第57話 新たな味方
何が起きているのか視界が奪われてわからないが、どこからかタンパク質が焦げたような匂いがする。
有菊はどう動いていいかわからずに、その場で静止していると、すぐ目の前に誰かが現れた。
それはリアンを背負った結人だった。
同時に、そのすぐうしろに梶田の巨体が見えた。
「っ!」
うしろから梶田に狙われていると思った有菊は、急いでそれを知らせようと口を開いた。結人はそんな有菊に対し、唇に人差し指を当てる。
それと同時に、子供部屋のトークルームに、結人からのメッセージが現れた。
「梶田さんは大丈夫。味方だ。このまま行く」
そのメッセージを見た有菊は、結人のうしろにいる梶田に目を向ける。すると、あの町にいた時にしてくれていた、少し照れくさそうな笑顔を返してくれた。
そして視界が悪い中、メガネのディスプレイに進む方向が示される。結人が位置共有アプリを起動したようだ。
有菊は指示された方向へと静かに、しかしできるだけ早く進んでいく。ふたりの存在もすぐ近くに感じていたので、心細くはなかった。
だんだんと視界が晴れていき、有菊たちは廊下が十字路になっているところにきた。
どこかの廊下の奥からは、数人が走り回っている足音が聞こえる。
その音を頼りに、梶田は巨体を屈めながら壁に隠れて伺い、恐らくスキャンをかけながら人がいないであろう方向へと先導してくれる。
すでに腕の応急処置をしているらしく、ベルトのようなものが巻きついている。その上、結人のバックパックまで片方の肩にかけている。
そして、神経を研ぎ澄まし判断していく横顔を見て、有菊は安堵した。やっぱり梶田は、初めて会った時に感じた通り、信頼できる人だったのだ。
どんどんと進んでいくと、昔は地下でも生活をしていたであろう痕跡が残る地帯へと足を踏み入れた。
店舗や居住区の跡地らしき地区が小規模ながら広がっている。
その中のひとつの店舗を選んで入り、奥の部屋へと進む。
「とりあえず、ここは大丈夫そうだ」
梶田が扉の外を伺いながら、結人と有菊が入るのを促す。そして、音を立てないように閉めると、真っ暗な室内にライトを照らした。
埃っぽくテーブルすらない室内だったが、とりあえずは会話ができるようだ。
「リアンくんは?」
ずっと結人の背中で、ぐったりとして動かないリアンが気になっていた有菊は、開口一番結人に聞いた。
「今は動かないけど、きっと大丈夫だ」
結人はそう言って、リアンを背負い直す。
「せめて、応急処置だけでもしたほうがいいんじゃないの?」
確かに心臓のあたりを撃たれたのを見たのだ。傷口を布でしばるなどの処置が必要なはずなのに、結人は首を横に振る。
「下手にそれをすると、逆効果になる可能性がある。まずはこのまま運ぶ」
有菊は医療の知識がないので分からないが、結人は確信を持った様子でそう答えるので、それ以上は強く言えなかった。
リアンの身体に目を向けると、心臓付近を撃たれたはずなのに出血しているように見えない。もしかしたら自分の見間違いだったのかもと、有菊はできるだけ良いほうに考えることにした。
「梶田さんは大丈夫なの?」
先ほどウィーロから受けたいくつかの傷が心配だ。しかし、外の様子を伺っている梶田は、平気そうに撃たれたほうの腕を軽くあげてみせた。それを、そのまま信じていいか判断できなかったが、有菊は「それならよかった」と小さく笑ってみせた。
「じゃあ、梶田さんについて教えて」
サングラスのデバイスで作業をしはじめた梶田を見て、とりあえず結人に尋ねる。
ディーディのエコミュニティでは敵として接触してきたのに、今は味方だという。有菊としては嬉しいのだが、一応経緯は知っておきたい。
「話が長くなるから掻い摘むけど、ターシャちゃんを救出できたから、こちらについてくれたんだ」
「え?」
「いくら何でも、掻い摘みすぎだ。結人くん」
どうやら安全が確認できたらしい梶田は、苦笑いをしながら有菊のほうに近づいてきた。
「まずはアキちゃんには謝らないといけないな」
そう言って、梶田は「申し訳なかった」と頭を深く下げた。
