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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第4章 ふたりのいる場所
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第59話 リアンの正体

「そういえば、リアンはどうかしたのか?」


 結人の背中でぐったりしているリアンを見て、祖父は少し怪訝な顔をして尋ねた。結人はリアンを祖父に見せるように身体の向きを変える。


「無茶をしたみたい。多分アレを使ったみたいで……」

「アレか」

「有菊と俺を守るために使ったんだと思う。あのままだと捕まりそうだったから」

「そうか、リアンがそんなことを」

「なおる……よね?」


 今まで見せたことのない不安そうな顔で、結人は祖父に恐る恐る確認する。ふたりにしかわからない会話なので、入りづらい雰囲気があり、有菊は大人しく様子を見守った。


「見せてみろ」


 そう言って、ゴーグルを装着した祖父は、結人の背中にいるリアンのことを調べはじめた。てっきり熱を測ったり、銃で撃たれたところを見るのかと思ったのだが、いきなり服を捲り上げて背中を触ったり、首や頭のあたりをスキャンしたりしている。

 しばらくゴーグル側で何か操作をして、腕組みをしたあとに頷いた。


「ああ、大丈夫だ。ただ、今は材料が足りない。状況が落ち着いたら、すぐに直そう。とりあえずあちらの部屋の台に寝かせてくれ。まずは粒子を取り除く」


 その回答にホッとしたように、結人は頷いた。

 そして、祖父が結人に、ついてくるようにと移動をはじめたので、有菊も気になって追いかけると、そのあとを梶田と祖母もついてきた。

 ふたりが入ったのは小さな部屋で、結人は祖父に言われるがまま、真ん中に置かれた台にリアンを寝かせた。

 有菊たちは、部屋の入り口付近で、ふたりのやりとりを静かに見ていた。


「しかし、よく運べたな。重かっただろ」

「パワースーツを下に着てたから」

「そうか、ありがとな」


 延々と続くふたりだけの会話に、有菊は口を挟まずにはいられなかった。


「あの……、リアンくんって結人の弟で、人間なんだよね?」


 振り返った結人は、どことなく柔らかな雰囲気で答える。


「いや。リアンは俺の弟だけど、人間じゃない。師匠が俺のために作ってくれた弟で、完全自律思考型のアンドロイドだ」


 うしろで話を聞いていた梶田は、「やっぱりか」と呟いている。何か心当たりがあるようだが、有菊にはまだ信じられない。


「え? でも完全に人間だったよ?」

「お、アキクにそう言ってもらえるなんて、がんばった甲斐があったな」

「会話とか身体の動きとかも、全然違和感ないし。普通の子供……ではないけど、優秀な子っていう印象だったんだけど」


 その言葉に、祖父は「そうか、そうか」と満足げだ。どうやら本当にリアンがアンドロイドであることには間違いなさそうだ。

 有菊はリアンに関しては、ひとつだけ気になっていたことがあった。それは食事だ。いつも同じパウチしか口にしていなかったのだ。それを見た時は、アレルギーか病気なのかと思っていたのだが、別の事情があったのだと今わかった。


「アキクは、人間じゃないリアンは嫌か?」


 部屋に置かれた棚を漁っていた祖父は、工具箱からコードが巻きついた金属の棒のようなモノを取り出した。そして有菊のほうを振り返って尋ねる。


「ううん。人間とかアンドロイドとかは、あんまり関係ないかな。リアンくんはリアンくんだし」


 AIが生み出されてから百年以上経過しているが、いまだにAIに意識の有無については議論がされている。それは現時点でも決着はついておらず、学校のディベートでもテーマとして取り上げられるくらいだ。

 有菊は、現代のAIには意識があるという意見なので、リアンがアンドロイドだと言われても、それほど驚きはない。むしろ、自分の考えが強化されたと感じるくらいだった。


 有菊のその答えに、祖父は「さすがアキクだ」、と上機嫌に笑った。

 そして、手に持った棒からコードを全て外し、コードの先のプラグをコンセントに差し込んだ。そして、金属の棒をリアンの身体に沿わせるように、丁寧に動かしていく。結人に手伝ってもらい、背中側もその作業を隈なくすると、最後に計測器で何かを測って頷いた。

 使用した金属の棒は、先ほどの場所には戻さずに、下に置かれた箱に入れる。

 そうしてひと段落したのか、ゴーグルをとった祖父は、リアンのサラサラの髪の毛をそっと撫でた。


「オレの手が離れたあとも、ちゃんとユイトがメンテナンスしてくれてたんだな」


 祖父の言葉に、結人は真面目な顔をして返す。


「弟だから当然だよ。でも、今回のは手に負えなさそうだから、助けてほしい」

 

