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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第4章 ふたりのいる場所
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第64話 侵入者

「じゃあ頼むよ」


 男はリーダーの身柄を梶田に預けると、そう有菊たちを急かした。

 しかし、どちらかひとりは猫耳をつけることになる。その説明を聞いた男はかなり渋ったが、猫耳のほうを選んで、祖母に装着してもらった。

 リーダーがこのことに協力するとは思えないので、苦渋の決断をしたようだ。


「こんな姿、あいつにだけは見せられん」


 あいつというのは、きっと心に決めた相手のことだろう。


「でも、意外と似合ってますよ」

「うるさい。似合ってても困る」

「私はいいと思うけどなぁ」


 そんな軽口を叩きながら、男は猫耳をつけた状態で、例の部屋でリーダーと対面した。

 拘束具で固定され、ソファに座らされているリーダーは、ふざけているのかと最初は激怒していた。しかし、感情が流れ込んでくる不思議な感覚にすぐに気がついたようだ。


「さあ、腹を割って話そう」


 そう男が切り出してはじまったふたりの対話は、長時間に及んだ。その様子を見ていて欲しいと男から言われていたので、祖母とふたりでモニタリングルームから見学していた。


 口先だけで逃げ切ろうとするリーダーに、男は殴りかかるのではないかとハラハラしたが、そこはグッと堪えたようだ。

 そして、どうやってもお互いに嘘がつけないことがわかったからか、最終的にリーダーが白状した。


 リーダーはやはり嘘をついていたらしく、敵と言っていたのは自作自演であることがわかった。どうやら、この混乱を引き延ばして、ここの占拠を長引かせるのがリーダーの目的だったらしい。

 ここに来た時に、『もっと稼げる仕事がある』と話を持ち掛けてきた人物は、ここの占拠期間に応じて、金を払うと言ってきたらしい。

 そこでリーダーは、敵と戦うなどと適当な口実を作り、それを仲間たちに指示したという。その裏で、自らあちこちに爆弾などを設置していたらしい。

 そんなリーダー格の人間のみが使うSNSがあるらしく、途中からは彼らと共謀してこの混乱の自作自演を続けたという。

 そして、実際に長引かせるほど口座への入金額が増え、一年毎にボーナスも出たという。


「それを指示してる奴は誰なんだよ」


 本音を話し続けなければならない苦痛にげっそりしているリーダーを、男は執拗に問い詰める。しかし、本当に相手の正体は知らないと、首を振るばかりだった。

 そして、その言葉に嘘偽りがないと判断した男は、さっさと撤退の提案をはじめた。

 戦う理由がなくなったのだ。ここを占拠していても時間の無駄だと感じたのだろう。


「よっぽど故郷に帰りたいんだね」


 真剣な眼差しで説得している男の姿を見て、有菊は感心したように呟く。祖母は頬に手を当てて、しみじみと「愛の力ね……」と深く頷いていた。

 延々と続く男の説得に、すっかり根負けしたリーダーは、すぐにでも撤退の指示を出す約束をした。そして、その日はここの施設で過ごし、翌日にはふたり揃って拠点としている場所へ向かった。



 男たちは隣国からやってきた中では、比較的新しいグループだったようだ。そして、敵も目的もよくわからない不透明な戦いに、かなり前から疲弊していたという。

 故郷に帰りたいと願っていた者も多かったが、ここにいるだけでお金が稼げる状況に、ずるずると問題を先送りにしていた者がほとんどだったそうだ。


 蓋を開けてみると、そんなグループがいくつもあったという。

 実際問題、時折差し入れられる食事の質も悪く、水もほとんどない。通信状態も設置してある受信機を定期的に誰かの手で壊されるなどして、劣悪な環境に置かれていた。

 故郷との連絡も、テキストでやりとりするのが精一杯で、仮想現実(メタバース)どころか、拡張現実(AR)でさえ利用できない現状に、ストレスを溜めていた若者も多くいたという。


