第81話 アドバイス
「え……絵奈さん?」
「有菊ちゃん、ここまでよくがんばってきたね」
絵奈は背中まで回らない手で、優しく私を撫でる。その大切なものを扱うような手つきに、身体の力が抜けていくのを感じた。
「そんな風に幼い頃から言われたら、自分のことを好きになれないのは仕方ないよ」
温かさを感じる絵奈の身体は、柔らかく小さい。だけど、とても大きなものに包まれている安心感があった。
「でもね、少なくとも私は有菊ちゃんの容姿、好きだな。性格とかはよく知らないけど、空港で見た時に可愛いって思ったもん」
「あ、ありがとうございます……」
「肩まで伸びた髪も柔らかそうで艶もあって、きちんとヘアアクセでアレンジしてあるところも、可愛くてよく似合ってた。肌の色も綺麗で、しかもスタイルもいいからちょっと羨ましかった」
完全に容姿だけを、こうやって褒められることがなかったので、自分のことを言われているとは信じられなかった。でも、嘘でも持ち上げてもらえるのは嬉しい。そう心の中で思っていると、絵奈がモゾッと動いた。
「ねえ、私がお世辞で言ってると思ってるでしょ?」
下のほうで、少し低い声で呟いたのが聞こえた。そして、私の身体からそっと離れた。
「え? いいえ。そんなことないですよ」
急いで否定をするが、絵奈は私の顔を両手で挟んできた。かなりの身長差があるので、届くはずはないのだが、ムニっと挟まれている。背後を見ると、ハンさんが絵奈の襟首を掴んで、バサバサと飛んで持ち上げている。
「私、そういうの、なんかわかっちゃうんだよね」
そして、睨むように私の目を見る。
「よく考えてよ。私はマコちゃんのパートナーなんだよ。その私が可愛いって言ってるんだから、絶対に可愛いの!」
確かに不破は驚くほど整った顔立ちをしている。中性的なので、男女ともに人気はありそうで、少なくとも美形なのは間違いない。
「空港でマコちゃんと並んで出てきた時に、有菊ちゃんに嫉妬するくらいには、有菊ちゃんのこと可愛いって思ったんだから」
まさかそんな告白をされるとは思わなかった。
ウニウニと頬を弄ばれながら、私は絵奈を見つめた。その顔は真剣で、とても嘘を言っているようには見えない。
「有菊ちゃんはね、自己評価が低すぎることを頭に入れておくといいよ。きっと容姿だけじゃなくて、能力とかもね。かと言って、すぐに他の人の評価基準に合わせるのは難しいでしょ? だから、まずは相当低く見積もっていることを自覚しておくの」
オレンジ色の瞳は真っ直ぐで、私の心に届けようとする意思が伝わってくる。
「は、はい」
「きっと、これからも周りの人たちから褒められたり、好意を寄せられることがあると思うわ。その時は、素直にそう思ってくれてるんだと、お礼を言って受け取りなさい。少なくともその人は、そう感じているんだから。それを勝手に自分の尺度で捻じ曲げたりするのは、とっても失礼なことなのよ」
それを聞いて、私はソフィのことが思い浮かんだ。「キクはみんなの役に立っているのよ」と言ってくれていたことに対し、私は人ごとのように適当に受け流していた。
「私、すでに失礼なこと、やらかしてるかも……」
「いいんだよ、これからで。後悔しているなら、今から謝ってもいいし」
頬から手を離した絵奈は、白い歯を見せてニッと笑った。そして、ハンさんはそんな絵奈を、パタパタと羽ばたきながら地面に下ろした。
「ごめんね。なんか、つい熱くなっちゃった。せっかくゲーム内にいるんだから、遊ばないとだよねー」
えへへっと笑いながら、絵奈は私を先導するように歩きはじめた。私はそれにうねうねとついていきながら、お礼を言う。
「大人の人に、こうやってはっきりと言ってもらったことがなかったので、すごく嬉しかったです。ありがとうございます」
すると絵奈はクルリと振り返った。そして、後ろ向きに歩きながら微笑んだ。
「有菊ちゃんには特別に教えてあげよう」
「え?」
「マコちゃんも、今の有菊ちゃんみたいに自分に自信がない子供だったんだよ」
信じられる?と首を傾ける。
