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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第4章 ふたりのいる場所
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第50話 この国の事情

 大臣から紹介された宗教指導者との会談は、再びソフィと不破が同席してくれて、滞りなく終わった。


「この結果を博士たちに持っていけば、きっと有効に使ってもらえるわよ」


 ソフィはそう言って、許可を得て録画していた会談のデータを、すぐに有菊のデバイスにドロップした。

 そして、あの朝食の日から毎日行われていた訓練も、不破の「まあ、いいだろう」という言葉とともに解放された。


 そして有菊たちは、ついにニジェア共和国へ向けて出発することになったのだ。



 借りていたレンタルハウスは、恐らく戻ることはないだろうということで引き払った。そして、移動手段であるエアカーをレンタルするか買い上げるかで、ギリギリまで六条と不破は話し合っていた。

 結局それに関しては、たまたまレンタルハウスに遊びにきていたシェルムが、「表向きは国内のみって言ってるけど、ここならニジェア共和国でも乗り捨て可能だぜ」と、教えてくれたレンタル会社に借りることで結論が出た。


 そのエアカーを目の前に、有菊は驚いた。


「今回のエアカーは大きいんですね」


 先日シェルムが観光案内してくれた時にレンタルしていたタイプの、さらに二回りくらい大きいサイズのエアカーに乗り込んだ。中には、小さいながらもトイレまでついている。


「さすがに六人で長距離移動となると、ある程度の大きさがないと厳しいからな」


 六条はそう言いながら、寄宿舎に行先を設定する。

 そうして寄宿舎に到着すると、大量の荷物とともにシェルムが待ち受けていた。


「シェルムは何をこんなにも持ってきてるの?」

「まくらと高性能イヤホン、ゲーム用のデバイスと、フルダイブ用のデバイスと、ここでしか売ってないお菓子だろ。それから他にも」


 そう言って、手に持っていた小さな箱をガチャガチャと漁って、中のものを紹介しようとするシェルムに、有菊は手で制した。


「あー、今はいいから」

「なんだよ。面白いのもいっぱいあるのに、貸してやらねーぞ」

「ほら、運ぶぞ」


 エアカーから降りて荷物を手にした結人が、その荷物でシェルムを押す。


「だー、わかったよ」


 自分の荷物を運んでもらっているとわかり、シェルムはすぐに開けていた箱を閉じ、結人に続いてエアカーに運ぶ。そうして全員で協力して大量の荷物を積み込むと、すぐに出発した。


 そして、隣国であるニジェア共和国へ陸路で入国するため、まずは国境を目指した。


 ディーディの巨大なエコミュニティを出ると、その先の道のりは寂しいものだった。ぽつりぽつりと立ち枯れていそうな木が、ところどころに見える。そんな乾いた荒野が広がり、建物も植物もほとんど見当たらない。

 エアカーのフロントガラスに示された道路がないと迷子になりそうなほど、延々と変わり映えしない景色が続いた。


 しかし一時間以上走ると、再びポツポツと植物が現れ、だんだんと樹木も見えはじめた。すると人工物が突然現れた。それは大きくはないが、エコミュニティらしき集落だった。しかし、そこには寄らずに通り過ぎる。

 すると、今度はまっすぐ直進に伸びる道路の正面に、それほど大きくない建造物が立ちはだかっているのが見えた。その白っぽく飾り気のない建造物に向かいエアカーを進めると、周りの風景が変わる。


 昔はこの辺りに川でもあったのか、広範囲の地面が窪み、それが左右に伸びている。そして、こちら側とあちら側を渡ることができるよう大きな橋がかかっている。その中央に砂埃で汚れた窓のない建造物とゲートが設置されていた。


「国境だ」


 六条の言葉に、有菊は窓の外を観察する。しかし何があるわけでもなく、ドローンが上空を旋回しているだけだった。どうやらこの検問所は無人のようだ。ゲートで一度エアカーを停車させると、エアカーごとスキャンされた。どうやら建造物はこのスキャナーを保護するためのものらしく、無駄なものは一切ない。