「え、いいですよ。そんな……。ねえ、頭あげてください」
有菊は、人に頭を下げられる居心地の悪さに、急いで頭を上げてもらえるよう訴えた。
梶田はそれを聞いて、顔を上げてから先ほどの話をもう少し詳しく教えてくれた。
梶田はそもそもルシオ共和国の軍に籍があるわけではなく、傭兵崩れの立場だったそうだ。昔、紛争地域を渡り歩いていた時に、一時的に雇用関係になったことがある程度だという。
しかし、その後に少し縁ができて細いつながりで依頼を受けており、今回の有菊誘拐の依頼も、その中のひとつだったという。
梶田としては、ルシオ共和国には恩もあるため、できることなら協力をしたかったが、さすがにそんな物騒な依頼を引き受けるのは抵抗があった。しかし、あまりにも近所の話だったので、無視するわけにもいかず、サポートすることになったらしい。
当初は、有菊があの町についた時に、すぐに誘拐する計画だったという。もともと、あまりやる気のなかった梶田はそれを渋って、まずは友好関係を深めようとした。そんな梶田の生ぬるいやり方を、あとからやってきたウィーロは激怒したという。しかしその後、結人の存在を知ることができ、その件は帳消しになったらしい。
その話を聞いた結人は、先ほどのやりとりを思い出したのか、顔を顰めている。
梶田はそれには触れずに、話を続けた。
「アキちゃんは華国の支配下にあるマンションにいたから、誘拐するのは至難の業で……」
「ちょっと待って」
有菊は梶田の説明に待ったを入れた。
「華国の支配下にあるマンションって、あのマンションのこと?」
「ああ、そうだ」
肯定する梶田に、有菊は唖然とした。
まさか、マンション全体が華国の支配下に置かれていたなんて思いもよらなかった。
祖父母はそれを知っていたのだろうかと不安に思い、会えたらこのことを伝えようと心に留めた。
「ごめんなさい。続けてください」
有菊は、話の腰を折ってしまったことを謝り、続きを促した。
やっと有菊がひとりになったところに、結人とリアンも現れ、一網打尽にしようと強硬手段に出たが、結局逃げられてしまった。
挙句、結人まで華国側の監視下に置かれたことで、梶田はターシャを人質にとられてしまったという。
その後はターシャのために動かざる得なくなったそうだ。
しかしここで問題が発生した。
当初、本部から有菊を誘拐する目的は、有菊の祖父母の技術を手に入れるための手段と聞いていた。しかし、蓋を開けてみると、ウィーロがオーナーを務める研究機関の被験者として、有菊を捕えようとしていることがわかった。
さらに、なぜか結人に異常な執着をみせるウィーロに危機感を覚え、梶田はターシャ救出のこともあり、結人たちに協力する道を選んだという。
そして梶田は、結人とリアンが、有菊の祖父母と特別な信頼関係を築いていることを知っていたので、そこに一縷の望みをかけたという。
それが『ターシャの手紙』だ。
梶田とターシャの現状、そして協力したい旨を書いた手紙を、ターシャの手紙として有菊に渡し、そこからリアンへと繋げてもらった。
その手紙を読んだリアンが、結人とともにニホンにいる協力者を仰いで、ターシャを奪還してもらったらしい。
そして、今回のナイナイへの襲撃に便乗して、合流を果たしたという。
「この襲撃も、事前に連絡できたら良かったんだが、ちょっとディーディで派手に動きすぎたせいで、マークされちまってな」
「仕方ないですよ。でも、こうやって合流できたので良かったです。むしろこのタイミングで会えて、助かっています」
申し訳なさそうにしている梶田に対し、結人はそう答えた。現時点で梶田がいてくれることは、結人と有菊にとってプラスなのは事実だ。結人自身も、心からそう思っているのだろう。
「ターシャちゃんは今は?」
少し話が途切れたタイミングで、有菊は尋ねる。
「安全な場所に匿ってもらっているよ」
梶田は表情を少し緩めて、そう答えた。
言葉は発しないが、ふわふわと可愛らしいターシャの姿を思い出す。リアンのことが好きで、よく懐いていたのは記憶に残っているので、梶田がリアンを庇うのも納得だ。
