第61話 一人目
昨日、祖母と話した対談のための部屋には、実はもうひとつ入り口があった。
そちらの扉は温かみのある木製で、取り付けられたフックには『有菊の部屋』という、こちらも木製のプレートがかかっている。
「ねえ、これ要らないよね?」
「まあ、雰囲気を出すためのアイテムよ」
むーっと自分の名前の入ったプレートを一瞥した有菊は、中に入って渋々ソファに腰をおろした。
「それじゃあ、一人目ね」
祖母はモニタリングルームから、部屋にあるスピーカーを通して有菊に伝える。
すると、プレートのかかった扉が開いた。
入ってきたのは、二十代半ばに見える男だった。うしろには梶田もいる。
黒い髪は伸ばしっぱなしらしく、不揃いな前髪が鬱陶しそうだ。小麦色の肌に彫りが深い顔立ち、無精髭なのが、どういう立場なのか表しているようだった。昨日、祖母が被っていたものと同じ帽子を被せられている。
威嚇するようにガンを飛ばしながら、舌打ちをして入ってきたが、猫耳に猫のコスチュームを着た有菊を見るなり怪訝な顔をする。
「なんだよ。何でこんなところに子供がいるんだよ?」
当然の反応に、有菊はそうだろうと目を閉じ、腕組みをして頷く。
こんなふざけた格好をさせられた今だからわかるが、結人もシェルムもよくやっていたと思う。シェルムの着ぐるみは不破に渡っているから、不破も含まれるかもしれない。
そして、こんなふざけたナリなのに高性能なのが、無性に腹が立つ。ショートパンツから生えた尻尾なんて猫耳と連動して動くのだ。今も何か感情を読み取っているらしく、尻尾がソファをタンタンと叩いている。
もしかしたら、結人の猫耳も、ライオンの着ぐるみも、どれもこれも同じ人物の作品なのかもしれない。
「あ? こいつと話すことなんて無いが?」
うんうん、そう思うよ、と有菊が心の中で同意していると、男はこちらを向く。
「なんだこれ? なんかこいつの考えてることが、なんとなくわかるんだが」
訝しんでいる男に対して、有菊は躊躇いながらも、重たい口を開く。
「こんにちは。私は猫だ……ニャン。どうぞ座ってください……ニャン」
恥ずかしさを堪えながら、そう棒読みでソファを勧めると、男はぷっと笑った。そして、敵意はないと判断したのか、有菊の向かいのソファにドサっと座る。
梶田は、その男のうしろに控えて立つ。
「おいおい、何、嘘ついてるんだよ。しかも自分で言っておいて、そんなに照れて。あははは」
険しい顔をしていた男が、表情を崩して笑いはじめた。そんな反応をされた有菊は、顔を少し赤くして照れていると、連動して耳がパタパタと動く。
「何? もしかして言わされてるのか? そいつは大変だな」
そう言って、有菊の反応を見て楽しそうにしていた男は、ハッと我にかえった。
「なんだ? こいつの感情が、手に取るようにわかるぞ」
目の前に座る有菊のことを、男はまじまじと観察しはじめる。その興味と困惑の視線を受けながら、有菊は手順どおり自己紹介をする。
「私は有菊って言います。ここで少しあなたとお話したいんです」
その言葉に、男は呆れたように答える。
「そうなのか。だが、こちらはお嬢ちゃんと話すことなんて、特にないよ」
「そこを何とかお願いします」
ここで話を終わらせるわけにはいかないので、がんばって食いさがる。
「大体、情報を引き出したいなら、拷問とか自白剤とか、もっと別の方法があるだろ?」
自分の身に対することなのに、随分と物騒なことを言ってくる。しかし、有菊はそんなことをするためにここにいるわけではないので、趣旨を理解してもらえるよう説明を続ける。
「いえ、私は情報を引き出したい訳じゃなくて、ただお話したいんです」
「なんでだよ」
「えー、と、興味があるから……?」
その不安そうな物言いに、男は腕を組んで目を瞑った。どうやら有菊の考えを読み取っているらしい。
「一応、嘘はついてないな」
目を開けた男は、そう頷いて有菊を見た。
「なにに興味があるんだよ?」
ここで拒絶されると思ったのだが、新しい話し相手に飢えていたのか、意外にも素直に話に乗っかってくれる。
「どうして、ここでこんなことをしているのか」
「ストレートだな」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ」
怯えるように耳を伏せてしまっている有菊に、男は宥めるように言う。
「ここを占拠している理由か」
そう。男はここを不法占拠している隣国から侵略してきたひとりだった。祖父母と共にここに潜入している仲間が捕らえていたのだ。
「まあ、有り体に言えば金が目的だな」
男は軽くそう言う。
「お金がもらえるって誰かに言われたんですか?」
「まあ、もらえるっていうか、仕事だな。この仕事の募集があって、仲間が応募しようって誘ってきたから、俺も応募したんだよ」
「仲間っていうのは?」
「同じエコミュニティの仲間だよ」
「その人たちとは、仲良いんですか?」
「そうだな。悪くはない」
どうやら素直に答えてくれている。安心した有菊は話題を変えてみる。
「わざわざ外部で働くということは、あなたのエコミュニティは、何か問題を抱えてたりするんですか?」
「ああ、昔の大旱魃のダメージをいまだにひきずっていてな。……って、そんな心配しなくても、まだ大丈夫だよ」
男の感情が少し苦しげだったのを、有菊は敏感に受信した。それに心を痛めていると、その心配している気持ちを受け取った男は、「まいったな」と困ったように有菊を宥める。