 しかし、自分たちは正しいことをして、故郷にも仕送りができているという、彼らの信仰心と、郷里を思う気持ちでなんとか乗り越えていた。

 どうやら、この仕組みを作っていた者たちは、真面目で責任感が強い、敬虔な信者を選んでは、この土地に荷物運びなどの仕事をさせて、人を集めていたらしい。


 裏で手を引いていた者たちは、純粋な信仰心を利用したようだが、今回の説得には、それを逆手に取ることができた。男が有菊から聞いた、宗教指導者の声を届けることで状況が変化したのだ。

 いつの頃からか、『この土地は自分たちの祖先が暮らしていた場所だから、ここにいることになんの問題もない』と、(まこと)しやかに囁かれていたことまで覆った時には、動揺が走った。

 更に、リーダー面して指示を出していた者たちが、金目当てにこの状況を引き延ばしていたことを伝えられると、一気にムードが変わった。彼らにとってこのような虚偽は許されない行為らしく、それによってリーダーたちの信用は失墜したという。

 そして、リーダーを説得した男が中心となり、隣国から来ていた人々に帰郷することを宣言すると、歓声があがったらしい。


「あんたたちのおかげで、やっと故郷に帰れることになったよ。感謝している」


 その件を伝えにきた男は、そう有菊たちに頭を下げてから、去っていった。


 他国に侵攻した罪が、今後どのように裁かれていくのかは、国同士の話し合いになる。

 完全に嵌められた挙句、捕虜として過ごしていた男が、どんな処罰を受けるのかわからない。しかし、多少でも罪が軽くなるといいなと、有菊は今回のことを宗教指導者の秘書にメッセージを送っておいた。


 そして、男がリーダーを説得したあの日から、物の数日で撤退する日が決まった。

 配備していたドローンや警備ロボなどは、引き上げる際に搬出するものだと思っていたが、そのまま放置されていた。どこの所有か不明なものが多い上に、型式も古く、荷物になるということで、残していったようだ。

 そして、隣国から来ていた数百人にものぼる人々は、武装して自分たちの安全を確保しつつ、何台ものエアカーに分乗して帰国の途についたのだった。


「これで解決、というわけじゃないんだよね?」


 地上はまだ危険なため、ドローンからの映像なのか、上空からの映像を、みんなでモニタールームに集まって見ていた。

 去っていく最後のエアカーの姿を見届けた有菊は、隣で腕組みをして同じように画面を見ていた祖父に話しかける。


「ああ。まだ居残っている隣国の連中もいるし、別の企みがあって潜伏している連中も何とかしないとダメだな」

「なんせ、数十年に渡って、よくわからない戦いを続けているからね」


 うしろで見ていた祖母は、そう言いながら有菊の肩に手を置いた。一体どれくらいの敵対する人間が、ここにいるのか想像できない。しかし少なくとも、国内から集まったテロリストに関しては、まだ排除できていないような気がした。


「そう言えば、ルシオ共和国の人たちは、あれからどうしたの?」


 ここに潜入した時に一度遭遇したが、あれっきり話を聞かない。目的は不明だが、明確な敵としてわかっている国の軍隊だ。


「どうやら一旦退却したようだ。リアンにやられたウィーロという奴は、今回の作戦の指揮者のひとりだったらしい」


 あの時、リアンが空中に投げたものは、人工細胞と液体金属を結合して使用したデバイスに、ピンポイントで働きかける粒子が入っているカプセルだった。

 それをあの場で展開したのは、ウィーロの顔面がそのメカニズムで動いていると、リアンが判断したからだという。しかし、それは同時にリアン自身も、その粒子の影響を受けることになるのだが、なんの躊躇もなく実行に及んだ。

