第74話 こちらの町では
シェルムの家にもう一泊してから、私たちは列車で帰ることになった。
「無理を言ってここまで連れてきてしまったので、チケット代はこちらでお支払いします」
シェルムの父親は、私たちの出発準備を見てそう言った。
他のみんなはそうなのだが、私はそもそもここに用事があって来たのだ。さすがに受け取れないと断ったが、「あの時のお礼だと思って、ぜひ受け取ってください」とカタリンに真摯にお願いされて、断れなかった。
そして、シェルムの父親からチケットをドロップされ、それをデバイスにセットして駅へと向かった。
どうも箝口令が敷かれているのか、シェルムの本名を家の中で聞くことは無かった。家族ぐるみで隠しているのは不思議な気もしたが、シェルムのやっていることを考えると、理解できなくもなかった。
家族は、そんなシェルムの友人に会ってみたかったようで、滞在中はとても親切にしてもらった。
どうやらシェルムは、ここにもう少し残るらしい。
そして、私たちを見送るために兄妹でついてきたのだが、シェルムは駅に向かう間、最後尾でずっと結人と内緒話をしていた。
私は小雪と仲良くなったカタリンと並んで、ディーディの学校で、子供たちとやっていた遊びをしながら歩いた。片方の手を繋いで、カタリンの空いている手のひらに乗った小雪が、肩や頭、腕などを軽快に駆けていくと、カタリンはくすぐったそうに笑っていた。その姿を見て、この笑顔が学校でもできているかと思うと、改めて嬉しく思った。
結局、駅までコソコソと話していたシェルムは、列車に乗る時には、「約束だからな」と結人に向かって言い放っていた。それを受けた結人は、小さく頷いていたので、その約束は成立したらしい。
そうして私は、以前と同じルートで祖父母の家がある町まで帰ってきた。ただし、今回は美玲と結人、リアンも一緒だ。
「だいぶ暖かくなったよねー」
地下にある駅から地上に出ると、美玲は腰に手を当てて周りを見渡した。
駅前に来るのは、あの日以来だったので懐かしい。そして、以前見た時にあった不法な電子広告が無くなっているのに気がついた。内容も内容だったので、それを見た時は少し怖かったのを覚えている。きれいになったのはいいが、あれだけ大量に掲示されていたものが、跡形もなく無くなっているのは、それはそれで薄寒いものを感じる。
「アッキーはマンションでしょ?」
「はい。あ、でもその前に梶田さんのところに顔出そうかな」
「梶田なら、今いないよ」
「そうなんですか?」
「パーツの仕入れで遠出してるみたい。今回は泊まりらしくて、ターシャちゃんも連れてってるみたいだよ」
初めて会った時も大荷物を抱えていた。きっと、3Dプリンターで出力できない部品を仕入れに行っているのだろう。
もしかしたら、ターシャとの旅行も兼ねているのかもしれない。
「それなら、このまま帰ろうかな」
「じゃあ、一緒に帰ろー」
さっさと歩き出す美玲に促され、私は視線を歩道に戻した。途中までは道のりが一緒らしく、結人とリアンもついてくる。
「よく考えたら家に食べるものないかも。あそこのカレー屋で買っていこうかな」
以前食べて美味しかった、本格的なスパイスカレーを提供しているお店を思い出す。梶田に教えてもらったカレー屋だ。
お昼は列車でとったので、夕飯用に一食分用意したい。
「もしかして、そのカレー屋って梶田の店の近くの?」
「あ、はい」
「なんか、あそこ閉まっちゃったんだよねー」
「そうなんですか?」
「そーなんだって。かなり急だったらしいよ」
先にニホンに帰っていた美玲は、この辺りの近況をすでに把握しているらしい。
「なんでも得意先のスパイス屋が突然消えちゃったらしいよ。そこでしか買えないものが多かったらしくて、お店続けるの難しくなっちゃったんだって」
「えー。また食べたかったのに、残念……」
「あそこの美味しかったもんねー」
店舗のあったほうを見ると、派手な電飾で輝いていた店頭が、今はひっそりとシャッターを下ろしている。あの時、お勧めされたラッシーも飲めないのかと、陽気な店員を思って空を見上げる。と、雲の隙間から陽が射す空を、やたらとドローンが飛んでいくのが見えた。荷物を運ぶタイプのものではなく、警備タイプのものだ。
何か近くで事件でもあったのかなと、そのまま見上げながら歩いていると、美玲が「またかぁ」と同じように見上げていた。
「また、ってなんですか?」
「いやー、最近よく飛んでるんだよね。事件ってわけでもないのに、なかなかの台数がさ。警察、どうしちゃったんだろうね?」
その辺りのことに精通していそうな美玲が、そんなことを言うので、なんとなく不安になる。
そして、マンションへ向かう路地の前で結人たちと別れ、祖父母の部屋に久しぶりに戻った。
事前に美玲たちが、部屋の清掃や盗聴器等のチェックをしてくれたらしい。それを美玲たちに任せて良かったのかは謎だが、祖母が依頼した以上、疑義を唱えるわけにもいかない。
あんなに列車内でくっついてきていた美玲が、あっさりと自分の部屋に戻っていくのを見ると、一抹の不安はある。でも気にしても仕方がないので、祖父母の家へ入った。
室内は土足で入られたような痕跡はもちろんなく、フローリングの床は塵ひとつ落ちていない。
「ただいまー」
誰もいない室内に入っていく。
リビングのカーテンは昼間ということもあり開いている。前に来た時とほとんど変わらない。しかし、ひとつだけ違う点があった。それはダイニングテーブルの上に、頭に被るタイプのフルダイブ型のデバイスが置かれていたことだ。
「これってもしかして最新型の?」
持ち上げて型番を見ると、つい最近発売されたものだった。よく見ると、拡張現実のメッセージが添付されている。
それを開くと、祖父母からのプレゼントだということがわかった。
一応、私も自分用のかなり古い中古のデバイスは持っていた。しかし、処理能力も低くて、あまりの重たさに使うのが億劫になっていた。そのため、引越しの際ここに持ってきたが、箱に入れっぱなしだった。
メッセージには、すでに祖父母たちの仮想空間上の住居のショートカットも入れてあるとあった。
用意してくれたのはきっと美玲だろう。
これがあったから、自分の部屋に誘ったり、こちらに入ってきたりしなかったのかと、疑ったことを反省した。
「じゃあ、これで久しぶりにあの子たちにも会えるんだ」
顔も本名も知らないアバター友達には、しばらくプライベートが忙しいから連絡できないと引っ越し前に伝えてあった。まさか、ここまで期間が空くとは思わなかったが、今も元気にしているだろうか。
「じゃあ、今日は久しぶりにあっちの世界を楽しもうっと」
そして自分の部屋に荷物を片付けて、溜めていたメッセージの返信や色んな情報収集をしていると、インターホンが鳴った。
確認すると、そこには美玲がいた。
「夕飯のお誘いだよー」
窓の外を見ると、オレンジ色の空になっていた。ミールキットを買いに行こうと思っていたのに、ついダラダラとペットロボと遊べるゲームや仮想空間での散歩のさせ方など調べて、時間を溶かしてしまっていた。
せっかく誘ってもらえたので、諸々のお礼を伝えるために隣にお邪魔することにした。




