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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第4章 ふたりのいる場所
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第67話 罠と夢と奪還と

「リアンッ!」


 それを見た結人は、すぐに祖父に駆け寄った。


「大丈夫だ、ユイト。リアンは無事だ。何もされていない」


 リアンを両腕で抱えた祖父は、安心させるように優しい眼差しで微笑んだ。

 部屋の中に入ると、再びリアンを台の上に寝かした。そして、心配そうに結人が見守る中、祖父はゴーグルをかけて点検をはじめた。

 祖父がいてくれるなら安心だと、有菊はソフィのほうを振り返った。


「えっと……」


 色々と聞きたいことはあるのだが、まず、この人物は何者だろうと、有菊は長身の美青年をチラッと見た。


「彼は私の腹心で、ルイって言うの」


 すぐに察したソフィは、ルイと呼んだ青年の顔を一度見上げてから、有菊に紹介してくれる。

 有菊は寄宿舎のソフィの部屋で、シェルムがその名前を言っていたのを思い出した。その話が事実なら、彼はソフィの部屋の掃除をしているはずだ。


「初めまして、アキクさん。ルイと申します。以後、お見知りおきを」


 年齢は有菊と変わらないように見えるが、その話し方は落ち着いていて、貫禄すらある。褐色の肌に黒い癖毛、彫りの深い顔立ちはソフィに負けず劣らず整っている。コンタクトタイプのデバイスをしているのか、瞳の色は少しグリーンが混ざっている。

 ソフィと並んでも、見劣りしない存在感で、ふたりが並ぶと後光が差しそうだ。

 それから有菊も自己紹介を終えると、ソフィに話しかける。


「ソフィはこんなところまで来て、何してるの?」


 いつものようなスーツや民族衣装ではなく、戦闘用の黒い軽量アーマーを身につけたソフィは、髪をポニーテールにして勇ましい姿だ。

 そのうしろを守るように、ルイは立っている。

 こちらは重厚な黒のアーマースーツを身につけて、ソフィの動きを常に見守る姿は、まるで物語に出てくる騎士のようだ。

 ただ、手に持っている、陽気な表情のライオンの被り物が、その素敵な光景を残念なものにしている。


「そりゃあ、ナイナイを取り戻しに来たのよ」


 ニッと笑ったソフィは、ここまでの経緯を教えてくれた。


 有菊たちがニジェア共和国に向かったと同時に、ソフィはそれまで下準備を続けていたナイナイ奪取に向けての計画を発動したらしい。


「キクたちの潜入の連絡をシェルムから受けて、私たちはナイナイを包囲しているルシオ共和国の部隊の、更に外側で待機していたのよ」


 そして、ルシオ共和国の部隊が、テロリストと結託しはじめたのも、ずっと静観していたらしい。

 軍事衛星の攻撃の兆候が見られた時も、その場所から観察していたそうだ。


「完全に勝ちを確信していた彼らは、笑いながら優雅に食事をはじめたわ。中には、ナイナイが落下兵器によって消滅する様を、酒の肴にしようとしていた者もいたのよ」


 そのせいか、包囲網は穴だらけだったらしい。

 そして、なんとソフィとラミサの力で強化したニジェア共和国の軍の潜入部隊が、地の利を活かして、その包囲網の内側まで入り込んだという。

 ルシオ共和国の懐柔になびかなかったテロリストたちが、軍事衛星の攻撃から逃れるため、ナイナイの外に飛び出たところを、まずは捕えたという。

 それを皮切りに、ナイナイの住民以外を次々に拘束していったらしい。それは、地下施設にまでおよび、今、こうしてソフィたちもたどり着いたのだという。


 この計画は、かなり以前から周到に準備していたらしい。

 そして、実行当日までは、ニジェア共和国の国力は弱まり、統率力がないように見せかけていたという。他国に侵略された状態では、安定した成長が望めないため、歴代にわたる国家プロジェクトとして、この時のために力を蓄えていたそうだ。

