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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第4章 ふたりのいる場所
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第53話 秘密基地

 翌朝、三人はシェルムの秘密基地へと向かった。


 とは言っても、護衛として選んだ不破に、今回の暗号のことは伏せている。

 そのため、同行してもらうために、まず有菊は不破に、出かけたいから一緒についてきて欲しいとお願いをした。そして、外に連れ出したところで、先にひとりで外に出ていたシェルムと合流したのだ。

 まったく経緯を知らない不破は、そのふたりの怪しげな行動に、不信感いっぱいでついてきた。




「おい、本当にこんなところに行くのか?」


 子供たちに勝手に選ばれた不破は、怪訝な顔をしながらもついてくる。

 そして、不破の言葉に、有菊も心の中で同意していた。


「大丈夫だって」


 軽い口調で答えるシェルムが臆することなく入っていくのは、エコミュニティ内の巨大なデータセンターだった。

 有菊は十六年過ごしたエコミュニティでさえ、最重要拠点であるデータセンターには入ったことがなかった。それなのに、こんな大きなデータセンターに、来たばかりの人間が足を踏み入れるなんて、悪いことをしているようで気が進まない。


「あ、どーも」


 警備ロボとすれ違うたびに、シェルムは軽くあいさつをする。


「ねえ、シェルムって何者なの?」

「おっ、いいねー。一度は言われてみたかったセリフだぜ」

「いや、ほんとに君は何者なんだ?」


 不破もこの状況に、珍しく戸惑っている。


「えー、ただの子供ですよー」


 胸を張ったシェルムは、頭の後ろで手を組んで陽気に歩いていく。明らかな意図を持って進んでいくシェルムと、戸惑いながらもついていく有菊を見て、不破は何かを悟ったらしく追求はしてこなかった。


「あ、この先はこれも必要か」


 ここに来るまでにも、いくつもの通行証をデバイスに配布されていたのに、また新たなものを受け取る。


「やたら厳重だな」


 ウェラブルデバイスを触りながら、不破もその通行証の多さに緊張している。


「まあ、このエコミュニティの根幹でもあるからな」


 鼻歌を歌いながら、シェルムは本当にそう思っているのか怪しい調子で頷く。


「ねえ、こんなところに私なんかが入ってもいいの?」


 長い廊下を何度も振り返りながら、有菊は場違いな自分の立場に確認する。


「そりゃあ、いいに決まってるだろ。むしろキクはVIPだよ」

「なんでよ?」

「そりゃあ、師匠の孫だからな」

「それ、よくわかんないよ」

「ま、それもそうか。じゃあ俺の友達だからいいんだよ」

「あ、そっちのほうがいいな」

「じゃあ、自分も君の友人ということになるな」


 ふたりのやりとりを聞いて、不破は真顔でそう言う。するとシェルムはニッと笑った。


「おお、マコトも友達だ」


 その屈託のない笑顔に、不破は驚いてから、フッと表情を緩めた。


「あ、ここだな」


 そこは生体認証で入る部屋のようで、シェルムがスキャナーの前に立つ。顔認証だけではなさそうな範囲でスキャンされると、扉が左右に開いた。

 そして、シェルムがゲストふたりと申請をして、有菊たちを連れて入室した。すぐに部屋があるわけではなく、探知機のような少し長めのゲートを通るらしい。三人はシグナルがグリーンになるのを確認しながら、突き当たりに見える部屋へ進む。


「ししょー!って、あれ? ここにいるわけじゃないんだ」


 シェルムは、静かで少し暗い部屋の中に駆け込んでいったが、中に人影はなかった。


「なんか、フルダイブ用のデバイスが三つ置かれてるな」


 そこには確かにチェアタイプのデバイスが用意されていた。重厚感のあるそれらは、エンドユーザー向けのものとは異なっていることが一目でわかる。


「なになに」


 どうやらシェルム宛にメッセージが残されていたようで、シェルムは何度か瞬きをした。そして、頷きながらひとりで宙を眺めて呟いていた。


「どうやらこれで、ダウンロードしてあるソフトをやって欲しいんだってさ」

「それはどんな意味があるんだ?」


 不破は胡散臭そうにデバイスを見る。


「なんでも、これからの行動の予行演習みたいなものらしい」

「それなら自分だけじゃなく、六条も連れてこよう」

「いや、ここに指名されているのは今いる三人だ」

「ちょっと待って。私みたいな素人がやって、意味あるの?」


 いくら不破から訓練を受けたからといって、素人なのは自覚している。有菊はすでにデバイスのほうに移動して、ワクワクしているシェルムに尋ねる。


「キクは必須だな。師匠が、できるだけ集中して取り組んで欲しいってさ」

「プレッシャー」


 逃れられないらしいことはわかった。

 そうして三人は、それぞれ好きなシートに座った。

 優雅なリクライニングシートのデバイスは、人が座ると後頭部のほうから頭全体を覆うようにカバーが降りてくる。


 しかし、基本的な部分は有菊の持っている安価なデバイスと同じらしく、目を閉じると電源が入るようだった。そこから自分のデータを設定していく。すると、ソフト側で読み込みを開始した。


