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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第5章 色んな再会
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第73話 部品屋

「こんにちはー」


 ガラス扉から入ると、部品屋が打ち合わせブースのパーテーションから顔を出した。そして、低い声で「あら」と私に笑いかけると、立ち上がってこちらに出てきた。

 背中まである長いオレンジ色の髪は波を打っている。それを六角ナットでひとつにまとめているのは相変わらずだ。彫りの深い顔立ちは表情豊かで、アメジストのような瞳を楽しそうに輝かせている。背が高く、胸板がぶ厚い。筋骨隆々の体型で、ダボっとしたデニムのパンツに、アイボリーのピチッとしたTシャツを着て、黄色いエプロンをつけている。

 その姿は、私にとっては懐かしいものだった。


「有菊ちゃん。久しぶりだねー」


 すると、そのパーテーションから「え? アッキーもう来たの?」と、よく知る声が聞こえた。しかし、それはどことなく焦った声だ。


「お母さんとのお話、終わったんですか?」


 ピョコッと顔を出したのは、リアンだった。


「うん。まだ、ここにいたんだね」

「はい。お兄ちゃんと美玲さんもいますよ」


 パーテーションの向こうを覗くと、確かにそこには向かい合って座っている結人と美玲の姿があった。


「こんなところで何してるんですか?」


 何かを隠すように、美玲はテーブルの上に身体を伏せて、顔だけをこちらに向けている。四角い紙のようなものが見えるが、それが何かはわからない。


「もしかして、何かオーダー中でした?」

「違いますよ。有菊ちゃんの写真を見て……」

「リャンくん! しーっ! しーっ!」

「でも、有菊ちゃんの写真だし」

「私の写真って、なんですか?」


 自分の知らないところで、何かが行なわれていることを察し、私は美玲を見る。


「あー、ついにバレちゃったかー」


 そう言うのは、隣に立つ部品屋だ。


「バレたってなんですか?」

「いやー、実はね……」


 そう頭を掻きながら、私の前で部品屋は説明をはじめる。

 どうやら、祖父母と部品屋は、かなり前からの知り合いだったらしい。そして、私が孫だということも知っていたという。なかなか会うことができない孫の姿を見てみたいと祖父母が希望するので、部品屋はここに来た時などに、こっそり撮っていたという。


「そうだったんですね。でも、おじいちゃんたちなら、全然良いですよ。私もふたりの写真持ってるし」


 何かよからぬことをしているのかと思ったが、そんなことなら問題ない。


「それで、今は何してるんですか?」

「美玲さんが、有菊ちゃんの写真を買おうと選んでいたんです」

「リャンくん!」

「え?」


 美玲が上半身で隠している紙を数枚引っ張り出して、リアンが手渡してくれる。それは手のひらに乗る程度の大きさの紙で、片面は白く、もう片面が写真になっていた。私の知っているデジタルの写真とは違うものだった。

 どういう仕組みでこの紙にプリントされているのか、拡張現実(AR)でも操作できるアイコンなどは出てこない。

 その紙のひとつには、まだ幼い頃の私の姿が写っていた。部品屋の手伝いと称して、カウンターの椅子に座って笑っている。


「懐かし……って、ちょっと待って。美玲さんがなんで私の写真を買うんですか?」

「だって、こんな可愛いアッキーの写真の数々、欲しいに決まってるじゃない!」

「というか、なんで売ってるんですか?」


 部品屋を振り返ると、口笛を吹きながら目を逸らす。


「もうこれって必要ないですよね? これからは、おじいちゃんたちとはいつでも連絡取れるし」

「いや、これはウチの作品でもあるわけで……」


 確かに凄くよく写っている。

 他のを見ると、数年前にここで工作していた時の姿もあったりする。


「でも肖像権は私にありますよね? しかも私、メガネ買ってもらってからは認識阻害の設定してたのに……。もしかして、あのカメラ使ったんですか?」


 カタリンの問題を解決するために、部品屋に手伝ってもらって改造したカメラのことを思い出した。


「品質確認は必要でしょ? それに有菊ちゃんの成長は、ウチの生きがいでもあって……」


 確かにあのカメラは私が必要で作ったが、寄宿舎にも家にも置いておけないので、部品屋に預けていた。それを、まさかこんな使われ方をしていたとは想像していなかった。


「だったら、個人で持っててくださいよ。他の人に売るのはダメです」


 大きく腕をクロスして、全身でダメという意思表示をする。


「せっかくいい値段になりそうだったのに……」


 ボソボソと抵抗する部品屋に、「なんですか?」と圧をかける。


「個人で楽しみます。ごめんなさい」


 そう言って美玲が隠していた写真を片付けはじめる。その数は数十枚に及ぶ。しかも部品屋の中だけでなく、町中を歩いている姿もある。まるで隠し撮りでもしているかのようだ。いつの間にこんなにも撮っていたのかと、横から眺めていると、美玲がコソコソとテーブルの下に手を置いた。