 驚いたのはそれだけではない。実は隣国も、今回の計画に一枚噛んでいたというのだ。

 ルシオ共和国とその同盟国の傀儡であると思われていたが、実際水面下ではニジェア共和国と密約を結んでいたという。

 帰郷を望んでいた人々を、あそこまで早く撤退させることができたのも、隣国側で帰国用のエアカーの手配などをしていたからだそうだ。

 騙されただけの善良な国民を、他の犯罪者と同様に扱うことが、国の損失になると判断されて、あのような形で先に逃したのだという。


「そういえば、捕虜の人たちを説得した女の子に、ぜひお礼を言いたいって隣国の大統領が言ってたけど、それってキクのことでしょ? 紹介してもいい?」


 ソフィがいきなりとんでもないことを言ってきたので、有菊は首をブンブンと横に振った。

 全く説得なんてしていないし、お礼を言いたいのなら、あのリーダーを説得した男性にするべきだ。


「いやいや、お礼なんてとんでもない。私は何もしてないから。当人たちで解決したんだって伝えておいて」


 恐縮している有菊を見たソフィは、「そう言うと思ったから、それは難しいかもと伝えておいたわ」と、少し不満げな表情をしながらも、有菊にそう告げた。


「それならよかったー」

「キクは本当に、自分のことがわかってないのね。自身で思っている以上に、キクはみんなの役に立っているのよ」

「またまたー」


 八面六臂の活躍をしているソフィに、そんなことを言われても、全く実感が湧かない。そんな有菊の様子に、ソフィが何か言おうと口を開いたその時、部屋の中から「これで大丈夫だ」、と祖父の声と足音がこちらに向かって聞こえてきた。


「ソフィもルイもありがとな。今、仲間から連絡があった。この混乱に乗じて技術を盗み出し、それを他国に売り渡そうとしていた連中を取り押さえたらしい」


 祖父は、ゴーグルを外しながら部屋から出てきて、そう言った。

 どうやらこの施設内には、他にもいくつも新技術を保管している場所があるのだという。しかも、あちこちに散らばる保管場所は、誰でも簡単にアクセスできるように、わざとセキュリティを甘く設定していたらしい。

 そうして、それらを餌に、組織内の裏切り者を炙り出したというのだ。

 あのガスのアナウンスは、実はそういった裏切り者を誘き出すための罠だと聞いて、有菊は呆気に取られた。

 まさか、あの中に裏切り者がいたなんて知らなかったし、その人たちが普通に祖父母たちと接していたことを思うと、少し怖い。

 ここが安全な場所ではなかったのだということを実感し、祖父母たちが無事だったことに、有菊は胸を撫でおろした。


「じいちゃん。それならそうと、俺には先に教えてよ」


 結人はあーもーっと声を出して、フードが脱げ、猫耳が出ている頭をくしゃくしゃと掻きむしった。安心して、祖父に対する呼び方が戻っている。

 いつも冷静で、自分より大人びた印象だった結人の、素顔を見た気がして、なんだか新鮮だった。


「あ、ちょっと待ってください」


 祖父に向かってそう言うと、ソフィはどこからかの連絡を受けて頷いた。連絡を切ったソフィは、少し高揚した様子で祖父に伝える。


「地下の潜伏者も、博士がシェアしてくれたマップのおかげで、ほぼ一掃できたようです」


 どうやら、他にも残党はいたが、すでに場所を把握されていたため、すぐにソフィたちが引き連れてきたニジェア共和国の軍隊に捕まったらしい。


「じゃあ、ソフィは今まで、ナイナイを取り戻すために、あの事業をしていたの?」


 ずっと資金集めや、協力企業を探していたのを、短期間ではあるが知っていたので、聞いてみるとソフィはにっこりと笑った。


「もちろん、それもあるわ。でも、これはきっかけにすぎないのよ」

「?」

「私の最終的な目標は、非国土国家を作ることなの」

「非国土国家?」


 そんな壮大な計画を、はっきりと口に出して宣言するソフィを、有菊は思わず凝視した。


「そうよ。世界中にいる難民や、立場の弱い人々を救済できるような国家を作りたいの」


 しかも、すでにこの計画は進んでいるらしい。

 二重国籍についても、かなりの国と話し合いは終わっていると胸を張るソフィの、その用意周到さに舌を巻く。


「今回の奪取が成功したら、その足がかりを、このナイナイに作っていいと、ニジェア共和国の首相にも交渉済みなの」


 ポニーテールの髪を払って、不敵の笑みを浮かべるソフィは、とても誇らしそうだ。


「様々な理由で、今の国籍だけでは生きていけない、やっていけない、もしくは物足りない、そんな『無い』を抱えたバラバラの国籍の人たちが集まるの。だから、『無い無い』なんて名前、ピッタリじゃない」


