第63話 ざらつく心
それから有菊は、午前中に対談、午後は祖母の手伝いという一日を繰り返していった。
そんな風にここで生活するうちに、祖父母の立ち位置やその仲間たちのことが徐々にわかってきた。祖父母は組織の中でも、上位の立場として扱われているようで、その孫である有菊もまた、丁重にもてなされることが多かった。特に年齢が上の人たちからは可愛がられ、何かと気にかけてもらえた。
それとは対照的に、若いメンバーからは遠巻きに見られていることがわかる。その視線は、好意的なものから険悪なものまで様々だ。
「ユイトォ、手伝い行くなら一緒に行きましょ」
そう甘い声で呼ぶのは、数日前から結人にアプローチするようになったローズだ。
ローズは二十代前半の女性で、有菊にはない色っぽさを持っている。肌は色白で、ピンク色に染めた髪に茶色の瞳で、身長は有菊と変わらないのだが、大きく開いた胸元は、目のやり場が困るほど谷間が見える。そのセクシーな体つきは男性の目だけでなく、女性の視線も集めている。そしてバッチリしたメイクは隙がなく、ぽってりとした唇が麗しい。
そんなローズは、ひと目見て結人のことを気に入ったようだった。有菊もその場にいたのだが、最初に結人を見た時に、すぐにロックオンしたのがわかった。
「いや、俺はまだ行かないから……」
そう目も合わさずに結人はボソボソと答えるが、ローズはそのふくよかな胸を押し付けるように結人の腕に抱きつく。
それを見て、有菊は思わず隣の部屋へ逃げ込んでしまった。
「アキク、いいの? ユイト盗られちゃうわよ」
隣の部屋からその様子を見ていた祖母は、空中で何かをタイピングしながら声をかけてきた。
有菊は不貞腐れたように近くの椅子にストンと座る。
「別に。付き合ってるわけでもないし、結人だって、ああいう女らしい人のほうがいいかもしれないし」
「妬いてるの?」
そう言って、祖母は作業の手を止めて、有菊のほうを向いた。
「……」
「ユイトは、ローズみたいな子はタイプじゃないわよ」
「でも、胸とかすごいし、男の人はみんなローズのこと見てるよ」
ソフィもすごかったが、ソフィはあんな風に男性にアピールするような服装をしていなかった。ただ、隠しきれないといった感じだったのに対して、ローズは違う。明らかに自分の魅力のひとつとしてアピールしているのがわかる。
「アハハハハ。確かにアレは目を引くね」
「……」
今まで男性に興味がなかった有菊にとって、ローズは異次元の存在だった。あんなにも女としての自分をアピールできることに、尊敬すら覚える。
ただ、あんな風に結人にベタベタされると、心穏やかではいられない。
「まあ、タイプではないとはいえ、ユイトと離れたくないなら、アキクもちゃんと手を離さないことね」
祖母はそう言うと、再び作業に戻ってしまった。
有菊は集中している祖母の横顔を見ながら、数日前の出来事を思い出していた。
それはリアンが眠っている部屋の前を通りかかった時だった。それまで肩に乗っていた小雪が、いきなり飛び降りて部屋の中に駆け込んでいったのだ。
「キャッ! なによ!」
中から女の人の声が聞こえてきて、何事かと有菊が覗くと、リアンに解析用デバイスをつけようとしているローズがいたのだ。小雪は毛を逆立てて、そんなローズを威嚇していた。
「何してるんですか?」
そう有菊が声をかけると、ローズはぎくりとしてこちらを向いた。そして、声をかけたのが有菊とわかった途端、投げやりに答える。
「なんだ、アンタか。ちょっとこの機械人間を解析しようと思っただけだよ」
そう言って、物を見るような冷たい目でリアンを見下ろす。
「おじいちゃんの許可は取ってるんですか?」
「取るわけないじゃん。絶対に触らせてもらえないのわかってるのに」
バカにしたように有菊を一瞥すると、「だから、わざわざ誰もいない時間帯を狙って来たのに」と、舌打ちをしながら、リアンに取り付けようとしていたコードを、乱雑に片付けはじめる。
「大体アンタは博士たちの孫っていうだけで、なんで一人前の扱い受けてんのよ。こっちは必死で学んで、ここに来るための試験を突破して、やっと手伝いをさせてもらえるまでになったのにさ。ほんと、アンタみたいなのが一番ムカつくのよ」
一方的に有菊に対して悪態をつきはじめた。
「博士たちの孫じゃなければ、ユイトだって見向きもしなかったわよ。こんな好かれる努力もしない女なんて、すぐに見限られるだろうし。どうせ付き合ってもないんでしょ? だったらあたしがもらうから」
そう吐き捨てるように言うと、デバイスを抱え、有菊の肩にぶつかりながら出ていってしまった。
「何あれ……」
あまりのことに、有菊は反論すらできずに立ち尽くした。しばらくは、言われたことを受け止められず動けなかったが、だんだんと腹が立ってきて、「うー」と唸ってから、首を振った。
「あー、ダメだ。とりあえずリアンくんだ」
そう言って、すぐにリアンにおかしな様子がないか確認した。しかし、特にそういった痕跡が見当たらなかったので、安心して部屋を出ようとした。
しかし、小雪がリアンを心配してか、リアンの傍に陣取って動かなくなってしまったのだ。
あの日から、小雪はリアンのところに四六時中いるようになった。
