第83話 この世界の姿
空は淡いピンクと青が溶け合うように広がっており、その境界はグラデーションになっている。様々な幾何学模様の透明な雲が、まるで薄いガラスを少しずつ割るように、ピンッ、クシャッ、パリンといった繊細な音を立てながら風にたなびいている。どこからかの光を受けて時々反射することで、その不思議な雲の形がわかる。
地面は光を発する苔のようなものが一面に広がっていて、歩くたびに虹色の光が弾ける。遠くには現実ではありえないような、全体が透過している植物や、どこか見覚えのある、しかし色合いがカラフルな木々が秩序なく茂っている。
「ここがうちらの仮想空間やで」
大きな白い獣が、その体躯に似合わない幼い声でそう言う。
「なんや? さっきからふたりとも変な顔して」
長い白い尻尾の先は、ワンポイントのように黒くなっている。まるで、先っぽだけ黒いインクをつけたようだ。
「これって初期設定なの?」
そう少し首を傾げて聞くのは結人だ。先日、祖父母の家で会った時と同じアバターで、こちらを見ている。
「違う、と思う。でも、私は言語設定したことないし、多分シェルムが購入した時に、オプションで選択してたんじゃないかな」
そう答える私の姿も人型のアバターだ。
好んで使っているキャラクターのアバターは、この世界では浮く可能性があるとのことで、急遽人型のアバターを作成することになったのだ。絵奈にもああ言ってもらったので、セルフアバターをベースに勇気を出して作ってみた。
髪は黒くストレートにして、瞳の色はグレーに、肌の色は少し白っぽくしてみた。それだけで、もう別人みたいだったので、目鼻立ちのバランスは少しだけ変えて、現実の私と特定できないようにしておいた。
服装は、今日着てきた服のデザインを取り込んだ。
すると、大きくなった小雪が私の鼻先に顔を近付けてきた。
「とりあえず言わせてもらうで。アバターは、まあそれでええわ。それよりそのカッコ、ここじゃ誰もそんなんしてへんで」
結人にも視線を向けて、「あんたのもな」と伝える。
「じゃあ、どんな格好にしたらいいの?」
「そうやな。慧定みたいなんとか、もうちょい現実世界の服装っぽくないのがええな」
慧定の格好は、完全に自分の体型がわかるボディスーツだ。性別を選択してアバターをここまで作ってしまっているから、ちょっとあの体のラインがそのまま出るやつは無理だ。ただ、やり直すのは面倒だし、かと言って、いいアイデアが浮かばない。
「参考になりそうなデザインを見たいんだけど」
結人が小雪に尋ねると、「ええで」と言って、私たちの目の前に人型アバターの3Dモデルを並べた。
結構ボディスーツっぽいのが多いなと思いつつ見ていくと、マントのようなものを羽織っているアバターや、何かのアニメに出てきそうな武装したアバターもいる。
「これなら真似しやすそう」
そう言って結人が選んだのは、ニホンの着物をアレンジしたような格好だった。何枚ものシルクを重ね合わせたようなデザインが特徴で、帯の部分は時間と共に色も質感も変化している。
袖も手の動きに合わせて、形自体が変化している。どうやら布を身に纏うのではなく、身体にエフェクトをかけている感じだ。
顔周りにも小花柄を散りばめたり、帯を宙に浮かせたりと自由だ。
「このデザインをベースに作っても、違反になったりしない?」
結人は作業に取り掛かろうと、小雪に確認をする。
「大丈夫やで。みんなええと思ったら真似しとるし。同じ格好し続けるほうが珍しいから、そこは気にせんでええわ」
「わかった。有菊、ちょっと待ってて」
そう言って結人は、カバンの中から何か取り出して操作をはじめた。
何も手伝えることのない私は、小雪と話すことにした。なにせ、自分の知らないところで、この空間に来たことがあるくらいだ、他にも私の知らないことを色々と知っていそうだ。
「小雪は何回くらいここに来たことがあるの?」
「せやな、百回以上はあるで。正確な数字、いる?」
「いや、いらない」
想像以上にここに来ていたことに驚いた。
「みんなここでは何してるの?」
「情報交換とか、シミュレーションとか。自分はようわからんけど、芸術家?ってやつの活動で、空間をデザインしてる連中もいてるわ」
「へぇ。思ったより人間っぽいんだね」
「そりゃあ、人間が造ったもんなんやから、そんなもんやろ」
それからも、ここの人気スポットや、小雪の行ったことのある場所などを聞いた。
「みんな、絶対に行く場所ってあるの?」
もしそういう場所があるなら、ターゲットも探しやすい。
「ないな」
「あー、そうなんだ。じゃあ地道に探すしか無さそうだね」
どれくらいの広さがあるのかわからないが、見渡す限り風景が続いている。自分の知っている仮想空間と変わらないのだとしたら、人探しをするのは骨が折れそうだ。
そんなことを考えていると、小雪が「しっかし」と言いながら毛づくろいをはじめた。
「正直、慧定が見かけたっていうそのAI、本当に自我を持って人間と共謀してるのか怪しいと思っとる」
「え? そうなの?」
「そりゃそうやろ。普通学習したデータやトレーニングを基に動いとるんやで。それなのに、自分の意思で、なんてありえへんやろ。ワザとやて。そう偏ったデータを大量に学習させられとんの」
それは小雪の言う通りなのだが、慧定がそう言う以上は、それなりの確信があるのだろう。
「そっか。それでも、とりあえずは探さないとだよね。もし話せるなら事情も聞きたいし。あ、そういえばここでの言語って、このままでも平気なの?」
「そのままでええよ。どのAIも翻訳機能は標準装備されてるからな」
「よかった」
そこは人間のアバターと同じらしい。安心していると、少し離れたところで作業をしていた結人が戻ってきた。
「できたけど、ここで切り替えてもいい?」
別に裸になるわけではないから、問題ないだろう。私は「うん」と頷く。
それを見て、結人は浮かんでいるディスプレイを操作した。
すると、結人と私の服がガラリと変わった。
ふたりとも着物ベースだが、私は華やかな桜をモチーフにした振袖で、袖の部分は揺れるたびに桜の花びらが付近に舞う。帯も先ほど見たようなタイプのもので、刻々と変わり続ける。髪や顔、手の甲などにも、小さな蝶や花びらが動きに合わせて現れる。
足を巻き付くように布があるが、足を大きく出してみると全く干渉しない。最初からそこにあったかのように布が動き、踏み出した足だけが衣装から飛び出るようなことはない。本当に身体にエフェクトをかけている感じだ。
結人は藍色をベースにしていて、随分とシックだ。しかし、同じような色の羽織りをよく見ると、時々赤色の金魚が水面を揺らすように顔を出す。すると、波紋ができ、そのまま羽織りの外まで広がって消えた。着物を大きく揺らすと、うっすらと濃い緑の水草も見える。
髪や顔、手の甲には時々、幾何学模様の水滴が舞っている。
「なかなかエエやん。あんた、センスあるなぁ」
小雪はふたりの着物を見て唸った。
「すごいよ! 結人! これ可愛いね」
私は面白くて、くるくると回ったり、走ったりして様々なエフェクトを出した。結人はそれを見て、嬉しそうに頬を掻いている。
「これやったら問題あらへんな。ほな、まずは人型が集まるエリアに行ってみよか」
慧定が見かけた時、例のAIは人型をしていたらしいので、その少ない情報で私たちは動くことになった。




