長い任務
自分の過ごした寄宿舎とは内装や家具など異なるものの、やはりどこか懐かしさを感じるのは、子供サイズの物が多いからだろう。不破は寄宿舎内の一室で、窓際の壁にもたれかかって、外の様子を伺った。
夜更けということもあり窓の外は真っ暗で、空には星が輝いている。
「そろそろ、時間か」
そう言って、不破は黒ぶちメガネのウェラブルデバイスに触れた。そして、今まで確認していた資料を閉じていると、ポップアップで着信の通知が入る。
「やっほー」
ビデオ通話に切り替えると、すぐにあちら側の顔が映し出された。
「あれ? なんかマコちゃん疲れてる?」
そう可愛らしい声で話しかけてくるのは、不破のパートナーの一ノ瀬絵奈だ。
「ああ、今日は重要な会談があったからな」
「そーなんだ。おつかれさま」
耳馴染んだ声でそう労い、えくぼを浮かべてニコッと笑う絵奈の顔に、不破は表情を柔らかくした。
つぶらな瞳は、色の入ったコンタクトデバイスで金色が混ざったように輝く。胸まであるブラウンの髪は寝起きだからだろう、かなり寝癖がついている。見慣れた部屋の中は、朝日が差し込んでいて少し眩しそうだ。
「その様子だと、まだ時間かかりそうだねー」
今回の任務は期間が区切られていないため、帰国がいつになるかわからない。そのことで文句を言ったりはしないが、やはり長い間離れている寂しさは、受け取るメッセージの端々に表れている。
「今日の仕事でかなり進展があった。もしかしたら、そろそろ帰国の目処がつくかもしれない」
「はいはい。気長に待ってまーす」
期待させることを言ってしまったが、絵奈はいつものことだと真に受けない。しかし実際、今日の宗教指導者との会談は大きな一歩だったのだ。
仮想空間で行われたのだが、不破にとっては初めて体験する会談だった。用意された場所も、普段使用するようなフリースペースや大手企業の提供する空間ではなく、背景も音楽も教義に基づいて作成された場所だった。決して排他的ではなく、むしろ居心地の良い空間に驚いたものだ。
そして、その場所で話し合われたことは、すべて具体的なものだった。
どうやら、ナイナイというエコミュニティを占拠しているテロリストたちは、捻じ曲がった宗教的思想に基づいて行動しているらしいのだ。しかもその煽動者は、信仰者でもなんでもない、全く関係ない外部の人間なのだという。
それを指導者も憂えており、言葉の端々に悔しさを滲ませていた。そして、昔のような強い影響力がなくなった現実を嘆いていた。
もしも今回の会談の内容を、敬虔な信者であるはずのテロリストたちに伝えることができれば、風向きが変わる可能性が高い。
「それより、あの件は順調だよ」
不破の帰国のタイミングについて、不毛な詮索をするのは時間の無駄と判断している絵奈は、自らの近況を話す。
それを聞いた不破は、意識をこちらに戻した。
「そうか。それこそ、早く帰れるようにしないとな」
恐らく病院で検診をしてもらったのだろう。不破は背筋を伸ばし、姿勢を正した。
「ひとりでも大丈夫だから、安心してよー」
「いや、そういう訳にはいかない」
「マコちゃん、そういうところは律儀だよね」
「当たり前だろ」
ソワソワと答える不破を見て、ソファに座っているらしい絵奈は、クッションを抱えてクスリと笑う。
「そういえば、今回は同行メンバーに迫られたりとかしてないんだね」
思い出したように、絵奈はコテンと首を傾げる。
「ああ、今回のメンバーは子供ばかりだし、自分のことは眼中にないようだから気が楽だ」
「えー、そうなんだ。そんなこともあるんだね」
口を開けて驚いている絵奈に、不破は苦笑いをする。
美貌の不破は任務のたびに、先々で出会う男女から言い寄られていた。いくらパートナーがいると説明しても、「嘘だ」と納得しない相手に対して、正真正銘パートナーである絵奈に出てきてもらい、証明書を見せて諦めてもらっていたのだ。
そんな不破が、今回いかに相手にされていないかを理解してもらうため、最近あった出来事を伝える。
「今回のメンバー、ひとりの女子を巡って、ふたりの男子が牽制し合っているんだ。それを見てると歯痒いというか、どうもヤキモキする。さっさと告白すればいいのに」
「えー、なにそれ? そんな面白そうなもの、私も見たいー」
「かなり焦ったいから、絵奈は耐えられないと思うぞ」
先日の、賑やかな夜の出来事を思い出しながら言うと、絵奈は後ろに並んだクッションにもたれかかった。
「そーなんだ。マコちゃんがそう言うなら、私は口を出しちゃいそうでダメだね」
「ああ。しかも、あれは決着がつくまで、相当時間かかるぞ」
「いーなー。楽しそうで」
そういう話題が身近にないらしく、頬を膨らませている絵奈を見て、不破は微笑む。
「まあ、ふたりから迫られることで、少しでも自己評価が上がるといいんだが」
「なに? もしかして女の子、自分に自信ないの?」
「ああ。でもまあ、そこまで大っぴらに自分を貶すようなことはしていないが、卑下しているのが伝わってくる。それに誰かに頼ることも苦手だな」
「昔の誰かさんみたいね」
「まあ……、そうだな」
