第52話 美玲の出した条件
近づいてくる美玲を警戒し、結人とリアンは有菊を庇うように立つ。すると美玲は、「いやー、タイガー兄弟の鉄壁のディフェンスには恐れ入ったわよ」と苦笑いをして立ち止まり、腰に手を当てながらそう言った。
「しかも、色んなブラフで引っ掻き回すんだもん。ひどいなぁ」
「え?」
どの話をしているかはわからないが、どうやら結人たちは美玲たちに何かをしていたらしい。有菊は結人たちを見るが、ふたりとも素知らぬ顔をしている。
「ま、それは終わったことだし、佐野さんたちも見失っちゃったけど、着地点が見えてきたからいいんだー。それより今日は、ソレを外してあげてもいいかなって思って来たんだよ」
建物の常夜灯に照らされた美玲は、自分の首と結人のチョーカーを交互に指してニコッと笑う。
「よろしくお願いします」
その言葉に即座に反応した結人は、意外と力強く美玲に頼む。愚痴を言わなかったからわからなかったが、やはり何かと不便だったのだろう。
その様子を見た美玲は、なにやら企んでいるような笑みを浮かべる。
「じゃあ例のやつ、できたらいいわよ」
「例のやつ?」
有菊は何のことか分からず、リアンのほうを見るが、リアンも首を傾げている。
しかし、結人はその言葉を理解しているらしく、なぜか耳が赤い。
「それ以外で……」
「だーめ」
「お願いします」
「だーめ」
結人のお願いを、美玲は楽しそうに却下する。
「さあ、どーぞ」
「……」
「そのままじゃ、不便でしょ?」
その言葉に、結人は歯を噛み締めて、拳を握る。
そして、相変わらず耳を赤くしているが、なにかを決心したように声を振り絞る。
「……く」
「えー、聞こえないよ」
よく聞こえないアピールをするように美玲は、耳に手を当てて結人にむける。そんな美玲を見て、結人は顔まで赤くしている。
意地悪そうに結人をあおる美玲を止めようかと、有菊がふたりに割って入ろうとした瞬間。
「アキク」
突然、結人に名前を呼ばれて、有菊は硬直した。
「くぅー、いいねー。次はちゃんと本人を見て。はい、もう一回!」
美玲が完全に面白がって、結人を急かす。
しかし結人も覚悟を決めたのか、赤い顔でバッと有菊の顔を見つめる。有菊はよくわからずに、結人を見上げる。そして、結人は少し目を泳がせながらも、はっきりと発音した。
「ア、有菊……」
真正面から結人に自分の名前を呼ばれて、有菊はドクンと心臓が跳ねるのを感じた。
「はーい。よくできました」
美玲はパチパチと拍手をして満足げだ。
それとは対照的に、結人は悔しそうな顔をしている。
「え? な、なに?」
美玲は、戸惑っている有菊と、顔を赤くしている結人のふたりをニコニコと見てから説明をする。
「だってー、ふたりとも、お互いの名前を呼ばないのが気になっちゃってさー。アッキーもユイティーの名前、いつか呼んであげなよ」
そう言って、何か空中でタイピング動作をしてから、ポケットから取り出した精密ドライバーのようなもので結人の首のチョーカーを手早く取った。
「じゃ、こわい人たちが来る前に、逃げさせてもらうわ」
美玲はピラピラとチョーカーを振りながら、反対側の路地へと消えていった。
「ん? あれー? ユイト、首輪はどうした?」
絶妙なタイミングで階段から降りてきたのはシェルムだった。
「外してもらえた」
「ここでか? え? もしかして、華国のスパイがここにいたのか?」
「そんなとこかな」
結人は、先ほどまでの雰囲気を振り払うように、ぶっきらぼうに答える。
「まさか、師匠たちが行方不明なのはそいつらの仕業か?」
「あー、どうだろう? そんな感じはしなかったけど」
そして、ここぞとばかりに結人はシェルムと話しはじめた。
目の前の状況から取り残された有菊は、一連の出来事に気持ちがついていかず、ぼんやりと結人のことを見つめる。
名前を呼ぶ人はいくらでもいるのに、なぜか結人に対してだけ身体の反応が違う。不破に突然呼ばれた時も驚いたし、少し距離が縮まった嬉しさはあったが、こんな動悸はしなかった。
実はつい先日、結人が蝶型ドローンを修理してくれたのを受け取った時にも、似たような感情が湧き上がった。修理できたことにホッとしていたのか、微笑みながら渡してくれた結人の顔に、なぜか胸が高鳴ったのだ。
「最近、なんか変だな」
そう、血が昇って赤くなっている気がする頬を、両手で挟んだ。
「有菊ちゃん。顔が赤いけど、大丈夫ですか?」
リアンが心配そうに見上げる。
「え? ああ、大丈夫だよ。なんか名前を呼ばれてびっくりしただけだから」
「お兄ちゃんが?」
「そうそう。今まで呼ばれたことがなかったから」
「そうですよね。有菊ちゃんもお兄ちゃんのこと、名前で呼ばないけれど、もしかしてお兄ちゃんのこと嫌いですか?」
悲しそうなリアンの言葉に、有菊は急いで否定する。
「そんなことないよ。名前を呼ばないのは、なんか今まで機会がなかったっていうか、たまたま、かな?」
「そうなんですか? じゃあ、今なら呼べますか?」
「え? 今?」
シェルムと話し込んでいる結人を見る。