そして、少しでも人が部屋に近づくと、威嚇をしているようだ。時々、有菊宛に動画も送られてくる。それは興味本位か悪意があってかわからないが、リアンに近づこうとしている人を映したものだった。
このことを祖父母や結人に話すべきか、有菊は悩んでいた。小雪が見張りをしてくれるようになったので、恐らく不用意にリアンに近づく者はいなくなるだろう。
そして、こんな閉鎖空間で、空気の悪くなるようなことを告げ口したら、どんな風に荒れるのか想像がつかない。
しかも、ローズのように有菊のことをこころよく思っていない人も少なからずいると思うと、自分の口からは言いづらい。
そんなことを考えているうちに、数日がすぎてしまったのだった。
「なんか最初に話した人が、一番普通だったかも」
片手では数えられない捕虜の人たちと対談した有菊は、そう感想を漏らした。
なぜなら、初日の最初に話した人以外、みんなどこか変なのだ。
ソワソワしているし、その割に好意を抱かれているのがわかる。妙に同情されているような、そんな居心地の悪さも感じる。話す内容も、個人情報がダダ漏れで、嘘を言っている様子もない。そして、やたら自分の故郷に来ないかと誘われるのだ。
「おばあちゃん、どう思う?」
今日予定していた、最初の対談を終わらせた有菊は、祖母に聞く。
「そうね。じゃあ最初の人をもう一度呼んでみようか」
そうして、梶田に連れてこられた男は、少し辟易した様子で現れた。
「よお」
片手をあげて無愛想にあいさつをする男に、有菊は妙な安心感を覚えた。
相変わらず伸ばしっぱなしの髪と髭だが、よく見ると服も汚れなどなく清潔だった。捕虜たちは散髪や髭剃り用の器具も自由に利用できると聞いている。だから、ただ単に、ここで髪を切ったりするのが嫌で、あえて今の姿で過ごしているのかもしれない。
「こんにちは」
ふたりともソファで向かい合って座ると、男は大きなため息をついた。
「あんたさ、俺の時と同じことを他の奴らにもやってるんだよな?」
「そうですよ」
「だよな。なんでこんなにも違うんだよ」
「何か違うんですか?」
男はまたため息をつく。
「なんか知らんが、俺以外の奴ら、みんなあんたのファンになってるぜ」
「え?」
ジロッと有菊を見上げた男は、その反応を探るように目を見つめる。しかし、有菊はそんな状況を、まるで想像していなかったので、首を傾げる。
「ここを出たらファンクラブを作ろうとか言ってるし、何か変なものでも食わせたか?」
「いえ、ここでは食べ物は出してないし……。ファンクラブ?」
有菊の言うことに嘘がないことを感じ取って、男は頭を抱える。
「いや、もう本当にあの空間にいるのが耐えられないんだよ。圧もすごいし」
なぜ、そんなことになっているのかはわからないが、男の苦悩だけは伝わってくる。
「どうしちゃったんでしょうね?」
「俺が知りたいよ」
そして、男は意を決したように有菊に聞く。
「あのさ、頼みたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「この帽子、借りられないか?」
「?」
「俺さ、これを使って一度リーダーと話してみたいんだよ」
それはリーダーの言うことに疑念があるということなのだろう。すると、ピアスに祖母からの指示が入る。
「そのリーダーをここに連れてきてくれるなら、貸してあげられるって、彼に伝えてくれる?」
有菊は聞いた通りに伝えると、男の驚いた感情が伝わってくる。
「それって、俺をここから解放するってことか?」
「そういうことになりますね」
「逃げるかもしれないぞ」
男は有菊を試すようなことを聞いてくる。
実は捕虜といいながら、みんな普通に生活をしてもらっている。本気を出せば逃げ出せるはずなのに、それをやらないのは、きっと戦闘という緊張状態に身を置くのが嫌になったからだろう。
だから、男も本心では逃げ出したいと思っていないのが伝わってくる。しかし、気持ちがいつどう変わるかなんてわからない。
「それも、仕方ないですよね……」
有菊のそんな不安が男に伝わるのだろう。
男はやれやれと立ち上がる。
「そんな感情を見せられると、逃げ出しづらいな」
考えていることを、そのまま声に出しているらしく、感情にも違和感がない。
そして、意を決した男は、「じゃあ、行ってくるよ」と、梶田に連れられて外へと出て行った。
「これで良かったんだよね?」
モニタリングルームに移動して、祖母に確認する。
「ええ、大丈夫。想定内よ」
自信ありげに微笑む祖母に、有菊は首を傾げる。
「それにしても、あの人だけは普通に話せるの不思議だよね」
「きっと心に決めた相手がいるんだろうね」
「恋人ってこと?」
「そう。片思いか両思いかはわからないけどね。でも、だから芯がブレないんだと思うよ」
心に決めた相手がいないと、誰もがあんな風になってしまうのかなと、有菊の頭に疑問符が浮かぶ。
「それだと、このデバイスを不用意に、色んな人に使うのはよくないんじゃないの?」
「んー、そうかー。なるほどね」
「?」
「うん。まあ、今回は特殊な状況だし、あの子たちも、毎日同じ顔ぶれで飽きちゃったのかもね。だから、アキクと仲良くなりたいっていう思いが、ああいう形になったのかも」
なんとなく祖母の言葉が空々しい気もするが、言っていることは納得できるので、「そういうものなんだ」と頷いた。
翌日、解放された男は、リーダーを拘束して戻ってきた。