「美玲さん」

「はい」

「今、手に持っているのをテーブルに出してください」

「何も持ってないよー」

「じゃあ、両手を挙げて、立ち上がってみてください」


 ペロッと舌を出した美玲が立ち上がると、ハラハラと数枚の写真が落ちてきた。それを拾い上げて、部品屋に渡す。


「有菊ちゃん。美玲さんの太ももの間にも、まだあります」

「リャンく〜ん」

「美玲さん。足開いてください」

「あ、なんかそれいい。アッキー、もう一回言って」

「嫌ですよ。もー、手を突っ込みますよ」

「それもいいよ〜。アッキーなら許す」

「なんか嫌だ」

「ほらっ、ここに写真あるよー」


 自分の太ももをアピールする。

 しかし、ワクワクしながら待っている美玲の期待に応えるのもなんだかなと悩んでいると、それまで黙って美玲の向かい側に座っていた結人が立ち上がった。


「返してもらえないみたいだし、ふたりとも帰ろう。あまり遅くなると心配するだろうし」


 そうブースの外にいるリアンと私に声をかけて、ブースから出てきた。


「そうですね。有菊ちゃん、帰りましょうか」


 私を見上げたリアンは、ニコッと笑う。

 ふたりの意図を汲んで、「うん、そうだね。帰ろ帰ろ」と、私はクルリと踵を返して出口に向かう。それに続いて結人も歩きはじめた。


「え? ちょっと待ってよ。ワタシも一緒に帰るよー」


 美玲は取り残されまいとパーテーションから出ようとする。そのパーテーションの陰でリアンは屈んで待機する。

 そして、美玲が一歩踏み出したことで、太ももに挟んでいた数枚の写真が床に落ちたのを確認して、リアンは手早くそれを回収した。


「あっ」


 一瞬のうちに没収された美玲は、悲しげな目でリアンと私を交互に見た。


「そんな目をしてもダメです」

「これは個人情報だから、有菊ちゃんに返却するのが筋ですよ」


 至極真っ当なことを言って、リアンは手元の写真を私に手渡してくれた。


「今後は人に売ったり見せたりしないって、約束してくれますか?」


 私は、気まずそうにしている部品屋に向き合う。


「もちろん! これからはひとりで楽しむだけにするから、ね?」


 なんとなく胡散臭さもあるが、どうせデータを返してもらっても、どこかにコピーを作っているだろうから回収は諦めた。

 美玲の落とした数枚を部品屋に渡しながら、ジッと半目で見つめる。


「約束破ったら怒りますからね」

「わかってるよー」


 いざとなったら、祖父母たちに言いつけようと、今回は引き下がることにした。写真を受け取った部品屋は、カウンターの中に入って、それらを丁寧にファイルに仕舞いはじめた。


「そういえば、有菊ちゃん」


 部品屋は手を止めずに私に声をかける。


「まさかあのタイツ、まだ使ってるなんて言わないわよね?」

「え? うん。もう使ってないよ」


 私はドキリとしながらも、首を横に振った。


「そう? ならいいけど。あの身体強化のタイツは、コントロールが過度だったから心配してたのよ」

「ですよね」


 そう頷きながら、まだ使っていることを隠した。

 確かにあの改造したタイツは、不必要に上限の値が高い。おそらく人間の筋肉では耐えられない値にすることも可能だ。だけど、徐々にトレーニングをしていけば、結構いいところまで鍛えられるかもと、低い値から数値を上げて訓練をしているのだ。

 設定には気を配っているから大丈夫だし、部品屋が心配するようなことはないと思っている。

 ディーディではちょっと危なかったが。

 そんなことを思いながら、私は美玲たちのほうへ向かった。


「せっかくここまで来たのにー」


 美玲は肩を落として、取り上げられた写真の数々を遠目に見ていた。そんな美玲の背中にまわり込んで、出口へと押す。

 部品屋はそれをカウンターの中から、手を振って見送っている。


「さあ、帰りましょう。美玲さん」

「わかったよー。じゃあ、アッキーが手を繋いでくれるなら、大人しく帰る」

「それは嫌です」

「えー」


 店の外に出ると、「じゃあ、抱きついちゃう」と絡んでくる美玲から身をかわしながら、行きにも使った中距離用電動モビリティの停車場へと、賑やかに向かった。

 ここに来るまでは鬱屈としていたのに、すっかり軽い気持ちになっていた。それもこれも、みんなが部品屋で賑やかにしてくれていたおかげだ。


「みんながいてくれて良かった」


 私の小さく呟いた言葉をリアンは拾ったようで、歩きながら見上げてきた。


「有菊ちゃんが元気になって良かったです」


 その言葉に私は、結人も美玲も心配して、ここで待っていてくれたのかもしれないと気がついた。

 今までは母親との会話のあとは、ひとりで悶々と嫌な気持ちを何日も抱えていた。けれど、今はこんなふうに気を遣ってくれる人たちが周りにいる。

 その変化に、私はなんだか嬉しくて、泣きたい気持ちになった。でも、ここで泣いてしまうとまた心配をかけてしまうと、グッと堪えてからリアンに笑いかけた。


「リアンくんも来てくれてありがとう」

「はい。有菊ちゃんは、僕の大切な家族ですから」


 その言葉を聞いて、私の鼻の奥がツンとした。

 以前、リアンに対して言った言葉を、こんな風に返してもらえるなんて、想像もしていなかった。そんなことを言われてしまうと、せっかく無理矢理引っ込めた涙が出てきてしまう。

 急いで上を向いて、できるだけ涙がこぼれないようにする。少しだけ流れ落ちる涙を指先で拾った。そんな姿を結人たちは、見て見ぬふりをしてくれて、それもまた嬉しくて、なかなか涙が止まらなかった。

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