第62話 お手伝い
一人目の対談は、男が沈黙して思案に暮れてしまい、話を続けることが難しくなったため、打ち切りとなった。
その後、かなり時間が経ってから、別の男が連れてこられた。今度は先ほどより年下に見える男で、こざっぱりした様子で現れた。髪も髭もきれいに整えており、一人目の男と少し様子が異なる。
最初に対談した男が伝えたためか、二人目は入室から会話をはじめるまではスムーズだった。
しかし、何か変なのだ。
初めのうちは警戒心丸出しで、騙されないぞという意識が強く、会話自体も成り立たないくらいだった。
しかし、有菊が会話のきっかけを掴むため、目の前の男が仲間のことを大切に思っていることを感じとり、「とても仲間思いなんですね」と言ったあたりから、話がおかしくなってきた。
「じゃあ、アキクちゃんは、まだここに来たばっかりなんだ」
「あ、はい」
「それなら、あの砂漠に連れて行ってあげたいなぁ。星空がとっても綺麗なんだよ。そこ」
男はうっとりと有菊を見つめる。
気のせいかもしれないが、目の中にハートマークが見える、気がする。
しかし、演技などではないのがわかるから、邪険にも扱えない。
「はあ」
「もー、そんなに怯えないで。あ、もしかして、俺の心、読んじゃった?」
「えーっと」
「でも、こうやって心が通じ合うなんて、とても素敵なことだよね」
ふたりの間にローテーブルがあるから助かっているが、距離が近かったら、絶対に手を握られている。
男のうしろに立っている梶田に助けを求めるように見ると、目が合ったにも関わらず、助けてはくれない。すると、男は梶田のほうを振り返る。
「せっかくのアキクちゃんとの逢瀬、邪魔しないでよ」
その男の膨れっ面に、梶田は顔を引き攣らせながらも、「まだ終了時間じゃないからな」とその場から動かない。
しかし、外側からスピーカーで終了の合図が流れる。
「えー、まだ終了時間じゃないって、このおじさんが言ってたじゃん」
ブーブーと文句を言いながらも、梶田に大人しく連れられていく男は、「また会えるの楽しみにしてるよ」と手を振って、笑顔で去っていった。
隣のモニタリングルームに移動すると、そこには祖母がいた。
「もー、もうちょっと早く助けてよ」
尻尾を膨らませた有菊がそう言うと、祖母は悪気のない笑顔でモニターから顔をあげた。
「ごめんごめん。まさか、あんなにも短時間で親密度があがるなんて興味深くて、つい観察しちゃったわ」
そう言って、有菊のためによく冷えたパウチを持ってきてくれた。それを受け取った有菊は、肉球のついたグローブをとって脇に挟むと、すぐに蓋を開けてひとくち飲んだ。パイナップル味のゼリーだったが、かなり甘い。もう少し酸味があるほうが好みだが、これはこれで美味しいので、ズズッともうひとくち吸いあげた。
祖母はモニターを見ながら、空中でタイピングをしているので、今回のことを色々と記録しているのかもしれない。
モニターの先にあるガラスに、猫耳姿の自分が映っているのを見て、髪の毛を手櫛で直した。
相手が帽子型なのに、自分は猫耳なのが納得できなくて、今朝、祖母の部屋で文句を言ってみたのだが、「注文して、ニホンから届いたものが、これだったから仕方ないのよ」と諭された。
「じゃあ、私が帽子じゃだめなの?」
そう尋ねると、祖母は残念そうに首を振った。
「耳のほうが装着が難しいから、そこに手間を割きたくないの」
そう言って却下されてしまったのだ。
確かに祖母はこのモニタリングだけでなく、何かと忙しそうにしているので、強くは言えない。
しかし、猫耳にはコスチュームまで用意されていたところを見ると、最初から有菊がこの役をやることが決まっていたんじゃないかという気がしてならないのだ。
「まさか、ただこれを私に着せてみたかった、とかじゃないよね」
祖母にそう聞くと、アハハと空々しく笑って、いそいそと身支度をはじめてしまった。これ以上聞いても、きっと答えてはくれないんだろうなと有菊はため息をついて引き下がった。
タイピング動作が終わったのを見て、有菊は祖母に質問をする。
「これをやって、何か意味あるの?」
「どうだろう。それも要観察かな」
少し首を傾げて答えているが、きっと有菊の考えの及ばないようなことをやっているのだろう。明確なゴールがあるのかわからないけれど、有菊も自分なりに、この実験のような対談の効果を考えてみることにした。
祖母はモニターの電源を落として、有菊を振り返った。
「今日はもう終わりにするから、ここからの時間は、有菊は好きなことしてていいわよ」
「ほんと? じゃあ何か手伝うよ」
せっかく祖母と一緒にいられるようになったのだ。できるだけ一緒にいたいという思いもあり、そう伝える。
それを聞いた祖母は、嬉しそうに口角をあげた。
「それは助かるわ。なんせ人手が足りないからね」
喜んでいる姿を見て、有菊はあと少し残っていたパウチを吸い上げた。そしてまずは服を着替えに、祖母の部屋に戻った。
猫耳はそのままにしなければならないので、パーカーとホットパンツという、ニホンで着ていた服を身につける。そして、フードを被る。
人が多い場所では、フードを被ったほうが精神衛生上いい気がするのだ。結人が頑なにパーカーを着ていたのも頷ける。
祖母は着替えが終わった有菊を連れて、まだ有菊が足を踏み入れていない区域へ向かった。