 なぜここでニホン語の「無い」という単語が出てくるのかと首をかしげると、ソフィはすぐに補足してくれる。


「ここの創始者はニホン人だったのよ。その人の口癖が『無い無い』だったから、ナイナイってニックネームで呼ばれるようになったって。それがいつの頃からか、この地を指すようになったらしいわ」

「そうなんだ」


 では、ラミサが『ナイナイのようになりたい』と言っていたのは、創始者のようになりたいと言っていたのかと、有菊は今やっと理解した。


「だからラミサさんは、私たちがニホンから来たと聞いて、好意的な反応だったんだ」


 有菊がそう言うと、ソフィは頷いた。


「そうかもしれないわ。ラミサさんもここの出身者だしね」

「そうだな。ラミサはオレたちとともに、昔ここから逃げ出したメンバーのひとりだ」


 祖父の言葉に、有菊はこの土地の重たい歴史のようなものを感じた。



 それから数日の間に、ナイナイを取り囲んでいたルシオ共和国の部隊は、ニジェア共和国の監視の下、全部隊が隣国へと引き上げていった。

 その間、軍事衛星からの攻撃を恐れ、何度も上空を見上げる者が多かったと言う。


 そして、捕まった者たちの取り調べも、少しずつだがはじまった。


 こんな状況を作り出したテロリストたちは、大半はこの国の出身者で、金欲しさに参加していたそうだ。中には、ゲーム感覚で反テロリスト組織のドローンを撃ち落としたり、警備ロボを破壊したりしていた者もいたようだ。


 隣国の居残った者たちは、捕まったあとも、ここを自分たちのテリトリーだと強弁を繰り広げていたそうだ。

 そして、一斉に他のメンバーが帰国した際、冷ややかな目で見送った者たちだけあり、平和ではなく、暴力を好む者が多かったようだ。日常の一部として人間を殺傷できる人種のようで、余罪も多く、極刑は免れないようだった。


 そして、捕らえることはできなかったが、軍事衛星まで使って、ナイナイを消そうとしたルシオ共和国の思惑は、いまだによくわからないそうだ。

 ディーディ経由で横流ししていた武器の隠蔽のためとも、新たな施設を作るための地ならしとも言われていたが、真相は闇の中だ。

 ダナメ共和国内で、ルシオ共和国と共謀して違法行為をしていた者たちが、何人か逮捕されたというニュースが、後日流れたくらいだ。


 ルシオ共和国とともに隣国を操っていた同盟国の目的も、よくわからなかった。なぜなら、表に出てこない上、実行部隊であったルシオ共和国を、ここにきて非難しはじめたのだ。どこかで意見が食い違ったのか、最初からルシオ共和国を陥れる作戦だったのかは全く不明だ。

 また、テロリストを操っていた人種差別組織も、痕跡を何も残さなかったため、責任を追及することは叶わないだろうということだった。



 数日かけて、ニジェア共和国の軍隊が、エコミュニティの隅々まで安全を確認し、地下施設内にいた人々の地上への外出の許可を出した。

 そして、久しぶりにテロリストのいない、熱く乾燥した大地に、祖父母たち多くのメンバーは立った。

 深夜にこの地に足を踏み入れ、その後は地下で過ごしていた有菊にとって、日中の街並みは初めて見るものだった。

 陽の光は相変わらず刺すように鋭い。その強すぎる日光に照らされた建物は損傷が目立ち、わずかな民間人もここ最近の騒動に疲弊していた。

 しかし、長年の悲願であったこの土地の奪還だ。

 抱き合って喜びあう人たちや、ひとり空を見上げて泣いている人、軍隊の人たちと笑顔で話す人、歓声を上げて走り回る人たちなど、それぞれの歓喜と感動を繰り広げていた。


「これからが本番だな」


 その景色を見渡した祖父は目を細め、覚悟を決めたようにそう言った。


 長年の複数組織との抗争で、この国の発展は三十年は後退したという。その遅れを取り戻すためには、多くの協力が必要となる。そのための準備をしている人たちも国内外にはいて、この瞬間からその復興がはじまるのだ。

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