したって」
微かに笑みを浮かべて話す結人は、そんな父親でも無事だったことが嬉しかったからなのだろう。
「場所は言えないらしいけど、母さんも元気にしてるって」
「うん」
「ふたりともゲーム依存症だったけど、夜逃げしてしばらくゲームできない環境にいたおかげで、正気に戻ったみたい。もう少し早く気が付いてれば、こんなことにならなかったのに」
「うん」
「全部ちゃんとしたら、俺に会いにいくつもりだったって」
きっと、今回のことも借金返済のためにやったのだろう。そう思うと、少し切ないものがある。
「それでさ、俺を置いていったこと、申し訳なかったってすごく謝っていたから、じいちゃんたちのこと話したよ。ちゃんと育ててくれた人がいるって」
「うん」
「そしたら、全部きれいになったら、お礼に行きたいって言ってた」
「そっか」
「その時は一緒に……」
そこまで言って、結人は口をつぐんだ。
どうしたんだろうと見つめていると、なんでもないというふうに少し首を振った。
「その時は一緒に行けたらいいって話をしたんだ」
そう言って話を締めくくった。
面会後、いつもと同じように仮想空間で捜索していたところ、少し前を歩いていた小雪が立ち止まった。
「なんやて? わかった。伝えるわ」
鼻をヒクヒクとさせて、こちらを振り返ると「緊急事態や」と私たちの前まで戻ってきた。
「人間の仮想空間に現れたらしい」
「現れたって、今追っているAIが?」
「そうや」
「そんなことも可能なの?」
「誰か人間が手引きせんと無理やろな」
それは、今回の一連の出来事が、誰か人間の意思によって引き起こされていることを証拠づけるものだ。
「ちゅうわけで、このままあっちの仮想空間に行くで」
「え? このまま?」
小雪は私の焦りに気が付かずに、何か操作した。
それはあっという間の出来事で、派手に着飾ったアバターをどうにかする前に、私はスポーンする感覚に包まれた。
そして、次の瞬間には目の前の景色が切り替わっていた。
「素晴らしいパフォーマンスを見せてもらいました! さあ、この中から選ばれるのは誰でしょうか!? ん? 君たちは……!?」
多くのアバターがこちらに注目している。
私はその人の多さに一瞬思考が停止した。どう見ても数千人はいる。動けずに固まっていると、小雪が私と結人を隠すように、そのステージの上で機敏に動いた。そして、私たちを咥えて背中に乗せると、「失礼しました〜」と陽気に言いながら、大きくジャンプをしてステージから飛び降りる。そこから、猛ダッシュで人混みを抜けていった。
振り返って見ると、そこは何かのイベントが行われているステージだったようだ。多くの人たちが歓声をあげてこちらを見ている。
「ちょっと小雪! なんであんなところにスポーンしたのよ!」
「すまん、すまん。あの付近にターゲットがおったらしいねん」
「あんなに目立ったら、捕まえられるものも捕まえられないじゃない!」
「いやー、まさかあんなとこにターゲットがおるとは思わんかったわ」
追われているので、もう少し人の少ないところにいると予想していたらしいが、実際は人に紛れるように身を隠していたらしい。
「有菊、もう動画あがってる」
結人はSNSをチェックしたらしく、先ほどの動画がアップされているのを転送してきた。
そこには、司会者が進行をしているステージに、突如和装の男女と白い獣が現れ、颯爽と消えていく一部始終が映されていた。幸運と言うべきか、動きに合わせてエフェクトがかかる仕様にしていたので、花びらや蝶、水飛沫で、ふたりの顔はわかりづらくなっていた。
コメント欄には「何者?」、「イベントクラッシャー現る」、「あの衣装カワイイ。もしかしてプロモーション?」など、様々な憶測が書き込まれている。
「あー、もうどうしよう」
「さすがにあの観客の中に戻るのは無理かな」
結人も、混乱している観客を尻目に、小雪の上で困惑している。
「とりあえず、服を戻せないの?」
「多分まだ撮影されているから、こんなところで変えたら正体バレるかも」
確かに、誰のものかわからないドローンが追ってきている。身バレは一番避けたいことだ。かと言って、簡単に逃げ込める場所はない。祖父母の家に移動することもできなくはないが、座標を設定する間フリーズしてしまうのがちょっと怖い。ログアウトにしても同じだ。今は動きがあるから、エフェクトで顔が隠せているが、止まってしまうと多少顔を変えているとはいえ、しっかり見られてしまう。
「困ったよー」
何もいいアイデアが浮かばない。しかし、その間も小雪は走り続けている。それがまた、人がいる場所では目立つ。
「こっちだ!」
そう遠くから声が聞こえた。そちらに首を巡らせると、そこには見覚えのある人物がいた。私は小雪に「あの人の指示に従って!」と伝える。
頷くように頭を下げた小雪は、すぐに方向転換をした。
「はいよ!」
私の言うことを素直に聞いてくれるようで、スピードを落とさずにその人物のほうへと走っていく。すると、何もないと思っていた空間に、突如カーテンのようなものが現れた。
「中へ!」
そう言って、カーテンを開けて待ち構えているので、その中に飛び込んだ。その人は私たちが入ると、すぐに自分もその中に入り、ドローンの追跡を遮るようにシャッと閉めた。
そして、一瞬にしてそのカーテン自体を消した。
どうやら移動ツールの類だったようだ。
飛び込んだ先が、誰かの家の中だということはすぐにわかった。そして、それは目の前にいる男性の家だと思われた。
「あなたは、ナイナイで猫耳をつけてリーダーを説得してくれた……」
「ライヤンだ! その話は絶対にここではするなよ!」
あたりを警戒しながら、ライヤンは小声でそう釘を刺した。そのアバターは、あの部屋で会った時とまったく同じ姿だった。帽子はかぶっていないが、服装などはそのまま再現されている。おかげで一目でライヤンだとわかり、躊躇なく飛び込めたのだが。
「わかりました。あの……」
「あんた、ナイナイの地下で俺たちと対話をしていたアキクだろ?」
「え?」
こんなに派手な衣装で、顔や髪型も変えているのに、ズバリ言い当てられたことが信じられなかった。
「なんでわかったんですか?」
自分のアバターが先ほどと変わっていないことを確認してから、ライヤンに聞いた。
「やっぱりな」
なぜかライヤンはそう言って、ハーッとため息をついた。