 結人の真剣な願いに、祖父は「もちろんだ。しっかり助けるし、やり方も叩き込むから覚悟しとけ」とニヤッと笑った。

 そう言われた結人は、挑むような目つきで口角をあげた。その顔は、有菊の知らないもので、ちょっといいなと思いながら見惚れていた。

 すると、祖父はあっと何かを思い出したような顔をして、右手の親指と人差し指で、何か小さなものをつまむ動作をした。


「そういえばユイト、頼んでおいたやつ、あったか?」

「うん。これでしょ」


 そう言ってポケットから取り出したのは、ひとつの麻雀牌だった。


「それは?」


 どうしてここで麻雀牌がでてくるのか意味がわからず、有菊は尋ねる。


「ああ、これか? これは大切なデータだ。デバイスのデータは、何時どこぞやの悪戯っ子にハッキングされるかわからんから、完全版は別にしといたんだ」


 結人からそれを受け取った祖父は、しばらく牌を凝視していたが、何か確認できたのか、すぐにポケットにしまった。


「もしかして、海沿いのトランクルームにあったやつか?」


 麻雀牌を見ると、どうしても梶田の店に運び込まれた麻雀卓を思い出す。そして、当の梶田はバツの悪そうな顔で結人に尋ねる。


「はい。ルシオ共和国の人たちがトランクルームから持ち出す前に、これだけ交換しておいたんです」


 事情を知っているのか、結人はそう答えたあとに、「でも、結局あの後ですり替える機会があったみたいだから、あの時にがんばらなくてもよかったです」、と少し苦笑いをした。


 海の近くに並んでいたコンテナを思い浮かべて、有菊は色々と頭の中で繋がった。


「あの時、何もしてないって言ってたけど、やっぱり追われるようなことしてたんじゃん!」


 あの町に着いた翌日、海のほうへ足を運んだ有菊が、得体の知れない物騒な連中に囲まれて、ダッシュで逃げ出したことを思い出した。もちろん、こちら側に小石が飛んできて、ピンチになったこともだ。

 それに対して、結人は困った顔で答える。


「一応、トランクルーム内の牌をすり替えたあとに、いつも通り、あそこでスケッチしてて追われたんだけど……」


 それだったら、あの時に言っていたことと辻褄は合うが、その前に危険なことをしていたのは間違いない。


「あー、すまん。オレが頼んだばっかりに」


 ふたりの間に入るようにして、祖父が謝る。


「おじいちゃんは、どうしてこんな危険なことを、結人にばかり頼むの」


 祖父に頼まれたのなら結人が断れるわけもないと、怒りの矛先を祖父に向けた。


「それは……、ユイトは仕事もできるし、なにより信頼できるから、つい」

「それにしたって、甘えすぎでしょ」

「すまん」


 頬を膨らませて詰め寄る有菊に対し、祖父がしゅんと肩を窄めていると、結人が助け舟を出してきた。


「師匠、いいよ。俺がやりたかったんだから」


 そんなことを言われてしまうと、有菊も引き下がるしかなくなった。そして、追撃してこない有菊を見て、祖父は結人のほうを向く。


「ありがとうな、ユイト。ところで、さっきから師匠ってオレのこと呼んでるけど、どうした?」


 祖父は不思議そうに結人に尋ねる。

 すると、結人は少し恥ずかしそうに説明をした。


「ああ、シェルムがそう言ってたから、同じように呼んでみたんだ」


 それを聞いた祖父は、納得したように手を打った。


「確かにシェルムはオレの事、そう呼ぶなぁ。でも、ユイトは今までのように、じいちゃんと呼んでもいいんだぞ」


 どうやら結人は、今までは祖父のことを「じいちゃん」と呼んでいたらしい。それを聞いて、有菊は、祖父母と結人の距離の近さを、改めて目の当たりにした。しかし、それに関して嫌な感じはしなくて、むしろ親近感を覚えた。