 その結果、リアンは機能を停止した。

 あの時は銃によって倒れたのだとばかり思っていたが、もっと深手を負っていたのだ。

 そして、恐らく人間であるウィーロもその粒子を浴びて、リアンほどではないが、行動が制限されたようだ。


「じゃあ、回復したらまた攻撃がはじまるのかな……」

「恐らくな」


 有菊の言葉に、祖父はあごを触りながら答える。


「それなら、この少し落ち着いている間に、早くアレを完成させたいわね」


 捕虜が解放されたことで、まとまった時間が確保できることになった祖母はそう言った。そして、いそいそと例の装置のところへ行く準備をはじめた。

 それを見た有菊は、自分も捕虜との対談がなくなり手が空くなと思い、手伝いをするためについて行くことにした。

 梶田も有菊と同様に、やることがなくなったので、護衛のために来てくれる。


 そして、いつものように作業をしていると、「おい!」という梶田の険しい声が聞こえてきた。


「なんで、お前がここにいるんだ!」


 それに対して、女性の陽気な返事が返ってくる。


「もー、アッキーと寝起きを共にするなんて、梶田もひどいなー」

「おい、誤解を生むような言い方するな!」

「あらあら、ミレイちゃんじゃない」


 近くにいたのか、祖母の声も聞こえる。

 その騒々しいやりとりに、有菊は作業を中断して立ち上がると、声のするほうへ向かった。


「美玲さん!」


 そこにいるのは、アーマースーツを身につけた美玲だった。マスクをとっているので、しっかりと表情も見える。


「やっほー」


 嬉しそうに手を振る美玲に、有菊は笑顔で返事をしようとしたが、思いとどまった。そして、少し警戒するように、美玲の全身が見える位置まで移動していく。


「どうやってここに入ったんですか?」


 あの不思議なガラスを突破してきたのかと有菊は首を傾げた。登録のない人間は通過できないはずだから、破壊しないと入れないと思うが、その割には音も何もしなかった。


「そりゃあ、通れそうな人と一緒に来たんだよ」


 そう言って、美玲の全身が見える位置に辿り着くと、そこには不破の姿があった。顔を隠したふたりの人物に両脇を抑えられて立っている。


「不破さん!」


 体は相変わらずの着ぐるみだったが、ライオンの頭はどこかにいってしまったのか、素顔を晒している。

 唇をかみしめてこちらを見る不破は、「すまない」と謝った。


「そんな……」


 謝られるようなことは何もない。

 それよりも、不破は六条と共に行動していたので、てっきり無事だと思っていた。それなのに、目の前にいる不破は、薄汚れて疲労を隠せない顔をして拘束されている。それを見た有菊はショックを受けた。

 そして、監視者である六条の姿が見えないことも気になった。


「六条さんは?」


 有菊は恐る恐る質問をした。その疑問に美玲が答える。


「あの人は、まだどこかに潜伏してるんじゃないかなぁ?」


 不破と六条は共に行動していたらしいが、完全に華国の部隊に取り囲まれた際、六条はそこにいた人々の視界を奪う閃光弾のようなものを発動させて、ひとり逃げていったという。


「ただの閃光弾じゃなかったんだよねー。あれも何だったか知りたかったけど、とにかく逃げ足が早くて捕まえられなかったんだよ」


 少し頬を膨らませた美玲は、そう腕を組む。


「でも、お目当てのほうを捕まえられたから、とりあえずは、ね」


 そうして、美玲は不破の頭にレーザーライフルのようなものを当てる。相変わらず飄々とした表情だが、眼光だけは鋭い。


「まさか、リアルでこんなことをする日が来るなんて思わなかったわー」


 ガッチリと銃口を不破の頭に当てた状態で、美玲はこちらをまっすぐ見た。

 正確には祖母の顔を見ている。


「やめろ」


 完全に動きを封じられている不破は、それでも逃れようと抵抗するが、それを無視して美玲は言う。


「この人の命が惜しければ、その装置を渡しなさい」


 状況がわからず、作業の手を止めてやってきた室内の人々も、戸惑ったようにその様子を見守っている。

 誰もその場から動こうとしないのは、美玲の背後に控えている華国の兵士らしき人間が、こちらに銃口を向けているからだ。

 そんな緊張の中、祖母が口を開こうとした。


 と、その瞬間、施設内の照明が、非常用電源に切り替えた時のような色に変わり、けたたましい警報が鳴り響いた。


 そして、ほぼ同時に地響きがした。

 その地響きは、有菊にとって初めてのものではなかった。


「なになに?」


 いつまでも鳴り響く警報と、先ほどの地響きに、美玲は驚いたように周りを見渡す。その警戒した様子に、これは華国の仕業ではないのがわかった。

 有菊は祖母に確認するように視線を送るが、祖母も周りを伺うように首を巡らせたあと、小さく首を傾げる。


「どうしたんだろ」


 まさかこの地響きは、と有菊は不安になりながら、手を胸の前で握りしめた。

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