そして、ポケットから年季の入った数珠のようなものを取り出して、触りはじめた。
「実はさ、ここに来たのにはもうひとつ理由があってさ」
「理由ですか?」
損得のない話だからか、男は話すつもりはなかった事情を教えてくれる。
「ああ。ここにある設備を持って帰れば、少し古いけど水問題が解決できるって聞いて来たんだよ。でも、そんな設備、どこにもなくてさ。もうとっくの昔に他の奴らに盗られたのかも。情報屋に騙されたかもって仲間も言ってたよ」
困った顔で話している仲間の姿が、なんとなくだが有菊に見えた気がした。
「もしそんなものがあれば、エコミュニティも立て直せるし、場合によっては外貨まで稼げますもんね」
「そうなんだよ」
この辺りの乾燥した地域では、やはり水が豊富にあるというだけで立場が変わるようだ。
「それが無いということを確認しても、まだ占拠してるのはどうしてですか?」
「そりゃあ、仕事だからだよ」
「仕事? どんな仕事内容でここに来たんですか?」
「それは……、地元のエコミュニティで応募した仕事は……そうだよ、一番最初は荷物をここに届ける仕事だったんだよ」
久しぶりに、ここに来るきっかけを思い出したのか、男の考えが活発になる。
「それでここに荷物を届けて、すぐに水問題が解決できるっていう装置を探したんだ」
そうして見つからないと落ち込んでいたところ、ひとりの人物が現れたという。その人物に『もっと稼げる仕事がある』と話を持ちかけられたらしい。
「その言葉に仲間たちが盛り上がっちまって、リーダーもすっかりその気になってさ。そのまま流れで、その仕事を引き受けることになったんだよ」
「それって、どんな人に持ちかけられたんですか?」
「ここの奴だよ」
もしかして、それはニジェア共和国内から発生したテロリストのことだろうかと、有菊は予想する。
「具体的には何をするように頼まれたんですか?」
「俺は直接話を聞いたわけじゃないけど、敵と戦って欲しいってさ」
「敵? それはどんな相手なんですか?」
それが、テロリストたちにとっての敵というなら、今まさにここを拠点としている祖父母たちではないのだろうか。
有菊は不思議そうに首を傾げる。
「俺もその辺がよくわかんないんだよ。戦っている相手が見えないというか、つかめないというか」
「でも戦っているんですね」
冷静に考えれば、相手が誰かすらわからずに戦っているのはおかしな話だ。それに自ら気がついたのか、男は少し居心地悪そうにする。
「ああ。でも、確かにいるんだよ。時々施設とか爆弾仕掛けられていたりするし」
「そうなんですね」
男の言葉に嘘はない。
「じゃあ、その敵を倒したら、この仕事は終了なんですね」
「多分な。でも、それは上の人たちが考えることだから、その続きもあるのかもしれん。だが俺は今の仕事が終わったら、自分のエコミュニティに帰るけどな」
「あなたは何年くらいここにいるんですか?」
「俺か? そうだな、二年……、いやもう三年になるか?」
そう言って、男はその時間の長さに愕然としていた。そのショックを受信して、有菊は次の質問をしていいか悩んでいると、男は顔をあげて促す。
「何だよ。聞きたいことがあるなら聞けよ」
しっかりと有菊の感情が伝わるらしく、その言葉に後押しされて尋ねる。
「この件は、シェイク・イッサカ・アリユも賛同しているんですか?」
「シェイク・イッサカ・アリユ?」
突然、この辺りをまとめている宗教指導者の名前を出したせいで、男は戸惑ったように有菊を見た。そして、自分の手元の数珠のようなものに目を落とした。
「ああ……、もちろんだ」
明らかに男たちは他国を侵略している。男が信仰している宗教では平和を重んじている為、認められていない行為だ。もちろん、人間的にも、国際的にもやってはならない行いなのは間違いない。
しかし、男は誰かから何か言われているのだろう。現在置かれている状態を、正当なものだと感じている節がある。
「それなんですが……」
有菊が口を開いて説明をしようとすると、男は突然、頭を抱えてブツブツと言いはじめた。
「え? 許可を得てないって? いや、確かにリーダーは、そこには話を通してあるって、俺たちに理があるって言ってたんだぞ」
男は動揺したように、有菊を凝視する。
きっとそれは、この土地が大昔、隣国に多くいる民族の土地だったという建前だろう。しかし、ここに住む人たちも同じ民族なのだ。ただ、過去に引かれた国境が、民族を分断しただけだ。
つまり、そんなものが侵略の理由になるわけもなく、宗教指導者も嘆いていたのだ。
「もしそれが本当なら……って、本当じゃねえか。あんた、あの人に会ってるのか。すげえな。しかもこの件を反対してるって……」
思ったよりも自分の思考が読まれていることに動揺した有菊は、猫耳に触らないよう頭を抱える。しかし、そんなことをしても意味はなく、感情にシンクロした尻尾は、忙しなく動いている。
こんなことなら、ソフィからもらった会談の録画データを、普通に見せれば良かった。
「そんな、恥ずかしがることじゃねえよ。それより、それが事実ならまずいな」
有菊の羞恥心が伝わっているのか、男は慰めるようにそう伝え、自らの思考に沈んでいく。
それが有菊に流れ込んできた。
それは、ずっと正当な行動だと思っていたものが、実は間違っているかもしれないという不安の気持ちだった。さらに、尊敬している人物の面子を潰す行為をしている自分たちの、これからを憂慮するものだった。




