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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第4章 ふたりのいる場所
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第54話 シミュレーションの成果

 祖父母に会えると思って行ったシェルムの秘密基地で、なぜか潜入訓練を受ける羽目になった有菊たちだったが、根性で日付が変わる前にやり遂げた。


 コンティニューするたびに状況が変化するシミュレーションは一筋縄ではいかず、クリアまでには相当な時間を要した。

 しかし、ダイブ中の時間は外の時間と等倍ではなかったのが幸いした。最初にやりはじめてから三時間くらい経過した時、不破とシェルムが険悪なムードになっていたため、休憩がてら現実世界に戻ってみたら、まだ一時間も経っていなかったのだ。

 それがわかると心に余裕ができ、その後は焦ることなく祖父母からの課題に集中して取り組むことができた。


 そうして、死にゲーのようなシミュレーションがついに終わると、なぜか静かな音楽とともにエンドロールが流れはじめたのだ。

 素敵なフォントで、様々なクリエイターの名前が下から上へと流れていくのを、ログアウトしないでただ口を開けて眺めていた。

 すると最後に、「アキク、ナイナイで会いましょう。シェルムはここでお留守番しててね」と祖父母からのメッセージが出て、それを見たシェルムは絶叫した。


「じゃあ、今までのは何だったんだよー! ししょー!」


 そして、ヒザから崩れ落ちたシェルムは、その後レンタルハウスの部屋にしばらく引きこもってしまった。

 しかし、心境の変化があったようで、数日後には無事にリビングに顔を見せた。


「キク、同行できなくてすまんな」


 シェルムはそう言いながら、ソファで小雪のメンテナンスをしていた有菊に向かって、しゃなりしゃなりと距離を詰めてきた。

 額に手を当ててイイ男を装っているが、身なりはダボっとしたTシャツとカーゴパンツというラフさだ。


「俺には、さいっじゅーよー任務があるからさ。もー、参っちゃうよな。デキる男は忙しくてさー」


 そして、有菊にたどり着く前に、結人がそのゆるい襟首を掴んでうしろに引き戻した。


「だから今回は、超・優秀なサポーターとして、キクのミッションを後方から支援するぜ」


 襟首を掴まれたまま、キメ顔でそう言うシェルムは、誰かから何か吹き込まれたのか、すっかり機嫌をなおしていた。

 シェルム待ちだったので、やっと出てきた上機嫌なシェルムの気分が変わらないうちに決行しようという話になった。

 そして必要な装備が揃うと、その日の夜に出発したのだった。




「不破さん、うしろ、問題ありません」

「よし、じゃあ開けるぞ」


 祖父母が用意していた最新鋭の軽量アーマーを纏った有菊は、不破とふたり、ナイナイのエコミュニティ内に潜入した。


「こっちも、そろそろ通信の準備をはじめるか」


 そうピアスから聞こえてくるのはシェルムの声だ。

 ドローンを飛ばしているのかは定かではないが、正確に有菊たちの行動を追ってきている。そして、シミュレーションをともにクリアしただけあって、阿吽の呼吸で欲しい情報を伝えてくれる。ちょこちょこ、どうでもいい話を挟んでくるのが玉に瑕だ。

 多分不破は雑談がはじまると通信を切るらしく、シェルムが文句を言っていた。


 特訓の成果とシェルムのサポートもあり、荒野からここまでの道のりは概ね順調だった。なんならシミュレーション内のほうが難易度が高かったくらいだ。

 それでも、慎重に進んでいったため、時間はそれなりに経過していた。


 そして、最後の通過ポイントであるこの場所から中に入ると暗闇が待っていた。

 しかし、ライトは使わずに暗視モードに切り替えているメガネで中の様子を伺う。内部は人影もなければ、警備ロボの類もいないと聞いている。念のため、何度も空間をスキャンしながら、ふたりは足音もなく突き当たりまで走っていった。

 そして、正面にある目標の扉を開ける。


「思ったより早かったな」


 特殊素材でできたその扉は何の音も立てずに開き、その向こう側には六条を先頭に、リアンと結人が待っていた。

 リアンに預けていた小雪が、有菊に向かってジャンプする。軽快に肩や首のうしろを往復すると、肩の上に落ち着いた。


「あちら側にいた時は、いくら触っても継ぎ目はないし、ただの壁だと思っていたんだが、こんなところに扉があったんだな」


 少し大きめの片開きの扉を観察しながら、六条はそう言った。


「ここまではシミュレーション通りでした」


 不破は感心している六条に、キビキビと報告をする。

 地下道ということもあり、声が響くので小声だ。


 この場所は、ずいぶん昔に下水道として使用する予定だった下水道管を改造した通路らしい。

 だから通路の内側は大きな管のようになっており、どこまでも筒状だ。しかし、ナイナイと外部を隔てる場所だけ、外からの侵入を防ぐようにコンクリートのようなもので固められている。

 そこにある、内側からしか開けられない扉を、有菊たちは開けたのだ。


「しかし、こんな扉があるのなら、最初からここを開けておいてもらって、入れば良かったんじゃないのか?」


 六条の疑問は至極当然だ。

 実は、有菊も同じ質問をシェルムにしていた。


「俺たちの貴重な隠し通路なんだぜ。無人の状態で開け放すなんてやると思うか?」


 呆れたようにシェルムは答えた。


「じゃあ、誰かが開けに来てくれるとかできないの?」

「それができるなら、とっくにやってるよ」

「だからこのシミュレーションをやってるんだろ」


 そう不破にも言われて、有菊は肩をすぼめたのだ。


 ここは昔、隣国の部隊とテロリストの侵攻にあった際に、避難通路として使われたという。当時は、さらなる敵の侵入を警戒し、今のような作りになったと伝えられているそうだ。