「それなら良かった」
有菊はターシャの無事がわかって安心した。
「それにしても、どうしてそこまで私たちに執着するのかな?」
あの全身をくまなく観察する眼差しは、思い出すだけでもゾッとする。ファームがどうとか言っていたが、被験者というなら、きっと碌でもないことをさせようとしているのはわかった。
「よくわからんが、結人くんは好みのタイプらしいぞ」
梶田は少し上を向いて、見聞きしたことをオブラートに包んで伝える。
その言葉を聞いた結人は、さらに嫌そうな顔をした。
「それより、もうひとつ教えて」
ウィーロの話はもうどうでもいい。
それよりも気になっていたことを有菊は結人に尋ねる。
「六条さんと不破さん。片方が敵だって話、ほんとなの?」
「敵ではない」
「じゃあ」
敵ではないと聞いて、有菊は合流を提案しようとすると、結人は首を横に小さく振る。
「でも味方でもない」
「え?」
「六条さんは合衆国の監視者なんだ」
「どういうこと?」
「ニホンは独立国家ではあるけれど、実際は合衆国の影響を強く受けている。そして今回の件も要監視対象とされているんだ」
しかし、一緒に行動していた六条は、有菊たちをサポートしてくれる存在であった。
「ただ監視しているだけなら、問題ないんじゃないの?」
「それはニホンの機密情報が筒抜けで、もし大きな利益をもたらす新技術を知ったら、強奪するかもしれなくても?」
結人の言葉に、それはダメだと有菊は首を振る。
「つまり、そういう存在なんだ。六条さんは」
その言葉にピンときた。
「もしかして、子供部屋を作ったのってそのため?」
無邪気にやりとりしていたけれど、あの中で会話していたことは、どれも外部に漏らしてはいけないものばかりだった。
「シェルムが口外厳禁だとか言っていたから、誰にも話さなかったけど……って、まさか、知らなかったの私だけ?」
それならそうと教えてくれれば、上手く隠したのにと有菊がふくれていると、横から梶田が入ってきた。
「そりゃあ、仕方ないな。アキちゃんは思ってることがすぐに顔に出るからな」
「どこがですか?」
自分ではポーカーフェイスだと思っているのに、まさかそんなことを言われるとはと驚く。
「ほら、麻雀やったときあったろ?」
「え? ああ、あの時」
カジタパーツショップに麻雀卓が運び込まれ、それを見た美玲が、やりたいと言い出した時のことを思い出した。もうずいぶん昔のことに感じる。
「あの時、ツモる牌で一喜一憂してるのが、手に取るようにわかったからな」
「うそ」
「多分、俺以外のヤツもみんな思ってたと思うぞ」
確かにあの時最下位だったけど、それはたまたまだと思っていたのだが、そうではなかったのだ。美玲やリアンにもそんな風に思われていたなんてショックだ。有菊は恥ずかしくなって両手で顔を覆った。
「六条さんのことは理解してもらえた?」
落ち込む有菊に、結人は気遣うような声で尋ねる。
その優しい低い声に、有菊はすぐに顔から手をおろして、結人を見る。リアンをずっと背負っていて、ここに長居するつもりがないことが伝わってくる。
「理解した。不破さんは味方なんだよね?」
「うん。だからこうして二手に別れることができたんだ」
「じゃあ、あの時協力してくれたんだ」
あの一瞬で何が起きたのかは分からないが、普通に考えればみんな同じ方向に逃げるはずだ。それを何らかの方法で不破が六条を別の方向へ誘導したのだろう。
「それで、これからどうする?」
梶田の事情を有菊が納得したことで、次のアクションを結人に尋ねる。どうやらこの時間は、有菊のために設けられたものだったようだ。
「ルシオ共和国の大規模攻撃は予定外だけど、このまま奥へ向かいます。師匠たちの拠点まで、できれば一気に行きたいです」
「道はわかるか?」
「わかります。敵側のトラップや警備ロボの動きは情報をもらっているから、この先は人間にさえ気をつければ大丈夫です」
「それは助かるな。相手が機械と人間では雲泥の差だからな」
そうして、再びその部屋を出て、有菊たちは奥へと向かっていった。