言葉を濁す不破に、絵奈はふふっと笑う。
「ハイスペックで自己評価低いとか、周りは不愉快だと思うよー。しかも、自分は助けてもらう価値がないとか思ってたりしたら、一緒にいる仲間は悲しむだろうなぁ」
「わかっている」
昔の自分のことを突かれて、不破は少しムッとする。
「きっとマコちゃんと同じで、そうなっちゃうような環境で育ったんだろうね。その子」
「多分な。今回の出会いが、良いほうに転がるといいんだが」
「そればっかりは、当事者たちに任せるしかないねー。マコちゃんが口を挟むと、ややこしくなりそうだし」
今現在は、自分がどのように見られているのか、自分の実力が全体のどの辺りに位置しているか把握しているので、失敗は少なくなった。
それもこれも、絵奈のおかげだったりするから、頭が上がらない。
「しかし本当に優秀だから、この件が片付いたらスカウト候補として、本部に報告しようと思っている」
「えー! そこまでなんて、すごいじゃない」
驚く絵奈の顔を見て、不破は「そうなんだよな」、と深く頷く。
近々、テロリストの占拠する地域へ向かう。そのための訓練を、ここ数日、毎日のようにフルダイブ型のデバイスで行っている。
本来は外で行うものだが、さすがに平和なエコミュニティ内で、軍事的な訓練をするのはどうかと話し合っていたところ、ソフィという少女がデバイスを貸し出してくれたのだ。寄宿舎内での使用を条件として挙げられているため、ここ最近、不破は寄宿舎に寝泊まりしている。
ちなみにそれらのデバイスは、かなり高性能なものだった。これを使えば、仮想空間内の不破たちの家で、絵奈と過ごすことも可能なのだが、さすがにそんなログは残せないのでやっていない。
そして訓練は、部隊で行われているものと遜色ないものだが、あの少女はしっかりとついてくる。体力もあるが、現場対応力も優れている。
それなのに、不破よりできないことをいつも謝っているのだ。そして、頼っていい部分も無理して自分でやろうとする。
だが、部隊にいた時でも、不破よりできる人間はほとんどいなかった。普段から訓練を受けている人間ですら、そうなのだ。素人の子供が同じようにできるなんて、はなから思っていないのだが、どうも本人は違うらしい。
コンテナ船でも猫探しの時も、その優れた身体能力と柔軟な対応には舌を巻いたものだが、不破がそれを褒めたところで、恐らく根本的な部分は変わらない。
「あのふたりが、上手くやってくれることを願うばかりだな」
そう呟いていると、絵奈が「そういえば」と聞いてくる。
「今回の任務って、例の先輩とペアなんでしょ? 結局どうだったの?」
出発前に話していたことを思い出したのか、絵奈は興味津々に目を輝かせる。
「あ、いや。まだよくわからない」
「えー、そうなんだ。残念」
わかりやすくがっかりしている絵奈を見て、不破はククッと喉の奥で笑う。
「あー、笑ったな。もー、マコちゃんがあんなこと言うからだよ」
「ごめん、ごめん」
こうした時間が取れるのも、もしかしたら今のうちだけかもしれない。ニジェア共和国に入ったら、どんな状況になるか予測できない。
貴重な時間を惜しむように、不破は絵奈との会話を楽しんだ。
「じゃあ、またねー」
そう言って手を振ると、絵奈は笑顔のまま画面から消えた。話すのが好きな絵奈は、心の中ではもっと話したいと思っているはずだ。しかし、こちらの時間を気にして、通話は三十分だけと自分の中でルールを設けているらしい。
今日も、きっちり三十分で終わっていた。
「早くあれを渡したいな」
以前、クロステックストアで手伝いをした際にもらったものに目をやる。絵奈の体調のことを考えると、すぐにでも渡したいが、もう少し先になりそうだとため息をつく。
そして、六条がいるレンタルハウスの方角に目を向ける。ニホンにいた頃から、六条に対し、他の隊員と違うものを感じていた。おかしな話だが、自分のほうが後に入隊しているはずなのに、なにか違和感を感じるのだ。
それを絵奈に話したら、「もしかして、どこかの国のスパイとか?」と、ワクワクして妄想を膨らませていた。
しかし、それもあながち間違っていないかもしれない。短く刈り込んだ黒い髪に筋肉質な肉体、真面目で後輩からの信頼も厚い。そんないい先輩のはずなのだが、どうも鼻につくのだ。それは恐らく、あまりにも平準化された人物像に、かもしれない。個性のようなものを感じない、部隊に溶け込むために、完璧に「普通」に作られたスパイ。そう言われたほうが、しっくりくる。
そして今回も、不破がいないところで、任務外の行動をコソコソとしているようなのだ。
そのため、不破も六条が不在の時に、レンタルハウスのクリーニングを定期的にしている。さすがに、盗聴器や監視カメラのようなあからさまなものは出てきていないが、油断はできない。
この先も当然、一緒に行動をすることになるが、安心して背後を任せることができないことが面倒だ。
「その辺りも、ちょっと考えないとな」
そう呟きながら、明日の訓練用のメニューをデバイスに入力していく。
次話より第4章がスタートします。




