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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第5章 色んな再会
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第72話 憂鬱な再会

 店の前で結人とリアンに見送られながら、私は家へと重たい足を向けた。

 ここまでの道のりも、きっと近所の人に見られているから、それも聞かれるかもしれない。なんて答えようかと考えていると、近所の家から見知った顔が覗いた。

 逃げ出したいと思ったが、ばっちり見られてしまったので観念した。


「あら、久しぶり。有菊ちゃんじゃない」

「こんにちは。お久しぶりです」

「元気にしていた?」

「あ、はい」

「お母さん、寂しがっていたわよ。そろそろ帰ってきてあげたらどう?」

「あー、そうですね」


 母親とよく一緒にいるその人は、どこか雰囲気が似ている。外面はいいのだが、母親とふたりになると、信じられないくらいひどいことを平気で言う。

 ある意味、母親にとっていい友人なんだろうと思う。

 散々、この辺りの噂話をして満足したのか、その人は締めくくりのように私の顔を見てため息をついた。


「たったひとりの娘なんだから、お母さんを支えてあげないと」

「はあ」


 どうやらウェラブルデバイスに何か届いたのか、そこで話を打ち切って、「じゃあまたね」と家の中に入っていった。

 こんなやりとりを、再び自分の親にもされるのかと思うとうんざりした。しかも、今度は逃げ場がない上に、制限時間もない。

 いや、今回は制限時間はある。早めに帰宅時間を伝えておかないとと、お腹に力を入れて自分の家に向かった。


 目の前の見慣れた玄関の扉は、まるで重厚な金属でできているかのような重さを感じる。実際には小指でも開くような軽いものなのだが、なかなかそのドアノブに手が伸びない。

 しかし、ここでもたもたしていると、見つかった時に何を言われるかわからない。意を決してドアを開けた。


「ただいまー」


 できるだけ自然体を装って、廊下に向かって声をかける。すると奥から音がして、それからリビングから廊下に繋がる正面の扉が開いた。


「早かったわね」


 その目は、上から下までを確認するようで、すでに居心地が悪かった。住居内の空調は正常に動いているはずなのに、どこか息苦しい。それはいつものことだった。


「そのメガネどうしたのよ」


 目ざとくメガネの変化を指摘してきた。


「ここに来る前に新調したの。前のやつは結構古かったから」


 母親はその言い訳を吟味するように、変わったメガネを睨め付ける。以前使っていたものは、相当古かったので、そこまでおかしな話ではないはずだ。

 その程度の変化なら問題ないと納得したのか、小さく頷いて「早く入りなさいよ」と促した。


 家の中は、出た時からほとんど変わっていなかった。変化があるとすれば、母親の着ている服と、室内に飾られたデジタルアートフレームの絵柄くらいだ。最近流行っているデザインを取り入れたもので、どこかで見たことのあるようなものだった。


「見つかったって」


 不機嫌そうに突然そう言い放つ。


「え?」

「あんたの祖父と祖母よ。外務省から連絡があって、どこかの国で保護されたらしいわ」

「あ、そうなんだ。よかった」


 無事なのも知っているし、なんなら数日前まで一緒にいた。しかし、そんなことは言えない。かと言って、あまり喜びすぎると機嫌が悪くなるので軽く返事をする。


「まったく。テロリストの残党なんだから、いっそ捕まってくれたら良かったのに」


 その言い方に、私はカチンときた。


「おじいちゃんもおばあちゃんも、そんな人じゃないよ。どうしてそんな言い方するの?」


 まさか反論してくると思っていなかったようで、母親は一瞬言葉に詰まった。そして、何か口の中で言ってから、こちらを見下すように鼻で笑う。


「実際、テロリストのいる町で生まれてるんだから。今回の失踪だって、どう考えても普通じゃないし」


 まるで祖父母を犯罪者のように話す母親を、私はイライラしながら見つめた。

 その姿は、年の割に綺麗だ。日焼けしていない白い肌はシミもシワもなく、黒髪は光を反射して輝いている。鎖骨下まであるストレートの髪は、丁寧に毛先が巻かれていて、清楚さを演出している。

 大きな瞳は機嫌悪そうに半目になっていて、形のいい眉も跳ね上がって台無しだ。


「何度も言うけど、ふたりともテロリストじゃないし。お願いだから、そんなこと言わないでよ」


 平行線なのはわかっているが、どうしてもこのことは訂正したかった。沈黙が続いたあと、母親はそのことには触れずに話題を切り替えた。


「まあ、いいわ。それより、そろそろ気が済んだんじゃないの?」

「え?」


 何の話をしているか分からずに、私は聞き返す。


「ここを離れて暮らすことよ。どうせあのふたりはもうすぐ帰ってくるんだから、今の生活をやめるいい機会じゃない」

「むしろ、これからだよ」


 ふたりが当面帰ってこないのを知っているが、それは伏せて切り返す。


「ただ単に、目新しい場所で生活してみたかっただけでしょ? だったら、どこも同じだって分かっただろうから、早くここに帰ってきなさい」


 どうしてそんな話になっているのか分からないが、私は母親の理論に唖然とした。


「近所の人からも、『いつ帰ってくるの』って聞かれるし、いい加減にしてほしいのよね」

「私はおじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らすって、ここを出る前にちゃんと話したよね?」