「うーん。それだと、なんか張り合ってる感がでないから……」

「そうか、そうか。わかったよ。ユイトにも、いい仲間ができてよかった」


 祖父は結人の腕をポンポンと叩いて、嬉しそうに笑っていた。

 ふたりが楽しそうに話している姿を、少し離れたところから静かに見ていた祖母が、梶田に声をかける。


「カジタくんも大変だったわね」

「おばあちゃん、梶田さんと知り合いなの?」

「もちろんよ。だって、ご近所さんだし。色々とお世話になっていたから」


 有菊の驚きに、祖母はカラカラと笑う。


「こちらこそお世話になりました。それで、あのー」

「あ、不法侵入のこと? きっと入るかなって思ってたから、大丈夫よ」

「いや、それでも犯罪は犯罪なので」

「じゃあ、その分はここでしっかりと働いてもらうわ」


 ニヤッと祖父と同じような表情で笑った祖母に、梶田は「なんでも言ってください」、と頭を下げていた。

 部屋を荒らされたことは、つい最近もあったなと思った有菊は祖父母に聞いた。


「そういえば、どちらか怪我してない?」


 隠れ家で血痕を見たことを思い出し、急いでふたりの身体を、上から下まで確認する。


「ふたりとも、怪我ひとつしてないわよ」

「そうなの? じゃあ、あの隠れ家の血痕って……」

「血痕? ああ、あれはオレがこぼしたやつだ。人工血液の実験やってて、ついな」

「だから、すぐに拭きなさいって言ったのに」

「すまんすまん。まさか、あれからすぐに脱出することになると思わなくてな」

「そうなんだ。無事なら良かった」


 ふたりの日常を垣間見るようなやりとりを見て、有菊はホッとした。


「さて、久しぶりの再会はこれくらいにしましょう」


 祖母は手を叩いて、みんなに向かって指示を出しはじめる。


「まず、アキクたちは、食事とクリーニングをするといいわ」


 その言葉をきっかけに、それまで姿を見せていなかった、この施設にいる人たちが廊下からやってきた。そして、促されるまま三人は食堂らしき場所まで連れていかれ、待ち構えていたように提供された食事を摂った。

 それが終わると、次は汚れた衣服と身体を洗浄する方法を説明される。そこで、クリーナーボックスを完備している説明にも驚いたが、なんと、ここにはミストサウナがあるらしい。

 そして、今は男性の利用時間らしく、結人と梶田が先に入りに行った。


 その待ち時間に、食堂に顔を出した祖父母が、ひとりで座っていた有菊の左右に腰をかけた。そして、意味ありげにふたりは顔を見合わせてから、有菊にすり寄ってきた。


「せっかくアキクが来てくれたから、アレもできそうね」

「そうだな」


 そうふたりはニコニコと笑って有菊を見る。


「え? なに? こわいよ、ふたりとも」


 少し椅子をうしろに引きながら、ふたりと距離を開けようとすると、祖母はそんな有菊の手を握りしめた。


「実はね、アキクにお願いがあるんだけど、話だけでも聞いてくれる?」

「な、なに?」


 なんとなくふたりから圧を感じつつ、有菊は頷く。


「今までのアキクの活躍、本当に嬉しいよ。難しいおつかいも、しっかりとこなしてくれたし」


 祖父がニコニコと褒めてくれる。

 手紙ではよく褒めてくれていたが、やはり言葉に出して褒められると、文字とは違う嬉しさを感じる。


「いやー、それほどでも」


 しかし、つい素直に受け止めることができずに謙遜すると、祖父は首を振る。


「いやいや、あんなことは誰にでもできることじゃない」


 そんな風に言われると、悪い気はしない。

 その後も、ふたりで有菊に対して褒め言葉を積み重ねる。あまりにも褒められることが久しぶりで、気持ちよく持ち上げられた有菊は、「そうかな」、「えへへ」と顔を緩めていった。


「そこでね、私たちではできなかったことを、アキクにお願いしたいのよ」


 再びのお願いごとに、有菊はちょっと素にもどった。


「いやいや。そんな、ふたりにできないこと、私ができるわけないじゃない」


 ブンブンと首を横に振る有菊に、祖父はずいっと近づく。


「いや、AIに計算させたんだが、期待値はアキクがもっとも高いという結果がでたんだよ」


 一体何を計算させたのかはわからないが、AIがそう判定をしたのなら、そうなのだろう。まさか、祖父母に勝てるものがあると思っていなかった有菊は、つい調子に乗ってしまった。


「ほんとに?」


 口元が緩んだ顔で小首を傾げる有菊に、祖母は「ええ」、とにっこりと微笑んだ。


「だから、一度でいいからやってみて欲しいのよ」


 そう言って、握っていた有菊の手を、今度は優しく包み込む。


「うーん」


 それでも少し悩んでいる素振りを見せると、今度は祖父が有菊の目を見て懇願する。


「もし成功すれば、たくさんの人たちが助かるんだ。引き受けてくれないか?」


 そんなことを言われると、逆に断りづらくなった。

 祖父のその言葉に後押しされて、有菊は「じゃあ、やってみるよ」と、内容も聞かずに引き受けてしまった。

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