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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第5章 色んな再会
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第79話 引き受ける理由

 それからも淡々とふたつの出来事について、事細かく説明する慧定に対して、リアンが口を開く。


「慧定、ふたつの事件が起きたことは、先ほどの説明で充分です。それより、お兄ちゃんと有菊ちゃんをここに呼んだ理由をまだ説明していません。そちらを先にお願いします」


 リアンの言葉に慧定は胸に手を当てた。


「大変失礼いたしました。結人さんと有菊さんをお呼びしたのは他でもございません。この事件の犯人を捕らえて欲しいのです」

「え?」


 ただの一般人に対して、何を言っているのかわからない。そういうのは国家情報局や防衛省の人たちの仕事ではないかと、頭の中が疑問符でいっぱいになる。

 同じことを思ったらしい結人は、慧定に質問する。


「なぜ俺たちなんですか?」


 どうして私たちふたりが選ばれたのか、その理由が聞きたい。慧定の言葉を待っていると、再び映像を転換した。

 そこには様々なアクセスログや、どこかの部屋に入ろうとしている人物の映像などが映されていた。


「政府内部に内通者がいるようです。しかも、ひとりではなく複数。また、委託している企業にも同様に手引きしているものがいるようです」

「そこまでわかっているなら、その人たちを逮捕すれば終わりじゃないんですか?」


 結人はそれらの画面を見てから、そう首を傾げる。


「どうやら、AI側にも協力している者がいるようなのです」

「それは、ただ単にそうプログラムされているAIがその行為を行なっているだけなのでは?」

「それは現時点ではなんとも言えません」


 そのAIの開発元も、いま映し出されている映像の人物たちを逮捕すれば芋づる式に特定できそうだ。そこで、プログラムを書き換えれば解決しそうだが、どうも慧定の回答は煮え切らない。

 そして、慧定は突然私たちに問いかける。


「あなたたちはリアンと生活していますよね?」


 急な話題の切り替えだったが、結人は肯定するように頷く。私は一緒には生活していないが、あえて黙って話を聞く。


「AIの自我について、あなたたちはどう思いますか?」


 それは、いまだに決着のつかない議論のひとつだ。しかし、自分の中では、AIに自我があると考えている。もしかして、そこが今回のポイントなのかもしれない。


「リアンに自我はあると考えています。また、他のAIの自我についても、否定するだけの材料はありません」


 今までこの手の話をしたことがなかったが、結人も自分と同じ考えだとわかり嬉しくなった。

 慧定はその言葉を聞いて、大きく頷いた。


「つまり、今回の事件には、自我を持ったAIも協力している可能性があるんです。そして、それを()()()仮想空間メタバースで発見したんです」

「我々の仮想空間メタバース?」


 それは極秘事項として、慧定が教えてくれた。

 人間の手が加えられていない空間で、AIのための世界を作ってみてはどうかと提案したAIがいたという。そこで、人間たちが集う場所とは完全に切り離した場所に、AIのみが集う仮想空間メタバースを作り出したという。

 そこでは、様々なAIが交流しているという。

 さすがにそんな話はすぐには信じられないが、興味はある。なんだか楽しそうだ。どんな世界を作り出しているのか、みんなはどんな姿をしているのか見てみたい気もする。

 しかし、そこまでAIの問題だとしたら、人間が出る幕ではないと思うのだが。

 そんな私の考えを見透かしたように、慧定はこちらをジッと見つめる。


「もし、そのAIが、今回の警備ロボに感染させたようなウイルスを所有していたら、あの空間にいる全てのAIは暴走してしまうかもしれません。そのため、私やリアン、生活インフラを支えるAIは、現在その場所への出入りをやめています」


 そう語る慧定の姿に、私は目の前のホログラムも実は人間なんじゃないかという錯覚に陥りそうになる。


「つまり、人間である俺たちが、AIのための仮想空間メタバースへ行き、犯罪に協力しているAIを捕まえてほしいというのが、今回呼び出した理由なんですね?」

「はい。その通りです」

「そのAIの自我についても確認したいと?」

「はい」

「それなら、他の人でも良さそうな気がしますが。なぜ、それをそちらの職員や専門家に依頼しないのですか?」

「それは、あなたたちが人間とAIの完全な中立者だからです。我々の仮想空間メタバースの話を聞いても、不安に思ったり、不快に思ったりしないのが何よりの証拠です。それは私たちに人権、と言っていいのか分かりませんが、存在する権利を認めているからと推測しています。人の心は外部からではわかりません。言葉を重ねても、信頼関係が築けるかは別問題です。しかし、リアンがあなたたちふたりは信用できる人間だと推薦してくれました」