「世間のことがわかっていないから、そうやってわがまま言えるのよ。もっと現実を見なさい。みんなもここで、ちゃんと仕事見つけて暮らしているじゃない。あんたはまだフラフラと無職で、何もしていないんでしょ」


 無職と言われて反論できない自分が悲しかった。

 そういう母親も以前は働いていたが、今は無職だ。父親からの生活費で気ままに暮らしている。

 両親がどういう話し合いをして、今のようなパートナー解消もしない、お金だけの繋がりをしているのかはわからない。確認しようと思ったこともない。そして、そんな母親のことをどうこう言うつもりも無い。

 ただ、自分が今無職だとしても、ここに帰るつもりは全くない。


「ちゃんと、これから……」


 そう言おうとすると、母親は被せるようにため息をついて、一方的に話しはじめた。


「まったく。昔から、あれだけ色々と教えてやってるのに、本当にあんたは世間知らずなんだから。そういえば、この間も──」


 そこからは、またいつもの悪意ある噂話と悪口が延々と続いた。

 正午を過ぎると、ミールキットで昼食の準備をしてくれた。そういうところは、ちゃんと親をやってくれるので、調子が狂う。

 親としての矜持があるのか、子育てに迷ったり疲れた親が利用するセンターにも、私を預けることは一切しなかった。センターによく入っていた子の中には、優秀な子やギフテッドの子も結構いたので、密かな憧れがあった。

 しかし、母親はその選択はしなかった。むしろ、そういうところに預ける親を悪口のターゲットにしていた。

 湯気の上がっているオムライスを黙って口に運んだ。

 その間も、相変わらず私の知らない、なんなら母親自身も会ったことのない人間の悪口が続いていた。


 食後に片付けをしていると、母親は食事の時には外すようにと言われている私のメガネ型のデバイスを、勝手に操作しはじめた。それを見て、またいつものチェックがはじまったなと黙って眺めた。

 祖父母からコンタクトタイプのデバイスを貰い、そちらに普段使うアプリを移した。そして、メガネ型デバイスのほうには、ダミーのデータが生成されるように設定をした。会話ログなども、過去のものを参考にでっちあげているし、移動経路をトレースするアプリも、自分で設定した場所を、それらしく動いているように見せている。

 さすがにずっと海外にいたことがバレると、強制的に連れ戻されてしまう可能性が高い。それはなんとしてでも避けたかった。

 最新のツールなどに詳しくない母親は、それらがダミーだとは気が付かない。それを知らずに口角を上げて楽しそうにチェックしている母親に、すかさず声をかける。


「私、今日中に帰らないといけないから、それが終わったら出発するね」


 私のその言葉に、母親は再び不機嫌になった。


「何よそれ。日帰りなんて言ってなかったじゃない」

「ごめんなさい」

「どんな用事があるのよ」

「新しい仕事の面接」

「そんなのオンラインでしょ?」

「職場見学もするから、明日朝イチで来て欲しいって言われてて」


 これは美玲が作ってくれたシナリオだ。

 なんなら美玲の働いている職場の名前も出していいと言われている。

 とは言っても、実際働くことは決まっていないのだが。


「仕事はオンラインなんでしょうね?」

「うん。出社は基本的に無いって」


 それだけ聞くと、母親は引き下がった。そして、ひと通りいつものチェックができたことに満足したのか、メガネを返してくれた。


「仕方ないわね。次はもっとゆっくり帰ってきなさい。あ、そのままここに戻ってきていいのよ。それから、仕事に就けそうなら住所はここで登録しなさい」


 ここに戻ることを前提とした母親の言葉に、私は首を傾げながら答える。


「まだ、面接も終わってないし、どうだろう? あ、そろそろ行かないと間に合わないから」


 横に置いてあるリュックをそそくさと背負って、そのまま玄関へ向かった。そのあとを母親は着いてくる。


「じゃあ、気をつけて。たまにはそちらから連絡しなさいよ」

「はーい」


 生返事をして、私は軽く頭を下げて玄関の外に出る。そのまま、大通りのほうへ大股に歩いた。

 身体中にまとわりついている、負の感情を振り払うように、早足から小走りへと速度を上げていく。

 そして、あと百メートルで大通りに出るところまでたどり着くと、誰もいないことを確認して全速力で走った。

 このままの気持ちでシェルムの家に行くのは無理そうだ。

 せっかくここまで来たから、部品屋にも顔を出して行こうと、方向転換をした。

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