「そういえば、(トー)さんに連絡してなかったな」


 飛行船に乗る前に、空港で荷物探しを手伝った人だが、名刺という紙をもらったままで、連絡をしていない。

 名刺の中に、仮想現実(メタバース)上のショップアドレスがあったのを見て、どうせならフルダイブ型デバイスが自由に使える環境になったら訪れようと思っていたのだ。

 仮想現実(メタバース)では、フルダイブ型デバイスのほうが行動がしやすいし、ショッピングなんかは特にそうだ。

 しかし、あの時から変わらず、有菊は浮き草状態で落ち着かない。

 ショップに顔を出すのはもう少し先になりそうだなと思い、意識をソフトのほうに切り替えた。


 そうこうしている間に読み込みが終わったらしい。

 突然、どこかの荒野が目の前に広がった。


「ここ、どこ?」


 有菊は自分のスポーン地点の座標を確認しつつ、まわりを見渡す。しかし、その風景は見覚えのないものだった。

 乾いた熱風が頬をなでる。太陽が真上に来ているせいかジリジリと皮膚を焼き、日陰に入らないと十分経たずに倒れるだろう。

 遠くにはエコミュニティらしき建物群が微かに見える。高さはないものの、統一感のある美しい街並みだ。そのせいで荒野との境界がはっきりしており、エコミュニティから荒野を眺めると、すぐに発見されそうだ。

 つい先日まで不破と行なっていたフルダイブ型デバイスを使用した訓練の時と異なり、このデバイスは没入感(イマーシブ)の高さが半端ない。あたかも現実世界にいる錯覚に陥る。


「ここはナイナイと呼んでるエコミュニティだ。本当はティミアンって名前があるんだけど、この辺ではみんなナイナイって言ってる。で、俺や師匠の故郷だ」


 すぐ後ろからシェルムの声が聞こえて、有菊が振り返る前に横に立った。

 その横には不破もいて、目を細めて周辺を観察している。


「ラミサさんやソフィが言っていたナイナイというのは、ティミアンのことだったのか」


 不破は自分の中の情報を書き換えるように頷く。


「ティミアンって、テロリストの巣窟だって聞いているんだけど……」


 有菊は遠いニホンで聞いていた情報を口にする。

 地図上ではティミアンという地名だったので、ナイナイと言われても知識が結びつかなかったのだ。

 ティミアンなら祖父母の故郷で間違いない。


「それは正しいけど正しくないな」


 シェルムはそれを訂正する。


「テロリストたちに占拠されているけれど、もうすぐ取り戻す予定の場所だ」

「そうだな。それが君たちの最終目的だからな」

「そ」


 不破の確認に、シェルムは頭の後ろに手を組んだ。


「そして、我々はこれから潜入のためのシミュレーションをするのか」

「だな」

「とりあえず、いくら何でも暑すぎるから日陰に入りたいな」


 有菊は目の前の問題を口にする。着ている服の性能までは持ち込めなかったようで、暑さでクラクラする。


「それなら」


 シェルムは何か操作をする。

 すると、周囲が真っ暗になった。突然の切り替えに、最初は何が起きたかわからなかったが、目が慣れてくると満天の星が見えてきた。


「夜に作戦スタートだな」


 しかし、夜で涼しくなったとはいえ、あの建物群の距離まで歩いて行くのはかなり大変そうだ。

 なぜなら、ドローンが飛び回っているからだ。


「あのドローンを何とかしないと、侵入なんて無理じゃない?」

「じゃあ、撃ち落とすか?」


 シェルムは自動小銃のようなものをどこからともなく取り出して、上空に向ける。


「それは愚の骨頂だな」


 不破は鼻で笑う。


「手前に飛んでいる、あのタイプのドローンは通常のカメラしかついていない」

「じゃあ、映らなければいいってこと?」

「そうだ」

「じゃあ、光学迷彩で通れそうだね」


 有菊の言葉にシェルムは銃を消すと、空中で何か操作する。

 すると、三人の服装が光学迷彩の軽量アーマーに変わる。


「進むか」


 不破が先に行き、有菊がそれを追って、シェルムが後からついてくる。


「あのドローンは厄介だな」


 少しタイプの違うドローンがエコミュニティの周辺を張り込んでいる。


「あれは、サーモセンサーがついているから、この服装では通用しない」

「だとすると、これかな」


 また三人の服装が変わった。


「光学迷彩にサーモセンサー対応って、こんなの何着も用意できるものじゃないだろ」


 不破は、簡単に服装を変えていくシェルムに呆れた。

 

「えーと、あ、これは一着しか無いって備考欄に書いてあるわ」

「だろうな」


 そのやりとりを聞いて、有菊は自分の持っているパーカーが同様の機能を持っていることに気づいた。


「さすがに上半身だけとかだとダメだよね?」

「当たり前だろ」

「足、撃たれるぞ」

「だよねー」


 冷静な不破とシェルムの指摘に、有菊は知ってたと頷いた。


「まあ、とりあえず三人分あることにして、先へ行こうぜ」

「これ、シミュレーションなんだろ? そんなガバガバで意味あるのか?」

「何とかなるって」


 シェルムは先へ行こうと、前を歩き出す。


「あれ? なんか地面から生えてる変な塊があそこに見えるなー」

「おい、勝手に進むな」

「大丈夫だって。この辺りはそんな物騒なものはなかったはずだからさー」


 その瞬間、シェルムが撃たれた。

 有菊はそれを視認し、崩れ落ちる身体を支えようと動いたら、ゴムで弾かれたような軽い痛みをこめかみに受けた。

 すると目の前が真っ暗になり、『YOU ARE DEAD』とおどろおどろしい赤黒い文字が表示された。


「なにこれ」


 ゲームのようなエンディングにきょとんとしていると、すぐにまた最初の荒野に立っていた。


「ま、こんな風にトライアンドエラーを繰り返して、指定場所まで行けるようにシミュレーションしていくわけだよ」


 いつの間にかすぐ横に立っていたシェルムが、やれやれと有菊に言う。真っ先に撃たれたくせに偉そうだ。


「だったら、次は自分の言うことを聞いてもらうぞ」


 少し遅れて現れた不破は、苦虫を噛み潰したような顔で、そう言いながら歩いてきた。


 そうして、三人は延々とシミュレーションを繰り返した。

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