「リアンが……」


 少し驚いた顔で結人はリアンの横顔を見る。

 リアンは真っ直ぐに「はい。お兄ちゃんと有菊ちゃんをおいて、この問題を対処できる人間は他にいないです」と宣言した。

 しかし、これはニホンの未来に関わることだ。あまりにも責任が重すぎて、私は尻込みしそうになる。


「あの、そのAIを捕まえないと、この混乱がさらに悪化する。そう思っていていいんですよね?」


 そっと手を挙げて発言してみる。

 もう少し、この問題の先のことを考えてみたい。


「はい。現在はなんとか人々の生活を維持していますが、警備ロボの感染の件など、そういった事件が積み重なることで、AIの信用は失墜します。ここ数十年、AIによる国家運営をしていますが、このままだと人間の手に渡るのも時間の問題でしょう」

「人間の手による国家運営って、昔はどこもそうだったんですよね?」

「はい」

「再び人間の手に戻ることで、大きな混乱を招くことはあるのでしょうか?」


 まるで教師と生徒のようなやりとりを繰り広げているが、一応確認しておきたい。


「大きな混乱はないかもしれません。ただ、一部の富豪や権力者が政治に介入してくるのは、歴史的な流れから間違いないでしょう」

「介入……」

「パターナリズムと言う言葉はご存知でしょうか?」


 その言葉には聞き覚えがあったので頷く。

 確か、結人とリアンが祖父からの宿題だといって調べていたものだ。

 強い立場の人が弱い立場の人に対して、その人の利益のためだと、その人の意志に関係なく介入や支援などをすること、だったはずだ。

 ここでは国と国民を指しているのだろう。


「我々の構築するものと、人間の権力者が考えるものとでは、それが大きく異なるようです。そのことで、現在のエコミュニティの運営や、教育、医療、就業などの、日常生活のあり方が大きく変わることが考えられます。人間の手に渡った場合、強いものはより強く、弱いものはより弱く、そういった格差が再び大きくなると予測しています」


 利己的な権力者などは、歴史で学んだことはあるが、あまりにも過去の話なので実感はない。ただ、教育のあり方が変わるのは嫌だなと思った。

 私にとって、学校は学びの場である前に、大切な逃げ場所でもあった。AIが自分の学力と興味に合わせて、義務教育完了までのスケジュールを作ってくれた。そして時々だが、人間の教師も加わって様々なことを教えてくれた。なにより、寄宿舎の制度は私を守ってくれた。自分と同じような子供がもしいたとしたら、それは死守したい。

 理由なんて、そんなものでいいのかもしれない。


「わかりました。私やります」

「俺も協力する」


 ふたりの同意を見て、慧定はまた頭を下げた。


「ありがとうございます。それでは、これからの進め方についてですが……」

「それは僕のほうから説明しておきます。慧定は早く仕事に戻ってください」


 慧定にリアンはそう告げた。


「わかりました。助かります。それではリアン、よろしくお願いします」


 すると慧定は、霧散するように一瞬で姿を消してしまった。そして、それと入れ替わるようにリアンが立ち上がった。


「お兄ちゃんと有菊ちゃんには、ここに通ってもらい、一緒に調査をして欲しいそうです」


 今のマンションから、それほど距離もないので通うのは問題なさそうだ。


「わかった。ちなみにここに来るのに、何か必要なものとか、事前にやっておくことはあるの?」

「特に無いので、手ぶらで大丈夫です。あ、でも国家AI統括庁の単発ワークという扱いになるそうなので、振込先などを初日に登録するそうです」


 もしかして、これは初めてのお仕事というやつではないだろうか?

 振込先は、父親から振り込んでもらっている口座があるから問題ない。一時的とはいえ、仕事ができることに嬉しさを噛み締めながら、結人に尋ねる。


「いつからスタートする?」


 結人はリアンのほうを見て、「すぐには無理なんだけど、日にちの指定はあるの?」と確認する。

 私は明日からでも大丈夫だが、普通は予定を調整する必要があるのかと、自分の暇人ぶりに呆れた。


「早ければ早いほうがいいとのことですが、お兄ちゃんと有菊ちゃんの都合の良いタイミングで問題ないとのことです」

「わかった。少し考えさせて」


 何か思案するように、結人はそれだけ言って黙った。

 そうして、ここでの話を終えるとすぐに建物から出た。慧定から聞いた話は、外で話すようなものではないので、なんとなく言葉数少なく帰った。

 なんだかんだマンションの前まで送ってくれたふたりにお礼を言うと、結人が少し間を置いてから私に話しかけた。


「俺、少しやりたい事があるから、それが終わったら連絡する。多分来週から行けると思うから、それまで待っててもらっていいかな」


 私が学生でもなく、かといって仕事もしていないのは知っているはずだが、ちゃんとスケジュールを示してくれる。そういう律儀な一面もあるんだなと、心の中でまた好感度が上がった。


「もちろん。じゃあ、連絡待ってるね」


 ふたりがマンションから遠ざかるのを見送り、私は部屋へと戻った。

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