第75話 祖父母の家
相変わらず美玲の作る料理は、豪華で美味しかった。
今まで料理というものに触れてこなかったが、自らこんなにも美味しいものを作れるのはすごく楽しそうだ。ここで暮らすことになるし、美玲に料理のやり方を教えてもらうのもいい。
そんなことを考えながらも、今日は仮想空間へ行くと決めていたので、一緒に片付けをするとすぐに部屋に戻った。
「寝る準備も整ったし、あとは寝落ち直前まで遊ぼうっと」
頭に装着して目を瞑る。
初期設定をして、今まで使用していたデバイスのデータも移していく。メガネ型デバイスと連携させていたものも、すべてコンタクトのほうに移行した。
「スポーン地点はふたりの家にしてみようかな」
すでに登録されている、祖父母の家の座標を選択してログインした。すると、今まで自分の周りを取り囲んでいたベールが一気に取り払われる。
目の前には、今いるマンションのリビングと似たような部屋が広がっていた。
「まさか、ここがおじいちゃんとおばあちゃんの家?」
もう少しオシャレな部屋を想像していたので、現実と同じような空間に戸惑った。隣接しているキッチンの壁紙や棚も全く同じに見える。窓からの風景はさすがに異なるが、玄関へと続く廊下のフローリングも見覚えがあるものだ。
「ちょっと意外だったなぁ」
「何が意外なの?」
突然うしろから声をかけられて、私は飛び上がるほど驚いた。恐る恐る振り返ると、そこには見たことのない人物が立っていた。
背が高いその青年は、少し日に焼けた肌をしている。そして、黒髪がベースに銀のメッシュが入った髪で、前髪は左右に少し落ちているが、真ん中で分けた髪の毛は、ギリギリうしろでまとめられる長さらしく、紐で結んでいる。
白いパーカーに黒いハーフコートを羽織り、デニムのような素材のパンツを身につけている。斜めにかけられたボディバックはバイオレザーでできたような質感で、よく使い込まれているように見えた。
そして、室内ということだからか、靴は脱いでいる。
ここは祖父母の家と聞いていたので、まさかそれ以外の人物がいると考えもしなかった。いや、まさかこれが祖父のアバターなのか?
ちょっとかっこいいなと思ってしまったので、悟られないよう表情を引き締める。
「おじいちゃん……なの?」
確認するように私が尋ねると、その青年はきょとんとした顔をした。それから、口元に手を持っていくと、黒い瞳を細めて少し笑った。
「え? おじいちゃんじゃないの?」
「ごめん。俺、結人」
そう微笑みながら、私を見つめてきたのは結人のアバターだったようだ。すぐにプロフィールが送られてきて、そこにはちゃんと結人のリアルの顔も貼られている。
普段は目にかかるくらいの前髪だからわからないが、前髪を上げるとこんな顔立ちなのかもしれない。多少は変えているようだけど、アバターのベースが結人なら納得できる。
結人は祖父母に育てられたのだった。それなら、ここに出入りしていても不思議ではない。
「なんだ、結人かー。びっくりした」
「それを言うなら、俺もびっくりした。そのキャラが好きだって聞いてたけど、まさかそれをアバターにしてるとは思わなかった」
そう言われて、自分の姿を見た。
ウネウネと波打つ表皮は淡いパープルで、白色で縁取られている。触覚のような黄色ツノも生えていて、ユラユラと揺れている。
これは軟体動物をモチーフにしたキャラクターのアバターなのだ。
「これ、期間限定で販売していたやつなんだ」
なけなしのお小遣いを注ぎ込んで買った、愛着のあるキャラクターだ。
自分の姿をそのままアバターにする人もいるし、まったく異なるアバターを設定している人もいる。
私は自分の容姿を基にアバターを作成することに抵抗があった。個人を特定されるのも嫌だけど、そもそも自分の見た目に自信がない。だから好きなキャラにしているのだ。
他にもいくつか無料で配布されていたアバターを持っているが、どれも人の形ではなく、企業のマスコットだったりする。
「いいんじゃないかな」
現実より感情が表に出やすいこの世界で、前髪をあげた結人の笑顔は可愛らしかった。
思わず心臓が高鳴った。
「あ、ありがとう。結人はあまり変えてないんだね」
少し大人びていて、髪の色と長さを変えているだけに見える。
「一応、目や鼻の配置とかも変えているんだけど、じい……、師匠たちもそんなに見た目を変えてないから、俺もこんな感じになったんだ」
「じいちゃんでもいいよ」
この家にいるからか、シェルムがいないからか、祖父母に対する距離感が近いようだ。
なかなか定着しない師匠呼びと、親しげなじいちゃんという呼び方にクスクスと笑うと、結人も釣られて笑う。
「人の呼び方って、すぐには変えられないもんだね」
「うん。でも、おじいちゃんもおばあちゃんも、今まで通り呼んだほうが絶対に喜ぶから、前のままでいいと思うよ」
「そうかな」
「そうだよ」
「ところで、何していたの?」
「ああ、今から用事があるから、ここに置いてある道具を取りに来てたんだ」
そう言って結人はバイオレザーのカバンを手で押さえる。
アイテムの装備数は決まっているので、自分用のボックスを拠点に作る人は多い。私はアイテムをほとんど持っていないので、まだインベントリに余裕がある。
どうやら結人はここにアイテムボックスを置いているらしい。
「有菊のボックスもあるから、好きに使っていいって、じいちゃんが言ってたよ」
呼び方を戻して、奥の部屋を指差す。
「え? だってボックスって無料で作れないでしょ? 私のために買ってくれたってこと?」
「そうだと思う。俺も昔買ってもらったし」
「そうなんだ……」
「場所、教えるね」
そう言って、普段は祖父の寝室になっている場所を案内してくれた。中にはかなりの数のアイテムボックスが置かれている。その中のひとつを開けてみせる。
「これ。パスワードとか設定するなら、ここからできるから」
ボックスの開閉部に設置された黒い小さなセンサーのような場所を示した。
「わかった。ありがとう」
そうして、ボックスにアクセスをして、タダでもらったおもちゃのアイテムなどを入れてみる。ここに出入りしているのは祖父母と結人だけなので、パスワードは要らないだろう。
「じゃあ、俺は待ち合わせ時間だから、もう行くね。何かわからないことがあったら、メッセージして」
「うん、わかった。ありがとう」
どこへ行くのかはわからないが、友人と会うのかもしれない。少し興味はあるが、マナー違反なので詳しく聞くことはしない。
行くところが決まっているからだろう。その場所でしばらくフリーズすると、パッと消えてしまった。
「私も移動しようかな」
どうやら祖父母はいなさそうだし、誰もいない家を探索するのも居心地が悪い。
ドアから外に出て、家の周囲がどんな風になっているのか確認すると、すぐにアバター友達とよく集まっていた広場へと向かった。