 そして、どうやってパスポートを読み込んでいるのかわからないが、そのままゲートが開き、通過を許可された。


「なんか拍子抜けだね」


 テロリストが入り込んでいる国なのだ。入国審査がもっと念入りに行われているかと思ったが、そういうことはしていないようだ。


「まあ、ここからが本番だけどな」


 無事に国境を超えたというのに、シェルムは背もたれに全体重をかけて頭の後ろで手を組んで、少し顔を歪めた。


「?」


 有菊は何がここから本番なのかと不思議に思っていると、しばらくは順調に走っていたエアカーが減速しはじめた。進行方向に目を向けると、その先に数人が立っている。そして、バリケードのようなゲートがある。そして、そのさらに向こうには、わずかな緑と、エコミュニティらしき建物群が見える。


「あれは、なんでしょうね?」


 リアンが首を傾げていると、シェルムは当たり前のように答える。


「ああ、あれはこの辺りを仕切ってるグループの関所だよ」

「関所、ですか?」

「そうそう。で、お金を支払えば通してくれる」


 軽い調子でリアンの疑問に答えるシェルムは、ゲートを眺めている。


「それって支払わないとダメなの?」


 明らかに違法だとわかるゲートに、有菊は不穏なものを感じ取った。


「そうだな、支払わないと通してくれないし、なんなら拘束される」

「でも、違法なことなんでしょ?」

「そそ、でもこの辺りを仕切ってるのがアイツらだから、そういう意味ではここのルールってことになる」


 それは、目の前でゲートを作っている人々も、これから向かう場所を占拠しているテロリストと同類なのではないだろうか?

 そう不満な様子でいると、六条はガサガサと荷物を漁りはじめる。


「ということは、現金か(きん)が必要だな」

「よく分かってんじゃん」


 飲み込みの早い六条を見て、シェルムがニヤッと笑う。


「どういうこと?」


 通常、支払いは暗号資産などの電子通貨で行われる。現金のやりとりなんて聞いたことがない。


「現金や(きん)じゃないと、ああいうヤツらは色々と不都合なんだよ」

「マネロンの難易度が全然違うからな」


 不破は窓の外を覗き、軽蔑するようにそう言う。

 外の様子を伺いながら、有菊は「犯罪の匂いがすごいなぁ」と、誰に同意を求めるわけでもなく呟いた。

 正直、生まれてから一度も現金を見たことがない有菊は、こんなところで、そんな理由で現金を見ることになるとは思ってもみなかった。


「この辺りも、国内の情勢が落ち着けば取り締まりの対象になるはずだ。そうすれば、いずれはここも撤去されるはずだろう」


 六条は、今だけのことだと理解を示す。


「それでも、犯罪の片棒を担いでいるみたいで嫌ですね」

「まあな」


 顔を顰めて六条に同意を求める有菊に対し、シェルムが無表情で頷く。


「その潔癖さは悪くない。けど、俺はそれで一ヶ月以上拘束された挙句、ソフィに大金を支払わせちまった」

「それに比べれば、安い通行料ということか」


 その告白に、不破は納得したようだ。


「今は時間が惜しいし、回り道をしても同じことがあちこちで行われているだろう。国内で活動しているテロリストをなんとかすれば、ここの問題もそのうちに解決する」

「だな」


 六条の言葉に、シェルムは不服そうに同意する。

 そうして違法な関所にエアカーを停めると、シェルムの言った通り現金を要求された。ひとり当たり、かなりの金額だったが、六条は言い値を無言で支払った。


 顔を隠し、武器のようなものを持った犯罪者たちは、当然のようにそれらを受け取り、エアカーを通した。


「アイツらはあれで、この辺りの地域のエコミュニティには感謝されてるんだぜ。そして、そのエコミュニティのヤツらはこの資金源を知らない」


 遠ざかっていくゲートを振り返って見ている有菊に対し、シェルムは鼻で笑う。


「それって無責任じゃない」

「それでも、この辺りは大旱魃の後遺症で、まともに外貨を稼ぐ力がないんだよ。大昔は、他のエコミュニティと連携してうまく循環させていたんだが、他のところも似たような状況でさ。こうやって小銭を稼いで、それでなんとか回してるのに、代案もなくそれをやるなって言えるか?」


