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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第1章 ふたりのいない町
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第8話 出会い

 どうして一緒にいないのか不思議だと言わんばかりに、男の子は有菊の目をまっすぐ見て尋ねる。


「お兄ちゃんと一緒にいたと思うのですが」

「え? 人違いじゃないかな」


 誰かと完全に間違えているらしく、有菊は両手を胸の前で振って、勘違いだとアピールした。

 しかし男の子は首を振って、どうしてそんなことを言うんだと悲しそうな顔をする。


「お兄さんとはぐれちゃったの?」

「いえ、はぐれたわけではなく、待ち合わせをしているんです」

「あ、そうなんだ」


 そこで会話が途切れ、なんとなくひとり座っているのも居心地悪くて、ベンチの片側による。


「待ち合わせなら、ここに座って待つ?」


 そう聞くと、男の子はコクリと頷いて、有菊の隣に座った。子供らしい仕草で、両手は年季の入ったベンチのへりを掴んで、足をブラブラさせている。

 しかし、ゲームを始めたりとかはしないで、静かにグラウンドを囲む木々を眺めるだけだった。


 よく見ると、今時は誰もが持っているウェラブルデバイスを身につけていない。

 これは、隣に座るように提案した手前、何か話題を振ったほうがいいのかなと有菊は悩んだ。こうやって悩んでいる間に、『お兄ちゃん』が来たりしないかなと期待してみたが、ただ沈黙の時間が過ぎるだけだった。


 やっぱり無言のままでいるのも居心地が悪くて、有菊はダメ元で話しかけることにした。


「ボクはこの辺に住んでるの?」


 すると男の子は姿勢を正した。そして、有菊のほうに体を向けてコクリと頷くと自己紹介を始めた。


「僕の名前は虎門(とらのもん)リアンです」


 姓名共にインパクトがある。


「虎門? すごいかっこいいね。名前もリアンっていいね」

「ありがとうございます」


 かしこまった様子で、男の子はお礼を言った。


「お兄ちゃんは虎門結人(とらのもんゆいと)といいます」


 聞いてもいない兄の名前まで教えてくれる。

 きっとこの兄弟は、すぐに名前を覚えてもらえるだろうなとひとりで想像して、少し微笑む。そして、この流れは自分も名乗ったほうがいいのだろうかと、ふと気がついた。


「わた……」

「あっ、お兄ちゃんだ!」


 有菊も自己紹介をしようとしたそのタイミングで、リアンはパッと顔を上げて、立ち上がった。

 リアンと同じグラウンドの入口からやってきたのは、有菊と同じくらいか、もう少し年齢が上の青年だった。顔立ちはリアンによく似ている。

 虎門結人は首にゴーグルをかけ、ベージュの有菊が着ているのとよく似たダボッとしたパーカーに黒のパンツ、手に何かを握りしめて歩いてきた。マッシュヘアで長身とかなりスタイルがいい。