しかし、こちらの会話は届いていないのか、有菊のほうには意識が向いていないようだ。
「あー、今はバタバタしてるし、また今度呼ぼうかな」
そう誤魔化す有菊に、リアンは素直に頷いた。
「わかりました。あ、六条さんたちも降りてきましたよ」
足音が聞こえて、最後まで残っていた六条と不破も合流した。
「それじゃあ、とりあえず用意してくれたという宿泊場所へ行こうか」
そう六条は言って、みんなで駐車場まで戻りエアカーに乗り込むと中心地へと向かった。
ソフィが宿泊場所として用意してくれたのは、レンタルハウスだった。それは、ディーディで借りていたものと同じような平屋の建物だ。
中庭を中心に、そこをぐるりと囲むように廊下があり、各部屋へはその廊下からアクセスできる。違う点は、延べ面積くらいだ。こちらは中庭の広さに比例して、かなり広いように見える。
「前から思っていたのだが、ソフィという子供は何者なんだ?」
不破は自己紹介も碌にされず、あちこち連れ回されていたから、その疑問は至極当然だろう。
そして、有菊も正直、ソフィのことはよくわかっていない。一方的に指示されたり、面談に同席したりしていたが、どんな人物で、どんな目的で色々と動いているのか何も知らない。
有菊と不破の視線を受けて、シェルムは首を傾げながら答える。
「ソフィは……、大金持ちの娘かな。でも、いいヤツなんだぜ。みんなの生活を良くしようとがんばってるんだよ。ほら、あれ、ノブレスなんとかってやつ」
「ああ、ノブレス・オブリージュか。じゃあ、これもその活動の一環か」
納得したように建物の中を見回している不破を横目に、有菊はシェルムに話しかける。
「でも、ソフィは故郷を取り戻したい、みたいなことを言ってたんだけど」
それはみんなのためというより、自分たちの悲願だと言っているように感じたので、少し気になっていた。
「シェルムもナイナイが故郷って言ってるけど、生まれる以前から、隣国の部隊とテロリストに占拠されてたんじゃないの?」
その疑問に、シェルムはニヤッと笑った。
「ああ。俺たちが実際生まれた場所はナイナイじゃない。でも、この辺りの人間は、みんなナイナイが故郷だって言うのが普通だよ。なんなら首都で生まれた人の中でも、そう言う人間はいる」
「それはなんで?」
「うーん。それくらい俺たちにとって大切な場所だからかな。でも、俺やソフィは実際にナイナイにルーツを持っているんだぜ」
すごいだろと胸を張るシェルムは、どこか誇らしげだ。
過去に栄えた地域という以上に、ナイナイというところがこの国の人間にとって特別な場所だということがわかった。
「じゃあ、ソフィも同じように誇りに思っているから、取り戻したいって言っていたんだね」
「そそ。それで、俺はその復興要員としてスカウトされたわけ。ま、奪取作戦にも入ってるけどな」
「他にも今回の件に関わっている人はいるの?」
「さー? でも、別部隊がいたとしても不思議じゃないかな」
そのあたりは言葉を濁し、頭の後ろに手を組みながらシェルムは答える。
そんな話をしていると、レンタルハウス内を確認していた六条と結人、リアンが戻ってきた。
「部屋数はかなりあるようだから、好きなところを使って良さそうだ。食糧も用意されていたが、あれらは……」
「食ってOK。備品も全部使っていいぜ」
「それは助かるな」
そうして、それぞれ好きな部屋を選んだ。
「おじいちゃん、おばあちゃんは無事なんだよね? どこかに避難してるの?」
すでに結人の首にあった、発信機、カメラ、マイクの三点がついたチョーカーが外されたので必要ないのだが、いつもの癖で有菊は子供部屋のトークルームで呟いてしまう。そのせいなのかわからないが、結人は猫耳をいまだに外していない。
「それは俺も聞きたい」
すぐにシェルムも加わる。
「あそこに置かれてた小物。あれは師匠たちから俺たちに宛てた暗号だ」
結人が入ってきて、祖父母が無事だと言った根拠を解説しはじめた。
「なに、暗号って?」
「昔、よくあれで師匠たちと遊んでいたんだ」
「へー」
「で、師匠たちはなんて言ってたんだ?」
「Kuna_RO3、行け」
「なんのことだろう?」
「わかりませんね」
リアンも入ってくるが、暗号の意味はわからないという。
「最初の部分は文字はわかるけど、意味は分からない」
結人もお手上げでいると、シェルムが「俺、わかったかも」と反応した。
「なになに?」
「その文字列は、俺の秘密基地のひとつを指している」
どうやら、このエコミュニティにはシェルムの秘密基地がいくつもあるらしい。とは言っても家とかではなく、友達の家の一室や、個室型カフェのひとつだったりするらしい。
「じゃあ、そこに向かえばいいのか」
結人は暗号の意味がわかったことで、自分たちの次の行動を判断する。
すると、シェルムが間髪入れずに付言する。
「そのことだけどさ、暗号に『3』って入っていたのなら、それは人数だな」
「人数?」
「そそ。示してる場所は、そんな誰もが気軽に行ける場所じゃないからさ」
そう言って、どの三人が行くかでしばらく揉めたのだが、結局は有菊、シェルム、不破の三人が選ばれたのだった。




