第69話 あいさつ
ニホンの空港に入るのは初めてだった。
逃げ出すように夜の船から出国したので、堂々と飛行船の普通席で帰国するのが不思議な気分だ。
国際線がある空港は国内にいくつかあるが、到着したのは首都に最も近いところだった。
ここの空港も、やはり想像していたより人も分身ロボットも多い。自分が触れていた情報の精度が、そんなによくない気がしてならなかった。そして、なんとなく視線を感じる。それが悪意あるものなのか、好奇を含んだものなのかはわからない。
入国のゲートを抜けると、高い天井からたっぷりの太陽光を上から取り入れているフロアに出た。
「おーい」
午後の明るい光に照らされたロビーで、人波が途切れている場所に、両手を大きく振っている髪の長い女性がいた。そちらに目を向けると、不破は少し嬉しそうに手を挙げた。萌葱色のゆったりとしたロングのワンピースは小花柄で、その上からゆったりとボリュームのある山吹色のカーディガンを羽織っている。
「あの人が絵奈さんですか?」
「ああ」
不破にパートナーがいると知ったのは、ナイナイで帰国に向けた準備をしている時だった。その時に、パートナーが空港まで迎えに来ると知った。その相手の人は、なぜか私たちに関心があるらしく、会ってもらってもいいか聞かれたのだ。私も不破のパートナーに少し興味があったので、了承をした。
久しぶりに会う嬉しさからなのか、不破は今まで見せたことのない優しい微笑みを、パートナーに向けていた。
「おー? ユイトー、どしたー?」
うしろから来ていたシェルムが、出国ゲートに向かう人の流れを、ジッと見ている結人に声をかけた。
「いや……、なんでもない」
結人はどこか疑心暗鬼な様子で、しかし名残惜しそうに、ギリギリまで視線を残したまま合流してきた。その隣にいるリアンは、そんな結人を少し不思議そうに見て、出国ゲートを振り返っていた。
「はじめまして。一ノ瀬絵奈です。えっと、君が有菊ちゃん、君が結人くん、君がリアンくんで、君がシェルムくんだね」
絵奈は微笑みながら、一人ひとり確認していく。どうやら不破から先に、外見の特徴を聞いていたようだ。
どこか楽しそうに笑いかけていき、最後にもう一度「はじめましてー」とあいさつをした。そのブラウンのつぶらな瞳は、時々キラキラと輝いていて、瞬きをする度に何かが動いているのがわかる。
「あ、もしかしてその子が小雪ちゃん?」
フードの中からひょっこりと顔を出した白いオコジョタイプのペットロボを見て、絵奈は目を細めた。
「あ、はい。そうです」
「あいさつしてもいい?」
そう言って、長い髪の中から肩へと出てきたのは、白い文鳥だった。
「この子はハンさんって言うの。小雪ちゃんと同じペットロボ」
すると、小雪はハンさんに近付こうと肩を行き来しはじめたので、私は腕をハンさんのほうに伸ばした。すると、小雪はそれを伝ってハンさんのくちばしに鼻を寄せた。
こうすることで情報交換をしたりするらしい。
以前、こうやってペットロボ同士を交流させていた友達がいたが、私は持っていなかったので、ただそれを羨ましく眺めていた。
どういう情報交換をしているのか、その時は聞かなかったので、あとから小雪のデータを見るのが楽しみだ。
噂では、連絡先以外にも、持っているアイテムの交換をしたりするらしい。
「ハンさんは昔から飼ってるんですか?」
「ううん。マコちゃんと暮らすようになってからだよ」
「へー」
「ほら、マコちゃんの仕事って、結構勤務が不規則でしょ? だから、その寂しさを埋めるためにねー」
そう絵奈は不破を見上げるが、不破は心外だと言わんばかりに首を振る。
「ただ単に、絵奈がハンさんに搭載されている飛行機能を、あの時ハマっていたゲームで使いたかっただけだろ」
「あれー? そうだったっけ?」
とぼけた顔で絵奈はそう答え、あいさつが終わったハンさんを手のひらに乗せた。
「いやー、あのゲームは楽しかったなぁ。ハンさんとの一体感がたまらなかったんだよね。また、やろうかな」
「それは、どんな名前のゲームなんですか?」
確かにペットロボを連れて遊べるゲームがいくつかあるのは聞いたことがある。この機会に、私も小雪とそういうところに行ってみたいなと尋ねる。
すると、絵奈はハンさんの頭を撫でながら教えてくれる。
「きっと小雪ちゃんにそのデータも共有してるだろうから、そこで確認できるよ。それに、ただ小雪ちゃんを連れて遊びたいなら、確か、最近は普通の仮想空間でも、色んなことができるようになってるはずだよ」
ペットロボ関連のものは、自分に関係ないと思っていた情報だったので、今はそんなこともできるのかと驚いた。
それなら、今度、祖父母の仮想空間上の家に遊びに行った時に、小雪も連れて行ってみようと密かに思った。
「それで、有菊ちゃんたちはこれからすぐに帰るの?」
「いや、実は……」
「これから俺ん家に行くんだよ」
シェルムが少し憂鬱そうに割って入ってくる。
「そうなんだ。って、シェルムくんの家ってどこなの?」
「キクと同じエコミュニティ」
私が具体的なエコミュニティの場所を説明すると、絵奈は驚いたようにシェルムを見た。
「今から? ちょっと遠くない?」
「やっぱ遠いのかよ。なんだよ、意外と近いから大丈夫ってウソじゃん」
「どゆこと?」
絵奈が私のほうを振り返る。
「シェルムのご家族が、近いからってここまで迎えに来るみたいで……。そこに私たちも招待されているんです」
「そうなんだー。じゃあ、もう行ったほうがいいね。有菊ちゃん、せっかくペットロボの飼い主仲間なんだし、またどこかで遊ぼうよ」
「あ、はい。是非」
「じゃあ、小雪ちゃんに連絡するね」
「よろしくお願いします」
そうして、不破を迎えにきていた絵奈とは、ここで別れた。関心があると言っていた割に、あっさりと去っていったので、私はそのうしろ姿を見送りながら首を傾げた。