いつも通る廊下の途中に、階段が設けられており、そこから上階に上がる。そこも、下階と同じような構造だが、ひと部屋が広い。階段から近い場所の部屋に、あの不思議なフェーズベールのようなガラスが張られていた。
廊下からは、やはり古ぼけた小さな部屋に見える。しかし、祖母と一緒にくぐり抜けると、そこは広めの実験室というか、小さな工場のような風景が広がっていた。
何人もの人たちが、それぞれの作業をしているのが見える。
部屋の真ん中には、台座に支えられている球体のデバイスが存在感たっぷりに置かれている。なかなかのサイズで、人ひとりが入れそうな大きさだ。球体からは様々な太さのコードが伸びており、周りには据え置きタイプのデバイスとモニターが数台設置されている。
球体のデバイスがメインなのだろうが、何をするものなのかさっぱり分からない。
「おばあちゃん、これなに?」
早速、置かれているデバイスのひとつを操作しはじめた祖母に、有菊は質問する。
「まだ秘密。でも、これが完成したら、私たちの生活は変わるわよ」
忙しそうに手を動かす祖母は、そう答えると、すぐに有菊にやってもらいたいことを指示しはじめた。
しかし、その内容が自分の知識と技術力では歯が立たないとわかって、すぐに「ちょっと難しいかも」と、素直に伝えた。そんな有菊の弱気な言葉には意を介さず、祖母は「大丈夫よ」と、簡潔にやり方を説明していく。
「だから、ここの動きとこっちの値が、大体こんな感じになればいいかな。AIの設定も悪くはないんだけど、少ししっくりこないのよね」
モニターを指差しながら、表示されているグラフと数値の動きを見せてくれる。何をすればいいのかは、なんとなくわかったが、これが目の前の球体の何に影響するのか理解できてない。
「プレッシャーだよ」
本当に自分にできるのか、疑心暗鬼な有菊に、祖母はバックアップがちゃんとあることを示してくれる。
「ま、やってみればコツが掴めるわ」
「わかったー」
軽々しく手伝うなんて言うんじゃなかったと後悔しつつ、こんな機会は滅多にないんだからと有菊は腕まくりをした。
祖母は別の作業があるらしく、少し離れた大型の装置をいじりはじめた。
「えーっと、ここをこうして、こっちで読み込ませてと」
有菊は近くにあった椅子に座ると、先ほど聞いたやり方を、慎重になぞるように進めていく。最初のうちは、かなり小さな数字を入力して変化を見ていたが、段々とコツが掴めてくると、動かす値の幅を広げて、グラフの変化を確認する。
そうして夢中になってやっていると、軽く肩をたたかれた。ハッとして見上げると、そこには結人がいた。
「食事の時間だって」
そう言われて、コンタクト型デバイスで現在時刻を確認して驚いた。もうあれから六時間たっていた。
「わかった。もう少しでキリがいいとこにいくから、それが終わったらすぐに行くね」
今の状況を見て、有菊がそう答えると、結人は小さく頷いて去っていった。
その姿を見送っていると、グゥとお腹が鳴った。
「気が付かなかったけど、おなかぺこぺこだ」
中途半端なところでは終われないので、慎重に続きの作業をして、区切りとなる場所まで段階を進める。そして、設定を保存すると、すっかり誰もいなくなった部屋を出た。
すると、部屋を出たすぐのところで結人が待っていてくれた。
「待っててくれたの? ありがとう」
「ここも、絶対に安全とは限らないから」
そう言われて、てっきりここが安全だと思っていた有菊は、首を捻りながら結人の隣を歩く。
「ゆ、結人は今日は何してたの?」
まだ、一対一だと気恥ずかしいが、結人が名前で呼んでくれているので、有菊も緊張しているのを悟られないように名前を呼ぶ。
「地下にいるテロリストを追跡する手伝い」
朝から結人は祖父に連れられて別行動をしていたのだが、そんなことをしていたとは知らなかった。
「危なくないの?」
心配になって聞くと、結人は「俺は手伝いだから、全然大丈夫」と前を見ながら答える。
どうやら、この地下に潜むテロリストを無力化している部隊がいるらしく、その補助を遠隔でしていたらしい。
「へー」
隣を歩く結人を見上げ、同じようにフードを被っている姿を見て、ふと思った。
「ねえ、その猫耳をつけた人に、結人は会ってるんだよね?」
有菊の視線を受けて、結人はチラリと一瞬だけ目を合わせると、すぐに目線を前に戻して答える。
「うん」
「これを作った人と同じ人だよね。きっと」
有菊は両手で、フードの中の猫耳を触る。本物の猫と遜色ない柔らかな手触りに、つい何度も撫でてしまう。
「多分そうじゃないかな」
釣られたように結人も片方の手で、自分につけられた黒い猫耳を触りだした。
「どんな人だった?」
「んー、熊かな」
「え? クマ?」
「うん。デカくて髭はやしてて、熊みたいな人だった」
もっと可愛らしい、何なら女の人をイメージしていたので、有菊は熊のような男性がこれを作る想像ができなかった。
「ちょっとクセ強いけど、悪い人ではなかったよ」
「あ、そーなんだ」
こんなものをつけられた割に、結人の評価が落ちていないところをみると、本当に悪い人ではないのだろう。
デザインはともかく、かなり優秀な技術者なのは間違いない。
「仕事できるクマかぁ」
そう言って有菊は、大きな熊が白衣を着て、体を丸めてちまちまと猫耳を作成する、そんなコミカルな妄想をして、ひとりニヤニヤと笑った。
いつか自分も会ってみたいなと思いながら、食堂までの道のりを、結人とふたり並んで歩いていった。