 それを現在も引き継いでいるため、内部に協力者がいない限り、ここから入るのは不可能なのだ。

 ちなみに、この通路の存在は、ここから実際に避難した人しか知らないため、今では秘密の通路になっているそうだ。そして、エコミュニティ内からこの地下道に入るために先ほど利用した出入り口も、現在ではごく限られた人間しか知らないらしい。

 しかも、祖父母の仲間がその出入り口となる場所に、かなり高度なカムフラージュを施しているため、輪をかけて見つからない。

 有菊たちは、事前にその場所を数ミリ単位で知らされていたにもかかわらず、見つけるのに手間取ったほどだ。


 祖父母たちは仲間の手を借りて、ここから出入りしていたようだが、ここにきて、どうも取り巻く状況が急変したらしい。その上、慢性的な人手不足も相まって、有菊たちのために内側から開けることができなかったようだ。

 

「現時点ではそれは難しかったようです」


 不破は説明を省いて、ただそれだけを伝えた。


「そうか」


 そう言って、六条は精査した扉から手を離すと、すぐに音もなく締まった。


「じゃあ、まずは通信チェックだ」


 その場で、シェルムの声を全員が受信できることを確認する。

 そして、六条は「ここからは、まず全員で行動する」と指図した。それにみんな頷き、五人は丸い通路を息をひそめて進んでいった。

 有菊としては、リアンにはこんな危険な場所に来てほしくなかったのだが、「僕には有菊ちゃんを守る役目があります」と主張して、頑として受け入れてはもらえなかった。


「ここから先はシミュレーションしていないので、どうなるか分からない」


 そう言うのは不破だ。

 実は潜入のシミュレーションは地下道の扉を開けるところで終わっていた。

 どうやら実際のナイナイの街を再現できるのは、空から撮影された風景だけだったようで、建物内部に関しては再現されていなかった。

 地下道は敵が出ないことを前提に適当に再現したらしく、実際の内部とは若干異なっていた。


 そして、ここから先は未知の領域だ。


「シェルムは、ちゃんと敵の動きを見張ってるから大丈夫って言ってたけど、もし撃たれたら、シミュレーションのようにリスポーンはできないんだよね」


 有菊は緊張して顔をこわばらせる。

 すると、肩に乗っている小雪がそれをほぐすように有菊の頬に小さな顔をすり寄せてきた。その毛並みの柔らかさに、有菊は少し表情を緩めた。

 真っ暗な地下道で、小雪は白く存在感を放っている。


「うん、大丈夫。ありがとう」


 そう囁くように笑って、小雪の頭を撫でる。


「この先、待ち合わせ場所とされている建物に向かうのだが、残念ながらこの地下道はそこまでは繋がっていない」


 作戦開始前にも報告したことを、改めて不破はみんなに伝える。


「つまり、ここを出たら地上を進むことになる」


 目的の建物までは五百メートルほどだ。それくらいの距離なら、いっそ地下道をつなげておいて欲しかった。


「建物までの道のりはシミュレーションしてないんだよな」


 作戦前にも話したことだが、六条が再び確認してくる。有菊と不破は黙って頷いた。

 どうせなら、この先もシミュレーションに組み込んで欲しかったが、人数が増えることによる不確定要素などを考慮すると、延々と終わらない可能性があったのかもしれない。

 また警備ロボとドローンの巡回パターンは、シミュレーション内で学習したふたりの頭に入っているのも大きいのだろう。


 再び沈黙する中、五人はひたすら歩いていく。

 全員サイレントブーツを履いているため、地下道は足音もなく静寂に包まれている。

 そして、有菊たちがこの地下道に入る時に使った出入り口にたどり着いた。事前に言われていたとおり、地下道ではテロリストと遭遇することはなかった。


 外に出ると、そこには美しい街並みが見える。

 実は、ここにはまだ民間人が生活しているのだ。

 シェルムの話によると、大多数は他のエコミュニティや海外へ避難しているらしいが、それでも住み慣れた街を離れたくないといって居残っている人も多いという。


 シミュレーション内でも、民間人がいるのを確認していた。


「さすがに民間人の中に、こんな物騒な服装の人間が混ざると目立つだろ」


 シェルムはそう言うので、居住区に入った段階で光学迷彩の服から普通の服に戻したこともあった。結果はというと、速攻で撃ち抜かれてやり直しになった。

 どうやら、生体認証で住民以外の存在は排除するようにしているらしい。


「もしかしたら、ここに出入りしたことがある俺は顔パスか?」


 せっかく先ほど撃たれた場所まで再び進んだのに、そう予想したシェルムがひとり普段着に切り替えてしまい、また狙撃されてやり直しになったのもよく覚えている。

 住民の登録がどうやってされているのかは謎だが、少なくとも祖父母たち反テロリスト組織のメンバーは住民扱いになっていないことがわかった。


 そのため、今回は物陰に隠れながらの移動となる。

 上空を観察しながら、極力人気(ひとけ)のない場所を選んで少しずつ移動していると、シェルムから突然通信が入る。


「みんな伏せろ!」

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