あの容姿で、なんでもソツなくこなす不破が、自己評価が低かったなんて信じられなかった。
「マコちゃん、有菊ちゃんのこと、子供だって避けてなかった?」
「はい。それはもう最初から突き放されました」
最初の印象は最悪だった。
いきなり子供扱いをしてきて、腹を立てた記憶がある。あそこで反論をするあたり、自分もやっぱり子供だったなと、今なら思う。
「あれは、自分のような欠陥だらけの人間が、子供を守ったり、正しい道に導けるわけがないと思ってるからなの」
「そうだったんですか……。てっきり嫌われているのかと思ってました」
「有菊ちゃんのことは、かなり好きみたいだよ」
「えー。それは信じられないかも」
「だよねー。でも、今まであそこまで目をかける子っていなかったから、絶対に好きだよ。私が嫉妬するくらいには」
後ろ向きに歩きながら、器用に私のお腹あたりをつつく。
「でも、そんなにマコちゃんが気にかけている子なら、私も大切にしたいなって。それに有菊ちゃんは、話せば話すほど良い子だってわかってきたし。私にできることなら、惜しみなくやりたいんだよね。先に生きるものとしてね」
その言葉は、どこか自分に言い聞かせているように見えた。アバターは子供だが、その表情は凛として綺麗だった。
「はい、この話はここまで。じゃあ遊ぼー」
到着したプレイゾーンでは、様々なタイプのゲームが用意されていた。絵奈は、ふたりで協力プレイができるタイプの謎解きをやりたいと言ったので、そのゲームを楽しむことにした。
単純な謎解きとは違って、小雪たちとも協力しないとクリアできないものばかりで、ああでもない、こうでもないと笑いながら解決していった。
普段の生活ではわからないような小雪の性格も、少しわかった気がして本当に楽しかった。あっという間に終了時間が来て、また遊ぶことを約束して絵奈と別れた。
その翌朝、インターホンが鳴ったので出てみると、そこにはリアンがひとりで立っていた。
「どうしたの?」
結人も一緒じゃないのかなと、つい探してしまう。
「今日は僕ひとりなんです」
そんな私の心の内を見透かしたかのように、リアンはそう教えてくれる。
「珍しいね。どうしたの?」
「もうすぐ宮島さんが引っ越すと聞いたので、あいさつに行くんです。有菊ちゃんも、もしよかったら一緒に行きませんか?」
宮島というのは、海に向かう道の途中にある家の住民だ。
「あそこから引越しちゃうんだ」
「はい」
あんなことがあったのだ。引っ越しするのも当然かもしれない。宮島は高齢の女性なのだが、そんな人に対して入院させるほどの怪我を負わせた人間がいるのだ。その犯人は、いまだに捕まっていないはずだ。
最後に話したのは、入院していた病院からリアンに連絡をしてきた時だった。その時に、少しだけ打ち解けることができた気がするから、あいさつに行っても不審がられたりはしないだろう。
ヤバい人だと一方的に決めつけて、あいさつすらまともにしていなかったのが心残りだった。今度会った時は、笑顔で話したいと思っていたので、いい機会だ。
今日はこの辺りを散策する予定しかなかったので、時間的にも問題ない。
「すぐに用意するね」
そう言って、リアンを玄関で待たせていると、「それから」と声が聞こえる。
「有菊ちゃんがディーディで着ていた服って借りられませんか? お兄ちゃんが構造やデザインを見たいと言っていました」
この着ているパーカーも結人が作ったものだから、当然、他の機能付きウェアは気になるのだろう。
「いいよ。ここで渡しても平気?」
「はい」
「すぐに用意するね」
バタバタとクローゼットの中に収納していたカラフルな服を取り出す。あの時購入したのは上下とターバンの三点セットだった。きっとターバンも気になっているだろうと、それも袋に入れた。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
そう言って、袋をリアンに手渡して玄関の外に出た。外は昨日と同じで、春の日差しが温かい。いや、むしろ暑いくらいだ。
パーカーの袖をたくしあげ、リアンとともに目的地へと向かった。




