第71話 到着
エコミュニティに到着したのは、夜の八時を回ったところだった。私の家がある町とは異なる町だったので、懐かしさはあまりなかった。
「みなさん、今日は無理言って来てもらったので、良かったらウチで食事して、そのまま泊まっていってください」
そう言ったのはシェルムの父親だった。てっきりシェルムと似ていると思っていたのだが、常識人で紳士的なおじさんだった。
母親もきっちりとした雰囲気の人だった。自由奔放なシェルムを知っているので、その几帳面さを窮屈に感じるのも仕方ないなという、折り目正しい人物だった。
「そーそー。どうせ部屋も余ってるし、泊まってけよ」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
ここから帰ろうと思えば帰れる距離に家はあるが、どうも気持ちが乗らない。しかも、さすがにこの時間から母親に会いに行くと、何を言われるかわからない。そんな状態で家で泊まるのは避けたいので、シェルムの誘いを受け入れることにした。
結人たちも、そのままシェルムのお宅に宿泊することになった。
宿泊することが決まると、すぐに母親に連絡をした。もちろん今ここにいることは内緒だ。
「ずいぶんと急なのね。まったく、もう少し早く連絡できないの? まあ、明日は空いているからいいわよ」
そう言われて、とりあえずは約束を取り付けた。
翌日は、パンケーキやフルーツの盛り合わせなど、豪華な朝食を用意してもらい、それをカタリンと美玲と一緒に食べた。結人とリアンは用事があるらしく、すでに外出していた。
まだ眠っているシェルムが、お土産に買ってきたというマンゴー果肉は、あちらで食べたものと遜色のない濃い味で美味しかった。
あの日、このエコミュニティを出た時とまったく同じ服装をして、カタリンと美玲に見送られながら、外に出た。
エントランスを抜けて、表の少し広めの道路に出る。薄曇りの屋外は、春特有の冷たさと暖かさが混ざったような空気が満ちていた。
どこかで花でも咲いているのか、爽やかな香りを含んだ外気を吸い込み、ふっと吐いた。そして、リュックの紐を握りしめて、緊張して歩き出すと、突然どこからかリアンが右隣にやってきた。
「有菊ちゃん、途中まで一緒に行きましょう」
「え? リアンくん?」
「実は、俺たちもこっちに用事があるんだ」
そう左隣からは結人が現れた。
一時間以上前に出かけたはずのふたりが、目の前に現れて驚いた。さすがにいつ出てくるかわからない自分を待っていたとは考えづらいので、偶然タイミングが合ったのかもしれない。
「せっかくだから、案内してくれると嬉しい」
結人は顔をこちらに向け、私の目を見てそう言った。
本当にナイナイを出発してから、結人の態度が変わった。慣れないくせに、なぜか私の目を見ようとしてくるのが伝わってくる。そして、慣れないのは私も同じで、つい緊張してしまう。
「いいけど……、どこに用事があるの?」
まだ結人に目を見られると恥ずかしくて、つい逸らしてしまう。しかし、それを気にする様子もなく、結人は答えた。
「部品屋」
「部品屋って、エコミュニティ内にはいくつもあるけど、どこの部品屋?」
「有菊が通っていたところ」
「なんでそんなところに用事があるの?」
「師匠たちの材料の脚本を卸してて、その件であいさつに行くんだ」
「もしかして、結人も知り合いなの?」
「一応。直接会ったことはないけど、連絡はとったことある」
「そうなんだ」
自分の知らないところで、みんながこのエコミュニティの人と繋がっていることに不思議な気持ちになった。
そうして、まずは目的の町に行くために、電動モビリティをレンタルした。行き先をセットすると、自動で走り出す。専用ロードがあるので、そこを使うと、三十分もかからずに到着した。
ここまでレンタルしていたのは、町と町の間のような中距離を移動するための電動モビリティなので、それは返却する。町内も専用の電動モビリティはあるのだが、私はいつものクセで、徒歩で部品屋へ向かう。すると、結人たちも当然のように歩いてついてきた。
慣れ親しんだこのエコミュニティに、結人とリアンが歩いている。それを見ると、少し違和感がある。初めて会った時には、こんな風に並んで、このふたりとこの道を歩く日がくるなんて思ってもみなかった。
到着まで、私は祖父母たちがどんな材料の脚本を卸しているかなどを聞いた。結人は一緒に暮らしていただけあって、かなり細かく答えてくれた。リアンもよく知っていて、本当に私が通っていた部品屋と繋がっていたのだと実感した。
店の前まで案内すると、私は店内には入らずに家のあるほうを指差した。
「じゃあ、私は家に行ってくるね」
その言葉に、リアンは「はい。いってらっしゃい」と、ニコッと笑って送り出してくれた。
そのうしろでは、少し心配そうに結人がこちらを見ていた。




