第84話 思いがけない情報
一応、人間が紛れ込んだところで問題はないらしいのだが、もしAIに個々の考えがあるのだとしたら安全かどうかはわからない。できるだけ固まって歩いていくと、大地が極端に盛り上がったり、ビルのような大きさの木が四方に枝を巡らせていたりする、まるでおとぎ話のような場所が見えてきた。
「ここが人型が多いエリアや。ほら、あの辺とか、人間らしい暮らしを再現しとるやろ」
よく見ると、隆起した大地の側面に、いくつもの木製の両開き窓がついている。その窓の内側には人型のアバターの姿が時々見える。
窓という点では、人間らしいのかもしれないが、この盛り上がっている大地の中に住む発想は私にはなかった。中もどうなっているのか想像できない。
「しっかし、ちょっと見ん間に人型のアバター、めっちゃ増えたなぁ」
そう小雪は首を巡らしているが、私の目にはまだその姿は確認できていない。すると、「おーい、小雪さーん」と声が聞こえた。そちらを見ると、少し離れたところに人型のアバターがひとり、こちらに向かって手を振っている。
そのアバターは慧定に似たボディスーツを身につけた人型だった。しかし、足首まである髪の毛は、動くたびに色が変化している。
その声を聞いた他のアバターも続々と姿を現し、こちらに向かって一斉に手を振りはじめる。その数は数人ではきかない。そして、ほとんどが人型だ。
「え? なにこれ?」
注目されることに慣れていないので、思わず小雪の背後に隠れた。どうやら結人も居心地が悪いらしく、大きな尻尾のうしろに立っている。
しかし、小雪は全く動じることなく、みんなに向かって手を振り返していた。
「小雪って、ここでは有名なの?」
「いんや。ただ、リアンと仲ええからな。それで注目浴びてるんや」
「リアンと?」
その返事に、結人は小雪を見上げる。
「そやで。リアンは人型AIの中で憧れの的やからな」
自分専用の身体を持ち、それを完全に自分の意思で動かすことができるAIというのが、そもそも珍しいらしい。
普通は何らかの役割を与えられて、それに即した動作しかできない。設置される場所も指定されているし、許可されている以上の会話もできない。
その点、リアンは自由なのだ。
「なるほど」
結人は納得したように頷く。
そんな話をしている間に、こちらに手を振るアバターはいなくなり、あっさりと解散していった。
「さて、どうやった? いたか?」
小雪はそう言って、私たちに声をかける。
「多分だけど、今、こちらに手を振っていた人たちの中にはいなかったと思う」
「うん」
私の意見に、結人も同意をする。
今回のターゲットは、「より人間らしいアバター」の可能性が高い。つまり、ふだん私たちが接しているようなアバターを見つければいいのだ。
しかし、今見た中にはそれらしいアバターはいなかった。なんというか、人間の振る舞いを真似ているだけ、という感じがするのだ。
仮想空間は、より感情が出やすい。私はどちらかというと、そういう感情を読み取る能力が普通の人より高いらしい。実際、診断でもそう出ている。だから、胸を張って言うことではないが、人の顔色を伺うのは得意なのだ。
「ほな、もっと中心部に行こか」
ブルブルッと身体を振るってから、小雪は私たちを促すように歩きはじめた。
「ところで、最近人型のアバターが増えたっていうのは、何かキッカケがあるの?」
小雪の先ほどの発言を拾ってみる。すると、小雪は大きく首を傾げた。
「なんでやろうなぁ」
「それはですね……」
突然、目の前に現れたのは、先ほど声をかけてきた髪の長いアバターのAIだ。どうやら、一瞬でここまでやってきたらしい。そのアバターの移動を表現するように、来た方向からキラキラと輝く粒子が漂っている。
「最近、人間の肉体を借りられるサービスが始まったからなんですよ。小雪さんは動かせるボディがあるのでご存知ないかもしれませんが」
「なんや、そのサービス。聞いたことないわ」
「ニホンの政府が極秘で提供しているものなので、知らないAIも多いですよ」
そう言って、小雪にその募集サイトを教えると誇らしそうに去っていった。もしかしたら、小雪の知らない情報を持っていたことに優位性を感じたのかもしれない。そんな感情があるのかは謎だが。
「これは一度戻って、慧定さんに確認したほうがよくない?」
私はその不穏な募集に胸騒ぎを覚えた。
それと同時に、なぜ空港であんなにも視線を感じたのかわかった気がした。あれは人間の肉体を借りたAIたちが、リアンを見ていたのではないだろうか?