 なんとなく有菊も立ち上がり、体の前で腕を組んで待った。


「こんなとこにいたのか、リアン」

「だって一緒にいるかと思って」

「そうか」

「大丈夫だったの?」

「ああ、危なかったけど、小石を飛ばしてあいつらが混乱しているうちに逃げてきた」


 そこまで聞いて、有菊はピクリと反応した。


「ちょっと待って。まさかあの石を投げたのってアナタ?」

「は?」


 突然有菊に話しかけられて、結人という名前の青年は怪訝な表情をした。


「あれのせいで、私、危なかったんだから!」

「何の話?」


 先ほどの危機に陥った原因を作った人物が目の前に現れたことで憤慨する有菊。

 しかし、何の話をしているのかわからない結人は、首を傾げる。目に入りそうな長さの前髪が少し揺れた。


「今、アナタが言ったのって、海沿いの倉庫の事でしょ?」


 すぐに理解してもらえないことに歯痒さを覚えながら、先ほどまでいた海の方向を指差す。


「そうだけど」


 結人は少し戸惑ったように頷く。


「私もそこにいたの!」


 その言葉を聞いて、結人は「ああ」と小声で言った。


「アナタの投げたその石が、私の近くのドラム缶に当たったせいで、私が捕まりそうになったの!」


 完全に状況を理解したらしく、結人は「ああ」と頷いた。


「それは大変でしたね」

「いや、そこは謝るところでしょ」


 ここまで逃げてきた苦労に見合わない結人の相槌に、有菊は思わず突っ込んだ。


「ああ……、すみませんでした」


 しかし今度は目も合わさず、いかにも心のこもっていない謝罪に、有菊はイライラしてきた。


「だいたい何をやったら、あんな人たちに追われることになるのよ」

「いや、何もしてないけど」

「何もしてなくて、あんなことにならないでしょ」

「じゃあ、キミは何かしたの?」


 その質問に有菊は答えを窮した。


「だから、ただあそこにいただけで追われたんだよ」

「なに、その治安の悪さ」

「そんなこと、俺に言われても」

「そうだけどさ」


 結人と話しているとなぜか心が落ち着かないので、早くここから去りたかったのだが、いかんせん蝶型ドローンの回収をしなければならない。

 有菊は既にこの地点まで到達しているはずの蝶を見つけるため、ソワソワと空を見上げる。


「お兄ちゃん、何持っているの?」

「ああ、これ?」


 そう言って、結人は手に持っていたものを見せる。


「さっき、コイツも同じ方向に行くなと思って捕まえた」


 それを見て、有菊は目を剥いた。


「それ私の!っていうか、ステルスモードだったのにどうやって捕まえたのよ!」


 有菊のメガネでははっきりと捉えることができるステルスモードの蝶型ドローンだが、通常は肉眼はもちろん、ウェラブルデバイスを通しても見えないはずだ。


「いや、なんとなく?」

「ありえない……」


 非常識な結人の言葉に、有菊はクラクラした。


「返して」

「どうぞ」


 何事もないように蝶を返した結人は、有菊に対して「そういえば」と声をかける。


「キミ監視されてるよ」

「は?」


 突然の忠告に、有菊は思わず聞き返した。


「だから、気をつけたほうがいい」

「何言ってるの? 私、ここに来てまだ二日しか経ってないんだけど」

「うん」


 それは知っていると言わんばかりに、結人は頷く。


「監視される意味がわからないんだけど」

「でも、監視されてるから」


 繰り返し言ってくるので、有菊は少し苛立ちはじめた。


「ちょっと、誰かと勘違いしてない? 私、監視されるようなこと何もしてないけど」

「そうかもしれないけど。一応警告はしたから。帰ろう。リアン」


 伝えるべきことは伝えたと言わんばかりに、結人はリアンに声をかける。


「え? でもふたりは一緒にいるんじゃないの?」


 声をかけられたリアンは、なぜか不思議そうな顔で有菊と結人を交互に見る。


 初めて会ったばかりのリアンが、なぜそんなことを言うのか謎だ。


 そんなリアンを宥めるように、結人はリアンに微かな笑みを向ける。


「いいんだ。帰るよ」

「……」


 リアンは再び有菊と結人を交互に見て、困ったような顔でその場に佇む。しかし、それを無視して結人はグラウンドの出口へ向かって歩きはじめる。

 リアンは遠ざかる結人の背中を見て、諦めたように追いかけていった。そして結人と並ぶと、振り返って大きく手を振った。


「またね。有菊ちゃん」


 その可愛らしい姿に、有菊は思わず笑顔で手を振り返した。

 そしてハタと気がついた。


「私、あの子に名前言ってない」


 それなのに、なぜリアンは名前を知っているのだろう?

 結人にしても、普通は視認することのできないステルスモードの蝶を捕まえている。


 一体彼らは何者なんだろう?


 少なくとも有菊は自分の情報は一切ネットに晒していない。複数のアバターは所有しているが、実名を使ったものはひとつもない。写真もメガネに認識阻害を設定しているので、特定できないはずだ。


 ネットで名前を検索してみるが、やはり情報は出てこない。ふたりとも手ぶらだったので、この辺りに住んでいるのは間違いなさそうだ。それなら、カジタパーツショップで聞いてみるのもいいかもしれない。


「しかし、今日はなんの収穫もなかったなぁ」


 結局、トランクルームの有無も確認できなかったし、ただ無駄に走った一日だった。


 手のひらの蝶の状態を元の状態に戻すと、再びヘアクリップとして髪にセットする。


「アイツ、変なことしてないよね?」


 ここまで来た速度的にも、そんな時間はないはずだ。それでもなんとなく気になる。


「念のため、家に戻ったらスキャンをしておこう」


 有菊はそう言って、グラウンドの出口に向かって歩きはじめた。

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