 そう言われて、有菊は返答ができなかった。

 その会話はそこで終わったが、関所はその先も数ヶ所あり、その都度通行料を支払っていったのだった。


「ここは、いくつくらいの組織が対立してるんだ?」


 一箇所で終わらない関所にうんざりしたのか、不破がシェルムに尋ねる。


「まあ、大きく分けて四つだな」


 そう答えて、左手の人差し指から小指までを立ててみせる。


「で、そのうちの一個が俺たちが属する組織。ここに師匠たちも入る。俺たちの最終目標は、占拠された故郷のエコミュニティを取り戻すことだ」


 人差し指を折り曲げる。


「他の三つの内訳はわかるか?」


 シェルムは「当然」と言って、中指を右手の人差し指でグリグリと押す。


「まずはここに住む、本来の住民だな。この人たちは好きで武装しているわけではなく、自衛のために仕方なくやっている」

「じゃあ、残りの二つが問題なんだね」


 有菊もその会話に参加する。


「まあ、問題というのか、なんというのか」


 シェルムは少し、歯切れの悪い回答をする。

 そして、中指は折り曲げ、薬指をまた右手の人差し指で軽くつつく。


「ひとつは隣国から資源を求めてやってきた人々だ。隣国って言ってもダナメ共和国じゃないぜ」


 そう言ってシェルムは、地図を展開して該当する隣国を示した。


「五十年ほど前に広範囲に及ぶ大きな旱魃(かんばつ)があった。この辺りの国はどこも大きなダメージを受けたんだが、その中でもここ隣国の、内陸のエコミュニティはまだ発展途上で、被害が大きかったらしいんだ」


 それにより、多くの犠牲者が出たという。

 そして、食料や水を求めて、その頃成熟していたニジェア共和国のエコミュニティへと侵攻したのだという。


「侵攻なんてしないで、他国に援助を求めればよかったんじゃないの?」

「もちろん求めたさ。国際的な援助を求めて、それで立ち直ったエコミュニティもあった。でも、本当に被害は広範囲だったんだ。救済の範囲からこぼれ落ちたエコミュニティがいくつもあったらしい」


 当時、最新の技術で成り立っていたニジェア共和国のナイナイと呼ばれるエコミュニティは、飢えに苦しむ隣国にとって、あまりにも魅力的だった。そして、大昔に自分たち部族がその土地に住んでいた、など言いがかりをつけて、武器を携えてやってきたのだ。


「そんなの許されないでしょう?」

「そうだな。国際的には批判の的になった。でも、どこの国も声明を発表するだけで、武力侵攻は止めてはくれない。侵攻されたエコミュニティは、旱魃や砂漠化、規模の大きな砂嵐など、多くの災害に備えていたため、軍事費は大幅に削っていた」

「それじゃあ、そこは一方的に侵略されたの?」


 ニホンでも災害が多いので、防災費や復興費は多い。そして、戦場になるような状態ではないため、各エコミュニティで軍事費なんて予算はない。

 国が違えばこうも違うものかと、有菊は驚きを隠せなかった。


「いや、それはなかった。いくつかの国から、安価だからと軍事ロボットではなく、人間が使う武器の供与もあったし。だけど、それまで戦争をしてこなかったエコミュニティの人間が、突然人間を相手に戦えると思うか?」


 有菊は想像する。突然、使ったこともない武器を渡されて、攻めてくる敵を排除しろと命令される。


「それは……、できないね」

「だろ? それでも戦った連中はいたさ。しかし、今となってはそれが仇となった」

「どういうこと?」

「今度はエコミュニティ内部で分裂を起こしたんだ」

「え?」

()められたんだよ」

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