結人は口に手を当て、少し考えてから「うん。一度ログアウトしよう」と頷いた。
小雪はその脱線に文句を言わず、私たちとともにログアウトをした。
リアンに事情を話し、慧定を呼び出してもらった。そして、小雪は受け取った募集サイトを空間に投影した。
「これは思った以上に状況がマズイですね」
慧定はそれを見ながら眉を顰めた。
政府がこのような募集をしたこともなければ、そもそも人間の肉体をAIが借りるというサービス自体、認可した履歴も無いという。
「もしかしたら、これは相手方がこちらを陥れるための、カードのひとつかもしれません」
「それはAIから人間の手に国家運営を取り戻すための、ということですか?」
結人も、そのAIに向けた募集要項を読みながら尋ねる。
「そうです。こんなことが国民に知れ渡ったら、AIを脅威に感じるでしょう。ただのツールでしかないはずのAIが、人間の肉体を操って自由に動き回るのですから」
リアンのような自由に動かせる身体を、あらゆるAIが手に入れられるのだ。それは、つまり人間社会に、人間のように振る舞うAIが入り込むということになる。
しかも、その肉体が本物の人間で、その斡旋を現在の政府が行なっているとニュースになれば、その非難が慧定たちに向くのは火を見るより明らかだ。
「なんとかして、この実態を明らかにしなければなりませんが、巧妙に情報が隠されているようですね」
そう呟きながら、慧定は何かを探すように目を巡らしている。
「あの、もしかしたら手がかりがあるかもしれません」
少し躊躇いながらも、結人は慧定にあるデータを送信した。私からは見えないが、ずいぶん軽いデータのようだ。
「これはどなたですか?」
「俺の父親です」
その言葉に、私は不安を覚えた。
確か、結人の両親は夜逃げをしたと言っていなかっただろうか。それがどうして今ここで話題に上がるのか。しかも、結人がそれを慧定に「手がかり」だと言って渡すことがどういう意味なのか計りかねた。
「なぜ、この方が手がかりになると思われているんですか?」
「俺の父親は多額の借金を抱えて夜逃げしました。しかし、先日空港で出国ゲートに向かっているのを見かけました」
私はハッとした。あの時、結人は何かを見つけて立ち止まっていた。あれは父親の姿を見つけていたのか。
「そんな余裕は無いはずですし、頭にあまり見かけないデバイスを装着していました」
それも映像に撮っていたようで、慧定に転送していた。
「確かにこれなら、AIが人間の肉体を操作できそうですね」
納得したように慧定は頷いた。
「一度、この人物を探してみましょう。そして、話を聞いてみます」
「あの……、もし可能なら、その時に俺も会わせてもらえませんか? 少しでもいいので……」
遠慮がちに申し出た結人に、微かだが焦りのような感情を見た。
「わかりました。それでは見つかりましたら、お知らせします」
慧定はあっさりとそれを了承し、この話は終わりとなった。
再び仮想空間にダイブしたが、結局その日は成果をあげられなかった。
ただただ、球体で宙を浮くアバターや、蜘蛛の巣のように0と1の数字を纏ったアバター、雪の結晶のようなフラクタル模様で、絶えず変化し続けるアバターなど、見たことのないアバターに驚いてばかりだった。




